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アンタイトルドメドレーの管理人です。

Cross Review 07: Ambrose Akinmusire – A Rift in Decorum

Ambrose Akinmusire – A Rift In Decorum: Live At The Village Vanguard
Blue Note (2017)

Disc 1
① Maurice & Michael (Sorry I Didn’t Say Hello)
② Response
③ Moment In Between the Rest (To Curve an Ache)
④ Brooklyn (ODB)
⑤ A Song To Exhale (Diver Song)
⑥ Purple (Intermezzo)
⑦ Trumpet Sketch (Milky Pete)

Disc 2
① Taymoor’s World
② First Page (Shabnam’s Poem)
③ H.A.M.S (In the Spirit of Honesty)
④ Piano Sketch (Sam Intro)
⑤ Piano Sketch (Beyond Enclosure)
⑥ Condor (Harish Intro)
⑦ Condor
⑧ Withered
⑨ Umteyo

Ambrose Akinmusire – Trumpet
Sam Harris – Piano, Keyboad
Harish Raghavan – Bass
Justin Brown – Drums


北澤「本作のエッセンスは一枚目に集約されていると思う」
アンブローズ・アキンムシーレの念願の初ライヴ盤は力のこもった内容だ。だが、アキンムシーレには2014年に公開されたライヴ動画と同じ路線を期待していただけに、方向性の異なる今作は3,4回聴いても若干違和感が残っている。でも、彼の過去作に既存の作品やジャンル名と並べて聴けるものは一つも無かったわけで、この作品の真価も数年後、数作後にはっきりしてくるのかもしれない。

◆ルクセンブルクのジャズ・フェスティバル”Like a Jazz Machine”での演奏(演奏開始は00:20から)。かつては50分ほどのフル動画がUPされていた。

ひとまず、作品レビューに移る前に、アキンムシーレのこれまでの演奏/作品の傾向を大雑把にまとめてみた。

演奏
・シンガーやチェロにインスパイアされたスモーキーで空間的な音色。
・ハーフバルブ、ノンピッチサウンド、ブレスサウンドなど質感的なアプローチの多用。
・「小節線を無視したソロ交代」、「ソロ中に別のミュージシャンの即興をぶつける割り込み的展開」、「同時並走するソロ」など、ソロセクションでの実験。

作編曲
・ゴスペルを想起させる力強いメロディ/ビートの楽曲。
・ヴィブラフォン、ストリングス、ヴォイス、ギターなどうっすらと音を重ねる(音をレイヤリングさせる)ことができる楽器の多用。

アルバム作り
・ポストプロダクションを多用した物語的/映画音楽的な作品作り。

今回はライヴ録音のため、従来のアルバム作りを封印し、その内容はかつてないほどインプロヴィゼーション主体になった。まずはディスク1の内容を見ていきたい。今作は気合の入った演奏の①、⑦(前作収録の”As We Fight”と同一曲)はもちろん、アキンムシーレ自身がギターやヴォイスに通じるレイヤー的な表現をしている②、③が大きく印象に残った。

②のサム・ハリスのソロ裏と③のテーマ終わりでアキンムシーレが吹くハイノートは、ギターのフィードバック音に通じる音響的な効果を生んでいる。また③のアキンムシーレのソロパートは、メロディよりもトランペットから引き出せる質感そのものを表現するような演奏で、これは前作に参加した声楽家セオ・ブレックマンの特殊奏法を思い起こさせる。こうしたレイヤー的/質感的なアプローチは、今までテナーサックスやギターが得意としてきた表現だが、アキンムシーレがやると聴き手の心をざわつかせる不思議な雰囲気が生まれる。こうした表現に加えて、②の前半と④のメンバー全員の並列的な即興は、今までやってきたソロセクションでの実験(=即興的なアンサンブル)の延長線上に位置しているのだろう。

一方、アキンムシーレやサム・ハリスたちが即興に没頭する①、⑦も凄い。①ではハリスがポール・ブレイに通じる官能的で凶悪な響きの音の固まりを、解体と構築を繰り返しながら展開していく。ハーモニー的なセンスにおいて、彼ほど抜きん出たピアニストはあまりいないだろう。⑦ではハリスのほとんどフリージャズのようなソロと、アキンムシーレ&ジャスティン・ブラウンの対話的なデュオが繰り広げられる。ハリスのソロ後、30秒間音を出さず、観客が意図をはかりかねた所で何事もなかったかのように演奏を開始するアキンムシーレがクールだ。

意図してやったかは不明だが、ストレートな内容の①、⑦がディスク1の冒頭と終わり、レイヤリング/即興的なアンサンブルの②~④がディスク1の半ばに配置されたことで、それぞれのコンセプトが引き立っている。

一方、ディスク2の①、③はモチーフを変形/発展させていくコンテンポラリー・ジャズ的にも、音響や質感的な表現に焦点を当てるアヴァンギャルド・ジャズ的にも中途半端で、不完全燃焼感が否めなかった。 ④以降はイントロも一曲としてカウントすれば二曲連続で特定のミュージシャンがフィーチャーされているが、これはいくら名役者と言えども、アルバムとしては一本調子に聴こえてしまった。というわけで本作のエッセンスは一枚目にほぼ集約されていると思うのだが、いかがだろうか。
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よろすず「ジャズに新しくもたらされた何かをすぐに聴きとることはできないかもしれないが」
前作はソロパートの充実もさることながら作曲面での個性が確立され、それがシンガーを迎えたりといった試みともしっかりと噛み合い、アルバム全体から音楽家としてのパーソナルな作家性を感じとることができるような傑作だったアンブロース・アキンムシーレ。

今回はライブ盤ということでインプロヴァイザーとしての一面を大きく打ち出してくるのか?とも思ったのですが、蓋を開けてみるとそこまで振り切った内容というわけではなく、より長時間のソロが取りやすいように設計されたようにも思える楽曲のうえで、曲の持つ雰囲気を損なわず各々が音楽全体のバランスや流れを見通したうえでフレーズを絡めていくような内容。

場面によってはこれまでの作品ではあまり聴けなかったような過剰な表現(一枚目⑦での7分近くに及ぶトランペットとドラムのデュオパートで聴けるアキンムシーレのフリーブローイング的な演奏、二枚目⑨でのジャスティン・ブラウンのドラム乱打など)も顔を出しますが、全体としては端正さを保った時間が多いように思います。この辺りの成熟さえ感じさせるような地に足の着いた表現は今作のメンバーが全員前作にも参加している、音楽的なビジョンをしっかり共有できている面々だから可能なものなのでしょう。

特にテンポの遅いバラード的な演奏においてはそのような印象がより際立っていて、一枚目③、⑤での特殊奏法なども交えながら一音一音踏みしめるように音を紡ぐアキンムシーレの演奏はアルバム全体のハイライトと言えるでしょう。

リーダーであるアキンムシーレがそのような端正さにおいて自らの色を最も魅力的に打ち出しているのに対し、時にそのフレームを崩しにかかるような過激さや危険さを持ち込んだ演奏をしているのがピアノのサム・ハリス。特に④での扇情的な演奏などは終始耳を惹かれるものがあります。柔らかな曲調が多い中でその雰囲気をキープしたり、時には切迫感のある演奏を組み込む役割を担っているように聴こえますが、そういった色付けを行う際の低音部の音響的なアクセントとしての用い方、そしてソロを弾く際に何かを閃いたかのようにフレージングのスピードがグッと上がる瞬間のスリリングさなどにはポール・ブレイの面影を感じとることもできるかもしれません。

ひとつ多少の不満があるのが録音で、前述した過剰な表現が顔を出す場面(特に一枚目⑦でのトランペットとドラムのデュオ部分)ではその演奏の内容の割には扁平な印象になってしまっていて少々勿体なさを感じますし、他にもトランペットがしゃくり上げるような吹奏を行う場面などは現場で聴けば伝わってくるであろう吹きこまれる息の速さの急激な変化などを感じとりにくいようにも思います。演奏が行われている空間の雰囲気を多く録りたかったことは伝わってくるのですが、もう少しだけマイクに音が乗ったような録音でもよかったかなと。

前作がジャズの編成や構成に様々なもの(弦、声、エフェクトなど)を持ち込むことに焦点が当てられていたとするならば、本作をそれによって得られた感覚を踏まえたうえでどこまでもジャズらしい編成、空間で何ができるかという試みと捉えられるかもしれません。ただ、それは前作の音風景を四人で力ずくで再現するようなかたちではなく、この編成ではできないこととして受け止めたうえで、それを隙間として生かすようなかたちをとっているように思われます。ゆえに本作はジャズに新しくもたらされた何かをすぐに聴きとることはできないかもしれませんが、その音楽の自然な隙間によって聴衆を引き込みその魅力をじっくり染み渡らせてくれるような、ライブ盤としては少し珍しい価値の在り方を感じさせてくれる作品です。
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【アンブローズ・アキンムシーレ 略歴】
1982年カリフォルニア州生まれ。マンハッタン音楽院、セロニアス・モンク・インスティチュート卒業後、2008年に『Prelude to Cora』でデビュー(現在まで四作をリリース)。ブッカー・リトルやSSWのジョニ・ミッチェルに影響を受けたニュアンス豊かなトランペット・スタイルで、サイドマンとしても様々なミュージシャンの作品に参加している。自作の物語や脚本を音楽化させるという、サウンドトラックや映画音楽に通じる作曲法も特徴的。

Cross Review 06: Christian Scott – Diaspora

2015年の『Stretch Music』リリース以降、才能ひしめく現代ジャズシーンにおいて、ソングライター/トラックメイカーとして頭一つ抜けた感のあるクリスチャン・スコット。今年2017年は三部作のリリースを宣言し、3月にはその第一弾として『Ruler Rebel』を発表した。この作品はトラップ/アフリカ音楽の要素を織り交ぜた内容で、ジャズだけでなくブラックミュージック・ファンからも高く評価された(クロスレビューはこちら)。それから三ヶ月を経てリリースされた第二弾『Diaspora』は前作と何が違っているのか?前作のクロスレビューに続いて佐藤 悠氏と高橋アフィ氏に読み解いてもらった。

※レビューの並びは50音順です。


アルバムデータ
Christian Scott – Diaspora
Ropeadope Records (2017)

① Diaspora (feat. Elena Pinderhughes)
② Idk (feat. Braxton Cook)
③ Our Lady of New Orleans (Herreast Harrison)
④ Bae (Interlude) [feat. Lawrence Fields] ⑤ Desire and the Burning Girl
⑥ Uncrown Her
⑦ Lawless (feat. Braxton Cook)
⑧ Completely (feat. Elena Pinderhughes)
⑨ New Jack Bounce (Interlude)
⑩ No Love
⑪ The Walk (feat. Sarah Elizabeth Charles)

Christian Scott – Trumpet, Flugelhorn, Sampling etc…
Elena Pinderhughes – Flute (1, 3, 6 – 8, 11)
Braxton Cook – Alto Saxophone (1, 2, 6, 7, 10, 11)
Cliff Hines – Guitar (1- 3, 6, 8, 10)
Lawrence Fields – Piano, Fender Rhodes (1 – 4, 6 – 8, 10, 11)

Kris Funn – Bass (1, 2, 6 – 8, 10, 11)
Corey Fonville – Drums, Sampling Pad (1 – 4 6, 7, 10, 11)
Joe Dyson Jr. – Pan African Drums, Sampling Pad (1 – 5, 7 – 9, 11)
Weedie Braimah – Percussion (1 & 9)
Chief Shaka Shaka – Percussion (1 & 9)

Sarah Elizabeth Charles – Vocals (11)


佐藤 悠「ループを軸にして眺めると作品の構成が見えてくる」

『Ruler Rebel』に続く三部作の二作目。前作ではドラム・ループとピアノの反復リフがトラップに通じるダークな世界観を形成していたが、今作のビートはトラップ的ではなくなっている。しかしピアノやギターのループは多くの曲に存在し、曲を一箇所に係留している。①のピアノの清廉な響きや、③の終盤で強調されるギターの音色が印象的だ。それはアフリカ音楽のミニマルな構造を想起させ、ブラック・ディアスポラを含意するタイトルとの繋がりに意識を向けさせる。

ループを軸にして眺めると、作品の構成が見えてくる。漂うようなヴォーカルが詩的な色合いを加える⑪では、速さの異なる二つのピアノのループを交互に提示することで、曲自体が加速と減速を繰り返す。レディオヘッドのような不安を感じさせる曲調の⑤では、ピアノのループこそないものの、機械的なビートが一定のパルスを送り続けることで、ループと近い効果を生んでいる。同じくマシン的なビートを用い、アフリカン・パーカッションを加えた⑨もそれと似た印象だ。

最後にループ構造を持たない曲を見ていこう。ループとの対比によって、そこから外れた曲のレイドバックした雰囲気と感情的な表現が強調され、今作のハイライトを形成している。⑥での傷を癒すような優しいピアノソロや、⑩での孤独を感じさせるサックスソロは胸に染みる。そして美しいフルートソロが真っ直ぐ心に届く⑧は世界の繋がりや愛をテーマにしたという今作の中心をなす一曲だ。①でのエコーをかけた幻想的なソロも含め、今作の主役はエレーナ・ピンダーヒューズだということもできる。クリスチャン・スコットの多様な音楽性が表現された充実作だ。
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高橋アフィ「インタープレイの呪縛から解き放たれた」

「ジャズとトラップ混ぜたらいいじゃん」に対しての誠実過ぎる回答であり、ジャズに限らず多くのプレイヤーが持つ「ヒップホップへの欲望」の青写真なのだが、その手腕の素晴らしさゆえ「元々双子であった」事すら思えてしまうので、この「自然に混ざってしまっている」不自然さについて書いていきたい。

近年急速に接近しているジャズとヒップホップ(あるいはポップス)だが、未だに苦闘の歴史である事は間違いないだろう。その最大の壁の1つは「定期的に繰り返すリズム」であり、トラックのループしていく性質とジャズのインタープレイの相性の悪さが目立つことが多かった。

に対し、今作『Diaspora』は圧倒的にヒップホップのトラック的なループの印象が強い。同時期に録音されたといえ『Ruler Rebel』ではポストロック/アフロビートの多層的なアプローチでリズムの伸縮を作り、解釈の自由度があったのだが、今作の多くは、リズムの空白の多さとアクセントの強さが目立つという意味で、ヒップホップ的とも言えるものとなっている。特にニュアンスをあえて無くした電子音の使い方は、トラップ以後のトラックの影響もあるだろう。

だが、それがジャズの旨味を損ねているかというと、今まで両立が難しかったとは思えないほど自然に、双方の良さを損なわないバランスに成り得ていると思う。その理由は当然複数・複合的にあるのだが、特に気になったのは「ループに耐えられる/ループであるべき」演奏/トラックだ。今までの多くの「ヒップホップ風」の演奏は「インタープレイの元ネタ」あるいは「ソロを目立たせるための地味なループ」という印象で終わってしまう、展開することが前提であるようなものが多かった。それに対し今作は、まずトラックやループとしての強度を中心に作られたように聞こえる。そしてトラックとしての強度を支える為に、ジャズ的な演奏/楽曲の複雑さが使われていることが今作の最大の発見だろう。それゆえ、ヒップホップ/トラップともジャズとも言い切りがたい独特なものになりえている。シーケンシャルな電子音と演奏の曖昧な混ざり方(シンバルだけ生であるドラム等)はその切り分けられなさこそ本質ではないだろうか。もはやトランペットどころか音階楽器の無い、リズムトラックな⑨がアルバムとしての質感を損なわないバランスは注目すべきだろう。

