クリスチャン・スコット / Christian Scott

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僕らが目指しているものは、ジャズのイディオムに出来る限り多くの音楽言語、演奏スタイル、風景を取り戻すこと。過去100年間でジャズから失われてしまったもの、それを再びジャズの本流に導き、さらによりクリエイティヴなものにする事さ。(2017, オフビート&JAZZ)

クリスチャン・スコットはアメリカで活動するトランペット奏者、作曲家、レーベルオーナー。バークリー音楽大学卒業後、2006年に『Rewind That』でメジャーデビュー。その後2012年の『Christian aTunde Adjuah』までは、同世代のミュージシャンと共にオルタナティヴ・ロック、ポストロックなどを取り入れた音楽を展開する。2015年の『Stretch Music』以降は若手を多く起用し、より幅広い音楽性に拡張。2017年の『The Centennial Trilogy』シリーズでは、トラップ・ミュージック的なリズムやループ感、アジアからカリブ海にまで広がる世界中の民族音楽のテクスチャーを取り入れた内容の作品をリリースしている。

バイオグラフィー

デビューまで

1983年3月31日ニューオーリンズ州ルイジアナ生まれ。祖父はブラック・インディアンのビッグ・チーフ、叔父はサックス奏者のドナルド・ハリソン。11歳の時、母と祖母からの贈り物のトランペットを手に入れる。13歳からステージで演奏し、高校はウィントン・マーサリスらを輩出したニューオーリンズ・センター・フォー・クリエイティブ・アーツ/New Orleans Center for the Creative Artsに入学。

卒業後、バークリー音楽大学の映画音楽科に全額奨学生として進学。在籍中の2年間は、1日に2曲の作曲ノルマを自分に課していた(2017, The Creative Independent)。*1

NY時代

大学卒業後、ニューヨークに進出。17歳の時にブルーノート、21歳の時にワーナー・ブラザーズからレコーディングを持ちかけられるが、最終的に自分の意志を尊重して作品を制作させてくれるコンコード・レーベルと契約する(2008.1, CD Journal)。

最初に結成したバンドにはマシュー・スティーヴンス、ウォルター・スミス3世、エスペランサ・スポルディングがいた。エスペランサとは当時交際もしていたと後のインタビューで話している(2017, Burning Ambulance)。

2006年にメジャーデビュー作『Rewind That』を発表。その後スタジオ・アルバムを2作品、ライヴ・アルバムを1作品をリリースしている。2012年にはそれまでの活動の集大成的な2枚組の作品『Christian Atunde Adjuah』を発表。同世代の仲間マシュー・スティーヴンス、ジャマイア・ウィリアムスが全面的に参加した最後の作品になった。またこの頃より「クリスチャン・スコット・アトゥンデ・アジュアー」と名乗るようになる。”aTunde”と”Adjuah”は西アフリカ・ベニン王国の街の名前で先祖への敬意が込められている。

『Stretch Music』以降

その後2015年にバンドのメンバーを若手に入れ替え『Stretch Music』を発表。2017年には『Stretch Music』の発展的な3枚の連作『The Centennial Trilogy』を発表する。

10年代前半に結婚した後、生活の場をニューオーリンズに移し2017年に一族のチーフになっている(2017, Interview Magazine)。過去には1年間ロサンゼルスに住んでいたこともあるらしい(2017, Rolling Stone)。

  • サイドマンとしては叔父のドナルド・ハリソンやマッコイ・タイナーの他に、プリンス、モス・デフ、トム・ヨーク、ソランジュなどと共演している。
  • 楽器はサイレン・トランペット(Siren Trumpet)、サイレネット(Sirenette)、リバース・フリューゲルホルン(Reverse Flugelhorn)という特徴的な形をしたトランペット/フリューゲルホルンを用いる。
  • 『Stretch Music』の楽曲のテンポやミキシングをカスタマイズできるアプリケーション「Stretch Music App」を公開している(譜面も読み込み可能)。

