All About ベン・モンダー / 音の大海の向こうに

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音楽性

イントロダクション

90年代から10年代までのジャズを聴いていて、「一度もベン・モンダーを聴いたことがない」という人は少ないだろう。マリア・シュナイダーやダニー・マッキャスリンやポール・モチアンやデヴィッド・ボウイの主要作品に登場し、そのいずれでも仄暗く陰影に富んだ(時として凶暴な)オーラを残している。演奏家としてはジョン・コルトレーンやジム・ホールの技法を下敷きにし、その上にテリエ・リピダルやビル・フリゼールの系譜を受け継ぐアンビエンス豊かなヴォリューム奏法(※)、ビル・エヴァンスやマーク・コープランドに影響された卓越したハーモニーセンスを築き上げており、現代のジャズ・ギタリストにとって一つの指標ともいえる存在になっている。

※ヴォリューム奏法: ヴォリューム・ペダルでギターのアタック音を消して、ヴァイオリンのように伸びやかで広がりのあるニュアンスで演奏すること。

◆ベン・モンダーの代表曲”Ellenville”(『Excavation』収録)

音楽家として 三部作

一方で、作曲家/音楽家としてのモンダーはデビュー当初から現在まで、謎に包まれたジャズミュージシャンだった。特に異質なのがジャズ声楽家セオ・ブレックマンを迎えた代表作である三枚『Excavation』(2000年)、『Oceana』(2005年)、『Hydra』(2013年)だ。ここではジャズ的なインプロヴィゼーションはごくわずかで、その大半がラージアンサンブル・ジャズや近現代クラシック並みに緻密に設計されたコンポジション中心の音楽になっている。したがって、モンダーの音楽は「カート・ローゼンウィンケルやアダム・ロジャーズのようなモンダーと同世代のギタリストではなく、マリア・シュナイダーやダーシー・ジェイムズ・アーギューのようなジャズ作曲家の作品と並べて聴くべきである」とすら言えるだろう(もちろんカートもロジャーズも卓越した作曲家だが、モンダーほど振り切ってはいない)。

その一方でモンダー作品というと、10分台を超える大規模で複雑な楽曲に近寄りがたさを覚える人も多いだろう。リスナーにとって初見殺しとも言える難解な楽曲は、彼が大きく影響を受けたクラシック音楽とある意味共通している。ただし一方で、モンダーの楽曲はどんなに長くなっても構造的には、「テーマの提示→様々な展開パート→テーマの再提示」という西洋音楽の古典的な形式を捨てていないこともまた事実だ。そのため、リスナーは曲の形式に慣れていくにしたがって難解なイメージは薄れ、その独自のサウンドスケープ(得体のしれなさという点で夜の海に似ている)に分け入っていくことができるだろう。ちなみに後述のディスクレビューでは、10分以上の大作系の曲はパートごとに区切って形式をチャート化しているので、ぜひ聴く時に参考にしてほしい。

また、すでに述べたようにモンダーの楽曲は形式だけでなく、その上に乗る様々なアイディア(多調/無調アプローチやポリリズム、変拍子など)もクラシック、特に20世紀に作られた近現代クラシックに大きく影響を受けている。次はモンダーが過去にインタビューで触れたクラシックの作曲家や、それと関連の深いジャズ、ポピュラー音楽のミュージシャンを引き合いに出しながら、その影響関係を整理してみたい。

◆ベン・モンダーが影響された作品(※印は音楽家のみ言及のためUntitled Medley選盤)
上段左から
Various Artists (Ligeti) – 2001: A Space Odyssey (1968)
Jim Hall – Live! (1975) ※
Egberto Gismonti – Solo (1979)
下段左から
Marc Johnson – Bass Desires (1985) ※
Hildegard Kleeb – Feldman: For Bunita Marcus (1994)
Takács String Quartet – Bartok: 6 String Quartets (1998) ※

三部作の影響源

※ここでは楽曲がどのアルバムに収録されているかを分かりやすく表記するために、楽曲名の後ろに収録アルバムのリリース年を書いています。なお、『Excavation』は2000年、『Oceana』は2005年、『Hydra』は2013年になります。

