Cross Review」カテゴリーアーカイブ

Cross Review 05: ファビアン・アルマザン『Alcanza』

 

現在のジャズシーンは、ストリングスを交えた室内楽的な表現が台頭してきている。挾間美帆レミー・ルブーフケネス・ダール・クヌーセンなど弦楽器をモダンに活用する作曲家が次々と登場し、また近年の重要作でもアンブローズ・アキンムシーレ『The Imagined Savior…』やベッカ・スティーヴンス『Regina』などで弦楽四重奏が効果的に使われていた。

ピアノトリオと弦楽四重奏によるアンサンブル作品『Rhizome』(2014)が高く評価されたファビアン・アルマザンは、そんな近年の動向を象徴する作曲家の一人だ。その彼が先日リリースした『Alcanza』は、前作『Rhizome』の世界観をさらに発展させた内容で幅広い音楽ファンに衝撃を与えた。今回はそのアルマザンの最新作を、ジャズ/ポピュラーミュージック愛好家の佐藤悠 氏と、ワールドミュージックを中心に執筆する評論家、吉本秀純 氏に読み解いてもらった(掲載は50音順です)。

アルバムデータ

Fabian Almazan – Alcanza
Biophilia Records (2017)

01. Alcanza Suite: I. Vida Absurda y Bella
02. Alcanza Suite: II. Marea Baja
03. Alcanza Suite: III. Verla

04. La Voz de un Piano
05. Alcanza Suite: IV. Mas
06. Alcanza Suite: V. Tribu T9

07. La Voz de un Bajo
08. Alcanza Suite: VI. Cazador Antiguo

09. La Voz de la Percusión
10. Alcanza Suite: VII. Pater Familias
11. Alcanza Suite: VIII. Este Lugar
12. Alcanza Suite: XI. Marea Alta

Fabian Almazan – piano, electronics
Camila Meza – voice, guitar
Linda Oh – bass
Henry Cole – drums

Megan Gould – violin
Tomoko Omura – violin
Karen Waltuch – viola
Noah Hoffeld – cello


佐藤 悠「強烈な映像喚起力」

物語は急速なテンポで幕を開ける。弦楽四重奏、ヴォーカル、ピアノ、ベース、ドラムの8人が生み出す音が、様々な長さと振幅を持った波となり、重なり、離れ、複雑に絡み合い、予想も付かない展開をみせる①は、これから始まる起伏に富んだ旅を予感させる一曲。優美な旋律とともに船出し、厳しい荒波に揉まれ、光に向かって船を漕ぎ進める②、美しさに心が震える瞬間を捉えたような弦楽主体の③を含めた第一のパートは、クラシックの管弦楽法を学び、映画音楽を志向するファビアン・アルマザンの音楽の真骨頂だ。

9つの組曲からなる今作は、インタールードによって4つのパートに分割されている。アルマザンのピアノの深い残響に導かれる第二のパートは、ロマンチックで切ないカミラ・メサの歌声に胸をかきむしられる⑤が出色。情熱的な表現にラテンアメリカ出身という出自が感じられる。ここでのストリングスは一転して背後に引き、歌の伴奏として機能している点にも注目したい。その弦楽が橋渡しとなり始まる⑥は、ピアノ・トリオを前面に出したジャズ寄りの曲で、音色や質感まではっきり聴こえるリンダ・オーのベースソロが印象的だ。

オーによる、弦の震えや音の減衰に耳を奪われるベース独奏を挟んで始まる第三のパートは、バグパイプや笙を彷彿とさせる弦楽の響きや、行進のような力強い律動、極端に歪められたヘンリー・コールのドラムの破裂音に、古代の戦いの前の儀式のイメージが浮かぶ⑧の一曲のみ。強烈な映像喚起力に、サウンド・クリエイターとしての表現力の豊かさが感じられる。

コールの破壊的なドラムソロから始まる第四のパートは、鼓舞するようなリズムと、加速していくメロディに希望が溢れる⑩で大きく舵を切る。メサの弾き語りの歌声に、旅路の果てに居場所を見つけたような安堵を覚える⑪では、明滅するエレクトロニクスや光の筋のような弦を伴ったピアノソロが、大きなうねりを持った作品の中で、心の奥底に降りて行くような束の間の静けさを感じさせてくれる。再び海原へ船出し、荒れ狂う嵐の中で聴こえてくる②の旋律に過去の記憶が蘇る最終曲の⑫は、物語がここでは終わらず、冒険を何度も繰り返すことを表しているようだ。そしてそれは、ファビアン・アルマザンの音楽的な探求がこれからも続いていくことを示唆するように思える。
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吉本 秀純「ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存」