勿論トラックだけでは成り立たないのは言わずもがな。クリスチャン・スコットの一層輝きを増したプレイは驚愕であり、バックのループ感を逆手に取ったようなクールかつ熱のこもった演奏は、もはやトラックの上でのラップ・スキルに感動できる我々がいるように、インタープレイ(をしなけばならないこと)の呪縛から解き放たれた/だからこそトラックに対しても演奏に対しても積極的に絡んでいける、ジャズ(とヒップホップ/トラップ)の新たな側面が見えるようだ。
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【クリスチャン・スコット 略歴】
1983年ニューオーリンズ州生まれ。バークリー音楽大学卒業後、2006年に『Rewind That』でメジャーデビュー。その後2012年の『Christian aTunde Adjuah』までは同世代のミュージシャンと共に、オルタナティヴ・ロック、ポストロックなどを取り入れた音楽性を展開。2015年の『Stretch Music』以降は若手を多く起用し、エレクトロニクスと呪術性がせめぎ合うブラックミュージック的な作品をリリースしている。

Cross Review 05: Fabian Almazan – Alcanza

 

現在のジャズシーンは、ストリングスを交えた室内楽的な表現が台頭してきている。挾間美帆レミー・ルブーフケネス・ダール・クヌーセンなど弦楽器をモダンに活用する作曲家が次々と登場し、また近年の重要作でもアンブローズ・アキンムシーレ『The Imagined Savior…』やベッカ・スティーヴンス『Regina』などで弦楽四重奏が効果的に使われていた。

ピアノトリオと弦楽四重奏によるアンサンブル作品『Rhizome』(2014)が高く評価されたファビアン・アルマザンは、そんな近年の動向を象徴する作曲家の一人だ。その彼が先日リリースした『Alcanza』は、前作『Rhizome』の世界観をさらに発展させた内容で幅広い音楽ファンに衝撃を与えた。今回はそのアルマザンの最新作を、ジャズ/ポピュラーミュージック愛好家の佐藤悠 氏と、ワールドミュージックを中心に執筆する評論家、吉本秀純 氏に読み解いてもらった(掲載は50音順です)。

アルバムデータ

Fabian Almazan – Alcanza
Biophilia Records (2017)

01. Alcanza Suite: I. Vida Absurda y Bella
02. Alcanza Suite: II. Marea Baja
03. Alcanza Suite: III. Verla

04. La Voz de un Piano
05. Alcanza Suite: IV. Mas
06. Alcanza Suite: V. Tribu T9

07. La Voz de un Bajo
08. Alcanza Suite: VI. Cazador Antiguo

09. La Voz de la Percusión
10. Alcanza Suite: VII. Pater Familias
11. Alcanza Suite: VIII. Este Lugar
12. Alcanza Suite: XI. Marea Alta

Fabian Almazan – piano, electronics
Camila Meza – voice, guitar
Linda Oh – bass
Henry Cole – drums

Megan Gould – violin
Tomoko Omura – violin
Karen Waltuch – viola
Noah Hoffeld – cello


佐藤 悠「強烈な映像喚起力」

物語は急速なテンポで幕を開ける。弦楽四重奏、ヴォーカル、ピアノ、ベース、ドラムの8人が生み出す音が、様々な長さと振幅を持った波となり、重なり、離れ、複雑に絡み合い、予想も付かない展開をみせる①は、これから始まる起伏に富んだ旅を予感させる一曲。優美な旋律とともに船出し、厳しい荒波に揉まれ、光に向かって船を漕ぎ進める②、美しさに心が震える瞬間を捉えたような弦楽主体の③を含めた第一のパートは、クラシックの管弦楽法を学び、映画音楽を志向するファビアン・アルマザンの音楽の真骨頂だ。

9つの組曲からなる今作は、インタールードによって4つのパートに分割されている。アルマザンのピアノの深い残響に導かれる第二のパートは、ロマンチックで切ないカミラ・メサの歌声に胸をかきむしられる⑤が出色。情熱的な表現にラテンアメリカ出身という出自が感じられる。ここでのストリングスは一転して背後に引き、歌の伴奏として機能している点にも注目したい。その弦楽が橋渡しとなり始まる⑥は、ピアノ・トリオを前面に出したジャズ寄りの曲で、音色や質感まではっきり聴こえるリンダ・オーのベースソロが印象的だ。

オーによる、弦の震えや音の減衰に耳を奪われるベース独奏を挟んで始まる第三のパートは、バグパイプや笙を彷彿とさせる弦楽の響きや、行進のような力強い律動、極端に歪められたヘンリー・コールのドラムの破裂音に、古代の戦いの前の儀式のイメージが浮かぶ⑧の一曲のみ。強烈な映像喚起力に、サウンド・クリエイターとしての表現力の豊かさが感じられる。

コールの破壊的なドラムソロから始まる第四のパートは、鼓舞するようなリズムと、加速していくメロディに希望が溢れる⑩で大きく舵を切る。メサの弾き語りの歌声に、旅路の果てに居場所を見つけたような安堵を覚える⑪では、明滅するエレクトロニクスや光の筋のような弦を伴ったピアノソロが、大きなうねりを持った作品の中で、心の奥底に降りて行くような束の間の静けさを感じさせてくれる。再び海原へ船出し、荒れ狂う嵐の中で聴こえてくる②の旋律に過去の記憶が蘇る最終曲の⑫は、物語がここでは終わらず、冒険を何度も繰り返すことを表しているようだ。そしてそれは、ファビアン・アルマザンの音楽的な探求がこれからも続いていくことを示唆するように思える。
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吉本 秀純「ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存」

2年前の来日時にインタビュー取材をした際に、影響を受けた音楽家としてラヴェルや武満徹とともに、同郷の音楽家ではキューバのみならず中南米のスペイン語圏一帯で幅広い人気を誇るヌエバ・トローバのシルビオ・ロドリゲスや戦前に活躍したクラシック作曲家のアレハンドロ・ガルシア・カトゥーラの名を彼が挙げたのはとても興味深いことだった。前作『Rhizome』は、まさにそんな音楽的ヴィジョンを現代ジャズの側から具現化させたようなシンフォニックな大作であり、ピアノ・トリオに弦楽カルテットと女性ボーカルを交えたアンサンブルも、単なる“ウィズ・ストリングス”的なモノではなく、綿密に書かれたスコアと即興パートが有機的かつ掛け算的に絡み合うことを念頭に置いてコンポーズされたもの。クラシックとジャズの融合を高次元かつ独自の方法論で実現しながら、特にメロディなどにラテン圏ならではの叙情性や優美さをしっかりと兼ね備えた点も秀逸だった。

新作『Alcanza』はその発展形を示した作品だが、全体的にアッパーさとアグレッシヴさを増し、3つのソロ・パート的なトラックを挟んだ9つの組曲形式でシームレスに展開していく楽曲はアルバム全体で1曲の完全な“交響曲”となっている(実質的には各ソロで区切って全4楽章という構成か)。演奏面でもピアノ・トリオと弦楽パートはより不可分に入り組み、前作では4曲のみ参加だったカミラ・メサもほぼ全曲で歌って8人のメンバーがよりバンド的に一体感を高めているのに加え、全編で多用される変拍子チェンバー・ジャズ・ロック的な旋律やリズムをこなすチリ出身のカミラの歌声と、プエルトリコ出身のヘンリー・コールの強靭なドラミングの存在感が前作以上に浮き立っている点も聴きもの。ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存した痛快作。
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All About ダニー・マッキャスリン / リズムを革新するサックス奏者

音楽性

イントロダクション

00年代半ば以降、ダニー・マッキャスリン(テナー・サックス、1966年カリフォルニア生まれ)は常に現代ジャズのもっとも活発なシーンの一翼を担ってきた。00年代と10年代の二つのカルテットを中心に、サックス・トリオやマリア・シュナイダー・オーケストラ、デヴィッド・ボウイ作品への参加など、その活動の幅は多岐にわたる。ここではそんな彼の音楽性を紹介する。

演奏家として

マッキャスリンの演奏でまず気付くのは、モチーフ展開の巧みさである。彼のインプロヴィゼーションは事前に用意したリックの集合体でも、アウトサイドとインサイドを往来するスケールの連続でもない。3~4音ほどのシンプルなモチーフを、リズム的、メロディ的に変化をつけながら次々と数珠つなぎのように繰り出し、起伏のあるドラマを作ってしまう所に彼の凄さがある。その演奏は「アドリブ」というよりも、作曲と即興の中間の「インプロヴァイズド・コンポージング」と呼べるものだ。

◆ダニー・マッキャスリンの代表的演奏(マリア・シュナイダー・オーケストラでのライブ)

作品での実例は数えきれないほどあるが、比較的長いものだと『Soar』収録の”O Campeão”(02:18から02:45まで)や『Declaration』の”M”(02:27から03:07まで)があげられる。前者はテーマに出てくるオスティナートを素材に、リズム的に次々と変化させていくことで即興に統一感を与えている。また後者は単純なフレーズを徐々に複雑に、アウトさせていくことで緊張感を高めクライマックスにつなげている。

マッキャスリンはこのようなアプローチをどうやって習得したのだろうか。一般的に彼のスタイルはジョン・コルトレーンとマイケル・ブレッカーがベースにあると言われている。しかしそこに彼ならではの独自性を加えているのが、ソニー・ロリンズからの影響である。バークリー音楽大学卒業後、当時の音楽教育がハーモニー的な側面に偏り、リズム・アプローチの重要さが見逃されていることに気付いた彼は、ソニー・ロリンズやラテン音楽、アフリカ音楽をヒントに様々なリズム・ボキャブラリーを積み重ねていく。ロリンズは楽曲テーマを素材にした即興(テーマティック・インプロヴィゼーション)の名手としても有名だが、そうした点もマッキャスリンはアイディアをもらっているのだろう(前述の”O Campeão”でのアプローチ)。

またそれ以外にもホンキートンクなトレモロ風フレーズ、独特な訛りを含んだタンギングやアーティキュレーションなど、ロリンズの語法を現代的に再解釈したと思われる部分は多い(もちろんメロディックなモチーフ展開はウェイン・ショーター、ファンキーな要素はブレッカー、奏法はバークリー時代の師ジョージ・ガゾーンなどからも継承しているが)。

◆ダニー・マッキャスリンを読み解く作品
上段左から
Sonny Rollins – What’s New ? (1962)
Herbie Hancock – Head Hunters (1973)
Maria Schneider – Allegresse (2000)
下段左から
Danilo Perez – Motherland (2000)
Aphex Twin – Drukqs (2001)
Deadmau5 – while (1<2) (2014)

ファースト・カルテット

90年代からダニーロ・ペレスやデヴィッド・ビニーたちに起用され、演奏家として信頼を集めていたマッキャスリン。だが自身の音楽性をフルに発揮した作品は、00年代半ばまで作れないでいた。しかしマリア・シュナイダー・オーケストラに起用されたことが、彼の音楽家としての方向性を決定づける。当時、マリアは持ち前のクラシカルで水平的なオーケストレーションに、ブラジル/ラテン音楽のサウンドやリズムを取り入れた楽曲”Hang Gliding”や”Journey Home”を制作し、ラージアンサンブル・シーンに新たな局面を開いていた。マッキャスリンは彼女のバンドのメンバーとしてこれらの楽曲に触れることで、新しいコンセプトを思いつく。それが彼とベン・モンダー、スコット・コリー、アントニオ・サンチェスのカルテットを中心とした3作(『Soar』、『In Pursuit』、『Declaration』)だった。

これらの作品で登場する「ラテン的なパーカッションとジャズドラムのポリリズム」、「コードごとのかたまりではなく、メロディをレイヤー状に重ねたオーケストレーション」は、00年代初頭にマリアが確立したアプローチを受け継いでいる。一方で、マリアがインスピレーションを受けていたブラジルやアルゼンチン周辺の音楽に加えて、マッキャスリンの場合はキューバやパナマといったカリブ海周辺の音楽からも色濃く影響されている。こうした方向性は前述のソニー・ロリンズからの流れもあるが、一番はパナマ出身のピアニスト、ダニーロ・ペレスとの活動による所が大きい。ペレスといえば、近年のラテン音楽を取り入れたジャズの発展に大きく貢献した人物として評価が確立されている人物。90年代にペレスのバンドに参加していたマッキャスリンは、毎回練習時にラテン音楽のアイディアを彼から貪欲に吸収していたという。

『Soar』の楽曲を構想した時、マッキャスリンの頭の中にはかなり鮮明に完成時のサウンドが鳴っていたのではないだろうか。それほど本作の内容は新しいグループの一作目とは思えないほど洗練されている。続く『In Pursuit』、『Declaration』は『Soar』のバリエーション的作品で、この2枚も一作目と甲乙つけがたいクオリティだ。二作目の『In Pursuit』は彼の多く作品でプロデューサーを務めるデヴィッド・ビニーが演奏に加わり、『Soar』よりもダークでアヴァンギャルドな作風に。一方、シリーズ最終作『Declaration』はブラスセクションに大きくスポットを当てて、ミドルアンサンブル作品の傑作に仕上げている。

◆主なサイドマン作品
上段左から
Steps Ahead – Vibe (1995)
Maria Schneider – Concert in the Garden (2004)
Torben Waldorff – American Rock Beauty (2010)
下段左から
Joel Harrison – Search (2011)
Antonio Sanchez – New Life (2013)
David Bowie – ★(Blackstar) (2016)

セカンド・カルテット

ファースト・カルテットの活動後、マッキャスリンはデヴィッド・ビニーの勧めでエレクトロニック楽器を導入した作品『Perpetual Motion』を制作する。後のセカンド・カルテットのメンバーであるティム・ルフェーヴルとマーク・ジュリアナも参加している作品だが、この時点ではビニーとの共作”Impossible Machine”を除き、70年代のソウル・ミュージックやジャズ・ファンクを志向した作品になっていた。

しかしそのサウンドは次作『Casting For Gravity』で一変する。キーボードにジェイソン・リンドナーを加え、エイフェックス・ツインをはじめとするエレクトロニック・ミュージックのリズムと質感を取り入れた音楽性にシフト。ただしファースト・カルテットが一作目の時点ですでにコンセプトがほぼ完成されていた一方で、セカンド・カルテットは一作ごとに試行錯誤を繰り返しながら音楽性を発展させていくより実験的なグループになった。

一作目『Casting For Gravity』はリズムマシーン的なビートのマーク・ジュリアナと、ゆったりとしたレガート的なタイム感のマッキャスリンという、対称的なリズム感覚を持つ二人の対比がコンセプトだったと言えるだろう。本作に最も影響を与えたというエイフェックス・ツインの『Drukqs』をマッキャスリンが聴いた時、このドラムンベース的なリズムの上で自分がインプロヴィゼーションをすれば新しい音楽が作れるかもしれない、と考えたに違いない。続いて二作目の『Fast Future』は、一作目に比べてテーマ部とソロパートの両方でジェイソン・リンドナーの影響力/支配力がぐっと増したことで、エレクトロニックなサウンドが拡大されている。テナーとリズム隊を分けて捉えた前作とは対称的な、グループ・サウンドを前面に押し出した作品だ。またリーダーのマッキャスリンだけでなく、プロデューサーのビニー含め、それぞれのミュージシャンが演奏アイディアやカバー曲を提案していく音楽的コレクティブに発展したのもこの頃からである。

その後、マッキャスリン・カルテットの音楽性をさらに大きく変える出来事が訪れる。言うまでもなくデヴィッド・ボウイ『★』への全面参加である(ボウイがマリア・シュナイダーと共作したことがきっかけで、彼がマッキャスリンを知ったことはあまりにも有名だ)。『★』の収録では、マッキャスリンは単なるスペースを埋めるための伴奏楽器の役を超え、ボウイとのツイン・ヴォーカルやバック・コーラス的な役を務める。このレコーディングを通過して作られた『Beyond Now』では、サックス演奏はフラジオやオーバートーン、グロウルトーンなど音色/音質面でのアプローチがかつてないほど拡大し、非常にヴォーカル・ライクなものになった(”Coelacanth 1″、”Warszawa”が好例。一方、”Faceplant”のようにこれまでの奏法も意図的に残している)。『Beyond Now』は単なるボウイ追悼作ではなく、晩年のボウイとマッキャスリンが互いの音楽性を高めあった結果と言えるだろう。