ソロギター
「モンダーとクラシック音楽」という視点ですぐ出てくるのは、ソロ・パフォーマンス時におけるクラシック・ギターからの影響である。”Mistral”、”Windowpane”(ともに2000年)、”Still Motion”、”Double Sun”(ともに2005年)は、モンダーが練習の時に使うクラシックギターのエチュードを編曲したものだという(デビュー作『Flux』に収められている三曲のギターソロも、同様の傾向が認められる)。同時にエグベルト・ジスモンチからはソロギターの編曲、ラルフ・タウナーからはクラシック・ギター的な奏法で影響されている。

◆”Still Motion”(『Oceana』収録)のソロ・パフォーマンス

ヴォーカル/コーラス
一方セオ・ブレックマンを加えたグループ演奏で欠かすことができないのは、声楽的な要素である。”Ellenville”、”Hatchet Face”(2001年)や”Oceana”、”Echolalia”(2005年)でのヴォカリーズは、教会コラールやブルガリアンボイス的な歌唱で楽曲の持つ異界的な雰囲気を高めている。”Rooms of Light”(2005年)や”Elysium”、”Aplysia”、”Tredecadrome”(2013年)など三部作の後半になってくると、オーバーダビングで声を重ね、聖歌がこだまする石造りの教会の中にいるような響きを作り上げている。

また声楽面では現代音楽家リゲティ・ジェルジュ(b.1923)からの影響もよく語られる。”Hydra”(2013年)のテーマや展開部の一部(09:27~)、”Postlude “(2013年)のコーラスパートは、ヴォーカリストの声を狭いインターバルの中に積み重ね、ぶつかり合わせることで聴く人の不安を増大させているが、この効果はリゲティが提唱したミクロポリフォニーのコンセプトを彷彿とさせる。ちなみに、リゲティはモンダーが10代の時に感銘を受けたサウンドトラック『2001年宇宙の旅』で異彩を放っている作曲家である。

◆『2001年宇宙の旅』でリゲティの音楽が効果的に使われているシーン

多調性/無調性
またモンダーはデビュー作の”O.K. Chorale”や”Luteous Pangolin”(2000年)のような一見メロディアスな曲であっても、トーナルセンターが次々と移り変わり特定の調性を明示させない楽曲が多い。こうした作曲法は多調/復調をシステム化したバルトーク・ベーラ(b.1881)の技法を引き継いでいる。

加えて、バルトークよりもさらに前衛的な音楽、すなわち十二音音楽やセリー音楽も消化している。これは”Oceana”(2005年)や”Hydra”(2013年)で幾度となく反復/変形して演奏しているギターの音列に顕著だ。ここでの調性感の極めて薄いギターモチーフは、何らかの情緒を喚起する「メロディ」というよりも、無機的かつ幾何学的な「テクスチャー」として響いている。

さらに”Spectre”(2005年)や”Yugen”(2013)のような、無調モチーフを静寂な空間に紡いでいく水墨画的アプローチは、モートン・フェルドマン(b.1926)が実践したアイディアに触発されている(”Hatchet Face”(2000年)の展開部でも同様のアイディアを確認できる)。

◆モートン・フェルドマン『For Bunita Marcus (1985年)』の導入部分。

ポリリズム/変拍子
リズム面でも近現代クラシックから影響を受けている。名前はあげていないものの、イーゴリ・ストラヴィンスキー(b.1882)は”Rooms of Light”や”Double Sun”(ともに2005年)などのリズム分割法から影響を考えられる(前者は6拍子4小節、合計24拍のセットを、7+7+7+3拍という変則的な拍子で割っており、後者も3拍子のベースに5拍子ひとまとまりのメロディが乗っている)。またオリヴィエ・メシアン(b.1908)が開発した音符を前から読んでも後ろから読んでも同じリズムになる「非可逆リズム」も13拍子の楽曲”Tredecadrome”(2013年)で導入している(”Tredecadrome”は「13」を表す”Trideca”と「回文」を意味する”Palindrome”の合成語)。それ以外にもモンダーは、プログレッシヴ・ロック(後述)や、ギジェルモ・クレインの様なジャズ作曲家(クレインはストラヴィンスキーを色濃く受け継いでいる)、果てはインド音楽(メシアンやコルトレーンの影響源でもある)のリズムにまで手を伸ばしている。