2年前の来日時にインタビュー取材をした際に、影響を受けた音楽家としてラヴェルや武満徹とともに、同郷の音楽家ではキューバのみならず中南米のスペイン語圏一帯で幅広い人気を誇るヌエバ・トローバのシルビオ・ロドリゲスや戦前に活躍したクラシック作曲家のアレハンドロ・ガルシア・カトゥーラの名を彼が挙げたのはとても興味深いことだった。前作『Rhizome』は、まさにそんな音楽的ヴィジョンを現代ジャズの側から具現化させたようなシンフォニックな大作であり、ピアノ・トリオに弦楽カルテットと女性ボーカルを交えたアンサンブルも、単なる“ウィズ・ストリングス”的なモノではなく、綿密に書かれたスコアと即興パートが有機的かつ掛け算的に絡み合うことを念頭に置いてコンポーズされたもの。クラシックとジャズの融合を高次元かつ独自の方法論で実現しながら、特にメロディなどにラテン圏ならではの叙情性や優美さをしっかりと兼ね備えた点も秀逸だった。

新作『Alcanza』はその発展形を示した作品だが、全体的にアッパーさとアグレッシヴさを増し、3つのソロ・パート的なトラックを挟んだ9つの組曲形式でシームレスに展開していく楽曲はアルバム全体で1曲の完全な“交響曲”となっている(実質的には各ソロで区切って全4楽章という構成か)。演奏面でもピアノ・トリオと弦楽パートはより不可分に入り組み、前作では4曲のみ参加だったカミラ・メサもほぼ全曲で歌って8人のメンバーがよりバンド的に一体感を高めているのに加え、全編で多用される変拍子チェンバー・ジャズ・ロック的な旋律やリズムをこなすチリ出身のカミラの歌声と、プエルトリコ出身のヘンリー・コールの強靭なドラミングの存在感が前作以上に浮き立っている点も聴きもの。ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存した痛快作。
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Cross Review 04: マシュー・スティーヴンス『Preverbal』

最近のコンテンポラリー・ジャズギタリストの層の厚さは目をみはるべきものがある。マイク・モレノやギラッド・ヘクセルマンらを筆頭に、前世代が築き上げてきたスタイルに独自の奏法やフォルクローレを加え、多種多様な音楽を展開している。しかし一方で、現行のジャズギター・シーンの流れを内側から食い破るような、不良っぽいギタリストの登場を待ち望んでいたのは私だけだろうか。1982年カナダ出身のギタリスト、マシュー・スティーヴンスが先日発表した『Preverbal』は、そんな期待に真っ向から応えてくれる作品だった。

今回のクロスレビューはギタリスト/作曲家の岡田拓郎 氏と音楽ライターの花木洸 氏に依頼し、2017年でひときわ事件性の高い本作の聴きどころをチェックしてもらった(並びは五十音順です)。

アルバムデータ

Matthew Stevens – Preverbal
Ropeadope Records (2017)

01. Picture Window
02. Sparkle and Fade
03. Undertow
04. Cocoon
05. Reservoir
06. Knowhow
07. Dogeared
08. Our Reunion

Matthew Stevens – Guitars, Sampling, Synth, Bass(2)
Vicente Archer – Bass
Eric Doob – Drums, Sampling, Synth, Programming
Esperanza Spalding – Vocal (8)


岡田拓郎「より強度を増したインディー・ロック的な感覚」

15年にリリースされた前作『Woodworks』は、アルバム全編に通底する、トータスやシカゴ・アンダーグラウンド・デュオといったシカゴ音響一派のポスト・プロダクション感覚や、サンドロ・ペリ周りのトロント・インディー作品にも通じる有機的なアコースティック・サウンドに、ジャズ・ミュージシャンが良い意味でのインディー・ロックのカジュアルさを、肩肘を張らずに体現したということでとても印象に残る作品だった。

そういった意味での”インディー・ロック”的な感覚が、本作ではより強度を増したのではないだろうか。前作と同様ベースにはヴィセンテ・アーチャー、ドラムスにはエリック・ドーブというリズム・セクションが引き継いだトリオ編成。だが、アルバム冒頭を飾る”Picture Window”を聴けば一目瞭然であるが、ベースは全編でアコースティック・ベースからエレクトリック・ベースに持ち替えられ、量感の増したキックは、前作とは大きく異なるポイントと思える。これにより、これまでは削られていたような60hzあたりの帯域をブーストさせ、キツめコンプレッサーでシャープな粒感が増した音像は正に、本作リリース前にギタリストとしてマシューが参加したエスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』、そしてベン・モンダーやマーク・ジュリアナが参加したデヴィッド・ボウイ『★』からの流れを感じさせる17年らしいトレンドのマトを得た音像に生まれ変わっている。楽曲的にも、非ヒップホップ的なベース・ミュージックのフィーリングを持ち込んだジャズとして、この2作からの影響は少なくないと感じる。

