僕は50年代のビ・バップ・プレイヤーの人生なんて生きていないから、あんな音は出せない。(略)そこに良いも悪いもないし、そんなところを取り繕ってもボロが出るだけ。自分に起きたことの全部を受け入れて、真摯に自分の音を探す。(2011.6, CD Journal)
アンブローズ・アキンムシーレはアメリカ在住のトランペット奏者、作曲家。マンハッタン音楽院、セロニアス・モンク・インスティチュート卒業後、2008年に『Prelude to Cora』でデビュー。ゴスペル、ヒップホップからオルタナティヴ・ロック、クラシックまで幅広い音楽的背景を持つ。自作の物語や脚本を音楽に昇華させるというユニークな作曲法で、聴く人のあらゆる情感に訴える音楽性を確立している。ヴォーカリストにも影響を受けたスモーキーでディテールに富むトランペット演奏も個性的。(北澤)
目次
バイオグラフィー
デビューまで
1982年カリフォルニア州オークランドでナイジェリア出身の父親とミシシッピ州出身の母親の間に生まれる。
4歳から教会でピアノを練習しはじめ、ゴスペルを演奏していた。また11歳から1年間ドラムを練習し、その後12歳の時、音楽の授業が切っ掛けでトランペットを始める。
14歳からはベイエリアとオークランドのミュージシャンが主催したジャズプログラムに出席し、週末にレコードコレクターの自宅で音楽の歴史を中心に教えてもらっていた。地元のジャズシーンにはボビー・ハッチャーソン、ジョー・ヘンダーソンらがいた。
師事歴 | |||
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時期 | 学校・機関 | 教育家 | 主な内容 |
10代 | 地元ミュージシャン | Robert Porter, Eddie Marshall, E.W. Wainwright, Ed Kelly, Khalil Shaheed | 不明(2017, Jazz Times) |
10代後半~20代前半 | マンハッタン音楽院 | 不明 | 不明 |
10代後半(2001年)以降 | マンハッタン音楽院? | ローリー・フリンク | トランペット(2014, All About Jazz) |
20代前半 | セロニアス・モンク・インスティチュート | ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、テレンス・ブランチャード | 不明 |
バークレイ高校に進学し、ジャズアンサンブルに所属する。高校ではジャスティン・ブラウン(1~4作目参加)、チャールズ・アルトゥラ(3作目参加)、ダイナ・スティーヴンズ、ジョナサン・フィンレイソンなどと知り合う。
また当時、サックス奏者のスティーヴ・コールマンに声をかけられ彼のバンド、ファイブ・エレメンツにフィンレイソンとともに加わる。ファイブ・エレメンツには大学卒業まで所属した。
デビュー以降
その後、NYのマンハッタン音楽大学に進学。ウォルター・スミス三世(1~3作目参加)と同じバンドに所属し、大学講師だったジェイソン・モラン(3作目参加)とも知り合う。
卒業後は西海岸に戻りロサンゼルスの南カリフォルニア大学の修士課程に進学。同地のセロニアス・モンク・インスティテュートに仲間のウォルター・スミス三世やジョー・サンダーズとともに入り、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、テレンス・ブランチャードに二年間師事する。また2005年にロサンゼルスの”ミント”で定期的にギグを行っていたハリッシュ・ラガヴァン(1~4作目参加)と知り合う。
2007年、セロニアス・モンク・コンペティションで優勝し、同年フレッシュ・サウンド・レーベルより第1作『Prelude…To Cora』をリリース。その後ニューヨークに戻り、ブルーノート・レーベルのオーナー、ブルース・ランドヴァルの目に留まったことで同レーベルと契約する。以降ブルーノートでスタジオ作品二作、ライヴ作品一作を発表している。
- サイドマンとしては、同世代ではウォルター・スミス三世、クリス・ディングマン、ジョン・エスクリート、上の世代ではデヴィッド・ビニー、トム・ハレルなどの作品に参加している。またケンドリック・ラマーの代表作『To Pimp A Butterfly 』にも参加している。All Music: Ambrose Akinmusire Credits
- 2010年代はじめから故郷のオークランドに住んでいる。
作品
リーダー作
2008 – Prelude to Cora
2010 – When The Heart Emerges Glistening
2014 – The Imagined Savior Is Far Easier To Paint
2017 – A Rift in Decorum: Live at the Village Vanguard
2018 – Origami Harvest
コラボレーション
ブルーノート・オールスターズ
2017 – Our Point of View
発言
音楽観
「僕は50年代のビ・バップ・プレイヤーの人生なんて生きていないから、あんな音は出せない。音楽一家に生まれたわけでもないし、テレビやラジオからヒップホップが流れる地元で育った。そこに良いも悪いもないし、そんなところを取り繕ってもボロが出るだけ。自分に起きたことの全部を受け入れて、真摯に自分の音を探す。アルバムに詰まっているのは僕そのものなんだ」[CDジャーナル 2011.6]
ジャズとヒップホップに対して
「ヒップホップの後にジャズを聴いた時はそんなに大きな跳躍だとは思わなかった。両方ともポップミュージックよりもリズムに重点を置いているし、アートフォームを前に押し進めよう、何か新しいものを見つけようという考え方を信じているしね」(2011, JazzTimes)
『The Imagined Savior』でストリングスを使っている事を聞かれて
「最新作ではあることを試したかったんだ。僕は長い間、ジャズにサスティンが足りないという事に対処しようとしてきた。大抵のジャズ楽器は、音をとても長く伸ばすことができない。ドラム、ピアノ、ベース、ギター、それにトランペットでさえ長時間(音を)出し続けることができない。だからストリングスを入れて、長く持続させてみてはどうかと考えたんだ。もしくはループペダルを使ってテオ・ブレックマンにヴォイスをレイヤリングしてもらってはと。僕は無音の瞬間がほとんど訪れないアルバムを作りたかったんだ。それがこのアルバムで音響的(sonically)な意味で取り組んでいることさ」
(2017, Liquid Music: On my last album…on that album sonically.)