◆ダニー・マッキャスリン・セカンドカルテット

結び

ラテン音楽やエレクトリック・ミュージックなどの語法を使って、ジャズの可能性を切り開き続けてきたマッキャスリン。時としてその音楽性は、ロマン主義に傾きすぎてしまうきらいが無いではない。しかしジャズと他ジャンルの融合を夢見てきた70年代以降のミュージシャンたちの理想が、ここでは確かに実現している。それは何故だろうか。

まずはファースト・カルテットもセカンド・カルテットも、その音楽性が彼のルーツに深く根ざしていることがあげられる。マッキャスリンが生まれたカリフォルニアのサンタ・クルーズという街はヒスパニック系の住民が多く、彼も幼いころより自然とレゲエやサルサなどに触れていたという。この時の体験がファースト・カルテットにつながっているはずだ。また、セカンド・カルテットのダブ的な要素は、その時聴いていたレゲエにルーツがあるのだろうし、エレクトリックなサウンドは10代の時参加していた父親のジャズ/ファンクバンドでの経験がベースになっていると考えられる。

一方で、NYに移ってからの幅広い交流関係も要因にあげておきたい。彼のプロジェクトはいずれもサイドマンとして活動していたバンドでの経験や、シーンを主導するミュージシャンとのコネクションから発展している。そうした人脈を築くためにはハイレベルな演奏/作曲能力はもちろん、マッキャスリンの高い人間性も関係しているに違いない(彼は敬虔な長老派教会の信徒でもある)。厳かでエゴイスティックな従来の芸術家像とは真逆の姿勢は、ジャズに限らずこれからのアーティストのあり方を体現しているように思える。


ダニー・マッキャスリンの名盤

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Donny McCaslin – Soar
Sunnyside (2006)

Donny McCaslin (ts, fl), Luciana Souza (vo), Ben Monder (g), Orrin Evans (p), Scott Colley (b), Antonio Sanchez (ds), Pernell Saturnino (per)

with: Shane Endsley (tp), Luis Bonilla (tb)

Track Listing ① Tanya ② O Campeao ③ Push Up The Sky ④ Hero As A Boy ⑤ Be Love ⑥ Grafton ⑦ Soar ⑧ Laid Bare ⑨ Merjorana Tonosieña

「カリブ海沿岸の街を旅しているような強いイメージ喚起力」
ファースト・カルテットの1枚目。アルバムの冒頭と終わりにはアレンジしたパナマの伝統音楽を収録し、その間に7曲のオリジナルが並ぶ。前半から中盤はヴォイスやフルートが織りなす繊細なアンサンブルが展開され、後半になるとそこにブラス楽器が加わり、クライマックスにふさわしい厚みのあるサウンドに。コンセプトアルバムではないが作品全体が構成的に練られており、まるでカリブ海沿岸の街を旅しているような強いイメージ喚起力がある。

サックスによるトゥンバオ風のテーマが印象的な②と、マリア・シュナイダーを想起させる雄大なテーマの③はアルバムの顔的存在で、マッキャスリンの躍動感あるインプロヴィゼーションも映えている。また後半の⑦は力強いメロディにフルートやトランペットのラインが対位法的に絡み合うテーマや、モンダーとマッキャスリンの白熱したソロ、最後の無伴奏コーダなど聴き所が多い。そしてダークなイントロから始まる⑧は、メンバーのソロを経て後半の祝祭的なアンサンブルへと昇り詰める展開が素晴らしい。

メンバー個々の活躍も見逃せない。ソウザの透明な声はファースト・カルテットの作品中、本作だけでしか聴けないし、サンチェスは情報量の多い楽曲を、抑えたドラムで上手くまとめている。モンダーはアコースティック・ギターでフォークロアの雰囲気を演出したり、アンサンブルのつなぎ役になったりと、マリア・オーケストラさながらの八面六臂の活躍をしている。(北澤)
※アルバム後半に数ヶ所エラー音がみられるため、購入前にBandcampなどでの試聴をお勧めします。


Donny McCaslin – In Pursuit
Sunnyside (2007)

Donny McCaslin (ts, fl), David Binney (as), Ben Monder (g), Scott Colley (b), Antonio Sanchez (ds), Pernell Saturnino (per)

Track Listing ① A Brief Tale ② Descarga ③ Madonna ④ Sea of Expectancy ⑤ In Pursuit ⑥ Village Natural ⑦ Send Me a Postcard ⑧ Fast Brazil ⑨ Festival In 3 Parts

演奏メンバーは前作からスリム化し、レギュラー・カルテットにデヴィッド・ビニーを加えた5人が主体に。前作で見せたリニアなオーケストレーションはそのままに、レギュラーバンドならではの一体感/アグレッシブさが前面に出ている。引き続き取り組んでいるアフロ・カリビアンな楽曲は②のように更にエモーショナルになったり、⑨のように複雑で物語的な展開になったりと、まさに『Soar』の続編と言える作品。

また、前作のプロデューサーであるビニーが演奏にも加わっているだけに、彼の音楽性が色濃く反映されていることも特徴だ。⑤のようなアヴァンギャルドな曲や③、④、⑦のように上昇感のあるコード進行にキャッチーなリフを繰り返して高揚感を誘うビニー的な楽曲が並ぶ。また③、⑤、⑨ではリーダーを食いかねないアグレッシブなアルトを演奏している。(北澤)


Donny McCaslin – Declaration
Sunnyside (2009)

Donny McCaslin (ts, fl), Edward Simon (p, org), Ben Monder (g), Scott Colley (b), Antonio Sanchez (ds)

with: Pernell Saturnino (per), Alex Sipiagin (tp, flugelhorn), Chris Komer (french horn), Marshall Gilkes (tb), Marcus Rojas (tuba), Tatum Greenblatt (tp)

Track Listing ① M ② Fat Cat ③ Declaration ④ Uppercut ⑤ Rock Me ⑥ Jeanina ⑦ 2nd Hour ⑧ Late Night Gospel

前作とは逆に南米音楽的な楽曲は②のみしかなく、アンサンブルに比重が置かれた作品。フレンチ・ホルンやチューバなどを配した3~5管のふくよかで厚みのあるブラス・ユニットが、ファースト・カルテットの演奏を盛りたてる。特に南国の果実の匂いが漂ってきそうな芳醇なサウンドの②や、チューバの低音が効いたノスタルジアを誘う曲調の③が素晴らしい。そして何よりもギル・ゴールドスタインがアシスタントで参加しているとはいえ、マッキャスリンのアレンジ力の高さに驚かされる。

サイドマンの演奏では、エドワード・サイモンが和声センスの高いソロピアノを披露している①、ベン・モンダーが歪み系エフェクト全開で暴れまわる⑤、同じくモンダーがほの暗いクリーントーンで楽曲に陰影を与えている⑥が聴きどころだ。(北澤)


Donny McCaslin – Recommended Tools
Greenleaf (2008)

Donny McCaslin (ts), Hans Glawischnig (b), Johnathan Blake (ds)

Track Listing ① Recommended Tools ② Eventual ③ Late Night Gospel ④ Excursion ⑤ Isfahan ⑥ The Champion ⑦ Margins of Solitude ⑧ 3 Signs ⑨ 2nd Hour Revisited ⑩ Fast Brazil

テナー奏者なら誰もが挑戦するサックストリオ作品の中でもキラリと光る一枚。また、好きな作曲家をイメージした楽曲や過去作の再演が多く、自叙伝的な作品とも言える。

全員の魅せ場が用意されている①やギル・エヴァンスの名曲”Time of the Barracudas”に影響を受けた②、リズミカルなキメと現代音楽的なスケールが交互に出てくる④などは、サックストリオならではのインタープレイの楽しさに満ちている。またマッキャスリンのソロは⑥ではシャウトするソウルシンガーさながらだし、⑦ではファルセットで歌い上げるオペラ歌手のようだ。『Beyond Now』につながる声楽的なスタイルは、すでにこの時に準備されていたのかもしれない。各楽器のアコースティックな質感もよく録れていて、ジャズ喫茶の大きなスピーカーの前で聴きたい作品だ。(北澤)


Donny McCaslin – Casting for Gravity
Greenleaf (2012)

Donny McCaslin (ts), Jason Lindner (keys), Tim Lefebvre (eb), Mark Guiliana (ds)

with: David Binney (vo, synth)

Track Listing ① Stadium Jazz ② Says Who ③ Losing Track of Daytime ④ Alpha and Omega ⑤ Tension ⑥ Praia Grande ⑦ Love Song for an Echo ⑧ Casting for Gravity ⑨ Bend ⑩ Henry

エレクトロニック・カルテットの初作。今作の特徴はリズム的なアプローチだ。メロディが細分化されてリズムと不可分になった②や、メロディが反復される中、ビートが次々に変化していく④にはエイフェックス・ツインの影響が感じられる。

演奏面にも独自性が現れている。マーク・ジュリアナはエレクトロニック・ミュージックの打ち込みのような、音の長さが短く、強弱を付けずにリニアに進むドラムで曲を推進しつつ、演奏に有機的に反応。ティム・ルフェーヴルはエフェクターを使いベースの質感を切り替え、ジェイソン・リンドナーはシンセの音色をリアルタイムで変化させ、マッキャスリンはサックスの肌触りをコントロールする。全員が音の質感を操り、曲中でテクスチャーを変化させるのが持ち味だ。

作曲面ではヴァース→コーラスの形式で進行する、歌もののような曲構造が特徴的だ。コーラスではうっすらとヴォイスが加わる曲もある。今作ではそこにリズムやテクスチャーの要素が加わり、奥行きが生まれている。初作にして、彼らの魅力が出揃っている作品だ。(佐藤)


Donny McCaslin – Fast Future
Greenleaf (2015)

Donny McCaslin (ts), Jason Lindner (keys), Tim Lefebvre (eb), Mark Guiliana (ds)

with: Nina Geiger (vo), Jana Dagdagan (vo), Nate Wood (g), David Binney (vo, synth)

Track Listing ① Fast Future ② No Eyes ③ Love and Living ④ Midnight Light ⑤ 54 Cymru Beats ⑥ Love What Is Mortal ⑦ Underground City ⑧ This Side of Sunrise ⑨ Blur ⑩ Squeeze Through

エレクトロニック・カルテットの第二作。リズム的なアプローチはやや控えめとなり、歌もののような展開の曲が中心になっている。歌うようなサックスとヴォイスがユニゾンする②や、サウンドに溶け込むようなうっすらした質感ではなく、肉声に近いヴォイスを聴かせる④は、より歌ものに近づいた印象。曲中に語りが挿入される⑥には、演奏そのものだけではなく、イメージも伝える表現にシフトしていることが感じられる。

エレクトロニックなサウンドへの傾倒も特徴的だ。バスのカヴァー②では、サックスの多重録音やシーケンサーも用い、空間的なサウンドを構築。ジェイソン・リンドナーのシンセの音色の幅はさらに広がり、曲の展開部では場面転換のように機能している。聴き手を別次元に誘う強烈なシンセソロや、美しいピアノも聴きどころだ。

⑩のダブ〜レゲエのサウンドに乗ったリズミカルなサックスには、マッキャスリンが影響を受けたソニー・ロリンズの姿が浮かぶ。前作の延長線上にありながら、イメージ喚起力や表現力が加わり、世界観が広がった作品だ。(佐藤)


Donny McCaslin – Beyond Now
Motema Music (2016)

Donny McCaslin (ts), Jason Lindner (keys), Tim Lefebvre (eb), Mark Guiliana (ds)

with: Jeff Taylor (vo), Nate Wood (g), David Binney (vo, synth)

Track Listing ① Shake Loose ② A Small Plot of Land ③ Beyond Now ④ Coelacanth 1 ⑤ Bright Abyss ⑥ Faceplant ⑦ Warszawa ⑧ Glory ⑨ Remain

「エモーショナルなプレイにボウイの影響を思わずにはいられない」

メンバー全員がデヴィッド・ボウイ『★』に参加した後の作品となるエレクトロニック・カルテットの第三作。今作はマッキャスリンのプレイを中心に、感情を表現している点が特徴的だ。デッドマウスのカヴァー④では、ブライアン・イーノに通じるアンビエントのサウンドがボウイを想起させるとともに、鎮魂歌のように響くサックスにマッキャスリンの思いが感じられる。③では絞り出すような高音が熱さを感じさせ、ミュートマスのカヴァー⑨では歌い上げるように吹かれるサックスがどこまでもエモーショナル。リズミカルで音響的なプレイからここまで振り切ったことにボウイの影響を思わずにはいられない。

ダークなムードが作品全体を覆っているようにも思えるが、初作からの路線も継続されており、曲調は幅広い。②では初めて歌詞を伴ったヴォーカルが参加し、歌ものへの志向が完全なかたちになっている。即興演奏のさなかに突然、サックスとシンセがシンクロして音響的な山場を作る①や、エイフェックス・ツインに影響を受けたというリズム・オリエンテッドな⑥など、カルテットの特徴とも言える音楽性が存分に味わえる。ジェイソン・リンドナーのプレイもさらに自由度を増しており、③でのギターのように聴こえるシンセソロや、⑥での同じフレーズを繰り返して音色だけ変えるソロ、⑧での曲中でのピアノ独奏には耳を奪われる。過去からの路線は残しつつ、さらにスケールの大きい表現に向かった作品だ。(佐藤)


アナライズ

Ex-1: 複雑な拍子の中を、モチーフの展開を使って自由に泳ぎまわるフレージング
※譜面をクリックすると拡大して表示されます。

3音でできている【Motif a】を最初の4小節で試し、その後少しハネたスイングフィールに変化させ展開させている。【Motif b】は【Motif a】の変形とも言える3音の上昇型。ここではシンプルな分、モチーフのリズムも変形させ引き伸ばしたり押し縮めてフレーズを作っている。

【Motif c】はスケールに沿った4音の下降型。曲のリズムに対して微妙にゆっくりなフレーズで譜面上は2拍5連や3連のリズムで表しているが、より自由に自分のタイム感を感じながらモチーフの展開と解決を考え演奏しているように聴こえる。

F7sus(add3)のコード上で(オリジナルの譜面表記)、最初はシンプルにFミクソリディアン(Bbメジャースケール)を用い、その後Eメジャースケールを使ってアウト感を出している。そしてモチーフを展開しきった後はFブルーススケールに着地する。

この曲では、ここでピックアップした部分以外にも4分以上に渡る圧巻のソロを、ほぼ音程/リズムのモチーフ展開のみでの演奏。拍子も3/4+3/4+3/4+2/4の11拍子系で、場面の展開によりさらに様々なアクセントが付く。その上で単純なものから複雑なものまで様々なモチーフ展開を使ってソロのストーリーを組み立てている。


制作

北澤(Twitter / Facebook): 音楽性、作品解説
古川靖久(Website): テクニカルアドバイス、奏法分析
佐藤 悠(Twitter): 作品解説
福田(Twitter / YouTube): 主なサイドマン作品 選盤
今井 純(Twitter / Blog): 資料提供

出典や、詳しいバイオグラフィーはこちら

Cross Review 04: Matthew Stevens – Preverbal

最近のコンテンポラリー・ジャズギタリストの層の厚さは目をみはるべきものがある。マイク・モレノやギラッド・ヘクセルマンらを筆頭に、前世代が築き上げてきたスタイルに独自の奏法やフォルクローレを加え、多種多様な音楽を展開している。しかし一方で、現行のジャズギター・シーンの流れを内側から食い破るような、不良っぽいギタリストの登場を待ち望んでいたのは私だけだろうか。1982年カナダ出身のギタリスト、マシュー・スティーヴンスが先日発表した『Preverbal』は、そんな期待に真っ向から応えてくれる作品だった。