そうした硬質な音像に合わせるように、薄くドライヴの掛かったテレキャスターに持ち替えられたマシューのギター・サウンドの変化にも注目したい。ギター、ベース、ドラム・トリオの鍵盤レス編成の場合、和音の大部分を握るのはギターになるわけであるが、こういった硬質でラウドなアンサンブルの中に埋もれぬよう、オーバードライヴで音の厚みを足したとしても、ギター特有のアタック感や、和音の分離感や粒立が崩れにくいテレキャスターを選んだのも、グッド・チョイスに思える。

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花木 洸「デリック・ホッジ『Live Today』以来のヘッドホンミュージック」

この10年ぐらいの間に、アメリカのジャズという音楽の中で「歪んだギター」は再発見されてきたように思う。僕の中でコンテンポラリージャズと歪んだギターというのはどこか相反する存在であった。他の楽器も電化したフュージョンを除けば、アコースティックな編成の中でのジャズギターといえばフルアコースティックギターの乾いた音色であるか、パット・メセニーのようにリバーブの掛かったクリーンな音色であって、歪んだギターというのはなんとなくタブーな存在のような気がしていた。だから僕が初めて聴いたクリスチャン・スコットのバンド(たしか『Anthem』だ)を異質に思ったのは、すげえ歪んだギターが入ってるじゃんという点だった。マシュー・スティーヴンスというギタリストが気になったのもこの作品がきっかけだ。

そして昨年5月、エスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』バンドの来日公演で一番衝撃的だったのは、歪んだギターで弾きまくるマシュー・スティーヴンスの姿だった。一度ギターソロになると、ソロの内容はロック的なバンドの佇まいに反してカート・ローゼンウィンケルばりのめちゃくちゃコンテンポラリージャズの語法で構成されていて「こんなにポップな音楽にこんなにソロをのせていいのか?」と思ったのを覚えている。

Esperanza Spalding Presents: Emily’s D+Evolution – Unconditional Love(マシュー・スティーヴンスのソロは5:50〜)

このアルバム『Preverbal』は、その時の衝撃がそのままパッキングされたような一枚だ。エンジニアはエスペランサ・スポルディング『Emily’s D+Evolution』を手掛けたカイル・ホフマン(Kyle Hoffmann)。鍵盤やホーンの入らないギタートリオの編成ながら、歪んだギターやスライスされたドラムが自由自在に反射していく。彼の持ち味でもあるカート・ローゼンウィンケル以降のコンテンポラリー・ジャズのフレージング、そしてパット・メセニー調のメロディアスなプレイまで、すべてをインディー・ロックやポストロックのような意匠を施したこの作品は、近年のジャズの中ではデリック・ホッジ『Live Today』以来のヘッドホンミュージックだ。DAW的な耳触りでありながら、その音像のそこかしこにジャズ・ミュージシャンの即興演奏でなければ成り立たないような場面が込められているのが印象的。そしてその事が、僕にこの音楽をジャズ・ギター作品だと思わせてくれる。

クリスチャン・スコットのコンコードデビュー作(つまりはメジャーデビュー作)『Rewind That』(2006年)はマシュー・スティーヴンスの歪んだギターで始まる。彼ら世代のジャズの音像への挑戦は、この時から始まっていたのかもしれない。

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Cross Review 03: クリスチャン・スコット『Ruler Rebel』

現代のジャズを代表するトランペッター/ソングライター、クリスチャン・スコットはかつてこう言った。「新しいパレットを作りたいと思っている。ジョン・コルトレーンのカルテットは、それまでのジャズの在り方をひっくり返した。同じように、僕は未来の世代のために違うやり方があるんだということを示したい」(CD Journal 2009年1月号)。

その言葉通り彼は『Stretch Music』(2015年)と先日リリースした『Ruler Rebel』(2017年)で、今までのジャズ界ではほとんど前例がないリズム/サウンド・プロダクションを導入し、「新しいパレット」を我々の前に提示してみせた。それを受けて今回は、現在進行形のジャズを追う佐藤 悠 氏とTAMTAMのドラム/プログラミング担当、高橋アフィ氏に最新作『Ruler Rebel』のレビューを依頼し、近年のクリスチャン・スコットの音楽性と、これからのジャズの形を読み解いてもらうことにした。
※レビューの並びは50音順です。


アルバムデータ

Christian Scott – Ruler Rebel
Ropeadope Records (2017)

01. Ruler Rebel
02. New Orleanian Love Song
03. New Orleanian Love Song II (X. aTunde Adjuah Remix)
04. Phases
05. Rise Again (Allmos Remix)
06. Encryption
07. The Coronation of X. aTunde Adjuah
08. The Reckoning