作曲方法
楽曲は短い物語や文章をベースに作っている。シド・フィールドの映画脚本についての教本『Screenplay』も参考にしている。「そういったやり方は本当にクールな作曲方法だと思ってる。僕はジャズやインプロヴァイズド・ミュージックの一般的な形式から逃れたかったんだ。(略)今はキャラクターの動かし方[character development]を研究している。全ての物語で、キャラクターを作り彼らのバックストーリーを解き明かそうと試みるわけじゃない。(だけど)いくつかの曲はそういったやり方で書こうとしているんだ」
(2014, Ottawa Citizen: You wrote a short story…with Terence is doing.)
即興について
(2011, JazzTimes; Other than those two exceptions…And I mean anything.)
好きな音楽
好きな音楽家・作品 | |||
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時期 | ジャンル | 音楽家・作品 | 出典 |
幼少期~10代前半 | ゴスペル、ヒップホップ、ファンクなどのブラック・ミュージック | スヌープ・ドッグ | 2011, JazzTimes |
母からの影響: アレサ・フランクリン『Amazing Grace』、ジェイムズ・クリーヴランド、ボビー・ブランド
父からの影響: ナイジェリア音楽、キング・サニー・アデ、フェラ・クティ |
2017, Liquid Music | ||
不明 | ビートミュージック | Jディラ、フライング・ロータス | 2011, The New York Times |
アートロック | ダーティー・プロジェクターズ、レディオヘッド | ||
クラシック | ショパン、サティ、シューベルト | ||
シンガー・ソングライター | ジョアンナ・ニューサム |
音楽以外で好きな芸術(2011, The New York Times)
ジェイムズ・ボールドウィン、マヤ・アンジェロウ、アントン・チェーホフ、ジョージ・レナード
- 弦楽四重奏の作曲家ではラヴェルが最も好き。メロディック・デベロップメントとオーケストレーションのセンスを評価している。(2014, NPR)
影響源
女性シンガーについて
最大の影響源はジョニ・ミッチェル。他にもビョーク、サラ・ヴォーン、ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルド(2014, NPR)、クリスティーナ・アギレラ、ハンネ・ヒュッケルバーグ(2014, The Title)をリスペクトしている。また、同時代のシンガーではベッカ・スティーヴンス、コールド・スペックス、(男性シンガーであるが)テオ・ブレックマンが好き(LondonJazz, 2015)。
「トランペットの音域で演奏することを除いて、僕は女性の歌声のように、またあらゆる言語のように演奏している。男性の歌声よりも多くのエモーションを乗せることができるからね」(2014, Ottawa Citizen)。女声、トランペットと近い音域ということでチェロにも惹かれている。(2014, NPR)
トランペッター
- ローリー・フリンク(Laurie Frink, 2013年没)には2001年にマンハッタン音楽院で出会って以来、何回もレッスンを受けている。デビュー以降もNY時代はツアーに行く前にレッスンをつけてもらっていた(2014, All About Jazz)。
- 『When The Heart Emerges Glistening』ライナーノートではブッカー・リトル、ケニー・ドーハム、クリフォード・ブラウンを影響源にあげている。
(2012, JazzTimes: his particular group is amazing…So I’m good.)
他のミュージシャンについて
ケニー・ウィーラーからの影響を指摘されて
彼の『Music for small and large ensembles』、『Angel Song』、『Gnu High』は大好きだ。だけどウィーラーから影響を受けたことはないんだ。思うんだけど、リスナーは僕の演奏と彼の演奏にブッカー・リトルの存在を聴き取っているんじゃないかな。リトルは僕に大きな影響を与えているし、ウィーラーもリトルから影響を受けたと聞いたからね。
(LondonJazz, 2015)
評価
サム・ハリス
アンブロースはグループのメンバー全員に自然体でいられるような自由を提供してくれる。僕は[彼のバンドで]何かを主張しなければいけないと思ったことがない。サイドマンでやっている時はとても開放的な気分なんだ。(2015 Jazz Speaks)
訳語
All About Jazzでは苗字の発音を「ah-kin-MOO-sir-ee」としている(2014, All About Jazz)。日本語表記では「アンブロース・アキンムサリ」が近い。ただし本サイトでは日本での浸透率から「アキンムシーレ」を採用している。
出典
雑誌
(2011.6)CDジャーナル
ウェブサイト
(2011) JazzTimes by Geoffrey Himes
(2011) The New York Times by Nate Chinen
(2012) JazzTimes by Ashley Kahn
(2014) Ottawa Citizen by Peter Hum
(2014) The Boston Globe by Jeremy D. Goodwin
(2014) NPR
(2014) All About Jazz by DanMichael Reyes
(2014) LondonJazz
(2015) Jazz Speaks by Andrew Chow
(2017) Liquid Music by JP Merz
(2017) Jazz Times by Lee Mergner