音楽ファンが選ぶ2017年のジャズ・アルバム 12選【後編】

シェアする

ジャズの注目作が相次ぐ今年最後の記事は、10月に公開した「音楽ファンが選ぶ2017年ジャズ」の続編をお届けしたい。「トレンド的に重要な作品よりも、純粋に良い作品を選ぶ」という方針は前回と同じ。結果的に2017年のジャズの多様性を感じてもらえるセレクションになったのではないだろうか(タイトルに☆が付いている作品は、レビュワーが特にお勧めするアルバムです)。

音楽ファンが選ぶ2017年のジャズ・アルバム 12選【前編】

Christian Scott – The Emancipation Procrastination ☆

Ropeadope (2017)

Christian Scott (tp, flugelhorn), Elena Pinderhughes (fl), Braxton Cook (as), Lawrence Fields (p, rhodes), Kris Funn, Luques Curtis (b), Corey Fonville, Joe Dyson, Jr. (ds, sample pad)

with: Marcus Gillmore (ds, sample pad), Weedie Braimah (per), Stephen J. Gladney (ts), Matt Stevens (g), Others

現代を代表するトランペッター、クリスチャン・スコットが放つ「センテニアル・トリロジー(ジャズ100周年三部作)」の最終作。8曲目まではトラップ的な質感やリズムパターンのオンタイムな楽曲(②、③、⑦)と、ロック/ブレイクビーツ的な比較的レイドバックしたタイムの楽曲(①、④、⑥、⑧)がほぼ半々ずつ納められている。前者は暗闇から音もなく襲いかかるようなトランペットが超絶かっこいい②”AvengHer”、後者はレディオヘッドのエモさとクリスチャンのループセンスが調和した⑧”Videotape”が素晴らしい。その⑧から最終曲へと続く流れは、それまでの三部作では皆無だったメロディ楽器とリズム楽器のインタープレイに演奏の軸足を移していく。サウンドは次第にジャズ的になり、ラスト2曲⑪”Cages”と⑫”New Heroes”では若手奏者が中心となり熱演を繰り広げる(特に⑪のスピリチュアルなテナーサックス・ソロは壮絶だ)。

『Ruler Rebel』でジャズ、トラップ、アフリカ音楽を融合し、『Diaspora』ではループミュージックとして拡張したクリスチャンの音楽は、最終作ではジャズの伝統へと接近。それは単なる「原点回帰」ではなく、最新鋭のビートミュージックとジャズ・スタンダードが共存する自身のライヴのように、同時代音楽と伝統的なジャズが当たり前のように同居するこれからの100年のジャズを提示している。(北澤)

Amazonページを開く

Tim Berne – Incidentals ☆


ECM Records (2017)

Tim Berne (as), Oscar Noriega (cl, bass clarinet), Ryan Ferreira (g), Matt Mitchell (p, electronics), Ches Smith (ds, vib, per)

with: David Torn (g)

NYアヴァンギャルド・シーンの首領ティム・バーンのバンド「スネークオイル」の5作目。録音日は前作『You’ve Been Watching Me』と同じ2014年12月で、2枚で一組の作品と捉えることもできる。どちらのアルバムも「アンビエント/ループ系のアヴァンギャルド・ジャズ」という方向性は共通しつつも、『Watching Me』が青白い炎のように静かに燃焼する作品だったのに対して、『Incidentals』は楽曲のリズムやいびつさを強調したダイナミックな内容になっている。

アルバム全体を見渡すと、ホーンにピアノ、ギター、打楽器がそれぞれ微妙にズレた周期のリズムを刻み、ポリリズミックなレイヤーを構築している曲が耳を惹く。その中でもテーマから中心軸になる楽器不在のままグループ・インプロヴィゼーションへとなだれ込む②”Stingray Shuffle”、サックス主体ではありつつも、曲の進行に従ってバックの楽器が追加されテンションがうなぎ登りに高まる④”Incidentals Contact”がスリリングだ。こうした展開は、リズムや調性の中心を担うベースをあえて抜いたスネークオイルの編成ならでは。間違いなくこのバンドの最高傑作だろう。(北澤)

Amazonページを開く

Ben Van Gelder – Among Verticals


BVG Music (2017)

Ben Van Gelder (as, bass clarinet), Kyle Wilson (ts), Philip Dizack (tp), Peter Schlamb (vib), Sam Harris (p), Rick Rosato (b), Craig Weinrib (ds)