今回のクロスレビューはギタリスト/作曲家の岡田拓郎 氏と音楽ライターの花木洸 氏に依頼し、2017年でひときわ事件性の高い本作の聴きどころをチェックしてもらった(並びは五十音順です)。

アルバムデータ

Matthew Stevens – Preverbal
Ropeadope Records (2017)

01. Picture Window
02. Sparkle and Fade
03. Undertow
04. Cocoon
05. Reservoir
06. Knowhow
07. Dogeared
08. Our Reunion

Matthew Stevens – Guitars, Sampling, Synth, Bass(2)
Vicente Archer – Bass
Eric Doob – Drums, Sampling, Synth, Programming
Esperanza Spalding – Vocal (8)


岡田拓郎「より強度を増したインディー・ロック的な感覚」

15年にリリースされた前作『Woodworks』は、アルバム全編に通底する、トータスやシカゴ・アンダーグラウンド・デュオといったシカゴ音響一派のポスト・プロダクション感覚や、サンドロ・ペリ周りのトロント・インディー作品にも通じる有機的なアコースティック・サウンドに、ジャズ・ミュージシャンが良い意味でのインディー・ロックのカジュアルさを、肩肘を張らずに体現したということでとても印象に残る作品だった。

そういった意味での”インディー・ロック”的な感覚が、本作ではより強度を増したのではないだろうか。前作と同様ベースにはヴィセンテ・アーチャー、ドラムスにはエリック・ドーブというリズム・セクションが引き継いだトリオ編成。だが、アルバム冒頭を飾る”Picture Window”を聴けば一目瞭然であるが、ベースは全編でアコースティック・ベースからエレクトリック・ベースに持ち替えられ、量感の増したキックは、前作とは大きく異なるポイントと思える。これにより、これまでは削られていたような60hzあたりの帯域をブーストさせ、キツめコンプレッサーでシャープな粒感が増した音像は正に、本作リリース前にギタリストとしてマシューが参加したエスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』、そしてベン・モンダーやマーク・ジュリアナが参加したデヴィッド・ボウイ『★』からの流れを感じさせる17年らしいトレンドのマトを得た音像に生まれ変わっている。楽曲的にも、非ヒップホップ的なベース・ミュージックのフィーリングを持ち込んだジャズとして、この2作からの影響は少なくないと感じる。

そうした硬質な音像に合わせるように、薄くドライヴの掛かったテレキャスターに持ち替えられたマシューのギター・サウンドの変化にも注目したい。ギター、ベース、ドラム・トリオの鍵盤レス編成の場合、和音の大部分を握るのはギターになるわけであるが、こういった硬質でラウドなアンサンブルの中に埋もれぬよう、オーバードライヴで音の厚みを足したとしても、ギター特有のアタック感や、和音の分離感や粒立が崩れにくいテレキャスターを選んだのも、グッド・チョイスに思える。

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花木 洸「デリック・ホッジ『Live Today』以来のヘッドホンミュージック」

この10年ぐらいの間に、アメリカのジャズという音楽の中で「歪んだギター」は再発見されてきたように思う。僕の中でコンテンポラリージャズと歪んだギターというのはどこか相反する存在であった。他の楽器も電化したフュージョンを除けば、アコースティックな編成の中でのジャズギターといえばフルアコースティックギターの乾いた音色であるか、パット・メセニーのようにリバーブの掛かったクリーンな音色であって、歪んだギターというのはなんとなくタブーな存在のような気がしていた。だから僕が初めて聴いたクリスチャン・スコットのバンド(たしか『Anthem』だ)を異質に思ったのは、すげえ歪んだギターが入ってるじゃんという点だった。マシュー・スティーヴンスというギタリストが気になったのもこの作品がきっかけだ。

そして昨年5月、エスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』バンドの来日公演で一番衝撃的だったのは、歪んだギターで弾きまくるマシュー・スティーヴンスの姿だった。一度ギターソロになると、ソロの内容はロック的なバンドの佇まいに反してカート・ローゼンウィンケルばりのめちゃくちゃコンテンポラリージャズの語法で構成されていて「こんなにポップな音楽にこんなにソロをのせていいのか?」と思ったのを覚えている。

Esperanza Spalding Presents: Emily’s D+Evolution – Unconditional Love(マシュー・スティーヴンスのソロは5:50〜)

このアルバム『Preverbal』は、その時の衝撃がそのままパッキングされたような一枚だ。エンジニアはエスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』を手掛けたカイル・ホフマン(Kyle Hoffmann)。鍵盤やホーンの入らないギタートリオの編成ながら、歪んだギターやスライスされたドラムが自由自在に反射していく。彼の持ち味でもあるカート・ローゼンウィンケル以降のコンテンポラリー・ジャズのフレージング、そしてパット・メセニー調のメロディアスなプレイまで、すべてをインディー・ロックやポストロックのような意匠を施したこの作品は、近年のジャズの中ではデリック・ホッジ『Live Today』以来のヘッドホンミュージックだ。DAW的な耳触りでありながら、その音像のそこかしこにジャズ・ミュージシャンの即興演奏でなければ成り立たないような場面が込められているのが印象的。そしてその事が、僕にこの音楽をジャズ・ギター作品だと思わせてくれる。

クリスチャン・スコットのコンコードデビュー作(つまりはメジャーデビュー作)『Rewind That』(2006年)はマシュー・スティーヴンスの歪んだギターで始まる。彼ら世代のジャズの音像への挑戦は、この時から始まっていたのかもしれない。

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Cross Review 03: Christian Scott – Ruler Rebel

現代のジャズを代表するトランペッター/ソングライター、クリスチャン・スコットはかつてこう言った。「新しいパレットを作りたいと思っている。ジョン・コルトレーンのカルテットは、それまでのジャズの在り方をひっくり返した。同じように、僕は未来の世代のために違うやり方があるんだということを示したい」(CD Journal 2009年1月号)。

その言葉通り彼は『Stretch Music』(2015年)と先日リリースした『Ruler Rebel』(2017年)で、今までのジャズ界ではほとんど前例がないリズム/サウンド・プロダクションを導入し、「新しいパレット」を我々の前に提示してみせた。それを受けて今回は、現在進行形のジャズを追う佐藤 悠 氏とTAMTAMのドラム/プログラミング担当、高橋アフィ氏に最新作『Ruler Rebel』のレビューを依頼し、近年のクリスチャン・スコットの音楽性と、これからのジャズの形を読み解いてもらうことにした。
※レビューの並びは50音順です。


アルバムデータ

Christian Scott – Ruler Rebel
Ropeadope Records (2017)

01. Ruler Rebel
02. New Orleanian Love Song
03. New Orleanian Love Song II (X. aTunde Adjuah Remix)
04. Phases
05. Rise Again (Allmos Remix)
06. Encryption
07. The Coronation of X. aTunde Adjuah
08. The Reckoning

Christian Scott – Trumpet, Flugelhorn, Sampling Pad, etc
Elena Pinderhughes – Flute (6, 7)
Cliff Hines – Guitar (1, 4, 6-8)
Lawrence Fields – Piano, Fender Rhodes (1-3, 5-8)
Luques Curtis – Bass (4)
Kris Funn – Bass (7, 8)
Joshua Crumbly – Bass (6)
Corey Fonville – Drums, Sampling Pad (1-3, 6-8)
Joe Dyson Jr. – Pan African Drums, Sampling Pad (1-4, 6, 8)
Weedie Braimah – Djembe, Bata, Congas (1-3, 5, 7)
Chief Shaka Shaka – Dununba, Sangban, Kenikeni (1-3, 5, 7)
Sarah Elizabeth Charles – Vocals (4)


佐藤 悠「クリスチャン・スコットの最高到達点」

まずリズムに触れておきたい。前作にも参加したシンセ・パッドを併用するドラマー二人に加え、パーカッショニストを二人起用し、曲によって使い分けている。ベースレスで打楽器奏者四人が叩く①、②、③と、太いベースが鳴る⑦、⑧とのグルーヴの違いが面白い。トラップとアフリカ音楽が交わる⑤のビートも刺激的だ。

サウンドにも拘りが感じられる。様々な音がダイナミックに抜き差しされる①や、言葉が木霊し意味が演奏に溶け込むような④は空間的な音像だ。トランペットの多重録音も多く、編成ありきではなく、ヴィジョンを具体化するために必要な音を揃えていることが分かる。アジアの宮廷音楽を思わせる①や、西部劇の馬の足音のようなリズムの②など、サウンドがイメージを喚起する点も魅力的。

曲の構造にも注目したい。ピアノはソロの伴奏をしたり曲を進行させたりすることはなく、ループして曲を繋留。各楽器間でのインタープレイもない。そのようなジャズの方法論を放棄し、リズム隊をトラップのビートのように位置付け、その上で悠然とトランペットを吹く構成が鮮烈だ。ヒップホップ・グループ、ミーゴスに影響を受けたというが、前作のようにジャズの構造の中に現代的なビートを導入するだけでなく、曲の構造まで作り変えていることに驚いた。

そのソロ演奏が最大の聴きどころだ。円環的なリズムの上でトランペットが感情を解き放つ②、③や、フルートが機械のような精度で動き回る⑥には意識を釘付けにさせられる。革新的なビートと情景的なサウンド、そして感情表現としての演奏が結びついた本作は、異なるジャンルを取り込んで表現を拡張する”ストレッチ・ミュージック”の最新型であり、クリスチャン・スコットの最高到達点となる傑作だ。
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高橋アフィ「『Ruler Rebel』はドラムの音色を大幅に拡張した」

2016年青山ブルーノート。ステージに上がったクリスチャン・スコットが最初に行ったことは、PCからシーケンスを流すことであった。それに呼応するようにコーリー・フォンヴィルがドラムパッドでリズムを叩き出す。電子音が流れる中、クリスチャン・スコットが吹き始めた。

ここ数年、ジャズを筆頭としたドラム・ブームは、ドラマーがエレクトリックな音楽(DAWからサンプリングまで)に影響を受け、生演奏に取り入れていった流れとも言える。マーク・ジュリアナやクリス・デイヴを筆頭に、ドラマー達によるエレクトロなものを演奏に翻訳・解釈していく作業がスリリングだった。

その中でも、音色の探求は大きな潮流の一つだ。穴の開いたシンバルや重ねシンバル、極端にピッチを上げた/下げたスネアなど、まるで電子音のような音色を演奏中に鳴らすことは、今や当たり前のように行われている。楽器をプリペアド的に加工し、生楽器かつ疑似的な電子音として取り入れることによって、演奏の中に馴染ませていった。

●シンバルの組み合わせで音色の幅を広げるマーク・ジュリアナ

●様々な素材でドラムの音色を加工するベニー・グレブ

『Ruler Rebel』はその流れを大幅に拡張したと言えるだろう。一番最初に感じたことは、電子音の電子音らしい目立ち方だ。エレクトロなものが翻訳・解釈されずにそのままある。前作『Stretch Music』でも取り入れられていたドラムパッドはますます存在感を増し、2曲あるリミックスは打ち込みのリズムが主軸だ(”Rise Again”のリミックスはなんとトラップ風味!)。生楽器と電子音はまったく別物として扱われている。だが、それは不調和や打ち込み然としているというよりも、新たな「生々しい演奏」の印象を与えることになったと思う。むしろトータルの印象としては、ヴードゥー的な呪術感とうねるリズムが目立っている。特にクリスチャン・スコットの音色はどの作品よりも誠実に鳴っているのではないだろうか。

これはドラムパッドを鳴らすドラマー、そして周りのプレイヤー達が、電子音を生楽器とは別物かつ演奏するものとして扱った結果だ。疑似的な電子音を鳴らしていた楽器の(今思えば生楽器とうまく混ざる)バランスの良さに対し、使い辛かったドラムパッドやシーケンスを、ついに演奏するものとして真っ当に向き合うプレイヤーが集まったということだろう。音色的には馴染ませないが、例えばバッドをパッドとして叩く等、演奏として馴染ませたのだ。それにより生楽器と電子音の不自然な配置は、その不自然さゆえ、現代の様々な音楽と同時進行形に聴こえる。特にライブでのコーリー・フォンヴィルのドラムセットとドラムパッドの両刀使いは、あまりに自然に行き来することにこそ素晴らしさがある(そしてコーリー・フォンヴィルはR&Bグループ、ブッチャー・ブラウンではむしろ直球にドラムのみでファンキーなリズムを叩いていることも重要だ。このエレクトロへの気負いの無さは、個人的に面白い所だと思う)。

●『Ruler Rebel』収録”The Reckoning”のライヴ動画

●コーリー・フォンヴィルが所属する”ブッチャー・ブラウン”のスタジオ・ライヴ

ロバート・グラスパー・エクスペリメントでマーク・コーレンバーグがドラム・パッドを使用し、またジャズ・ドラマー達がthe Sensory Percussion(解説はこちら)というドラムトリガーを使用し始めたことはきっと偶然ではない。またドラム以外に目を向ければ、シンセベースやヴィンテージ・シンセの使用など、今まで飛び道具扱いされることもあったものが、楽器として当たり前に取り入れられている。ロボ声からマンブル・ラップのエフェクティブな音響だからこそ出てしまう感情も言わずもがなだ。生演奏と電子音の共存は、もはや新たなスタンダードと言えるだろう。
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All About カート・ローゼンウィンケル / “伝統か革新か”を超えて

音楽性

カートはどこからやって来たのか

カート・ローゼンウィンケル、1970年フィラデルフィア生まれ。90年代前半、混迷を極めていたNYジャズシーンにデビュー。1994年にマーク・ターナーと結成したカルテットでジャズクラブ・スモールズを拠点に活動するうちに、現代ジャズシーンの中心的存在として浮上。00年代にリリースした作品群でダークかつ浮遊感に満ちた独自のサウンドを確立し、現在までギタリストのみならず後継に大きな影響を与えている音楽家。もし彼の紹介を手短にするとしたら、このようになるだろう。

だがそのヒロイックなキャリアとは裏腹に、カートの音楽は今日まで我々に端的な言葉で形容させてくれない。カート・ローゼンウィンケルという音楽家は、「あるミュージシャンの後継者」とか「ジャズと他の音楽を融合させたイノベーター」というような角度から言い表すことができない。確かに初期のカートのアーティキュレーションはパット・メセニー、調性感の希薄なスケールの多用はジョン・スコフィールド、エフェクターを含めた音響的アプローチはビル・フリゼールからの影響といえるかもしれない(いうまでもないが、その3人はコンテンポラリー・ジャズギターの御三家的な存在だ)。

しかし前世代のギタリストとカートのジャズに対するアプローチはほとんど真逆だ。メセニーらはビバップからジョン・コルトレーン、ハービー・ハンコック、キース・ジャレット辺りまでが築いてきたリズム/ハーモニー理論を土台に、その上にロックや南米音楽、ファンクやカントリーなどを融合させることで、今日までジャズの定義を拡張してきた。しかし一方でカートはデヴィッド・ボウイ、レディオヘッド、ミルトン・ナシメント、Qティップ、Jディラといったロックやブラジル音楽、ヒップホップの要素を取り込みながらも、『Caipi』を除きジャンル越境的な作品を作っていない。

カート・ローゼンウィンケルを読み解く作品

上段左から
Thelonious Monk Trio (1954)
Wayne Shorter – Native Dancer (1974)
Keith Jarrett – Death and the Flower (1975)
下段左から
Allan Holdsworth – Secrets (1989)
Radiohead – Kid A (2000)
J Dilla – Welcome 2 Detroit (2001)

ルーツ

それではヤコブ・ブロが「複雑なのにいつもメロディを失わない」「まるで心の底から自然に湧き出た音楽」と言ったカートの音楽性の根幹をなすものは何だろうか。いろいろな解釈があるが、私はビバップ音楽だと思う。「チャーリー・パーカーを聴かなければ、カート・ローゼンウィンケルは理解できない」と言いたいのではない。彼が聴いてきた音楽を辿っていくと、10代半ばまでにヘヴィロックやフュージョン、コンテンポラリー・ジャズギターを聴いた後に、フリージャズと後期コルトレーンに遡り、その後さらに前の時代のセロニアス・モンクやバド・パウエルを熱心に聴いていたことが分かる。メセニーたちのサウンドを個性的なものにしている要素はジャズ以外の音楽が多いのに対して、カートの場合は生まれた時にはすでに失われかけていたビバップ音楽が中心だった。