作品

リーダー作

2002 – Christian Scott
2006 – Rewind That
2007 – Anthem
2008 – Live at Newport
2010 – Yesterday You Said Tomorrow
2012 – Christian aTunde Adjuah
2015 – Stretch Music

センテニアル・トリロジー / The Centennial Trilogy
2017 – Ruler Rebel
2017 – Diaspora
2017 – The Emancipation Procrastination

クリスチャン・スコットの作品

コラボレーション

w.ドナルド・ハリソン
2004 – Two of a Kind

w.ステフォン・ハリス、ダビィ・サンチェス
2011 – Ninety Miles
2012 – Ninety Miles: Live At Cubadisco

サイドマン作品

発言

音楽観

ストレッチ・ミュージックとは
僕らが目指しているものは、ジャズのイディオムに出来る限り多くの音楽言語、演奏スタイル、風景を取り戻すこと。過去100年間でジャズから失われてしまったもの、それを再びジャズの本流に導き、さらによりクリエイティヴなものにする事さ。(2017, オフビート&JAZZ)

「ストレッチミュージック」はジャンルの無い音楽。ジャズのリズムやメロディ、ハーモニー的な対話をストレッチ(拡大)して、できるだけ多くの音楽形式や、方言、思考プロセスに出会うこと。音楽、文化の架け橋を見つけ、今の世代の音楽、文化、共通言語を高めること。ある人のバックグラウンドを他の人も必ず持っている必要はなく、ある意味で、全てが正当であると思えるように拡張する音楽。(要約 2016, O.N.S)

センテニアル・トリロジーのコンセプト
初のジャズ・レコードがリリースされてから100年の節目にあたって、現在のジャズがどんなサウンドなのかというドキュメントになるアルバムを制作するのが目的。(2017, オフビート&JAZZ #64)

最初のレコード『Ruler Rebel』は「リスナーが聴いているのは誰か」がテーマ*2。クリスチャン・スコットの音楽的、文化的なアイデンティティ*3を提示する作品。『Ruler Rebel』にはトラップ・ミュージック、西アフリカ音楽、そしてスコットのルーツであるブラック・インディアン音楽のリズムの要素があり、それらの両立を試みている。また、メロディラインは意識的にトランペット主体になっている。

二番目のレコード『Diaspora』は「誰に語られているか」がテーマ*4。語っているのはあらゆる人びとを指しており、ゆえに『Ruler Rebel』よりも構成要素が国際的に広がっている。「リスナーの文化、セクシュアリティ、アイデンティティが何であれ、全てのパースペクティヴが等しく有効である」という考えを元に作られている。ジャンルの境界を消し、リスナーとのコミュニケーションを再評価する手段として、人種的/民族的な要素を混ぜ合わせることがアルバムの方針*5。またフルート、ヴォイス、ピアノ、アルトサックスなどメロディ楽器すべてがフィーチャーされている。

最後のレコード『The Emancipation Procrastination』は「最終的なメッセージ」がテーマ。今までよりも社会的、政治的なイシューを含んでいる。また本作では伝統的、ジャズ的な方向に拡張し、よりインプロヴィゼーションやインタープレイが含まれ、『Stretch Music』の音楽性に回帰している(特に”West of the West”や”Sunrise in Beijing”)。トラップ的だったりプロダクション的な音楽とは違い、より肉付けされた情感豊かなストーリーを語っている。(2017, Burning Ambulance、2017, Bandcamp)

フォアキャスティング・セルとは
クリスチャン・スコットが『Yesterday You Said Tomorrow』(2010)以降用いているハーモニック・フレームワーク。(『Christian aTunde Adjuah』ライナーノート)

即興、メロディについて
Q:『Ruler Rebel』のあなたのトランペット演奏はとても自発的[spontaneous]に聴こえます。あの演奏は作曲されたものなんですか?それとも全て即興ですか?

