キューバ出身、ニューヨークで活躍中のピアニスト、ファビアン・アルマザンが今年もやってくる。ファビアンは2013年からテレンス・ブランチャードやケンドリック・スコットのグループ、自身のレギュラー・トリオなどで毎年来日し、そのたびに色鮮やかなサウンドと、ライヴならではの先鋭的なプレイでファンに強い印象を与えてきた。
今回は彼のグループのメンバーでもあるベーシスト、リンダ・オーとのデュオ・ツアー。そこでUntitled Medleyは来日を機に、2017年屈指の作品でもある最新作『Alcanza』(クロスレビューはこちら)の制作背景やピアノ/ベース・デュオの醍醐味について聞いてみた。
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ファビアン・アルマザン&リゾーム『Alcanza』(2017)トラックリスト
―――前回のインタビューでは、あなたの音楽におけるジャズ的な要素についてうかがいました。そこで今回は、弦楽カルテットを含むバンド「リゾーム」にも大きな影響を与えているクラシックについて聞きたいです。あなたは以前からブラームス、ラヴェル、ストラヴィンスキーのアルバムを沢山聴き、それらに影響を受けてきたとおっしゃっていました。それぞれの作曲家で、もっともインスパイアされた作品とその理由を教えてもらえますか?最初にストリングスを扱うきっかけになった作曲家ブラームスについて教えて下さい。
Fabian Almazan「ブラームスは『チェロソナタ第1番/第2番』。次に彼のピアノ間奏曲で、特にAメジャーのもの(『6つのピアノ小品』第2曲)が好きだ。
マンハッタン音楽院の生徒だった時、僕は金銭的に苦しい思いをしていたので、学内音楽ホールの案内係をすることにしたんだ。ブラームスの2つのチェロ・ソナタはその案内係をやっていた時に初めて聴いて、特に第1番に強く心を動かされた。ブラームスの音楽は隅々まで注意を払って構築されており、飾り気がなく明瞭に美しいことがその時分かったよ」
リヒテル、ロストロポーヴィチによるブラームス『チェロソナタ第1番』
―――過去のインタビューでもっとも言及しているラヴェルはどうですか。
FA「ラヴェルはピアノ組曲の『鏡』と『クープランの墓』。これらの曲のピアノ版は弾いていて楽しいけど、(後にラヴェル自身が編曲した)オーケストラ版も大好きだよ。
2番目は『ピアノ協奏曲』第2楽章。10代の時、僕はジャズよりもクラシック・ピアノを練習していた。ベートーヴェン、プロコフィエフ、ショパン、バッハなんかの曲をね。だけど、15歳の時事故に遭ってしまった。手首を痛めてしまい、靭帯の手術をしなければいけなくなったんだ。僕はほぼ6ヶ月間、右手で弾くことができない状態で過ごした。その時ピアノの先生がラヴェルの『左手のためのピアノ協奏曲』を聴くよう勧めたんだ*1。その後僕はラヴェルのピアノやオーケストラの作品集を買いに行ったんだけど、聴いたそばから虜にされてしまったね。僕が買ったアルバムは『左手のためのピアノ協奏曲』に加えて、ピアノ組曲のオーケストラ版や、『ピアノ協奏曲 ト長調』が収められていた。私見では、『ピアノ協奏曲 ト長調』は今まで聴いてきた音楽の中で最も美しい曲に入る」
マルタ・アルゲリッチによるラヴェル『ピアノ協奏曲 ト長調』。余談だが、マリア・シュナイダーもファビアンと同じくこの曲の第二楽章をフェイバリットに挙げている。
―――最後にストラヴィンスキーについてお願いします。
FA「彼のバレエ音楽すべて。特に『ミューズを率いるアポロ』だ」
―――ありがとうございます。それでは次に、リゾーム・グループの作曲プロセスについて教えてくれますか?