当然のことながら彼の古典研究は、ウィントン・マーサリスのようなアカデミズムとは異なる(カートの場合、バークリー音楽大学や彼を最初に起用したゲイリー・バートン・グループの方針とは、ほとんど合わなかったようだ)。カートは40~60年代に活躍したミュージシャンの中に、テクニックや正確さの追求とは異なる、いまだ解明されていない独自の表現を嗅ぎ取ったのだった。例えばジョージ・ヴァン・エプスのギターによるピアノ的なアプローチ、バド・パウエルやエルモ・ホープのハーモニック・センス、そしてカートの音作りにインスピレーションを与えたモダンジャズ時代のシンガーや管楽器のイントネーション/音色がそれだ(ゆえにカートのヴォイスとギターは「歌と声」以上のレベルでブレンドする)。

もちろん、カート以前のギタリストも過去のジャズから多くを学んでいる。だが作曲の面でも、彼ほどビバップ音楽を追求した音楽家はあまりいないはずだ。特に注目したいのがセロニアス・モンクとウェイン・ショーターである。シンプルかつ抽象的なテーマ、先の読めない奇妙なコード進行はモンクから受け継いだものであり、夜を想起させるミステリアスなハーモニーや、ブラジル音楽への傾倒はウェイン・ショーターからの影響を感じさせる(また、カートは8小節単位ではない変則的な小節数の楽曲を多く書いているが、これもモンクやショーターと共通している)。彼はよく「オーガニック(有機的なもの)とシンセティック(人工的なもの)の融合を追求している」と言っているが、その「オーガニック」なものの源泉は、このあたりにある。

とはいえジャズ以外の音楽がカートにとって非本質的なものというわけではない。ブラジル音楽を下敷きにした楽曲は『The Enemies of Energy』の”Dream of the Old”、未発表作『Under It All』の”Portuguese”、『The Remedy』のタイトル曲や”Terra Nova”など『Caipi』以前にいくつも見られる。また『The Enemies~』の”Grant”や『Star of Jupiter』の全編はジャズロック/フュージョン愛に溢れたものだし、『Under It All』のタイトル曲はシンプルなロックのリズムと弾き語りのように演奏するギターがフォーク系のシンガー・ソングライター(以下SSW)を彷彿とさせる。そしてヒップホップの要素は、『Heartcore』のブレイクビーツやサンプリングの構築方法、『Reflections』収録曲”Fall”のリズムアレンジなどがあげられる(後者はエリック・ハーランドが遊び半分でQティップ”Vibrand Thing”のビートを叩き始めたことがきっかけらしい)。

プレ『Caipi』ともいえる『Under It All』の”Portuguese”

創作姿勢

ここからはアルバムを年代順に紹介していくが、その前に前提にしたいことが二つある。

一つ目はジャズの世界では時系列でアルバム紹介をするとインプロヴィゼーションを中心に語ることが多いが、カートの場合は逆に作曲にフォーカスした方がキャリアを俯瞰しやすいということ。というのもあのリズム・デベロップメントもハーモニー・センスも、ジャズの革新のためなどではなく、全て頭の中で鳴っている音楽を具現化するために開発されたからだ(カートに言わせると、曲は技術的な力量を超えたレベルでいつも生まれてしまい、その後自分で自分の曲を演奏するために色々と研究するらしい)。演奏家としての視点だけでカート作品を聴いていくことは、彼の本質を見誤る危険性があるとすらいえるだろう。

二つ目の前提はアルバム作りに関して。彼はある作品で頭の中の音楽を具現化してしまうと、次の作品で更にその発展版を作るということはあまりしない。確かに、13年間活動したマーク・ターナーとのバンドをはじめ、レギュラーグループは存在する。だが多くの場合、作品リリース後はこれまでの取り組みをリフレッシュし、反動のように前作とはまったく異なるアプローチのアルバムを作ることが多い。しかも一作一作の変化が徹底的なため、ある作品とある作品の過渡作というものが存在しない。ゆえに突然ヒップホップのプロデューサーと多重録音アルバムを出したり、突然スタンダード集を出したりと、はたから見ると何を考えているのか分からなくなる。しかしカートの変化はただの気まぐれではなく、作品を積み重ねるごとに音楽性の深化をともなう着実なものだ。こうした姿勢はウェイン・ショーターと共通している。

90年代作品

前提への言及が長くなってしまったが、それでは彼の作品紹介に移りたい。メジャーデビュー前の90年代には、カートは『East Coast Love Affair』(1996)、『Intuit 』(1999)という2枚のスタンダード集と、『The Enemies of Energy』(1996)、『Under It All』(90年代後半)というオリジナル作品をレコーディングしている(ただし『Under It All』は今日までお蔵入りの状態が続く)。

前者のスタンダード集は以降のカートの演奏の萌芽が多く含まれている点で、今もなお聴く価値のある作品だ。ハーモニー面では飛び道具的にアウトせず、調性の内と外を縫うような極めて洗練されたラインをすでにこの時から実践している。またリズム面では『East Coast…』の”All or Nothing at All”(04:36~)や『Intuit 』の”How Deep Is the Ocean?”(02:05~)は同じリズム・モチーフを変則的な譜割りでポリリズム的に繰り返すフレーズ、『East Coast…』の”Lazy Bird”(00:52~)は単音ラインと和音のボイシングを組み合わせたジャズピアノ的なアプローチをしている。これらはどれもカートを特徴づけるプレイだ(彼がマーク・ターナーを起用した理由も、この辺りのリズム/ハーモニー解釈に共通点があるからだろう)。

次に後者のオリジナル・アルバム2枚に目を移してみよう。00年代のスタイルに通じるナンバーも収録されているが、この2枚を特別なものにしているのはインプロヴィゼーションが中心ではないトータルサウンド型の楽曲である。『The Enemies…』では”Number Ten”から”Dream of the Old”あたりまでの中盤、『Under It All』ではタイトル曲や”Aurora (Figures)”以降の後半に収録されているブラジル音楽やロック風の曲がそれだ。カートはこの2枚を作った当時レベッカ・マーティンとジェシ・ハリスのフォーク・ユニット、ワンスブルーに在籍していたが、こうした楽曲はハリスのような90年代グリニッジ・ヴィレッジのソングライターと交流する中で育まれたものではないだろうか。『The Enemies…』のタイトル曲は自作の詩に曲をつけた作品だが、こうした手法はジャズミュージシャンというよりもSSWの作曲法に近いし、一時期は自ら歌うバンドも率いていたらしい。

00年代作品

だがカートは『Under It All』録音後、ギターでの作曲にマンネリを感じ今までと同じ曲を作ろうとはしなかった。そこで試したことがギターの変則チューニング(※)だった。これによって、今までのポジショニングやフィンガリングを強制的に使えなくし、手癖やルーティーンワークに囚われないで新しい響きを一から構築していった。その過程で生み出したのが、”Zhivago”や”A Shifting Design”、”Use of Light”、”A Life Unfolds”のようなダークかつ内省的な楽曲である。これらのトラックを収録した『The Next Step』では、レベッカ・マーティンが「まるでスタジオに幽霊がいるみたい」「ほかとは代えがたい、独特の雰囲気」と表現し、今日我々が「カート的」だと認識しているあのサウンドが確立される。他の楽曲もカートが研究した作曲家(モンク、ショーター、コルトレーンやクラシック音楽家)の要素を昇華し、彼ならではのオリジナルに高めている。

(※)一般的に変則チューニングは次のような目的で用いられる。①開放弦を使いやすくするため、②音域を拡大するため、③コードを押さえやすくするため、④独特な響きを生み出すためなど。カートは『Next Step』以降では、変則チューニングを演奏よりも作曲を中心に使っている。

00年代カート・ローゼンウィンケルの代表曲”Zhivago”

次の作品『Heartcore』も、これまでのルーティーンワークから逃れようとしたことが創作のきっかけだった。ピアノやギターでの作曲に閉塞感を抱いたカートは、当時知り合ったばかりのQティップにドラムサンプルの提供をしてもらいながら、ハードディスク上での作曲をスタートさせる。カートはこの作品を作っていた当時のインスピレーションの源泉として、Jディラとレディオヘッド(特に『Kid A』)を挙げている。確かに『Heartcore』は、生ドラムのサンプリングや加工、生ドラムとドラムサンプルのミックスという点でJディラの影響を感じさせるし、誇大妄想と幻覚が渦巻くような音世界はレディオヘッド的と言っていいだろう。さらに深読みすることを許してもらえるならば、カートとQティップはトム・ヨークやJディラと同じ1970年前後に生まれたX世代だということに注目したい。つまり、このアルバムはカートとQティップがタッグを組んで、同じX世代を代表するクリエイターの向こうを張った作品、という聴き方もできるのだ。

『Heartcore』の録音後、しばらくカートは再びアコースティック路線に回帰する。ハードディスク・レコーディングの経験によって、生演奏もまた新鮮なフィーリングで取り組めるようになったという。『Deep Song』、『Remedy』、『Reflections』はメンバーも音楽性も違い一見バラバラに見えるが、「ポスト『Heartcore』」という点ではひとまとまりのセットになっている。ビリー・ホリデイやソニー・ロリンズ、オーネット・コールマンなどが持っていた歌心を意識して既成曲を再解釈した『Deep Song』、ターナーとのグループの集大成かつ21世紀のライブ盤の最高傑作の一つ『Remedy』、ジャズ・スタンダード、特にモンクとショーターのナンバーを中心に演奏した『Reflections』……。これらの作品のギター演奏は、『The Next Step』辺りまであった先鋭的なリズムアプローチに伴う生硬さを完全に克服し、天衣無縫の域まで高めている。おそらく未来の歴史家が彼の評伝を作るとしたら、この辺りまでがカート・ローゼンウィンケルの「第一章」という見出しをつけることになるだろう。

ここで『Reflections』までの20年弱のキャリアで、カートはジャズシーンに何を残したのかもう少し考えてみたい。上で述べたリズム/ハーモニー面での革新や作曲法、アルバムの制作方法はもちろんのこと、それ以上に重要なことは「ジャズをより個人主義的な音楽にした」という点ではないだろうか。カート・ローゼンウィンケルのデビューから現在までの活動は、「偉大な過去の遺産を継承しなければいけない」とか「ジャズの定義を拡大させなければいけない」というようなイデオロギーとは無縁だ。権威や流行にとらわれず伝統や同時代音楽の中から、本当にパーソナルな響きを発見し吸収していく態度は、ブラッド・メルドーやマーク・ターナーのような同世代やアーロン・パークスやロバート・グラスパーのような後輩のミュージシャンを感化したはずだ(そのスタンスは、カートに多方面で影響を与えながらも、20世紀ジャズシーンでは常に孤立した存在だったキース・ジャレットと共通している)。

10年代作品

ターナーとのグループの解散後、カートは『Reflections』と同じスタンダード・トリオや、ピアノにアーロン・パークスを迎えたギター・カルテット、『Our Secret World』のようなビッグバンドとの共演と活動を多角化させていく。しかし、カート第二章の芽は意外なところから吹き出した。その頃から彼は曲ができると自宅のスタジオで多重録音をして、次々とデモテープを作っていくようになるが、ある日どの曲も共通のフィーリングを持っていることに気付く。その中のうち、ロック寄りの曲はプログレッシブ・ロックやジャズ・フュージョン的なサウンドを取り入れた『Star of Jupiter』につながり、ブラジル音楽寄りの曲は『Heartcore』以来の多重録音作品『Caipi』として結実する。この2つの作品はテーマこそ異なっているが、00年代以降は展開させていなかった『The Enemies of Energy』/『Under It All』的な音楽性が、10年以上の時をおいて復活したアルバムと言えるだろう。00年代に録音した『The Next Step』~『Reflections』の影響力が余りにも大きいため、我々はこの頃のカートこそが彼の本質だと考えがちだ。しかし「処女作にはその作家の全ての要素が含まれている」という格言に従えば、我々はまだカートの全体像の半分程度しか知らないことになる(録音日的には『The Enemies…』よりもスタンダード集『East Coast Love Affair』の方がわずかに早いが)。残り半分はこれから展開されるに違いないし、その全体像が明らかになった時、この記事も再び書き直すことになるだろう。

主なサイドマン作品

(上段左から)
Chris Cheek – Vine (2000)
Mark Turner – Dharma Days (2001)
Rebecca Martin – Middlehope (2002)
(下段左から)
Human Feel – Galore (2007)
Brian Blade – Season of Changes (2008)
Q-Tip – Kamaal the Abstract (2009)


カート・ローゼンウィンケルの名盤

カート・ローゼンウィンケル『The Enemies of Energy』
Verve (2000 / rec:1996)

Kurt Rosenwinkel (g), Mark Turner (ts), Scott Kinsey (p, keys), Ben Street (b), Jeff Ballard (ds)

Track Listing: ①The Enemies of Energy ②Grant ③Cubism ④Number Ten ⑤The Polish Song ⑥Point of View ⑦Christmas Song ⑧Dream of the Old ⑨Synthetics ⑩Hope and Fear

ビバップやジャズロックのノリと、現代的なリズムやコード進行をあわせ持ったナンバーが並ぶ前半/後半(①~③と⑨、⑩)に、ギタリストというよりもソングライターとしての感性を打ち出したトータルサウンド型の楽曲(④~⑧)が挟まれている作品。

前半/後半は徐々に加熱していくように調性が移り変わるメロディーが印象的な①、12キーを循環する③、8分音符、16分音符主体のビバップ的なラインをコンテンポラリーな音選びで演奏する⑨、⑩が印象的。一方中盤はファルセット・ボイスがミルトン・ナシメントを感じさせる④、⑤や、ロック/ブラジル系のSSWによって書かれたような⑦と⑧が流れるようにパノラマを描く。この時カート・ローゼンウィンケル26歳。これ以降の音楽性がほとんど全て含まれる若き日の肖像。(北澤)


カート・ローゼンウィンケル『The Next Step』
Verve (2001)

Kurt Rosenwinkel (g, p), Mark Turner (ts), Ben Street (b), Jeff Ballard (ds)

Track Listing: ①Zhivago ②Minor Blues ③A Shifting Design ④Path of the Heart ⑤Filters ⑥Use of Light ⑦The Next Step ⑧A Life Unfolds

『The Enemies of Energy』で発揮した高い作曲能力と、スタンダード集で見せた先鋭的なギターアプローチが統合したアルバム。この作品からダークかつシニカルで、夜の未来都市を漂流するような00年代カート・サウンドが確立される(その響きは変則チューニングをしたギターで作曲した①、③、⑥、⑧で特に顕著だ)。

前半①~③のファスト/ミディアムテンポの曲は、カートとターナーが幾何学的なメロディを情感豊かに歌う作品の導入にふさわしい内容。カートの演奏はメロディラインのみならず、伴奏も素晴らしい。自身のフレーズとフレーズの間に挟みこむ低音や、ターナーのソロにおける流れるようなコンピングは、ジャズピアノやアンサンブル・ミュージックの深い理解が伺える。上記の曲以外では④、⑥、⑧のような妖しく光り輝くバラード曲が聴きどころ。特に”Use of Light”は黄泉の国をイメージさせるサウンドの中で、ターナーがオペラ歌手のように高らかに歌うアルバム後半のハイライトだ。コンテンポラリー・ビバップと言うべきダークで地下室的な色彩は、これ以降の現代ジャズシーンの指標になった。(北澤)


カート・ローゼンウィンケル『Heartcore』
Verve (2003)