Christian Scott – Trumpet, Flugelhorn, Sampling Pad, etc
Elena Pinderhughes – Flute (6, 7)
Cliff Hines – Guitar (1, 4, 6-8)
Lawrence Fields – Piano, Fender Rhodes (1-3, 5-8)
Luques Curtis – Bass (4)
Kris Funn – Bass (7, 8)
Joshua Crumbly – Bass (6)
Corey Fonville – Drums, Sampling Pad (1-3, 6-8)
Joe Dyson Jr. – Pan African Drums, Sampling Pad (1-4, 6, 8)
Weedie Braimah – Djembe, Bata, Congas (1-3, 5, 7)
Chief Shaka Shaka – Dununba, Sangban, Kenikeni (1-3, 5, 7)
Sarah Elizabeth Charles – Vocals (4)


佐藤 悠「クリスチャン・スコットの最高到達点」

まずリズムに触れておきたい。前作にも参加したシンセ・パッドを併用するドラマー二人に加え、パーカッショニストを二人起用し、曲によって使い分けている。ベースレスで打楽器奏者四人が叩く①、②、③と、太いベースが鳴る⑦、⑧とのグルーヴの違いが面白い。トラップとアフリカ音楽が交わる⑤のビートも刺激的だ。

サウンドにも拘りが感じられる。様々な音がダイナミックに抜き差しされる①や、言葉が木霊し意味が演奏に溶け込むような④は空間的な音像だ。トランペットの多重録音も多く、編成ありきではなく、ヴィジョンを具体化するために必要な音を揃えていることが分かる。アジアの宮廷音楽を思わせる①や、西部劇の馬の足音のようなリズムの②など、サウンドがイメージを喚起する点も魅力的。

曲の構造にも注目したい。ピアノはソロの伴奏をしたり曲を進行させたりすることはなく、ループして曲を繋留。各楽器間でのインタープレイもない。そのようなジャズの方法論を放棄し、リズム隊をトラップのビートのように位置付け、その上で悠然とトランペットを吹く構成が鮮烈だ。ヒップホップ・グループ、ミーゴスに影響を受けたというが、前作のようにジャズの構造の中に現代的なビートを導入するだけでなく、曲の構造まで作り変えていることに驚いた。

そのソロ演奏が最大の聴きどころだ。円環的なリズムの上でトランペットが感情を解き放つ②、③や、フルートが機械のような精度で動き回る⑥には意識を釘付けにさせられる。革新的なビートと情景的なサウンド、そして感情表現としての演奏が結びついた本作は、異なるジャンルを取り込んで表現を拡張する”ストレッチ・ミュージック”の最新型であり、クリスチャン・スコットの最高到達点となる傑作だ。
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高橋アフィ「『Ruler Rebel』はドラムの音色を大幅に拡張した」

2016年青山ブルーノート。ステージに上がったクリスチャン・スコットが最初に行ったことは、PCからシーケンスを流すことであった。それに呼応するようにコーリー・フォンヴィルがドラムパッドでリズムを叩き出す。電子音が流れる中、クリスチャン・スコットが吹き始めた。

ここ数年、ジャズを筆頭としたドラム・ブームは、ドラマーがエレクトリックな音楽(DAWからサンプリングまで)に影響を受け、生演奏に取り入れていった流れとも言える。マーク・ジュリアナやクリス・デイヴを筆頭に、ドラマー達によるエレクトロなものを演奏に翻訳・解釈していく作業がスリリングだった。

その中でも、音色の探求は大きな潮流の一つだ。穴の開いたシンバルや重ねシンバル、極端にピッチを上げた/下げたスネアなど、まるで電子音のような音色を演奏中に鳴らすことは、今や当たり前のように行われている。楽器をプリペアド的に加工し、生楽器かつ疑似的な電子音として取り入れることによって、演奏の中に馴染ませていった。

●シンバルの組み合わせで音色の幅を広げるマーク・ジュリアナ

●様々な素材でドラムの音色を加工するベニー・グレブ

『Ruler Rebel』はその流れを大幅に拡張したと言えるだろう。一番最初に感じたことは、電子音の電子音らしい目立ち方だ。エレクトロなものが翻訳・解釈されずにそのままある。前作『Stretch Music』でも取り入れられていたドラムパッドはますます存在感を増し、2曲あるリミックスは打ち込みのリズムが主軸だ(”Rise Again”のリミックスはなんとトラップ風味!)。生楽器と電子音はまったく別物として扱われている。だが、それは不調和や打ち込み然としているというよりも、新たな「生々しい演奏」の印象を与えることになったと思う。むしろトータルの印象としては、ヴードゥー的な呪術感とうねるリズムが目立っている。特にクリスチャン・スコットの音色はどの作品よりも誠実に鳴っているのではないだろうか。