◆レディオヘッドの”Pyramid Song”。メシアンの非可逆リズムを取り入れたポピュラー音楽の代表例。

プログレッシヴ・ロック
最後に、「ポップ・ミュージックとクラシックの融合」という点で彼が参考にしているのが70年代のロック、とくにプログレッシヴ・ロックである。”Windowpane”(2001年)、”Rooms of Light”(2005年)、”Tredecadrome”(2013年)と三部作に必ず一曲収録されている、ノイジーなギターと不穏で凶々しいサウンドが特徴のロック系の曲では、そのことが如実に現れている。

またアルバムの構成を見ても、始まりと終わりにプレリュード(前奏曲)とポストリュード(後奏曲)的な曲を持ってきており、この辺りもトータルアルバムという意味でプログレッシヴ・ロック的といえる。特に『Oceana』では、二曲目のたった一分の楽曲”Light”が、アルバム後半の主役”Rooms of Light”の一場面を抜き出したものになっており、アルバム前半と後半でまったく同じ音楽が鳴る凝った構成になっている。

そして楽曲ではなく演奏の面では、モンダーのディストーションのかかったギターはメシュガーのようなポストメタル寄りの音色よりも、ロバート・フィリップやエイドリアン・ブリューのような70年代ロックのヴィンテージな音色に通じる。70年代にブリューを起用したデヴィッド・ボウイも、ベン・モンダーに以前の仲間と同じ匂いを嗅ぎ取り『★』に参加させたのかもしれない。

◆デヴィッド・ボウイ『★』でソロを取るベン・モンダー(04:08頃から)

音楽家として 90年代、ECM時代

今回は三部作を中心にモンダーのルーツを振り返ったが、それ以外の作品も無視できない。90年代はヴォリューム奏法を多用した空間/音響的アプローチが特徴のギタートリオ作品『Flux』(1997年)、インプロヴィゼーションと記譜されたアンサンブルの共存が試されている『No Boat』(1997年)をお勧めしたい。アンサンブルにおける残響や質感の徹底的な追求は今なお新鮮に響き、その音楽性はポストロックや音響系のリスナーにも聴いてほしい内容だ。一方、ECMからリリースされた『Amorphae』(2016年)は00年代の記譜された音楽から一転、90年代に回帰するように音響/フリー・インプロヴィゼーション的表現に振り切り、ECMファンを中心に新たなリスナーを開拓した。また現在、ギタートリオによるスタンダード・アルバムも構想しているらしい。

◆ベン・モンダーの主なサイドマン作品
上段左から
Maria Schneider – Evanescence (1994)
Donny McCaslin – Declaration (2009)
Taylor Haskins – American Dream (2010)
下段左から
Kristjan Randalu / Ben Monder – Equilibrium (2012)
Theo Bleckmann – Elegy (2017)
Ingrid Jensen / Christine Jense – Infinitude (2017)

ベン・モンダーの名盤

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Ben Monder – Flux
Songlines (1997)

Ben Monder (g), Drew Gress (b), Jim Black (ds)

① Muvseevum ② Flux ③ Food for the Moon ④ Red Shifts ⑤ Jello Throne ⑥ Don’t Look Down ⑦ Orbits ⑧ O.K. Chorale ⑨ Lactophobia ⑩ Propane Dream

10代の頃に、ギル・エヴァンスやウッディー・ハーマンの作品で知られるジャズ・ギター・レジェンド、チャック・ウェインに師事。90年代初頭にマーク・ジョンソンのグループへの参加が本格的なギタリストとしてのキャリアとなるベン・モンダー、待望の初リーダー作。アコースティック、エレクトリック両刀使いのベーシスト、ドリュー・グレス、『Excavation』までのベン作品にレギュラーで参加するドラマー、ジム・ブラックによるトリオ編成。アルバム冒頭の”Muvseevum”からアタックを消したヴォリューム奏法で幾何学的なコードを響かせたり、ディストーションをかけたプログレッシブなギター・トーンを聴かせる⑨”Lactophobia”、そして独特のウネリっ気を感じさせるヴォイシングなど、現代のベン・モンダーに通じるポイントは随所に散見される。個人的にはハワード・ロバーツ・ヴァージョンの”Seranata Burlesca”をミクロ解釈したようなソロ・ギター小品④”Red Shifts”が印象深い。余談であるが、ベン・モンダーが初めて手にした楽器はヴァイオリンとのこと。(岡田)