僕は何か新しいことにトライしたかったんだ。ジャズの95パーセントはテーマ、ソロ、後テーマになっている。これを毎日、1年中、20年以上も行うと、メロディが錆びついてきてしまう。また、僕は20世紀はじめの最初のジャズ・レコードを思い浮かべた。その時代のジャズの多くには、集団即興[collective improvisation]や伴奏者もメロディを担当するカウンター・ハーモニーがあったよね。

だから僕はメロディを、主旋律を担当していない楽器に移すアイデアを採用したかったんだ。でもこれによって、事あるごとに、どの楽器がリードヴォイスを担当しているのか特定することが著しく困難になった。他の演奏者は(リードである)トランペットがやっていたことから、メロディのアイディアを得ることができなくなるからね。他の楽器は一見は伴奏者に見えるけど、多くの瞬間にメロディックな役割を担っているんだ*6。ここにリズムの複雑さを加えることは、メロディ、ハーモニー、リズムがほぼ等価になるということを意味している。(2017, Bandcamp)

ヒップホップについて
ヒップホップとMCが好きだということは今更言うまでもない。(略)でも本当を言うと、自分の音楽に関係していてヒップホップ・カルチャーでもっとも魅了される所は、ラッパーよりもプロデューサーが何をしているか?という部分なんだ。それから僕は本当に本当にトラップ・ミュージックが好きだ。僕はトラップは「解放運動」という面ではどのように進化しているのか、どうやって人びとはこの素晴らしい音楽で踊っているのかについて考えている。それがトラップのフォームで最初に魅了された点だった。また僕はより沢山のトラップ・アーティストをチェックし、プロダクト感覚とそこで行われていることに惚れ込んでいった。(2017, Burning Ambulance)

ネイティブ・アメリカンという出自について
僕のネイティブ・アメリカンの血の痕跡は、新作(『Stretch Music』2015)の曲の中にも現れている。前作『Christian aTunde Adjuah』でもそうだったが、子供の頃に僕が体験した瞬間を音楽の中に留めているんだ。ネイティブ・アメリカンの舞踏集会、パウワウで聞いたリズムをね。例えば”The Last Chieftain”は、僕の祖父、そして叔父を想って書いた曲なんだ。この曲で用いたリズムは、北米最大のパウワウ集会で耳にするリズムと同じだ。ネイティブ・アメリカンのルーツは、僕という人間を作り上げる大きな一部だ。音楽においてもそれが現れるようにしたい。そういったことを感じさせない内容や演奏で音楽を作るのは簡単なことだけど、僕はリスナーが僕の音楽を聴きおえた時に、何か少しでも僕という人間のことを知ってくれたらいいなと思っているんだ。

楽器
ホーンに角度が付いたトランペットを使っている理由は「高音が出やすくなる」、「様々な質感、音色、サウンドを表現できる」、「息の湿度によって楽器の音を調整しやすい」から。
(要約。2017, Burning Ambulance)

好きな音楽

好きな音楽家・作品
時期 音楽家・作品 ジャンル 出典
高校時代 キャッシュ・マネー・レコード作品
マニー・フレッシュのプロデュース作品
ヒップホップ (2017, Burning Ambulance)
2015年 カマシ・ワシントン『The Epic』
サンダーキャット”Heartbreaks + Setbacks”
ハイエイタス・カイヨーテ
ブッチャー・ブラウン
ドレイク”Hotline Bling”
ブラックミュージック 2015. 12, CD Journal
2017年 ミーゴス”Bad and Boujee”
フューチャー”Mask Off”
ケンドリック・ラマー『Damn』
トラップミュージック
ヒップホップ 2017, GQ
時期不明 ドクター・ドレー
ティンバランド
ファレル・ウィリアムズ
エリックB & ラキム
モス・デフ
ヒップホップ (2017, Burning Ambulance)

好きな本/作家はチョーサーの『カンタベリー物語』、ヘーゲルの弁証法、ジェイムズ・ボールドウィン、ラングストン・ヒューズらの20世紀前半の黒人作家、マヤ・アンジェルーやスコットのアルバムに詩を寄せたソウル・ウィリアムズなどの黒人現代詩人(2009.1, CD Journal)。