Kurt Rosenwinkel (g), Mark Turner (ts), Ben Street (b), Jeff Ballard (ds)

with: Ethan Iverson (p, key), Andrew D’Angelo (b-cl), Mariano Gil (fl)

Track Listing: ①Heartcore ②Blue Line ③All the Way to Rajasthan ④Your Vision ⑤Interlude ⑥Our Secret World ⑦Dream/Memory? ⑧Love in the Modern World ⑨Dcba//>> ⑩Thought About You ⑪Tone Poem

共同プロデュースにア・トライブ・コールド・クエストのQティップを迎え、自身の手によるギター、キーボード、ドラム、プログラミングにゲストの演奏を加え、録音と編集のプロセスを繰り返して完成された作品。ヒップホップの意匠ではなく、その構造を取り入れているのが特徴的だ。⑪の演奏をサンプリングし、再構築して作られた③での、ギターとシンセによる多層的なサウンドにさらにギターが重なる瞬間の響きの過剰さからは、複数の音源から抜かれたサンプルを重ねてサウンドを構築するヒップホップの方法論が浮かび上がる。「ジャズのセオリーに依らないハーモニーを作りだせると思った」という当時のカートの発言はこの辺りのことを指しているのではないかと思う。

生楽器の響きとエレクトロニックな質感の間を行くサウンドも独創的だ。①で打ち込みに近い質感が次第に肉体性を帯びていく不思議な感覚は今聴いても新鮮。作品を通してギターとシンセを重ねた響きが印象的で、それはイーサン・アイヴァーソンがシンセを弾くセッション的な⑥でも変わらない。「オーガニックとシンセティックなサウンドの融合」を目指したというカートの発言が頷ける。

カート自身が機材を駆使して織り上げたオーケストレーションにも注目したい。東洋的な雰囲気の④や、サイケで内省的な⑦、インド音楽のような⑩では、ディープな世界観で聴き手を遠くまで連れていく。ブレイクビーツとシンセで構築した交響曲のような⑧の独自性にも触れておきたい。2003年にリリースされたこの作品で展開された様々なアイデアが2017年の今も全く色褪せていないことに驚かされる。『Caipi』に至る道筋を振り返る上でも重要な作品だ。(佐藤)


カート・ローゼンウィンケル『Deep Song』
Verve (2005)

Kurt Rosenwinkel (g), Joshua Redman (ts), Brad Mehldau (p), Larry Grenadier (b), Jeff Ballard (ds / tracks 3, 4, 5, 8), Ali Jackson  (ds / tracks 1, 2, 6, 7, 9, 10)

Track Listing: ①The Cloister ②Brooklyn Sometimes ③The Cross ④If I Should Lose You ⑤Synthetics ⑥Use of Light ⑦Cake ⑧Deep Song ⑨Gesture ⑩The Next Step

ヴァーヴ・レーベルがカートをプッシュするために企画したアルバムで、彼の中では珍しいプロデュース先行型作品といえる。ブラッド・メルドーやジョシュア・レッドマンら有名ミュージシャンを起用して、③、⑦、⑨以外は未発表作品『Under It All』含む過去作の再録かスタンダード曲になっている。では耳障りが良いだけの作品かというとこれが全く逆で、聴けば聴くほど味わい深くなる隠れた名盤だ。今回のテーマである「歌」をスタジオでもかなり意識したのか、フレーズを弾きすぎないスペーシーな演奏が多く、青白い炎が静かに燃えるイメージが思い浮かぶ。ターナーよりもソウル色の強いジョシュア、当時ロックやポップスに接近していたメルドーのフィールもよく効いている。

メルドーがオクターブ奏法から徐々に両手の独立性が高まりスリリングな演奏をする②、カートがリズムの韻を徹底的に外し、異次元を浮遊するような⑥がとりわけ素晴らしい。テナーによる二声コーラスをバックに、思い入れたっぷりにギターを弾く⑧は、トラディショナルなジャズ・ヴォーカルへのトリビュートか。(北澤)


カート・ローゼンウィンケル『The Remedy: Live at the Village Vanguard』
WOMMUSIC (2008)

Kurt Rosenwinkel (g), Mark Turner (ts), Aaron Goldberg (p), Joe Martin (b), Eric Harland (ds)

Track Listing
CD1: ①Chords ②The Remedy ③Flute ④A Life Unfolds
CD2: ⑤View From Moscow ⑥Terra Nova ⑦Safe Corners ⑧Myron’s World

13年に及ぶカートとターナーのコラボレーションの終着点に位置する作品。『The Next Step』から始まったコンテンポラリー路線は本作で極まり、その重厚さ、緊張感の高さから現代ジャズ・ファンの中にも拒否反応を示す人がいることも事実。だがインプロヴァイザーとしてのカートや他のメンバーがこれほどまでに純化された作品は他になく、紋切り型でないジャズが好きな人ならこの作品から現代ジャズに触れてみるのも一つの手。自分がまさにそのパターンで、現代のジャズはAORやクラブ音楽と判別できなくなったと勘違いしていた時に本作を手に取り、ギターでインパルス期コルトレーンを髣髴とさせるサウンドを響かせる人がいることに驚いたものだ。

高速6拍子で、東洋風のメロディが印象的な①から容赦のない演奏が炸裂。稲妻が降り注ぐようにギターを弾くカートや、聴き手の時間感覚を自在に操るアーロンのソロが聴きどころ。①の熱をクールダウンさせる②はショーロ風のリズムによるグルーヴミュージック。③はタイトルやメロディから東洋の横笛の響きを連想させる楽曲。アーロンとハーランドのインタープレイ、カートの挑発的な単音フレーズから徐々に輪郭が作られていくインプロヴィゼーションがたまらない。再演の④はカートの淡々と弾くコードソロによって幕を開ける、黄昏の荒野でたたずんでいると頭の中から自然と立ち昇ってきそうなサウンド。テーマ後の演奏は最早何をしても許されるという意味でカート史上最も”フリー”に接近したもの。シュプレヒコールすれすれの荒々しいテーマの⑤は本作のクライマックス。特にマーク・ターナーの演奏は彼のキャリアでも1,2を争うものだろう。余計な合いの手など入れず、超然とベースを弾き続けるジョー・マーティンの貢献も記しておきたい。⑥、⑦は間延びしてしまい少々残念だが、ターナーの楽曲⑧では全員の魅せ場が用意されグループの活動に幕が下ろされる。(北澤)


カート・ローゼンウィンケル『Reflections』
WOMMUSIC (2009)

Kurt Rosenwinkel (g), Eric Revis (b), Eric Harland (ds)

Track Listing: ①Reflections ②You Go to My Head ③Fall ④East Coast Love Affair ⑤Ask Me Now ⑥Ana Maria ⑦More Than You Know ⑧You’ve Changed

ミュージシャンがあたかも自分自身の成長を確認するために録音したかのような作品に遭遇することは珍しくない。本作はカートにとってそうした位置付けの作品であるに違いなく、『East Coast Love affair』や『Intuit』以降10年強の時を経て、再びスタンダード曲を通じて自身の変化・進化を確認する作業だったのではないか。選曲においてはデビュー作でも2曲、本作でも2曲が収録されているセロニアス・モンクへの比重に特に注目したい。ポール・モチアン・バンドでのモンク体験をさらに深化・内面化したいという欲求があったのか、モンクへのこれだけの傾倒には深い意味がありそうで非常に興味深い。

タイトルチューンでのコードワークはジャズ・ギターの歴史に刻まれるべきものと言って良いと思う。カートというとシングルラインが注目されがちだが本作における対位旋律豊かなボイシングワークは当代随一であると断言したい。これを1曲目に持ってきたところにカートの自信の程が窺える。全体的に気が滅入るようなダークさがたちこめている感があり、初聴時は本作以降のカートの方向性がまったく予測できなくなり不安な気持ちになったのを覚えているが以降のカートの大躍進は周知の通り。それが意識的な行いだったのかどうかは本人のみぞ知ることだが、本作でカートはそれまでの自分自身に一区切りを付けたのではないか。ある種の生まれ変わりの儀式のような作品。なおビバップの新解釈をテーマとしていたと思われる『Intuit』同様ほぼ全曲スタンダードなので「カート入門」という意味でも最適の1枚と言えるだろう。(Jazz Guitar Blog)


カート・ローゼンウィンケル『Caipi』
Heartcore Records (2017)

Kurt Rosenwinkel (vo, g, p, etc)
with: Pedro Martins (vo, ds, key, etc), Alex Kozmidi (g), Mark Turner (ts), Frederika Krier (violin), Chris Komer (french horn), Andi Haberl (ds), Eric Clapton (g), Kyra Garéy, Antonio Loureiro, Zola Mennenöh, Amanda Brecker (vo)

Track Listing: ①Caipi ②Kama ③Casio Vanguard ④Summer Song ⑤Chromatic B ⑥Hold On ⑦Ezra ⑧Little Dream ⑨Casio Escher ⑩Interscape ⑪Little B

Cross Review 01: カート・ローゼンウィンケル『Caipi』by 北澤、Jazz Guitar Blog、吉本秀純

まずはカートのソングライティングのセンスが、衰えるどころかより新鮮になって私たちの前に提示されたことを喜びたい。ブラジル音楽をテーマにしているとはいえ、どの曲も人を食ったようなアレンジがほどこされ、一筋縄では行かないのが彼の作品らしい。その中でも10年前から演奏していた楽曲がヴォーカル作品として生まれ変わった”Kama”や”Ezra”、疾走感のあるショーロ風リズムが気持ちいい”Casio Vanguard”、転調するメロディが沈みゆく太陽を思わせる”Little B”が特に印象に残った。

また電子楽器を多用して楽曲に人工的な質感を与えているにもかかわらず、昔どこかで聴いたような不思議な懐かしさがある点も『Caipi』の魅力だ。それは多重録音作品でありながらも、ここでのカートがバンドミュージック的なシンプルさを志向していることが理由だろう。『Heartcore』で見られたサンプリングしたフレーズを何重にも重ねるような試みは本作では控えめで、音のレイヤリングは生演奏でも再現可能なレベルに抑えられている。それが逆にこの作品のオーガニックさにつながっているのだろう。(北澤)


奏法分析

※譜面をクリックすると拡大して表示されます。

Ex-1: ポリリズム的アプローチと開放弦の効果的な使い方
【1a】5音で出来た同じ音程間隔の音列を、16分音符で弾き続けるポリリズム的アプローチ。運指的にも2,3弦を用いスラーを交えた同じピッキングパターンで、5音ごとダイアトニックに上昇させている。
【1b】3小節に渡る上昇フレーズの最高音の直後に、開放弦で突如低音を鳴らす斬新かつセンスあふれる音使い。更にもう一度高音低音と繰り返す。少し歪が掛かった音色が非常に効果的。


Ex-2: 鮮やかなコードワークとスリリングなリズムの再分割

【2a】Gbadd9のヴォイシング。元の想定コードから見ればEbm11として用いている。
【2b】2aからトップノートの除いたGbトライアドでのコードワーク。
【2c】最後の4音はビバップ的な半音装飾による解決のようにも聴こえるが、全体としてはAbコンビネーション・オブ・ディミニッシュの音列内での音使い。ポジションは頻出するfig.1を用いている。
【2d】5連符のリズムによるBb7(9 11)のアルペジオ。5連符や5音グループは彼の特徴的なリズム・フィギュアでよく用いられている。ここでは5連符2つの中が4+4+2という音のグループに分けられる。
【2e】シンプルなコンビネーション・オブ・ディミニッシュのスケール上昇フレーズ。2dでの5連符から6連符に切り替えさらにスピード感が増している。ここでもポジションはfig.1を用いている。
【2f】BマイナーメジャーセブンからBメジャーセブンに繋げた2オクターブに渡るアルペジオで、次の小節のEb7の5度に解決。想定コードのBb7をフリジアンドミナントとして響かせる効果がある。


Ex-3: センス溢れるハーモナイズ、ヴォイシング

【3a】トライアドを使ったメロディーのハーモナイズの典型例。非常にカートらしい。ジョージ・ヴァン・エプスの影響を感じさせる。ここではシンプルにダイアトニックなトアイアドを使用。
【3b】4声コードのdrop2ヴォイシングと4thヴォイシングを用いている。このような一般的なジャズギターのコード技法の中にも、7th(#11)の形の平行移動などセンスが光る。
【3c】ここでもトライアドの使用例。DbMaj7からBb7に移行していく中でコードの構成音からトライアドをチョイスしている。Ab=DbMaj9 Ddim=Bb7 Db=Bb7(#9)
【3d】ギターの低音域を効果的に使ったヴォイシング。5弦から押さえれば一般的なBb7(b9)を6弦から押さえ、5弦からのトライアドには6弦の5thを加えている。古くはケニー・バレルによく見られる使用法だが、コンテンポラリーでもカートを始め、ピーター・バーンスタイン、ベンモンダーなどの特徴的なサウンドの一部になっている。
【3e】Am69の形を押さえている。これをAメロディックマイナー・スケールと考えると、Ab7でのオルタード・スケールまたはその裏コードのD7でのリディアンb7th・スケール上のサウンドを選んでいる。
【3f】ドミナント上でアルタードテンションのメロディーのトップノートに、短二度をぶつけたヴォイシング。DbMaj7のトニック上でも、それを半音ずらして同じヴォイシングを使用。非常に効果的で特徴的な響きとなっている。

制作者

北澤(Twitter / Facebook): 音楽性、作品解説
古川靖久(Website): テクニカルアドバイス、奏法分析
佐藤 悠(Twitter): 作品解説
Jazz Guitar Blog(Website / Twitter / Facebook): 作品解説

発言の出典や、詳しいバイオグラフィーはこちら

The Dozens 01: 現代ジャズを彩る女性ヴォーカル作品12選

今、ジャズの世界ではグレッチェン・パーラトを中心に、女性ヴォーカリストが広く注目を集めている。ここ1、2年を見ただけでも、カミラ・メサ(チリ)、ジョアンナ・ウォルフィッシュ(イギリス)、エリーナ・ドゥニ(アルバニア)、サラ・セルパ(ポルトガル)などが、自らの音楽的ルーツとモダンジャズ/21世紀のジャズを融合させた楽曲を書き、個性的かつ洗練された歌声を披露している。

かつて”ジャズ・ヴォーカル”という分野は、ノーマ・ウィンストンやカサンドラ・ウィルソンをわずかな例外として、管楽器やピアノなどインストゥルメンタル(器楽)中心のモダンジャズ・シーンとは異なる歴史を辿ってきた。しかしこの10~15年ほどで状況は一変した。レベッカ・マーティンやルシアーナ・ソウザなどの幅広い活動でジャズ・ヴォーカルとジャズ・インストゥルメンタルは急速に接近し、今やバンドのアンサンブルではギターやサックスと同等の地位を築いているといっても過言ではない(その最たる例がマリア・シュナイダー『Concert in the Garden』である)。

そこで今回は現代ジャズの一翼を担うこのシーンを見渡すために、若手・中堅世代(1975-89年生まれ)の女性ヴォーカリストを12人選び代表作をレビューしてみた。人選は①レパートリーがオリジナル曲中心であること、②歌詞のないヴォカリーズも優れていること、③NYやベルリンなど特定の都市のジャズシーンに深く根ざしていることを重視した(①から彼女たちを”ジャズ・シンガー・ソングライター”と呼ぶことも可能だろう)。選んだアルバムを眺めてみると、今のジャズは”ヴォーカリストとインストゥルメンタル奏者がお互いを高め合う時代”なのだと実感させられる。

序文、選盤、略歴: 北澤(Twitter / Facebook
解説(50音順): 北澤、佐藤 悠(Twitter)、吉本秀純(Twitter / Facebook

※作品タイトルをクリックするとAmazon商品ページのタブが開きます。また記事中の音源は、再生までにタイムラグが発生することがあります。

グレッチェン・パーラト『The Lost and Found』
Obliq Sound (2011)