Ben Monder / Theo Bleckmann – No Boat
Songlines (1997)

Ben Monder (g), Theo Bleckmann (vo)

with: Skuli Sverrisson (eb), Jim Black (ds)

① Late Green ② Gemini ③ No Boat ④ O.K. Chorale ⑤ Polyhedron ⑥ Out of This World ⑦ Mercury ⑧ E.K. ⑨ Canady Hill / Waiting for Impact ⑩ Every Time We Say Goodbye

ベン・モンダーも参加したECMリリースの2017年作『Elegy』も記憶に新しいヴォーカリスト、テオ・ブレックマンとのデュオ名義での作品。フリー・インプロヴィゼーションを楽曲構造の中に組み込みながらも書き譜的なコンポジションに力点を置いたように感じる『Elegy』とは対照的に、デレク・ベイリーやヘンリー・カイザーを思わせるハーモニクスとヴォリューム・ペダルを駆使した奏法や、音響的アプローチを取るベンに、旋律音楽と音声詩を行き来するテオの声の響きを聴くと、デュオという形態の自由さもあって(数曲でベース/ドラムが入るが)、フリー・インプロヴィゼーションの中に楽曲構造を組み込んだような印象。とはいえ、自由度の高いある意味では観念的な音楽でありながら、まるでポップ・ミュージックを聴く時に感じるような、旋律の美しさやリズムの反復、耳を引き込む音響的な響きを感じさせる。リリースから20年たった今でも、そしてこのレコードを繰り返し聴く度にリスナーにとって新鮮な印象を与える。形がある音楽と形のない音楽を内包した音楽の回答として1つ重要な作品。(岡田)

Ben Monder – Excavation
Sunnyside (2000)

Ben Monder (g), Theo Bleckmann (vo), Skuli Sverrisson (eb), Jim Black (ds, per)

① Mistral ② Luteous Pangolin ③ Ellenville ④ Sunny Manitoba ⑤ Hatchet Face ⑥ Etching ⑦ Windowpane ⑧ You Are My Sunshine

③、⑤のチャートを見る
③ Ellenville
00:00 提示部
04:36 第一展開部(ギター・ソロ→ベース・ソロ)
06:50 第二展開部(バンド・アンサンブル)
07:54 再提示部
09:30 コーダ
12:07 後奏曲(提示部の繰り返し)

⑤ Hatchet Face
00:00 イントロ
02:08 提示部
05:53 第一展開部(ギター・ソロ)
08:43 第二展開部(バンド・アンサンブル)
13:13 再提示部

ベン・モンダーの最初の一枚に
モンダー・カルテット三部作の一作目。モンダーの陶酔的なソロギター曲”Mistral”、”Windowpane”は、アルバムの冒頭と七曲目に配置され、その間にトリオとカルテットによる様々なタイプの楽曲が並ぶ。②”Luteous Pangolin”、④”Sunny Manitoba”は彼にしては比較的オーソドックスなジャズ演奏だが、他のギタリスト作品では聴けない空間的なサウンドデザインは『Flux』からの流れを感じさせる。また⑥”Etching”はモンダーのヴォリューム奏法やフィードバック音、ブレックマンの特殊歌唱が飛び交う音響系/テクスチャー系の楽曲で、これは『No Boat』でのアプローチに近い。