これはドラムパッドを鳴らすドラマー、そして周りのプレイヤー達が、電子音を生楽器とは別物かつ演奏するものとして扱った結果だ。疑似的な電子音を鳴らしていた楽器の(今思えば生楽器とうまく混ざる)バランスの良さに対し、使い辛かったドラムパッドやシーケンスを、ついに演奏するものとして真っ当に向き合うプレイヤーが集まったということだろう。音色的には馴染ませないが、例えばバッドをパッドとして叩く等、演奏として馴染ませたのだ。それにより生楽器と電子音の不自然な配置は、その不自然さゆえ、現代の様々な音楽と同時進行形に聴こえる。特にライブでのコーリー・フォンヴィルのドラムセットとドラムパッドの両刀使いは、あまりに自然に行き来することにこそ素晴らしさがある(そしてコーリー・フォンヴィルはR&Bグループ、ブッチャー・ブラウンではむしろ直球にドラムのみでファンキーなリズムを叩いていることも重要だ。このエレクトロへの気負いの無さは、個人的に面白い所だと思う)。

●『Ruler Rebel』収録”The Reckoning”のライヴ動画

●コーリー・フォンヴィルが所属する”ブッチャー・ブラウン”のスタジオ・ライヴ

ロバート・グラスパー・エクスペリメントでマーク・コーレンバーグがドラム・パッドを使用し、またジャズ・ドラマー達がthe Sensory Percussion(解説はこちら)というドラムトリガーを使用し始めたことはきっと偶然ではない。またドラム以外に目を向ければ、シンセベースやヴィンテージ・シンセの使用など、今まで飛び道具扱いされることもあったものが、楽器として当たり前に取り入れられている。ロボ声からマンブル・ラップのエフェクティブな音響だからこそ出てしまう感情も言わずもがなだ。生演奏と電子音の共存は、もはや新たなスタンダードと言えるだろう。
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Cross Review 02: ベッカ・スティーヴンス『Regina』

現代のジャズシーンを代表するシンガー・ソングライター、ベッカ・スティーヴンスが最新作『Regina』をリリースした。今までの”ベッカ・スティーヴンス・バンド”作品から一転、初の単独名義となる今作はスタジオでのポストプロダクションの比重がぐっと増し、その音楽性は前作『Perfect Animal』(2014)の続編とは言い切れないほど大きな変貌を遂げた。

そこでUntitled Medleyは音楽評論家の高橋健太郎氏と村井康司氏に『Regina』のレビューを依頼し、ベッカが本作で以前の作品からどのように変化/進化したのかを検証してもらった。高橋氏はロックやワールドミュージック関係、村井氏はジャズ関係の執筆が多く、それぞれ活動領域が微妙に異なるものの、フォークやアメリカーナ周辺の音楽の解説が必要になった時に、この二人よりも信頼のおける評論家はいないだろう。それだけに、クロスレビューもスリリングな内容になっている(レビュワーの並びは五十音順です)。

参考: 現代ジャズ攻略Wiki – ベッカ・スティーヴンス/Becca Stevens

アルバムデータ

Becca Stevens – Regina
GroundUP Music (2017)
All compositions by Becca Stevens (except 13 by Stevie Wonder)

Becca Stevens (vo, g, charango, etc)
Troy Miller (ds, glockenspiel, wurlitzer, etc)
Michael League (vo, g, etc )
Liam Robinson (p, accord, wurlitzer, etc)
Oli Rockberger (p)
Chris Tordini (b)
Jordan Perlson (ds, perc)
Attacca Quartet (String quartet)

Laura Mvula (vo) M-1, 10
Jacob Collier (vo, p, mandolin, etc) M-3, 13
David Crosby (vo) M-12
Alan Hampton (vo) M-6
Jo Lawry (vo) M-5, 7, 9

クリックすると楽曲ごとの情報が表示されます
1. Venus (featuring Laura Mvula)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
Laura Mvula – Vocals
Troy Miller – Drums, Glockenspiel, Kalimba, etc…
Michael League – Vocals, MiniMoog Bass
Chris Tordini – Bass
Oli Rockberger – Piano

2. Lean On
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Handclaps
Michael League – Handclaps, Vocals, Guitar
Jordan Perlson – Drums/Percussion
Chris Tordini – Bass
Troy Miller – Prophet 600
Attacca Quartet

3. Both Still Here (featuring Jacob Collier)
Becca Stevens – Vocals, Charango, Body Percussion
Jacob Collier – Vocals, Piano, Claps & Snaps, etc…
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

4. 45 Bucks
Becca Stevens – Vocals, Guitar, Charango
Troy Miller – Drums, Paraphonic Bass, Wurlitzer
Chris Tordini – Bass

5. Queen Mab
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Charango
Jo Lawry – Vocals
Jordan Perlson – Drums/Percussion
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Roland Gaia, Wurlitzer, Prophet 600
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

6. We Knew Love (featuring Alan Hampton)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
Alan Hampton – Vocals
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Electric Bass
Liam Robinson – Piano, Accordion, Wurlitzer, etc…
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

7. Mercury
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Handclaps, etc…
Jo Lawry – Vocals
Troy Miller – Roland Paraphonic
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Wurlitzer, Moog Synth