Gretchen Parlato (vo), Taylor Eigisti (p, keys), Derrick Hodge (b), Kendrick Scott (ds)
with: Dayna Stephens (sax) , Alan Hampton (vo, g) , Robert Glasper (rhodes)

【解説】
現代ジャズを代表する女性シンガーがロバート・グラスパーをプロデューサーに迎えた作品。R&Bの空気感を備えた生演奏に乗せて、優しい肌触りで、繊細な息の流れが見える管楽器のような歌声を聴かせてくれる。流れるようなスキャットや、楽器の音に声を重ねた時の響き、歌をループさせてバックの演奏を強調する場面も魅力的。時間を伸縮させる彼女の歌のリズム感覚は特別だ。(佐藤)
【略歴】
アメリカ、カリフォルニア州出身。幼少の頃よりジャズやブラジル音楽に触れて育つ。高校卒業後はセロニアス・モンク協会でテレンス・ブランチャードらに師事。自身の活動に加え、シャイ・マエストロやリオーネル・ルエケなど様々なミュージシャンの作品に参加。その歌唱スタイルは現代の多くのジャズシンガーにとって指標になっている。



ベッカ・スティーヴンス『Regina』

GroundUP Music (2017)

Becca Stevens (vo, g), Troy Miller (ds, keys), Michael League (vo, g), Liam Robinson (p, keys), Oli Rockberger (p), Chris Tordini (b), Jordan Perlson (ds), Attacca Quartet (String quartet)
with: Jacob Collier (vo, keys), Laura Mvula, David Crosby, Alan Hampton, Jo Lawry (vo)

【解説】
若手シンガーの中でも特に注目を集めるベッカが、歴史や文学に登場する女性にインスパイアされて制作したアルバム。これまでのライブパフォーマンスを前提とした作品とは違い、ここではスタジオ録音ならではの表現を深く追求している。多重録音によって幾重にも重ねられた鮮やかな歌声はまるで管弦楽曲のようであり、深みと広がりが感じられる音響は教会音楽を彷彿とさせる。(北澤)

Cross Review 02: ベッカ・スティーヴンス『Regina』(by 高橋健太郎、村井康司)

【略歴】
アメリカ、ノース・カロライナ州出身。ジャズ、クラシック、ブルーグラス、ジョニ・ミッチェルなどから影響を受けた音楽性が特徴。それ以外にもロックや電子音楽などのリズム/テクスチャーを使いこなす。ジャズミュージシャンの作品に加えて、デヴィッド・クロスビー、スナーキー・パピーの作品にも参加している。



ティレリー『Tillery』

Self-Released (2016)

Becca Stevens (vo), Rebecca Martin (vo, g), Gretchen Parlato (vo)
with: Pete Rende (keys), Larry Grenadier (b), Mark Guiliana (ds)

【解説】
凛としたベッカ、艶のあるパーラト、憂いを帯びたマーティンの声が織りなす、ビーチボーイズやサイモン&ガーファンクルを彷彿とさせる芳醇なコーラス・ワークが素晴らしい。ポリフォニーや複合リズム、ハーモニーの無駄のない重ね方は、単にジャズSSWシーンのタレント3人を集めただけでは不可能。サウンドは静寂にして雄弁。まさにレス・イズ・モアを体現したアルバム。(北澤)
【略歴】
2010年にメンバー3人が昼食会で集まり、その時に行ったセッションがきっかけで結成したヴォーカル・グループ。ライブだけでなく各地でワークショップも開いている。最年長のレベッカ・マーティンは、カート・ローゼンウィンケルやブライアン・ブレイドと同時代的な活動をし、後継に大きな影響を与えた存在。


カミラ・メサ『Traces』
Sunnyside Records (2016)

Camila Meza (vo, g), Shai Maestro (p, keys), Matt Penman (b), Kendrick Scott (ds), Bashiri Johnson (per)
with: Jody Redhage (cello), Sachal Vasandani (vo)

【解説】
ファビアン・アルマザンの作品での歌声で印象を残したシンガー/ギタリストのサニーサイド第一弾。躍動感のある節回しと飛翔するような伸びやかな歌声に雄大な自然のイメージが浮かんでくる。物語性の強いソングライティングとアレンジによって歌の世界に引き込まれ、ギターソロとスキャットの並走に何度でも夢中にさせられる。シンプルな弾き語りの歌声も魅力だ。(佐藤)
【略歴】
現在NYで活動するチリ、サンティアゴ生まれのシンガー。10代からプロミュージシャンとして活動し、2007年に『Skylark』でデビュー。その後アメリカのニュースクールに進学し、様々なギタリスト/作曲家に師事する。歌声だけでなく、ビクトル・ハラなど南米のSSWに影響を受けた楽曲、伴奏楽器を超えた現代的なギター演奏も特徴。


サラ・エリザベス・チャールズ『Inner Dialogue』
Truth Revolution Records (2015)

Sarah Elizabeth Charles (vo), Jesse Elder (p, keys), Burniss Earl Travis II (b), John Davis (ds)
with: Christian Scott (tp), Camila Meza (g), Jesse Fischer (glockenspiel)

【解説】
クリスチャン・スコットが演奏とプロデュースで参加した新鋭女性ヴォーカリストの作品。透明で神秘的な歌声で歌われるジャズ、ソウル、ラテン、ハイチの伝統曲など多様な楽曲には実験的なアレンジが盛り込まれ、幻想的な多重録音コーラスや、演奏の背後にシンセのように広がるヴォイスも含めて、彼女の世界観がサウンド全体で表現されている。(佐藤)
【略歴】
ハイチ出身の父親を持つアメリカ、マサチューセッツ生まれのシンガー。NYのニュースクール卒業後、2012年に『Red』でデビュー。トランペッターのクリスチャン・スコットは「もし自分が女性シンガーなら、彼女のようなサウンドを作る」と評価する。『Inner Dialogue』に次ぐ新アルバムを2017年に発表予定。



ジョー・ロウリー『Taking Pictures』
ABC Music (2015)

Jo Lawry (vo, g, p), Will Vinson (as, p, key), Alan Hampton (vo, g), Matt Aronoff (b), Dan Rieser (ds), Jesse Lewis (g)
with: Sting (vo), Brian Charette (org), John Ellis (b-cl), Theo Bleckmann (vo), Jamey Haddad (per) Other

【解説】
1曲目の夏草の匂いが漂ってきそうな弦楽器/ブラス楽器の響きに、彼女の柔らかな歌声が乗った時点で成功が約束されたアルバム。フォーク・ロック系の楽曲はどれも自己主張しすぎない巧みなアレンジがほどこされ、歌もさることながらアコーディオンやバスクラリネットといった追加楽器の音色に耳を奪われる。歴史を動かすようなセンセーショナルさが無い分、自分だけが知っていたいと感じる作品だ。(北澤)
【略歴】
現在NYを中心に活動しているオーストラリア出身のシンガー。ニューイングランド音楽院でダニーロ・ペレスに作曲を師事し、卒業後はスティングに起用されて歌手としての研鑽を積む。フレッド・ハーシュやクリストファー・ズアーのアンサンブル作品、ベッカ・スティーヴンス『Regina』などに参加。



ジェン・シュー『Sounds and Cries of the World』
Pi Recordings (2015)

Jen Shyu (vo, p, etc), Ambrose Akinmusire (tp), Thomas Morgan (b), Dan Weiss (ds), Mat Maneri (violin)

【解説】
日本も含む東南~東アジア圏の音楽を現代ジャズに掛け合わせた試みはまだまだ少ないが、スティーヴ・コールマンの近作でも存在感を示すこの才媛のリーダー作はその稀有な成功例。東ティモール、インドネシア、台湾、韓国などのトラッドや詩をベースとした非西欧的な歌と民族楽器に、即興性の高いプレイでその中からジャズ的な旋律を導き出して発展させるアキンムシーレらの演奏も秀逸。(吉本)
【略歴】
アメリカ、イリノイ州出身のアジア系シンガー。主にジャズとフリー・インプロヴィゼーションの領域で活動しているが、それ以外にも詩や舞踏、オペラなど幅広いバックボーンを持つ。アジア圏を中心とした民族音楽とMベース周辺の前衛的なジャズを調和させたスタイルが特徴的。



サラ・セルパ『All The Dreams』
Sunnyside Records (2016)

 Sara Serpa (vo, p, rhodes), André Matos (g, b, per)
with: Pete Rende (synthesizer), Billy Mintz (ds, per)

【解説】
サラ・セルパとアンドレ・マトスのデュオユニットによる2枚目のアルバム。追加ミュージシャンの演奏は最低限にとどめ、セルパの郷愁を誘う歌声とマトスの陰影感のあるギターに大きく焦点が当てられている。2人のラインは随所でオーバーダブが加えられ、最低限の情報量で音響的・空間的な快楽を表現。歌や詩という具象的な素材で描かれる淡くはかない抽象美。(北澤)
【略歴】
ポルトガル出身、現在NYで活動するヴォーカリスト。ニューイングランド音楽院でラン・ブレイクに師事し、その後グレッグ・オズビーのバンドでキャリアを積んだこともあり、時に調性感の薄い先鋭的なラインも用いる。垣谷明日香ジャズ・オーケストラ、ダニーロ・ペレスの作品にも登場。



ジョアンナ・ウォルフィッシュ『Gardens In My Mind』

Sunnyside Records (2016)

 Joanna Wallfisch (vo, p, ukulele), Dan Tepfer (p, melodica)
The Sacconi Quartet: Ben Hancox, Hannah Dawson, Robin Ashwell (violin), Pierre Doumenge (cello)

【解説】
冒頭の情感豊かな3曲から中盤の真夜中の街をさまようような孤独な楽曲まで、この作品の表現のレンジは実に幅広い。その喜びから哀しみまで包み隠さず表現するスタンスは、弾き語り時代のジョニ・ミッチェルのたたずまいを思い出させる。④、⑨~⑪以外の弦楽アレンジは彼女が担当しており、4つのラインを時にポリフォニックに、時に表情豊かに操っている。(北澤)
【略歴】
現在NYで活動しているイギリス、ロンドン出身のシンガー。2012年のデビュー作は正統派ジャズ・ヴォーカル作品だったが、その後Sunnysideで発表した2枚は彼女のルーツであるクラシック(親はともにクラシック演奏家)、シンガー・ソングライター系の音楽が色濃く反映されている。



イシス・ヒラルド『Padre』

Self-Released (2015)

Isis Giraldo (vo, p),Simon Millerd (tp), Mike Bjella (sax, cl), Jane Chan (cello), Ben Dwyer (b), Kai Basanta (ds)
Chorus: Ryan Brower, Felicity Williams, Thom Gill, Ghislain Aucoin, Robin Dann (vo)

【解説】
コロンビアのフォルクローレらしい旋律が随所に溶け込んだメロディに、ポール・ブレイからの影響を強く感じさせる鍵盤もまた独創的なカナダ在住の異才によるカテゴライズ不能な秀作。クラシカルな弦楽器、現代ジャズ的なホーンとリズム隊、教会音楽や聖歌隊に通じる幻想的な女性コーラスなどがハイブリッドに織りなす音世界は、カーラ・ブレイがカンタベリー一派と組んだ諸作を連想させる。(吉本)
【略歴】
コロンビア出身、カナダで育ち現在同国のモントリオールで活動しているシンガー/ピアニスト。主催するバンド”ポエトリー・プロジェクト”は、彼女の父親の詩にインスパイアされた楽曲を演奏している。その作曲法はストラヴィンスキー、セロニアス・モンク、エリカ・バドゥなどに影響を受けたという。



エリーナ・ドゥニ『Dallëndyshe』
ECM Records (2015)

Elina Duni (vo), Colin Vallon (p), Patrice Moret (b), Norbert Pfammatter (ds)

【解説】
オスマン・トルコ支配下だった時期の名残りとギリシャや旧ユーゴなどの周辺国の音楽に通じる要素が独自にブレンドされたアルバニア出身の女性歌手による、ECMからの2作目。プリペアド奏法のピアノなどを多用した前作を経て、愛と亡命に関する歌を中心に取り上げた本作では、流麗さと疾走感をアップ。先の来日公演では東欧の打楽器のニュアンスも応用したドラムの巧さが特に際立っていた。(吉本)
【略歴】
アルバニア出身、現在は幼少期に亡命したスイスで演奏しているシンガー。デビュー時から共に活動するピアニスト、コリン・ヴァロンの提案でジャズにバルカン音楽の要素を加え、オリジナリティの高いサウンドを確立している。レビュー作品のカルテットで現在まで4作アルバムをリリースしている。

 



ナタリア・マテオ『De Profundis』
ACT Music (2017)

Natalia Mateo (vo), Sebastian Gille (sax), Simon Grote (p), Dany Ahmad (g), Christopher Bolte (e-b), Felix Barth (b), Fabian Ristau (ds)

【解説】
パーラト以降のヴォーカル・スタイルを受け継ぐ若手シンガーがベルリンにもいる。退廃的で寂寥感につつまれた音世界をしなやかで優しく、時折節回しにビョークを感じさせる歌声が淡く照らす。ポーランド/ロシア音楽のカバーと母国語詞のオリジナルが醸し出すスラヴ音楽的なメランコリアもこの作品の特色で、空間性を活かした音作りによって現代ジャズ的なサウンドと上手く調和している。(北澤)
【略歴】
現在ドイツ、ベルリンで活動するポーランド出身のシンガー。2013年にデビューし、最新作の『De Profundis』で3作を数える。解説で触れた女性シンガー2人以外にも、ポピュラー音楽ではジョニ・ミッチェルやトム・ウェイツ、ジャズではセオ・ブレックマンなどを慕っている。

※動画は前作『The Windmills Of Your Mind』(2015)

 


今回はレビューができなかったが、上のヴォーカリストの他にお薦めしたいジャズ系シンガーは以下の6名である。
イェウォン・シン / Yeahwon Shin
グウィネス・ハーバート / Gwyneth Herbert
サーナ・アレクサ / Thana Alexa
エスペランサ・スポルディング / Esperanza Spalding
ローレン・デスバーグ / Lauren Desberg
マリア・ネッカム / Maria Neckam

またジャズシーンで活動しているわけではないが、ジャズの要素を含んだ若手シンガーとして次の6人も見逃せない。
コールド・スペックス / Cold Specks
ジェネヴィエーヴ・アルタディ / Genevieve Artadi
スサンナ・ヴァルムルー / Susanna Wallumrød
タチアナ・パーハ / Tatiana Parra
ネイ・パーム / Nai Palm
ローラ・ムヴューラ / Laura Mvula

Cross Review 02: Becca Stevens – Regina

現代のジャズシーンを代表するシンガー・ソングライター、ベッカ・スティーヴンスが最新作『Regina』をリリースした。今までの”ベッカ・スティーヴンス・バンド”作品から一転、初の単独名義となる今作はスタジオでのポストプロダクションの比重がぐっと増し、その音楽性は前作『Perfect Animal』(2014)の続編とは言い切れないほど大きな変貌を遂げた。

そこでUntitled Medleyは音楽評論家の高橋健太郎氏と村井康司氏に『Regina』のレビューを依頼し、ベッカが本作で以前の作品からどのように変化/進化したのかを検証してもらった。高橋氏はロックやワールドミュージック関係、村井氏はジャズ関係の執筆が多く、それぞれ活動領域が微妙に異なるものの、フォークやアメリカーナ周辺の音楽の解説が必要になった時に、この二人よりも信頼のおける評論家はいないだろう。それだけに、クロスレビューもスリリングな内容になっている(レビュワーの並びは五十音順です)。

参考: 現代ジャズ攻略Wiki – ベッカ・スティーヴンス/Becca Stevens

アルバムデータ

Becca Stevens – Regina
GroundUP Music (2017)
All compositions by Becca Stevens (except 13 by Stevie Wonder)