だが本作が90年代作品と大きく違うのは15分前後の二つ大曲③”Ellenville”と⑤”Hatchet Face”の存在だ。三部作の中でも屈指の名曲の③は、穏やかな海のさざ波をイメージさせるギター・アルペジオ、石造りの聖堂で鳴り響くようなコラール、そして繊細かつ空間的なタッチのドラムが折り重なり桃源郷のようなサウンドを浮かび上がらせている。一方⑤はギターリフとリズムセクションで複雑に交差するリズムや、ロック的にひずんだギターソロ(第一展開部)、フェルドマン的なミニマムな表現(第二展開部)と様々な要素を盛り込んだ楽曲になっている。ただし展開がやや力技で統一感という点では同系曲”Rooms of Light”(2005年)や”Tredecadrome”(2013年)に一歩及ばないだろう。

とはいえ、本作はベン・モンダーの最初の一枚として充分にお薦めできる内容だ。②、④、⑥のポストロックに通じる音響表現(それに多大な貢献をしているのが本作まで参加のジム・ブラックである)が気に入った方は上で紹介している90年代作品を、③の近現代クラシックの延長線上にある楽曲が気に入った方はここから続く三部作を聴いてほしい。(北澤)

Ben Monder – Oceana
Sunnyside (2005)

Ben Monder (g), Theo Bleckmann (vo), Kermit Driscoll (b, eb / tracks 3,4), Skuli Sverisson (eb / tracks 6,7), Ted Poor (ds)

① Still Motion ② Light ③ Oceana ④ Echolalia ⑤ Double Sun ⑥ Rooms of Light ⑦ Spectre

③、⑥のチャートを見る
③ Oceana
00:00 提示部
05:14 第一展開部
07:40 第二展開部(ギター=声楽デュオ)
10:47 再提示部(後にドラム・ソロ)
15:03 コーダ

⑥ Rooms of Light
00:00 イントロ
01:01 提示部
05:12 第一展開部(カルテット・アンサンブル)
06:51 第二展開部(ギター・ソロ)
11:00 第三展開部(多声コラール=②”Light”で抜粋した箇所)
11:59 再提示部
14:20 コーダ

ドラマーの交代でサウンドは暖色寄りに
二作目からドラムはテッド・プアが叩くことになる。硬質かつ怜悧なタッチのジム・ブラックからスイングフィールの効いたプアに交代したことで、1970年前後のロックが持つヴィンテージな質感が加わっている。

③”Oceana”、④”Echolalia”、⑥”Rooms of Light”はそんなプアの個性が反映されている本作の中核をなす楽曲だ。③はモンダーの次々と変化する調性感の薄い音列と、それに相槌を打つように繰り出されるプアのドラミングを中心にした楽曲。その終わりも始まりも無い淡々としたやりとりは、波打ち際で表れては消える泡模様を彷彿とさせる。それに続く④は前曲とは対称的に、ギターのアルペジオとヴォーカル、4ビート・ドラムが一体となって心地よい疾走感を醸し出している(それでもモンダーならではのほの暗いサウンドは健在だ)。⑥は三部作に必ず一曲収められているプログレッシヴ・ロック風味の楽曲で、モンダー作品の中でも一、ニを争う名曲。提示部ではベースとドラムのポリリズムの上で恐ろしくひずんだギターと崇高なコラールが並走し、展開部ではポリリズムとフリーリズムの世界を往来する怒涛の展開になだれ込んでいく。

またカルテット以外の曲は水墨画に通じる幽玄な雰囲気が漂う⑤”Double Sun”、⑦”Spectre”が聴きどころだ。⑤はギターとベースがそれぞれ別々のリズムとキーで並走することで、絶えずモアレ模様が浮かび上がっていく抽象絵画のような楽曲。⑦はモンダーが淡々と紡いでいくモートン・フェルドマン風の音列に、ブレックマンのヴォイスがうっすらと重なる瞑想的なナンバー。どちらも現代音楽的なアイディアを、情景的なサウンドにまで高めているのが特徴だ。

Ben Monder – Hydra
Sunnyside (2013)

Ben Monder (g), Theo Bleckmann (vo), John Patitucci (b / tracks 1, 5-7), Skuli Sverrisson (b / tracks 2, 3), Ted Poor (ds)
with: Gian Slater (vo), Martha Cluver (vo)

① Elysium ② Hydra ③ Aplysia ④ 39 ⑤ Yugen ⑥ Tredecadrome ⑦ Postlude ⑧ Charlotte’s Song