8. Regina
Becca Stevens – Vocals, Ukulele, Charango, etc…
Michael League – Guitar, Daf
Troy Miller – Claps, Stomps
Attacca Quartet

9. Harbour Hawk
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Charango
Jo Lawry – Vocals
Jordan Perlson – Drums, Shakers, Boat Bell
Chris Tordini – Bass, Vocals
Liam Robinson – Piano, Wurlitzer, Roland Gaia

10. Well Loved (featuring Laura Mvula)
Becca Stevens – Vocals, Ukulele, Charango, etc…
Laura Mvula – Vocals
Oli Rockberger – Piano
Troy Miller – Drums, Roland Paraphonic, Synth Bass, etc…
Chris Tordini – Bass

11. Ophelia
Becca Stevens – Vocals, Guitars, Claps/Stomps
Troy Miller – Handclaps/Stomps
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Attacca Quartet

12. The Muse (featuring David Crosby)
Becca Stevens – Vocals, Guitars
David Crosby – Vocals
Troy Miller – Glockenspiel
Jordan Perlson – Drums
Chris Tordini – Bass
Liam Robinson – Accordion, Piano, Wurlitzer, etc…
Nathan Schram – Viola
Hamilton Berry – Cello

13. As (featuring Jacob Collier)
Becca Stevens – Vocals, Charango
Jacob Collier – Vocals, Guitar
Children’s Choir


高橋 健太郎「ベッカが希求しているのは、一言でいえば『強さ』」

2011年の『Weightless』からのファンは、受け取ってからその重さにたじろいだ。こんな新作を受け取る準備は出来ていなかったのだ。ベッカ・スティーヴンスといえば、ブルックリン・シーンのジャズとフォークを繋ぐ存在。男性ならアラン・ハンプトン、女性ならベッカみたいなイメージだった。周囲の気心知れたミュージシャン達とナチュラルでオーガニック、繊細で透明な音楽を紡ぎ出す。ずっと、そういう活動を続けていくのだろうと勝手に考えていたのだった。

だが、彼女は変わろうとしていた。ソロ名義となったこのアルバムでベッカが希求しているのは、一言でいえば「強さ」だ。エレクトリック・ギターを多く弾くようになったことも、ローラ・マブーラを手掛けた英国人プロデューサー、トロイ・ミラーの精密で重厚なプロダクションを必要としたのも、理由はその一点に結びつくだろう。近年の女性アーティストの作品でいえば、ローラの諸作やエスペランサ・スポルディングの『Emily’s D+Evolution』、コリーヌ・ベイリー・レイの『The Heart Speaks In Whispers』などにも通じるソリッドな感触が、『Regina』と題されたこのベッカの新作にはある。

ただし、ローラやエスペランサやコリーヌのアルバムがフューチャリスティックなイメージを漂わせているのに対して、ベッカは中世にも遡る史実と触れあう中から強い女性像を表現した音楽を掴みとっている。それは多分にコンセプチュアルで、演劇的なアイデアを凝らしたものだが、幾つかの曲では彼女自身の出自とも重なりあう。フレディ・マーキュリーの言葉をモチーフとした激しいロック・チューンの”Mercury”に続いて、彼女が育ったアパラチア山麓の古い音楽を思わすようなタイトル曲が始まる瞬間が、アルバムの最もスリリングなハイライトだろう。

正直にいって、強さや重さや妖しさをベッカの音楽に求める気持ちを持っていなかったから、まだ戸惑いながら聴いている。が、思い返してみれば、『Court & Spark』以後のジョニ・ミッチェルの音楽だって、そうやって追いかけたのだった。ベッカはまだまだ挑み続け、変わり続けるだろう。たぶん、2、3作先のアルバムまで追いかけた時に、この時の彼女が分かる。そういう作品ではないかと思う。

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村井 康司「多彩にして多様な『声の群像劇』」

初めてこのCDを聴いたとき、いちばん印象に残ったのは、複数の“声”がサウンドステージのそこここにある様子だった。

それを「コーラス」と呼んでしまうのにはいささか抵抗がある。単声のソロ・ヴォーカルとバッキング・コーラス、あるいはリード・メロディの上下に配置されるハーモニー・パートを「コーラス」と呼ぶのは分かるのだが、ここでベッカたちが選択した方法は、それらを含みつつ、ユニゾンで歌ったり、輪唱のように時間差で重ねたり、いっけんリードの声とは関係ないメロディを絡めたり、という実に多彩にして多様な「声の群像劇」なのだ。しかも、オーヴァーダビングされたベッカ本人の声の質も、その局面によって微妙に変化させていて、バランスやエフェクトも実に繊細なさじ加減で調整されている。