Becca Stevens (vo, g, charango, etc)
Troy Miller (ds, glockenspiel, wurlitzer, etc)
Michael League (vo, g, etc )
Liam Robinson (p, accord, wurlitzer, etc)
Oli Rockberger (p)
Chris Tordini (b)
Jordan Perlson (ds, perc)
Attacca Quartet (String quartet)

Laura Mvula (vo) M-1, 10
Jacob Collier (vo, p, mandolin, etc) M-3, 13
David Crosby (vo) M-12
Alan Hampton (vo) M-6
Jo Lawry (vo) M-5, 7, 9

クリックすると楽曲ごとの情報が表示されます
1. Venus (featuring Laura Mvula)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
Laura Mvula – Vocals
Troy Miller – Drums, Glockenspiel, Kalimba, etc…
Michael League – Vocals, MiniMoog Bass
Chris Tordini – Bass
Oli Rockberger – Piano

2. Lean On
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Handclaps
Michael League – Handclaps, Vocals, Guitar
Jordan Perlson – Drums/Percussion
Chris Tordini – Bass
Troy Miller – Prophet 600
Attacca Quartet

3. Both Still Here (featuring Jacob Collier)
Becca Stevens – Vocals, Charango, Body Percussion
Jacob Collier – Vocals, Piano, Claps & Snaps, etc…
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

4. 45 Bucks
Becca Stevens – Vocals, Guitar, Charango
Troy Miller – Drums, Paraphonic Bass, Wurlitzer
Chris Tordini – Bass

5. Queen Mab
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Charango
Jo Lawry – Vocals
Jordan Perlson – Drums/Percussion
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Roland Gaia, Wurlitzer, Prophet 600
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

6. We Knew Love (featuring Alan Hampton)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
Alan Hampton – Vocals
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Electric Bass
Liam Robinson – Piano, Accordion, Wurlitzer, etc…
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

7. Mercury
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Handclaps, etc…
Jo Lawry – Vocals
Troy Miller – Roland Paraphonic
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Wurlitzer, Moog Synth

8. Regina
Becca Stevens – Vocals, Ukulele, Charango, etc…
Michael League – Guitar, Daf
Troy Miller – Claps, Stomps
Attacca Quartet

9. Harbour Hawk
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Charango
Jo Lawry – Vocals
Jordan Perlson – Drums, Shakers, Boat Bell
Chris Tordini – Bass, Vocals
Liam Robinson – Piano, Wurlitzer, Roland Gaia

10. Well Loved (featuring Laura Mvula)
Becca Stevens – Vocals, Ukulele, Charango, etc…
Laura Mvula – Vocals
Oli Rockberger – Piano
Troy Miller – Drums, Roland Paraphonic, Synth Bass, etc…
Chris Tordini – Bass

11. Ophelia
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Claps/Stomps
Troy Miller – Handclaps/Stomps
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Attacca Quartet

12. The Muse (featuring David Crosby)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
David Crosby – Vocals
Troy Miller – Glockenspiel
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Accordion, Piano, Wurlitzer, etc…
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

13. As (featuring Jacob Collier)
Becca Stevens – Vocals, Charango
Jacob Collier – Vocals, Guitar
Children’s Choir


高橋 健太郎「ベッカが希求しているのは、一言でいえば『強さ』」

2011年の『Weightless』からのファンは、受け取ってからその重さにたじろいだ。こんな新作を受け取る準備は出来ていなかったのだ。ベッカ・スティーヴンスといえば、ブルックリン・シーンのジャズとフォークを繋ぐ存在。男性ならアラン・ハンプトン、女性ならベッカみたいなイメージだった。周囲の気心知れたミュージシャン達とナチュラルでオーガニック、繊細で透明な音楽を紡ぎ出す。ずっと、そういう活動を続けていくのだろうと勝手に考えていたのだった。

だが、彼女は変わろうとしていた。ソロ名義となったこのアルバムでベッカが希求しているのは、一言でいえば「強さ」だ。エレクトリック・ギターを多く弾くようになったことも、ローラ・マブーラを手掛けた英国人プロデューサー、トロイ・ミラーの精密で重厚なプロダクションを必要としたのも、理由はその一点に結びつくだろう。近年の女性アーティストの作品でいえば、ローラの諸作やエスペランサ・スポルディングの『Emily’s D+Evolution』、コリーヌ・ベイリー・レイの『The Heart Speaks In Whispers』などにも通じるソリッドな感触が、『Regina』と題されたこのベッカの新作にはある。

ただし、ローラやエスペランサやコリーヌのアルバムがフューチャリスティックなイメージを漂わせているのに対して、ベッカは中世にも遡る史実と触れあう中から強い女性像を表現した音楽を掴みとっている。それは多分にコンセプチュアルで、演劇的なアイデアを凝らしたものだが、幾つかの曲では彼女自身の出自とも重なりあう。フレディ・マーキュリーの言葉をモチーフとした激しいロック・チューンの”Mercury”に続いて、彼女が育ったアパラチア山麓の古い音楽を思わすようなタイトル曲が始まる瞬間が、アルバムの最もスリリングなハイライトだろう。

正直にいって、強さや重さや妖しさをベッカの音楽に求める気持ちを持っていなかったから、まだ戸惑いながら聴いている。が、思い返してみれば、『Court & Spark』以後のジョニ・ミッチェルの音楽だって、そうやって追いかけたのだった。ベッカはまだまだ挑み続け、変わり続けるだろう。たぶん、2、3作先のアルバムまで追いかけた時に、この時の彼女が分かる。そういう作品ではないかと思う。

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村井 康司「多彩にして多様な『声の群像劇』」

初めてこのCDを聴いたとき、いちばん印象に残ったのは、複数の“声”がサウンドステージのそこここにある様子だった。

それを「コーラス」と呼んでしまうのにはいささか抵抗がある。単声のソロ・ヴォーカルとバッキング・コーラス、あるいはリード・メロディの上下に配置されるハーモニー・パートを「コーラス」と呼ぶのは分かるのだが、ここでベッカたちが選択した方法は、それらを含みつつ、ユニゾンで歌ったり、輪唱のように時間差で重ねたり、いっけんリードの声とは関係ないメロディを絡めたり、という実に多彩にして多様な「声の群像劇」なのだ。しかも、オーヴァーダビングされたベッカ本人の声の質も、その局面によって微妙に変化させていて、バランスやエフェクトも実に繊細なさじ加減で調整されている。

これに似たやり方ってなんかあったよなあ、としばらく考えてひっぱり出してきたCDは、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』。ソウル・ミュージックの歴史を変えたこの名作で、マーヴィンは自身の声をさまざまな方法で重ねて、やはり「声の群像」を提示している。ベッカとプロデュース・チーム(トロイ・ミラー、マイケル・リーグ、ジェイコブ・コリアー)が直接”What’s Going On”を意識したかどうかは分からないが、「複数の声がさざめき泡立つ音楽」の歴史が、こうして継承されていくさまは感動的ですらある。

実際の人の声に限らず、『Regina』は、実に多彩な「声=音」たちがさざめき泡立つアルバムだ。ベッカのトレード・マークであるチャランゴをはじめとするアコースティックな撥弦楽器群、ストリングスやシンセサイザーといった持続音系のサウンド、クリスピーなスネア・ドラム、ヘヴィに沈み込むボトムのリズム、リヴァーブによって敢えて輪郭を曖昧にしたピアノ(それはまるでブルーブラックのインクを水に落としたような音色だ)、形容しがたい不思議なエレクトロニック音などが、音場の左右上下前後にきらめき、現れては消えてゆく。そして中心に屹立するベッカのメイン・ヴォーカルは、多彩な音たちのリフレクションを浴びても存在感を減ずることはなく、むしろ今までのどのアルバムよりくっきりとセンターの位置を占めているのだった。

ところで、「アメリカーナ」という言葉で語られることが多いベッカだが、『Regina』を聴いて、僕はなぜかイギリスの音楽家たちのことを想起した。これはイギリス人のトロイ・ミラーが音作りの中心人物だから、なのだろうか。リヴァーブの効いた奥行きのあるサウンドは、80年代後半のイギリス人ミュージシャンの諸作を思わせる。部屋のあちこちを探索してかき集めたCDはとこんな感じだ。

エンヤの『Watermark』、スティング『Nothing Like The Sun』、ピーター・ゲイブリエル『So』、ベッカが前作でカヴァーした”Higher Love”から始まるスティーヴ・ウィンウッドの『Back In The High Life』、ケイト・ブッシュの『The Whole Story』……。

どれも30年ほど前に毎日のように聴いていて、ある時期からなんとなく避けていたアルバムたちだ。久しぶりにまとめて聴いて自分でも驚いたのは、音場全体にかけられた深いリヴァーブやゲート・リヴァーブを効かせたスネアといったあの頃の音作りが、なぜか今は新鮮に感じられること。ベッカのチームがクリエイトしたサウンドはそのコピーではもちろんなく、メインのヴォーカルはぐっと前にせり出しているのだが、一時忌避されていた80年代的な録音のおいしいところを再発見して巧みに採り込む姿勢が興味深い。

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Cross Review 01: Kurt Rosenwinkel – Caipi

カート・ローゼンウィンケルが、一人多重録音のアルバムを制作していることを初めて人前で語ったのは2009年頃だろうか。当時、すでにその作品が『Caipi』というタイトルで、ブラジル音楽に傾倒したアルバムになるだろうということも明かしていた。それから「来年には発表できる」というアナウンスをくり返すこと8年。ジャズ界でどれほど待っても出ないアルバムの代名詞のような存在になっていた『Caipi』が、2017年2月ついにリリースされた。

Untitled Medleyのクロスレビュー企画第1弾は、ジャズ/ギター系の記事で人気のブロガー Jazz Guitar Blog氏と、ワールドミュージックを中心とした執筆活動で支持を集めるライター 吉本 秀純氏に依頼し、カート・ローゼンウィンケル『Caipi』の聴きどころを多面的にチェックしてみた(レビュワーの並びは五十音順)。

参考: 現代ジャズ攻略Wiki – カート・ローゼンウィンケル / Kurt Rosenwinkel

アルバムデータ

Kurt Rosenwinkel – Caipi
Heartcore Records (2017)

01. Caipi
02. Kama
03. Casio Vanguard
04. Summer Song
05. Chromatic B
06. Hold on
07. Ezra
08. Little Dream
09. Casio Escher
10. Interscape
11. Little B

Kurt Rosenwinkel – guitar, electric bass, piano, drums, percussion, synth, casio, voice
Eric Clapton – guitar
Pedro Martins – voice, drums, keyboards, percussion
Alex Kozmidi – baritone guitar
Mark Turner – tenor saxophone
Kyra Garéy – voice
Antonio Loureiro – voice
Zola Mennenöh – voice
Amanda Brecker – voice
Frederika Krier – violin
Chris Komer – French horn
Andi Haberl – drums

※楽曲ごとのクレジットはこちらをご覧ください。


北澤「多重録音作品でありながらも、バンド音楽的な簡潔さを志向」

まずはカートのソングライティングのセンスが、衰えるどころかより新鮮になって私たちの前に提示されたことを喜びたい。ブラジル音楽をテーマにしているとはいえ、どの曲も人を食ったようなアレンジがほどこされ、一筋縄では行かないのが彼の作品らしい。その中でも10年前から演奏していた楽曲がヴォーカル作品として生まれ変わった”Kama”や”Ezra”、疾走感のあるショーロ風リズムが気持ちいい”Casio Vanguard”、転調するメロディが沈みゆく太陽を思わせる”Little B”が特に印象に残った。

また電子楽器を多用して楽曲に人工的な質感を与えているにもかかわらず、昔どこかで聴いたような不思議な懐かしさがある点も『Caipi』の魅力だ。それは多重録音作品でありながらも、ここでのカートがバンドミュージック的なシンプルさを志向していることが理由だろう。『Heartcore』で見られたサンプリングしたフレーズを何重にも重ねるような試みは本作では控えめで、音のレイヤリングは生演奏でも再現可能なレベルに抑えられている。それが逆にこの作品のオーガニックさにつながっているのだろう。

だがうがった聴き方をすると、逆に多重録音でそうした音楽性を目指したことによって、『Caipi』は「バンドミュージックならではのメンバー同士の相互作用が希薄な、”非常に高クオリティなデモテープ”になってしまっている」という指摘もできるはずだ。現在ペドロ・マルティンスらを迎えて活動している”カイピ・バンド”で同じ歌もの作品を作ってくれたら、さらなる名盤が出来上がるのではないだろうか。そういう意味で私は、この作品はカートの10年間の集大成というよりも、新たな旅の幕開けに位置するアルバムだと捉えている。
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Jazz Guitar Blog「カートの本性はヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない」

一聴すると過去のどのカート作品にもあまり似ていない印象を受ける新作『Caipi』。しかし聴き込むうちに、私にとって親密ないくつかの歴史が浮かび上がってくるような感覚を持ちました。

ひとつはカート個人の歴史。「カートが歌った!」などと話題になった本作ですが、実はカートはもう長いこと歌ってきている(声で)。ギターとユニゾンのこともあれば、違う音程のボイスを重ねてハーモナイズすることもある。本作ではその「ボイス」により大きいウェイトが置かれ、歌詞のある曲も大幅に増えています。

この意味で『Caipi』はやはり何処までも自然な正常進化のアルバムで、カート・ローゼンウィンケルの音楽活動の連続性がより強く心に刻まれることになったのでした(歌詞を伴った歌という意味では『The Enemies of Energy』収録の”The Polish Song”を聴いた人にとっては特に衝撃的なことでもないはず)。

そしてジャズ的なギターを弾く者としては、ジョビンをはじめとするブラジル音楽、そしてそのヴァイブを取り込みつつ、当時としては多彩なリズム的操作と音使いながらも、カーオーディオから流れてきても違和感のないキャッチーさを備えていたパット・メセニー・グループの音楽、その2つを想起せざるを得ません。

メロディを奏でる、という行為の最も原初的な形態が「声」による歌唱だとしたら、その「声」はカートにとってギターより大事なものなのかもしれず、現在はギタリストとして賞賛と尊敬を集めているものの、この人の本性はどこまでもヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない、と思いました。
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吉本 秀純「現代ブラジルの才人たちとも異なるパーソナルな響き」

ギターのみならずドラムとベースから鍵盤、ボーカルに至るまでのほとんどのパートを自身でこなし、10年の歳月を経て完成させたアルバム。ロックなどでは珍しい作り方ではないが、ジャズでは多重録音を駆使したソロ作品などはもちろん存在するものの、あまり他に似た例が思い浮かばない。その点でまず異色な音の響きに包まれた作品であり、ブラジル音楽やジャズに傾倒したポスト・ロック系の音楽家によるものと信じ込まされて耳を傾ければ、疑いなくそう思ってしまいそうな曲が平然と並んでいる。ブラジルのミナスの音楽に対する傾倒ぶりは、ギタリストとして弾きまくった前作やそれ以前の作品からも聴き取れたが、本作ではそれがより歓喜的かつジャズ・ギタリストという枠に収まらない形で表現されており、「ジャズとしてどうか?」といった異端審問的な聴取は不毛だろう。

スタン・ゲッツやパット・メセニーをはじめ、ジャズの側からブラジル音楽にアプローチした例は過去に数多あるが、この作品のブラジル音楽との対峙の仕方は実に独特。セッション的でもなければサンプリング的でもなく、その特有の旋律やコード感、リズムなどを体得し、内面で濾過させた上でそれらのエッセンスを表出させるような制作過程を取ったように思われ、歌にアントニオ・ロウレイロらの現代ブラジルの才人たちを起用しているが、ジャズやポスト・ロックを通過した現地の音楽家とも異なるパーソナルな響きを獲得している。孤高にしてジョイフル。ブラジル側から現代ジャズなどを通過した新世代が次々と台頭してくるなかで、本作はより大きな意味を持ってくる予感もする。
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