トランペッター/作曲家、クリスチャン・スコットは最新作『Ruler Rebel』(2017年)で、今までのジャズ界ではほとんど前例がないリズム、スタジオ・プロダクション、グループ・サウンドを導入し、新しい音のパレットをリスナーに提示してみせた。
それを受けて今回は、現在進行形のジャズを追う佐藤 悠さんと高橋アフィさんにこの作品のレビューを依頼し、近年のクリスチャン・スコットの音楽性を読み解いてもらうことにした。
※レビューの並びは50音順です。
アルバムデータ
Christian Scott – Ruler Rebel
Ropeadope Records (2017)
01. Ruler Rebel
02. New Orleanian Love Song
03. New Orleanian Love Song II (X. aTunde Adjuah Remix)
04. Phases
05. Rise Again (Allmos Remix)
06. Encryption
07. The Coronation of X. aTunde Adjuah
08. The Reckoning
Christian Scott – Trumpet, Flugelhorn, Sampling Pad, etc
Elena Pinderhughes – Flute (6, 7)
Cliff Hines – Guitar (1, 4, 6-8)
Lawrence Fields – Piano, Fender Rhodes (1-3, 5-8)
Luques Curtis – Bass (4)
Kris Funn – Bass (7, 8)
Joshua Crumbly – Bass (6)
Corey Fonville – Drums, Sampling Pad (1-3, 6-8)
Joe Dyson Jr. – Pan African Drums, Sampling Pad (1-4, 6, 8)
Weedie Braimah – Djembe, Bata, Congas (1-3, 5, 7)
Chief Shaka Shaka – Dununba, Sangban, Kenikeni (1-3, 5, 7)
Sarah Elizabeth Charles – Vocals (4)
佐藤 悠「クリスチャン・スコットの最高到達点」
まずリズムに触れておきたい。前作にも参加したシンセ・パッドを併用するドラマー二人に加え、パーカッショニストを二人起用し、曲によって使い分けている。ベースレスで打楽器奏者四人が叩く①、②、③と、太いベースが鳴る⑦、⑧とのグルーヴの違いが面白い。トラップとアフリカ音楽が交わる⑤のビートも刺激的だ。
サウンドにも拘りが感じられる。様々な音がダイナミックに抜き差しされる①や、言葉が木霊し意味が演奏に溶け込むような④は空間的な音像だ。トランペットの多重録音も多く、編成ありきではなく、ヴィジョンを具体化するために必要な音を揃えていることが分かる。アジアの宮廷音楽を思わせる①や、西部劇の馬の足音のようなリズムの②など、サウンドがイメージを喚起する点も魅力的。
曲の構造にも注目したい。ピアノはソロの伴奏をしたり曲を進行させたりすることはなく、ループして曲を繋留。各楽器間でのインタープレイもない。そのようなジャズの方法論を放棄し、リズム隊をトラップのビートのように位置付け、その上で悠然とトランペットを吹く構成が鮮烈だ。ヒップホップ・グループ、ミーゴスに影響を受けたというが、前作のようにジャズの構造の中に現代的なビートを導入するだけでなく、曲の構造まで作り変えていることに驚いた。
そのソロ演奏が最大の聴きどころだ。円環的なリズムの上でトランペットが感情を解き放つ②、③や、フルートが機械のような精度で動き回る⑥には意識を釘付けにさせられる。革新的なビートと情景的なサウンド、そして感情表現としての演奏が結びついた本作は、異なるジャンルを取り込んで表現を拡張する”ストレッチ・ミュージック”の最新型であり、クリスチャン・スコットの最高到達点となる傑作だ。
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高橋アフィ「『Ruler Rebel』はドラムの音色を大幅に拡張した」
2016年青山ブルーノート。ステージに上がったクリスチャン・スコットが最初に行ったことは、PCからシーケンスを流すことであった。それに呼応するようにコーリー・フォンヴィルがドラムパッドでリズムを叩き出す。電子音が流れる中、クリスチャン・スコットが吹き始めた。
ここ数年、ジャズを筆頭としたドラム・ブームは、ドラマーがエレクトリックな音楽(DAWからサンプリングまで)に影響を受け、生演奏に取り入れていった流れとも言える。マーク・ジュリアナやクリス・デイヴを筆頭に、ドラマー達によるエレクトロなものを演奏に翻訳・解釈していく作業がスリリングだった。
その中でも、音色の探求は大きな潮流の一つだ。穴の開いたシンバルや重ねシンバル、極端にピッチを上げた/下げたスネアなど、まるで電子音のような音色を演奏中に鳴らすことは、今や当たり前のように行われている。楽器をプリペアド的に加工し、生楽器かつ疑似的な電子音として取り入れることによって、演奏の中に馴染ませていった。
●シンバルの組み合わせで音色の幅を広げるマーク・ジュリアナ
●様々な素材でドラムの音色を加工するベニー・グレブ
『Ruler Rebel』はその流れを大幅に拡張したと言えるだろう。一番最初に感じたことは、電子音の電子音らしい目立ち方だ。エレクトロなものが翻訳・解釈されずにそのままある。前作『Stretch Music』でも取り入れられていたドラムパッドはますます存在感を増し、2曲あるリミックスは打ち込みのリズムが主軸だ(”Rise Again”のリミックスはなんとトラップ風味!)。生楽器と電子音はまったく別物として扱われている。だが、それは不調和や打ち込み然としているというよりも、新たな「生々しい演奏」の印象を与えることになったと思う。むしろトータルの印象としては、ヴードゥー的な呪術感とうねるリズムが目立っている。特にクリスチャン・スコットの音色はどの作品よりも誠実に鳴っているのではないだろうか。
これはドラムパッドを鳴らすドラマー、そして周りのプレイヤー達が、電子音を生楽器とは別物かつ演奏するものとして扱った結果だ。疑似的な電子音を鳴らしていた楽器の(今思えば生楽器とうまく混ざる)バランスの良さに対し、使い辛かったドラムパッドやシーケンスを、ついに演奏するものとして真っ当に向き合うプレイヤーが集まったということだろう。音色的には馴染ませないが、例えばバッドをパッドとして叩く等、演奏として馴染ませたのだ。それにより生楽器と電子音の不自然な配置は、その不自然さゆえ、現代の様々な音楽と同時進行形に聴こえる。特にライブでのコーリー・フォンヴィルのドラムセットとドラムパッドの両刀使いは、あまりに自然に行き来することにこそ素晴らしさがある(そしてコーリー・フォンヴィルはR&Bグループ、ブッチャー・ブラウンではむしろ直球にドラムのみでファンキーなリズムを叩いていることも重要だ。このエレクトロへの気負いの無さは、個人的に面白い所だと思う)。
●『Ruler Rebel』収録”The Reckoning”のライヴ動画
ロバート・グラスパー・エクスペリメントでマーク・コーレンバーグがドラム・パッドを使用し、またジャズ・ドラマー達がthe Sensory Percussion(解説はこちら)というドラムトリガーを使用し始めたことはきっと偶然ではない。またドラム以外に目を向ければ、シンセベースやヴィンテージ・シンセの使用など、今まで飛び道具扱いされることもあったものが、楽器として当たり前に取り入れられている。ロボ声からマンブル・ラップのエフェクティブな音響だからこそ出てしまう感情も言わずもがなだ。生演奏と電子音の共存は、もはや新たなスタンダードと言えるだろう。
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