これに似たやり方ってなんかあったよなあ、としばらく考えてひっぱり出してきたCDは、マーヴィン・ゲイの『What’s Going On』。ソウル・ミュージックの歴史を変えたこの名作で、マーヴィンは自身の声をさまざまな方法で重ねて、やはり「声の群像」を提示している。ベッカとプロデュース・チーム(トロイ・ミラー、マイケル・リーグ、ジェイコブ・コリアー)が直接”What’s Going On”を意識したかどうかは分からないが、「複数の声がさざめき泡立つ音楽」の歴史が、こうして継承されていくさまは感動的ですらある。

実際の人の声に限らず、『Regina』は、実に多彩な「声=音」たちがさざめき泡立つアルバムだ。ベッカのトレード・マークであるチャランゴをはじめとするアコースティックな撥弦楽器群、ストリングスやシンセサイザーといった持続音系のサウンド、クリスピーなスネア・ドラム、ヘヴィに沈み込むボトムのリズム、リヴァーブによって敢えて輪郭を曖昧にしたピアノ(それはまるでブルーブラックのインクを水に落としたような音色だ)、形容しがたい不思議なエレクトロニック音などが、音場の左右上下前後にきらめき、現れては消えてゆく。そして中心に屹立するベッカのメイン・ヴォーカルは、多彩な音たちのリフレクションを浴びても存在感を減ずることはなく、むしろ今までのどのアルバムよりくっきりとセンターの位置を占めているのだった。

ところで、「アメリカーナ」という言葉で語られることが多いベッカだが、『Regina』を聴いて、僕はなぜかイギリスの音楽家たちのことを想起した。これはイギリス人のトロイ・ミラーが音作りの中心人物だから、なのだろうか。リヴァーブの効いた奥行きのあるサウンドは、80年代後半のイギリス人ミュージシャンの諸作を思わせる。部屋のあちこちを探索してかき集めたCDはとこんな感じだ。

エンヤの『Watermark』、スティング『Nothing Like The Sun』、ピーター・ゲイブリエル『So』、ベッカが前作でカヴァーした”Higher Love”から始まるスティーヴ・ウィンウッドの『Back In The High Life』、ケイト・ブッシュの『The Whole Story』……。

どれも30年ほど前に毎日のように聴いていて、ある時期からなんとなく避けていたアルバムたちだ。久しぶりにまとめて聴いて自分でも驚いたのは、音場全体にかけられた深いリヴァーブやゲート・リヴァーブを効かせたスネアといったあの頃の音作りが、なぜか今は新鮮に感じられること。ベッカのチームがクリエイトしたサウンドはそのコピーではもちろんなく、メインのヴォーカルはぐっと前にせり出しているのだが、一時忌避されていた80年代的な録音のおいしいところを再発見して巧みに採り込む姿勢が興味深い。

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Cross Review 01: カート・ローゼンウィンケル『Caipi』

カート・ローゼンウィンケルが、一人多重録音のアルバムを制作していることを初めて人前で語ったのは2009年頃だろうか。当時、すでにその作品が『Caipi』というタイトルで、ブラジル音楽に傾倒したアルバムになるだろうということも明かしていた。それから「来年には発表できる」というアナウンスをくり返すこと8年。ジャズ界でどれほど待っても出ないアルバムの代名詞のような存在になっていた『Caipi』が、2017年2月ついにリリースされた。

Untitled Medleyのクロスレビュー企画第1弾は、ジャズ/ギター系の記事で人気のブロガー Jazz Guitar Blog氏と、ワールドミュージックを中心とした執筆活動で支持を集めるライター 吉本 秀純氏に依頼し、カート・ローゼンウィンケル『Caipi』の聴きどころを多面的にチェックしてみた(レビュワーの並びは五十音順)。

参考: 現代ジャズ攻略Wiki – カート・ローゼンウィンケル / Kurt Rosenwinkel

アルバムデータ

Kurt Rosenwinkel – Caipi
Heartcore Records (2017)

01. Caipi
02. Kama
03. Casio Vanguard
04. Summer Song
05. Chromatic B
06. Hold on
07. Ezra
08. Little Dream
09. Casio Escher
10. Interscape
11. Little B

Kurt Rosenwinkel – guitar, electric bass, piano, drums, percussion, synth, casio, voice
Eric Clapton – guitar
Pedro Martins – voice, drums, keyboards, percussion
Alex Kozmidi – baritone guitar
Mark Turner – tenor saxophone
Kyra Garéy – voice
Antonio Loureiro – voice
Zola Mennenöh – voice
Amanda Brecker – voice
Frederika Krier – violin
Chris Komer – French horn
Andi Haberl – drums

※楽曲ごとのクレジットはこちらをご覧ください。


北澤「多重録音作品でありながらも、バンド音楽的な簡潔さを志向」

まずはカートのソングライティングのセンスが、衰えるどころかより新鮮になって私たちの前に提示されたことを喜びたい。ブラジル音楽をテーマにしているとはいえ、どの曲も人を食ったようなアレンジがほどこされ、一筋縄では行かないのが彼の作品らしい。その中でも10年前から演奏していた楽曲がヴォーカル作品として生まれ変わった”Kama”や”Ezra”、疾走感のあるショーロ風リズムが気持ちいい”Casio Vanguard”、転調するメロディが沈みゆく太陽を思わせる”Little B”が特に印象に残った。