FA「根本的には、リゾーム・アンサンブルの作曲をする時は、他のバンドのための作曲と特別違うアプローチはしていないと思うよ。僕のゴールは、弦楽カルテットがいることによるユニークさを活用して、有機的に流れるような音楽を作り出すことだ。弦楽カルテットを扱う上での大きな方針は、リズムセクションと対等の役割をさせるように活用すること。僕はストリングスを、バンドが演奏していない時に、間を埋めるためのクッションに過ぎない存在にしたくないんだ。
また、大抵の楽曲の歌詞はスペイン語で書いているよ。僕が生まれたコミュニティに曲を捧げることが有意義なことだと信じているからね。これが自らの伝統に対して礼を言うための僕なりのやり方なんだ」
ファビアンの言うとおり『Alcanza』の歌詞は、現在の厳しい状況に置かれているアメリカのラティーノ/ヒスパニックの若者を励ますために、全曲スペイン語で書かれている。
また『Alcanza』は1曲目から3曲目までは、ツアー中に訪れたブラジル・ジェリコアコアラの夜の浜辺での体験から思い至った「人間の人生の美しさと儚さ」をテーマにしている。一方、それ以降の曲は「キューバ移民である自分がいかにアメリカで育ち今に至ったか」を元にした自伝的な曲になっている。(参考)
―――では、『Rhizome』(2014)と『Alcanza』で作曲アプローチの違いはありますか?
FA「『Rhizome』は一曲一曲のコレクションだった。一方『Alcanza』はしっかりとした「組曲」。それぞれの楽章が休止をはさまずに、次の楽章へと続いていく。これは途切れのない音楽であり、ライヴの時もそのようなスタイルで演奏しているよ」
―――なるほど。ところで、あなたが『Alcanza』をリリースした時のインタビューで、影響源にシンガー・ソングライター、セイント・ヴィンセントを挙げているのを読んで驚きました。彼女の音楽のどこが好きですか?またフェイバリットな作品を教えて下さい。
FA「僕が聴いた中でもっとも好きなセイント・ヴィンセントのアルバムは『Strange Mercy』(2011)だ。彼女は楽曲の様々なセクションで、あらゆる要素の音色に気を配ることによって、非の打ち所のないソングライティングの鮮やかさを実現している。シンセのパッチング*2によって生み出されたシンセ・ベース、シンセ・パッド、その他シンセのライン全てが、彼女の音楽の雰囲気に完璧にフィットしているんだ」
セイント・ヴィンセント『Strange Mercy』のPV
―――それでは今回の来日ツアーに関する質問です。ピアノソロともピアノトリオとも違う、ピアノ/ベース・デュオならではのチャレンジングな所を教えて下さい。
FA「デュオ演奏をする時の課題は、他の編成とも似通っているよ。ただ違いを挙げるならば、音楽を提供するミュージシャンが2人だけだと、それぞれのラインがよりあらわになってしまうことだ。(あらゆる音楽的な)密度とダイナミクスの中でグッド・パルスを維持させるもの、音楽に明確な形を与えるものは、2人のミュージシャンの責任能力にかかってくる。これは例えば、クインテットでやる時よりも重い責任だ。だけどチャレンジングに思えるような多くの物事も、自身のオープンさ[vulnerability]を確かめ、表現する上では素晴らしいチャンスになるんだよ」
―――最後にあなたのパートナーであるリンダ・オーとの演奏は、どのようなものになりそうですか?
FA「僕たちはお互いの作品ですでに録音した楽曲を、2,3の新しいサプライズを加えて演奏するつもりだ。アコースティックなマテリアルが主体だけど、エレクトリックな要素も至る所に振りまいてみようと思っている。今回のツアーは本当にワクワクしているんだ」
アップライトベースならではの質感や残響を巧みに操るリンダ・オーは、今やトマス・モーガンやマット・ブリュワーに並んで独自のスタイルを確立しているベーシスト。それは『Alcanza』のM-2やM-6の踊り子のように奔放なカウンターラインや、M-10のアンサンブルの高揚感を全て持っていってしまう説得力あるベースソロを聴けば明らかだ。今回のツアーは、『Alcanza』のリーダーとその最大の理解者による、伝統的なピアノ/ベース・デュオを飛び超えた演奏になるに違いない。
公演情報
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メンバー: ファビアン・アルマザン(p) 、リンダ・メイ・ハン・オー(b)
12/8 (金) 静岡市 ライフタイム
12/9 (土) 新宿 ピットイン
12/10 (日) 名古屋市 スターアイズ
12/11 (月) 京都市 ル・クラブジャズ
12/13 (水) ワークショップ 京都市 ル・クラブジャズ
12/14 (木) 静岡市 ライフタイム
12/15 (金) 南青山 ボディ&ソウル
12/16 (土) 武蔵野市 スイングホール(完売)