オランダ生まれ、NYで活躍中の若手サックス奏者ベン・ヴァン・ゲルダーのサード・アルバム。現代クールジャズの新鋭としてのデビュー作から6年を経て、その音楽性はフランス近代音楽を連想させる茫洋とした和声/音響のチェンバー・ジャズに発展。ミドルテンポ、擬似的なテンポ・ルバートといった解釈の余地が大きいリズムの上で、ドラム/ベース含めあらゆる楽器が繊細に溶け合う。リーダーのマーク・ターナーやデヴィッド・ビニーの洗礼を受けたよじれ系のソロ演奏や、アンブローズ・アキンムシーレ最新作でその名を上げたサム・ハリスのセンシティヴな伴奏も聴き所。(北澤)

Amazonページを開く

Jen Shyu – Song of the Silver Geese


Pi Recordings (2017)

Jen Shyu (vo, p, lute, zither), Chris Dingman (vib), Mat Maneri (viola), Thomas Morgan (b), Satoshi Takeishi (per), Anna Webber (fl), Dan Weiss (ds), the Mivos Quartet (strings)

Mベース/アヴァンギャルド・ジャズシーンで存在感を放つヴォーカリスト、ジェン・シューの最新作。東アジアの伝承や今は亡き友人に思いをはせた9つの戯曲が納められており、特に①”Song of Lavan Pitinu”から⑤”World of Hengchun”までの寂寥感が潮の満ち引きのように訪れ、過ぎ去っていく展開に胸を打たれる。⑦”World of Ati Batik”のピアノとスキャットのユニゾンによるミニマルな響きの曲や、⑨”Contemplation”のリーダーただひとりが歌う鎮魂歌も印象的。アルバム全編が大切な人を失った喪失感とその後の抑鬱、受容を表現しているようにも聴こえる。サウンド自体は聴く人を選ぶが、そこから立ちのぼる情感は普遍的だ。(北澤)

Amazonページを開く

Keyon Harrold – The Mugician ☆


Legacy (2017)

Keyon Harrold (tp), Nir Felder (g), Marcus Strickland (sax), Burniss Travis (b), Mark Colenburg (ds)

with: Robert Glasper (p), Chris Dave (ds), Terrace Martin (sax), Bilal, Gary Clark Jr., Pharoahe Monch, Big K.R.I.T. (vo), others

ミズーリ州出身で、コモンやディアンジェロなどの作品やライブに参加してきたトランペッターの第二作。ビラルなどのヴォーカリストやクリス・デイヴやニア・フェルダーなどの演奏家を適所に配置し、ジャズやR&Bだけでなく、カリブ音楽やブルースや映画音楽の語彙も用いて、サウンドと言葉で絵を描くように立体的な世界観を表現。自身のトランペットからも悲しみや怒りや安堵といった感情が滲み出る。さらにジャズを基盤にした即興的な演奏を楽しむこともできるのも魅力だ。(佐藤)

Amazonページを開く

Sarah Elizabeth Charles – Free of Form


Ropeadope (2017)

Sarah Elizabeth Charles(vo), Jesse Elder (p, key), Burniss Earl Travis II (b), John Davis (ds), Christian Scott (tp)

マサチューセッツ州出身の女性ヴォーカリストが共同プロデューサーにクリスチャン・スコットを迎えた第三作。オーソドックスな歌ものでの力強さや悲壮感を感じさせるストレートな歌唱だけでなく、ヴォイスや息の流れを聴かせたり、多重録音コーラスで自らをサウンドに変化させたりする実験的な技法も併せ持つ。言葉の反復や深い残響から浮かび上がるどこか超然とした感覚は特別だ。パッドを用いた無機質なパルスと有機的なグルーヴを両立するドラムを始めに、演奏も刺激的。(佐藤)

Amazonページを開く

BIGYUKI – Reaching for Chiron


Likely Records (2017)

BIGYUKI (p, keys)

with: Randy Runyon (g), Celia Hatton (viola), Justin Tyson, Marcus Gilmore, Louis Cato (ds), Chris Turner, Bilal, J. Ivy, Javier Starks (vo), Reuben Cainer, Bae Bro, Stu Brooks, Taylor McFerrin (sound design)

ア・トライブ・コールド・クエストの最新作にも起用された、NYで活動する鍵盤奏者の第二作。ビートメイカーのようにリフやメロディを抜き差しし、重ね合わせることで曲を進行し、大胆な展開でエレガンスと猥雑さを両立させる。それに加えて、変化し続けるドラムやベース、エモーショナルなギターなど生演奏の魅力も備えている点が特徴的だ。今作ではLAビートも導入され音楽性が広がった。無機質なリズムと神秘的な歌声が一体化した③”Belong”と、ピアノのみの伴奏で王道のジャズ・ヴォーカルを聴かせる⑥”In a Spiral”が白眉。(佐藤)