影響源

センテニアル・トリロジーの影響源/構成要素
作品 音楽家・作品 出典
『Ruler Rebel』 ザンビア(西アフリカ・ガンビアのスペルミス?)、セネガル、マリ、ガーナといった西アフリカのリズム
ヒップホップ、トラップ・ミュージックのリズム
ニューオーリンズのブラック・インディアン・カルチャーのリズム
2017, Bandcamp
『Diaspora』 北欧のポップミュージック
ポーランドのフォークソングのハーモニー
日本の伝統音楽
韓国の伝統音楽
インドのラーガ、ハーモニック・モード
アフリカのマリ音楽
デルタ・ブルース
ラテン・ディアスポラのリズム
フレンチ・ギアナのリズム
フレンチ・カリビアンやダッチ・カリビアンのリズム
2017, Bandcamp
2017, Burning Ambulance
全体/不明 カニエ・ウエストやファレル・ウィリアムズ、ティンバランドのプロダクション
ヒップホップ、トラップミュージック
トム・ヨーク、レディオヘッド
クラシック音楽
2017, Paste Magazine
2017, Bandcamp

他のミュージシャンについて

ドナルド・ハリソン
僕らの「ストレッチ・ミュージック」は、叔父が90年代に打ち出した「ヌーヴォー・スウィング」のコンセプトに通じている。アプローチの仕方という意味でね。考え方は多少違うかもしれないけど。僕がまだ子供だった頃、叔父にとってはスウィング・ビートが何よりも大事だった。常にスウィング・ビートが音楽の中心にあった。でも僕らがやろうとしているのは、即興の中に様々なリズムを取り入れ、構築・破壊すること。だからスウィング・リズム自体は、今の僕らにはそれほど重要ではないんだ。でも一人前の男になるすべは叔父から全て学んだ。
(2017, オフビート&JAZZ)

『Ruler Rebel』のメンバーについて
エレーナ・ピンダーヒューズは僕以外のただ一人のソロイスト。彼女はフルート奏者で、前回のレコード『Stretch Music』では彼女を(リスナーに)紹介した。彼女は飛躍的な成長を遂げ、すべてのドキュメントで驚くべきサウンドを聴かせてくれる。

『Ruler Rebel』ではウィードル・ブラマ/Weedle Bramahというドラマーを起用した。彼は西アフリカからニューオーリンズにおよぶドラムの伝統の正当な継承者だ。そしてこれら全てのリズム言語の橋渡しをしてくれる。彼はジャンベ、バータ、コンガを叩いてもらっている。それからシャカ・シャカ/Shaka Shakaはここニューオーリンズのチーフ。彼はダヌンバ、サンバン、ケニケニを演奏している。彼らは『Stretch Music』からのドラマー、コーリー・フォンヴィル、ジョー・ダイソンと(リズム的に)一体になっている。だから(『Ruler Rebel』には)ドラムのレイヤーが大量にあるんだ。

ルーク・カーティス、クリス・ファンはベーシスト。彼らはここ10年の大半は交互に交代して演奏してもらっている。それからジョシュ・クランブリーはベース、ローレンス・フィールズはピアノを弾いている。ローレンスとは時々曲を一緒に作っているね。
(2017, Bandcamp)

評価

関連項目

出典

雑誌

(2008.1) CD Journal by 佐藤英輔
(2009.1) CD Journal by 松永誠一郎
(2015.12) CD Journal by 柳樂光隆

ライナーノート

ウェブサイト

(2012) JazzTimes by Giovanni Russonello
(2015) noisey by Pat Shahabian
(2016) O.N.S
(2017) Bandcamp by Michael J. West
(2017) Interview Magazine by Emma Brown
(2017) Burning Ambulance
(2017) GQ by Shakeil Greeley
(2017) Paste Magazine by Kyle Mullin
(2017) Track Record by Phillip Mlynar
(2017) The Creative Independent by T. Cole Rachel

動画

(2017) オフビート&JAZZ #64

  1. 2016年のインタビューでは1ヶ月で20~30曲作っていると発言している(2016, O.N.S)。
  2. identifies who you’re listening to
  3. identity politics
  4. identifies who is being spoken to
  5. the template
  6. carry the melodic content