現在のジャズシーンは、ストリングスを交えた室内楽的な表現が台頭してきている。挾間美帆やレミー・ルブーフ、ケネス・ダール・クヌーセンなど弦楽器をモダンに活用する作曲家が次々と登場し、また近年の重要作でもアンブローズ・アキンムシーレ『The Imagined Savior…』やベッカ・スティーヴンス『Regina』などで弦楽四重奏が効果的に使われていた。
ピアノトリオと弦楽四重奏によるアンサンブル作品『Rhizome』(2014)が高く評価されたファビアン・アルマザンは、そんな近年の動向を象徴する作曲家の一人だ。その彼が先日リリースした『Alcanza』は、前作『Rhizome』の世界観をさらに発展させた内容で幅広い音楽ファンに衝撃を与えた。今回はそのアルマザンの最新作を、ジャズ/ポピュラーミュージック愛好家の佐藤悠 氏と、ワールドミュージックを中心に執筆する評論家、吉本秀純 氏に読み解いてもらった(掲載は50音順です)。
アルバムデータ
Fabian Almazan – Alcanza
Biophilia Records (2017)
01. Alcanza Suite: I. Vida Absurda y Bella
02. Alcanza Suite: II. Marea Baja
03. Alcanza Suite: III. Verla
04. La Voz de un Piano
05. Alcanza Suite: IV. Mas
06. Alcanza Suite: V. Tribu T9
07. La Voz de un Bajo
08. Alcanza Suite: VI. Cazador Antiguo
09. La Voz de la Percusión
10. Alcanza Suite: VII. Pater Familias
11. Alcanza Suite: VIII. Este Lugar
12. Alcanza Suite: XI. Marea Alta
Fabian Almazan – piano, electronics
Camila Meza – voice, guitar
Linda Oh – bass
Henry Cole – drums
Megan Gould – violin
Tomoko Omura – violin
Karen Waltuch – viola
Noah Hoffeld – cello
佐藤 悠「強烈な映像喚起力」
物語は急速なテンポで幕を開ける。弦楽四重奏、ヴォーカル、ピアノ、ベース、ドラムの8人が生み出す音が、様々な長さと振幅を持った波となり、重なり、離れ、複雑に絡み合い、予想も付かない展開をみせる①は、これから始まる起伏に富んだ旅を予感させる一曲。優美な旋律とともに船出し、厳しい荒波に揉まれ、光に向かって船を漕ぎ進める②、美しさに心が震える瞬間を捉えたような弦楽主体の③を含めた第一のパートは、クラシックの管弦楽法を学び、映画音楽を志向するファビアン・アルマザンの音楽の真骨頂だ。
9つの組曲からなる今作は、インタールードによって4つのパートに分割されている。アルマザンのピアノの深い残響に導かれる第二のパートは、ロマンチックで切ないカミラ・メサの歌声に胸をかきむしられる⑤が出色。情熱的な表現にラテンアメリカ出身という出自が感じられる。ここでのストリングスは一転して背後に引き、歌の伴奏として機能している点にも注目したい。その弦楽が橋渡しとなり始まる⑥は、ピアノ・トリオを前面に出したジャズ寄りの曲で、音色や質感まではっきり聴こえるリンダ・オーのベースソロが印象的だ。
オーによる、弦の震えや音の減衰に耳を奪われるベース独奏を挟んで始まる第三のパートは、バグパイプや笙を彷彿とさせる弦楽の響きや、行進のような力強い律動、極端に歪められたヘンリー・コールのドラムの破裂音に、古代の戦いの前の儀式のイメージが浮かぶ⑧の一曲のみ。強烈な映像喚起力に、サウンド・クリエイターとしての表現力の豊かさが感じられる。
コールの破壊的なドラムソロから始まる第四のパートは、鼓舞するようなリズムと、加速していくメロディに希望が溢れる⑩で大きく舵を切る。メサの弾き語りの歌声に、旅路の果てに居場所を見つけたような安堵を覚える⑪では、明滅するエレクトロニクスや光の筋のような弦を伴ったピアノソロが、大きなうねりを持った作品の中で、心の奥底に降りて行くような束の間の静けさを感じさせてくれる。再び海原へ船出し、荒れ狂う嵐の中で聴こえてくる②の旋律に過去の記憶が蘇る最終曲の⑫は、物語がここでは終わらず、冒険を何度も繰り返すことを表しているようだ。そしてそれは、ファビアン・アルマザンの音楽的な探求がこれからも続いていくことを示唆するように思える。
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吉本 秀純「ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存」
2年前の来日時にインタビュー取材をした際に、影響を受けた音楽家としてラヴェルや武満徹とともに、同郷の音楽家ではキューバのみならず中南米のスペイン語圏一帯で幅広い人気を誇るヌエバ・トローバのシルビオ・ロドリゲスや戦前に活躍したクラシック作曲家のアレハンドロ・ガルシア・カトゥーラの名を彼が挙げたのはとても興味深いことだった。前作『Rhizome』は、まさにそんな音楽的ヴィジョンを現代ジャズの側から具現化させたようなシンフォニックな大作であり、ピアノ・トリオに弦楽カルテットと女性ボーカルを交えたアンサンブルも、単なる“ウィズ・ストリングス”的なモノではなく、綿密に書かれたスコアと即興パートが有機的かつ掛け算的に絡み合うことを念頭に置いてコンポーズされたもの。クラシックとジャズの融合を高次元かつ独自の方法論で実現しながら、特にメロディなどにラテン圏ならではの叙情性や優美さをしっかりと兼ね備えた点も秀逸だった。
新作『Alcanza』はその発展形を示した作品だが、全体的にアッパーさとアグレッシヴさを増し、3つのソロ・パート的なトラックを挟んだ9つの組曲形式でシームレスに展開していく楽曲はアルバム全体で1曲の完全な“交響曲”となっている(実質的には各ソロで区切って全4楽章という構成か)。演奏面でもピアノ・トリオと弦楽パートはより不可分に入り組み、前作では4曲のみ参加だったカミラ・メサもほぼ全曲で歌って8人のメンバーがよりバンド的に一体感を高めているのに加え、全編で多用される変拍子チェンバー・ジャズ・ロック的な旋律やリズムをこなすチリ出身のカミラの歌声と、プエルトリコ出身のヘンリー・コールの強靭なドラミングの存在感が前作以上に浮き立っている点も聴きもの。ジャズ、クラシック、ラテン、電子音楽などが前例のないフォームで共存した痛快作。
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