また電子楽器を多用して楽曲に人工的な質感を与えているにもかかわらず、昔どこかで聴いたような不思議な懐かしさがある点も『Caipi』の魅力だ。それは多重録音作品でありながらも、ここでのカートがバンドミュージック的なシンプルさを志向していることが理由だろう。『Heartcore』で見られたサンプリングしたフレーズを何重にも重ねるような試みは本作では控えめで、音のレイヤリングは生演奏でも再現可能なレベルに抑えられている。それが逆にこの作品のオーガニックさにつながっているのだろう。

だがうがった聴き方をすると、逆に多重録音でそうした音楽性を目指したことによって、『Caipi』は「バンドミュージックならではのメンバー同士の相互作用が希薄な、”非常に高クオリティなデモテープ”になってしまっている」という指摘もできるはずだ。現在ペドロ・マルティンスらを迎えて活動している”カイピ・バンド”で同じ歌もの作品を作ってくれたら、さらなる名盤が出来上がるのではないだろうか。そういう意味で私は、この作品はカートの10年間の集大成というよりも、新たな旅の幕開けに位置するアルバムだと捉えている。
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Jazz Guitar Blog「カートの本性はヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない」

一聴すると過去のどのカート作品にもあまり似ていない印象を受ける新作『Caipi』。しかし聴き込むうちに、私にとって親密ないくつかの歴史が浮かび上がってくるような感覚を持ちました。

ひとつはカート個人の歴史。「カートが歌った!」などと話題になった本作ですが、実はカートはもう長いこと歌ってきている(声で)。ギターとユニゾンのこともあれば、違う音程のボイスを重ねてハーモナイズすることもある。本作ではその「ボイス」により大きいウェイトが置かれ、歌詞のある曲も大幅に増えています。

この意味で『Caipi』はやはり何処までも自然な正常進化のアルバムで、カート・ローゼンウィンケルの音楽活動の連続性がより強く心に刻まれることになったのでした(歌詞を伴った歌という意味では『The Enemies of Energy』収録の”The Polish Song”を聴いた人にとっては特に衝撃的なことでもないはず)。

そしてジャズ的なギターを弾く者としては、ジョビンをはじめとするブラジル音楽、そしてそのヴァイブを取り込みつつ、当時としては多彩なリズム的操作と音使いながらも、カーオーディオから流れてきても違和感のないキャッチーさを備えていたパット・メセニー・グループの音楽、その2つを想起せざるを得ません。

メロディを奏でる、という行為の最も原初的な形態が「声」による歌唱だとしたら、その「声」はカートにとってギターより大事なものなのかもしれず、現在はギタリストとして賞賛と尊敬を集めているものの、この人の本性はどこまでもヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない、と思いました。
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吉本 秀純「現代ブラジルの才人たちとも異なるパーソナルな響き」

ギターのみならずドラムとベースから鍵盤、ボーカルに至るまでのほとんどのパートを自身でこなし、10年の歳月を経て完成させたアルバム。ロックなどでは珍しい作り方ではないが、ジャズでは多重録音を駆使したソロ作品などはもちろん存在するものの、あまり他に似た例が思い浮かばない。その点でまず異色な音の響きに包まれた作品であり、ブラジル音楽やジャズに傾倒したポスト・ロック系の音楽家によるものと信じ込まされて耳を傾ければ、疑いなくそう思ってしまいそうな曲が平然と並んでいる。ブラジルのミナスの音楽に対する傾倒ぶりは、ギタリストとして弾きまくった前作やそれ以前の作品からも聴き取れたが、本作ではそれがより歓喜的かつジャズ・ギタリストという枠に収まらない形で表現されており、「ジャズとしてどうか?」といった異端審問的な聴取は不毛だろう。

スタン・ゲッツやパット・メセニーをはじめ、ジャズの側からブラジル音楽にアプローチした例は過去に数多あるが、この作品のブラジル音楽との対峙の仕方は実に独特。セッション的でもなければサンプリング的でもなく、その特有の旋律やコード感、リズムなどを体得し、内面で濾過させた上でそれらのエッセンスを表出させるような制作過程を取ったように思われ、歌にアントニオ・ロウレイロらの現代ブラジルの才人たちを起用しているが、ジャズやポスト・ロックを通過した現地の音楽家とも異なるパーソナルな響きを獲得している。孤高にしてジョイフル。ブラジル側から現代ジャズなどを通過した新世代が次々と台頭してくるなかで、本作はより大きな意味を持ってくる予感もする。
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