クロスレビュー Kurt Rosenwinkel / Caipi

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カート・ローゼンウィンケルが、一人多重録音のアルバムを制作していることを初めて人前で語ったのは2009年頃だろうか。当時、すでにその作品が『Caipi』というタイトルで、ブラジル音楽に傾倒したアルバムになるだろうということも明かしていた。それから「来年には発表できる」というアナウンスをくり返すこと8年。ジャズ界でどれほど待っても出ないアルバムの代名詞のような存在になっていた『Caipi』が、2017年2月ついにリリースされた。

Untitled Medleyのクロスレビュー企画第1弾は、管理人に加えジャズ/ギター系の記事で人気のブロガー Jazz Guitar Blogさんと、ワールドミュージックを中心に執筆するライター 吉本 秀純さんにレビューを依頼し、カート・ローゼンウィンケル『Caipi』の聴きどころを多面的に確認してみることにした。

アルバムデータ

Kurt Rosenwinkel – Caipi
Heartcore Records (2017)

01. Caipi
02. Kama
03. Casio Vanguard
04. Summer Song
05. Chromatic B
06. Hold on
07. Ezra
08. Little Dream
09. Casio Escher
10. Interscape
11. Little B

Kurt Rosenwinkel – guitar, electric bass, piano, drums, percussion, synth, casio, voice
Eric Clapton – guitar
Pedro Martins – voice, drums, keyboards, percussion
Alex Kozmidi – baritone guitar
Mark Turner – tenor saxophone
Kyra Garéy – voice
Antonio Loureiro – voice
Zola Mennenöh – voice
Amanda Brecker – voice
Frederika Krier – violin
Chris Komer – French horn
Andi Haberl – drums

※楽曲ごとのクレジットはこちらをご覧ください。


北澤「多重録音作品でありながらも、バンド音楽的な簡潔さを志向」

まずはカートのソングライティングのセンスが、衰えるどころかより新鮮になって私たちの前に提示されたことを喜びたい。ブラジル音楽をテーマにしているとはいえ、どの曲も人を食ったようなアレンジがほどこされ、一筋縄では行かないのが彼の作品らしい。その中でも10年前から演奏していた楽曲がヴォーカル作品として生まれ変わった”Kama”や”Ezra”、疾走感のあるショーロ風リズムが気持ちいい”Casio Vanguard”、転調するメロディが沈みゆく太陽を思わせる”Little B”が特に印象に残った。

また電子楽器を多用して楽曲に人工的な質感を与えているにもかかわらず、昔どこかで聴いたような不思議な懐かしさがある点も『Caipi』の魅力だ。それは多重録音作品でありながらも、ここでのカートがバンドミュージック的なシンプルさを志向していることが理由だろう。『Heartcore』で見られたサンプリングしたフレーズを何重にも重ねるような試みは本作では控えめで、音のレイヤリングは生演奏でも再現可能なレベルに抑えられている。それが逆にこの作品のオーガニックさにつながっているのだろう。

だがうがった聴き方をすると、逆に多重録音でそうした音楽性を目指したことによって、『Caipi』は「バンドミュージックならではのメンバー同士の相互作用が希薄な、”非常に高クオリティなデモテープ”になってしまっている」という指摘もできるはずだ。現在ペドロ・マルティンスらを迎えて活動している”カイピ・バンド”で同じ歌もの作品を作ってくれたら、さらなる名盤が出来上がるのではないだろうか。そういう意味で私は、この作品はカートの10年間の集大成というよりも、新たな旅の幕開けに位置するアルバムだと捉えている。
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Jazz Guitar Blog「カートの本性はヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない」

一聴すると過去のどのカート作品にもあまり似ていない印象を受ける新作『Caipi』。しかし聴き込むうちに、私にとって親密ないくつかの歴史が浮かび上がってくるような感覚を持ちました。

ひとつはカート個人の歴史。「カートが歌った!」などと話題になった本作ですが、実はカートはもう長いこと歌ってきている(声で)。ギターとユニゾンのこともあれば、違う音程のボイスを重ねてハーモナイズすることもある。本作ではその「ボイス」により大きいウェイトが置かれ、歌詞のある曲も大幅に増えています。

この意味で『Caipi』はやはり何処までも自然な正常進化のアルバムで、カート・ローゼンウィンケルの音楽活動の連続性がより強く心に刻まれることになったのでした(歌詞を伴った歌という意味では『The Enemies of Energy』収録の”The Polish Song”を聴いた人にとっては特に衝撃的なことでもないはず)。

そしてジャズ的なギターを弾く者としては、ジョビンをはじめとするブラジル音楽、そしてそのヴァイブを取り込みつつ、当時としては多彩なリズム的操作と音使いながらも、カーオーディオから流れてきても違和感のないキャッチーさを備えていたパット・メセニー・グループの音楽、その2つを想起せざるを得ません。

メロディを奏でる、という行為の最も原初的な形態が「声」による歌唱だとしたら、その「声」はカートにとってギターより大事なものなのかもしれず、現在はギタリストとして賞賛と尊敬を集めているものの、この人の本性はどこまでもヴォーカリストであり、シンガーなのかもしれない、と思いました。
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吉本 秀純「現代ブラジルの才人たちとも異なるパーソナルな響き」

ギターのみならずドラムとベースから鍵盤、ボーカルに至るまでのほとんどのパートを自身でこなし、10年の歳月を経て完成させたアルバム。ロックなどでは珍しい作り方ではないが、ジャズでは多重録音を駆使したソロ作品などはもちろん存在するものの、あまり他に似た例が思い浮かばない。その点でまず異色な音の響きに包まれた作品であり、ブラジル音楽やジャズに傾倒したポスト・ロック系の音楽家によるものと信じ込まされて耳を傾ければ、疑いなくそう思ってしまいそうな曲が平然と並んでいる。ブラジルのミナスの音楽に対する傾倒ぶりは、ギタリストとして弾きまくった前作やそれ以前の作品からも聴き取れたが、本作ではそれがより歓喜的かつジャズ・ギタリストという枠に収まらない形で表現されており、「ジャズとしてどうか?」といった異端審問的な聴取は不毛だろう。

スタン・ゲッツやパット・メセニーをはじめ、ジャズの側からブラジル音楽にアプローチした例は過去に数多あるが、この作品のブラジル音楽との対峙の仕方は実に独特。セッション的でもなければサンプリング的でもなく、その特有の旋律やコード感、リズムなどを体得し、内面で濾過させた上でそれらのエッセンスを表出させるような制作過程を取ったように思われ、歌にアントニオ・ロウレイロらの現代ブラジルの才人たちを起用しているが、ジャズやポスト・ロックを通過した現地の音楽家とも異なるパーソナルな響きを獲得している。孤高にしてジョイフル。ブラジル側から現代ジャズなどを通過した新世代が次々と台頭してくるなかで、本作はより大きな意味を持ってくる予感もする。
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