②、⑥のチャートを見る
② Hydra
00:00 イントロ
00:53 提示部
05:19 第一展開部(ギター・ソロ→バンド・アンサンブル)
09:27 第二展開部(コラール・パート→ソロギター・パート)
12:49 第三展開部(バンド・アンサンブル)
14:20 再提示部
18:15 コーダ

⑥ Tredecadrome
00:00 イントロ
00:58 提示部
02:37 第一展開部(コラール→ギター・ソロ→コラール)
04:41 第二展開部(バンド・アンサンブル)
06:20 第三展開部(多声コラール)
10:36 再提示部
11:56 コーダ(次曲⑦”Postlude”はその名の通り”Tredecadrome”の後奏曲)

ジャズ・アンサンブルの極北
今作はオーバーダビングを全面的に導入したことで、実質的に編成が拡大し、そのサウンドは管弦楽や声楽の重厚さに接近。モンダーの三部作の最後にふさわしい非常に作り込まれた作品になっている。崇高な女声コーラスに多重録音したギター・アルペジオが乱反射するオープニングトラック①”Elysium”は、以降の壮大な展開を予感させる。

編成の拡大によって表現力が大幅に向上したのが、大曲②”Hydra”と⑥”Tredecadrome”だ。②は調整感の薄いギター・アルペジオと半音階的に重ねたコラールが並走する提示部から、ひずんだ音色でコルトレーン的なフレーズを展開するギターソロ(モンダー屈指の名演)、リゲティ風の多声コラール、空間的なアンサンブル…とジェットコースターのようにサウンドスケープが移り変わっていく(ただしイントロで提示されたギターモチーフがその後も形を変えて繰り返され、楽曲に統一感を与えている)。この曲の「ここではない何処かへ連れ去られてしまう感じ」は、彼の音楽的な原風景の一つである『2001年宇宙の旅』のワープシーンを連想させる。また、非可逆リズムを採用した13拍子の楽曲⑥”Tredecadrome”は、ギターとベースの幾何学的でギクシャクとしたリフと、ブレックマンの教会音楽なコーラスが様々な楽曲展開の中で対比、対置されている。

『Hydra』はこの二つの曲だけでも10年代を代表する作品になりうるが、他の曲も負けていない。③”Aplysia”は心地良いグルーヴの上で、リバーブを効かせたギターとコーラスが水彩絵の具のように溶け合い、④”39″はモンダーのスティール弦による高速アルペジオと荘厳なブレックマンのコーラスが見事に炸裂する(楽曲名の通り39拍子のナンバー。内訳は7+11+7+11+3)。どちらもクラシックやモダン・ジャズというよりも、ループ・ミュージック的に聴いてほしい逸品だ。ジャズ・アンサンブルの世界に大きな足跡を残した三部作は、童謡”Charlotte’s Song”で静かに幕を閉じる。(北澤)


アナライズ

十二音技法やモートン・フェルドマンから影響を受けた”Spectre”(『Oceana』収録)
※譜面をクリックすると、拡大して表示されます。

クラシックの現代音楽で用いられる12音技法からアイディアを得た曲の一部。
【a】で割り振ってみた数字のように、オクターブ内の12の音を1回ずつ使った音列が見て取れる。
このようなアイディアにコンテンポラリーなジャズのハーモニー(【b】,【c】参照)、プログレッシブ・ロックに近いリズムを組み合わせた曲を作ることも多い。
【b】はギターのまとまって鳴っている音ごと、【c】はベース音との組み合わせごとに、コードネームを割り振った。
この曲ではモートン・フェルドマンの影響を受けたと語られている。静けさや空間を引き伸ばした雰囲気、そして執拗な音列の繰り返しに感化されているのではないだろうか。


制作

北澤 (Twitter / Facebook): 音楽性、ディスクレビュー
古川靖久: アナライズ、音楽性監修
岡田拓郎 (Twitter / Facebook / Site): ディスクレビュー
福田雄也 (Twitter / Youtube): サイドマン作品選盤

参考
現代ジャズ攻略 Wiki ベン・モンダー / Ben Monder
現代ジャズ攻略 Wiki ベン・モンダーの作品