Amazonページを開く

David Virelles – Gnosis ☆


ECM Records (2017)

David Virelles (p), Román Díaz (per), Nosotros Ensemble (percussion, strings, wind & voice)


キューバ出身のピアニストによる4枚目のリーダー・アルバム。自身の故郷であるキューバ音楽の意匠をフィーチャーした前作『Mbókò』と地続きな面もありつつ、管弦楽器によるアンサンブルの導入、ドラムセットの不在、ピアノソロにおけるドビュッシーやラヴェル、バルトークの作品を思わせる演奏など編成、音楽性の両面でクラシック音楽の影響が色濃く感じられる作風となっています。ポリリズミックなパーカッションを加えたアンサンブルから印象派を思わせる美しいピアノソロまでバランスよく配した組曲的な構成もあり、自身へ影響を与えた様々な音楽の語法を動員して総合的な音楽作品を作ろうという野心が伺える一枚です。異なる語法の折衷から成り立った楽曲/演奏を冷たい響きで整然と美しくパッケージングしている、なんともECMらしい視点を感じさせる録音も作品のクオリティに大きく貢献しています。(よろすず)

Amazonページを開く

Matt Mitchell – A Pouting Grimace


Pi Recordings (2017)

Matt Mitchell (p, electronics), Anna Webber, Jon Irabagon, Ben Kono, Sara Schoenbeck, Scott Robinson (winds), Kim Cass (b), Kate Gentile (ds, per), Ches Smith (vib, per), Dan Weiss (tabla), Patricia Brennan (vib), Katie Andrews (harp), Tyshawn Sorey (conductor)

NYを拠点に活動しティム・バーンのユニットへの参加などで頭角を現している新鋭ピアニストの4作目。指揮を含め総勢13名が参加したラージアンサンブル作品ですが、全員が演奏に参加するのは④”Brim”のみで、他は5~10名の異なった編成で演奏されています。複雑な拍子からなる捻くれたリズムのコンポジションを軸に、管楽器の扇情的なブローイングや近現代クラシックの室内楽を思わせるような怪しげな楽想のパートなどが貼り合わされた作風となっており、特に切迫感のある演奏が繰り広げられる②”Plate Shapes”、④”Brim”などはインテリジェンスとヒステリーがない交ぜになったような独自の魅力を感じさせてくれます。(よろすず)

Amazonページを開く

Nakama – Worst Generation


Nakama Records (2017)

Agnes Hvizdalek (vo), Adrian Løseth Waade (violin), Ayumi Tanaka (p), Christian Meaas Svendsen (b), Andreas Wildhagen (ds)

ノルウェーを拠点とする演奏家らによるグループの4作目となるアルバム。彼らの作品はこれまでどれも方向性は違えど非常にコンセプチュアルだったのですが、今作は初めて完全な即興演奏のみが収められたアルバムとなっています。しかし演奏の内容としてはこれまで行ってきた図形楽譜の使用、演奏に際するルールによる即興の構造化などの試みの影響が強く嗅ぎ取れるもので、各演奏者はまるで点、線、破線、波線などのように記号的な在り方を感じさせる音を発し、それらの絡み合いや離散による響きの軌跡から結果的に造形的なイメージが想起されるような演奏が行われています。(よろすず)

Amazonページを開く

Nitai Hershkovits – I Asked You A Question ☆


Raw Tapes (2017)

Nitai Hershkovits (p, rhodes, synths, vo), Rejoicer (ds, program)

with: Georgia Anne Muldrow, Shai Tsabari (vo), Kurt Rosenwinkel (g), Yogev Glusman (violin, b, g), Amir Bresler (ds)

アヴィシャイ・コーエン(b)の下では端正なピアニストという印象だったが、初の自身名義作はシンセやエレピ類を多用しつつ、曲によってはボーカルも取りながらビート・ミュージックに接近。ビート関係は“テルアビブのブレインフィーダー”ことRaw Tapesの首領リジョイサーが絶妙かつ緻密な音作りで固め、カート・ローゼンウィンケルの客演やイスラエルらしい異国的な男性ボーカルなども交えながら中東色を強めつつトリッピーに進む音は、初期の幽玄なウェザー・リポートを今様かつマルチ・カルチュラルに展開したよう。(吉本)

Amazonページを開く

Yazz Ahmed – La Saboteuse


Naim Jazz (2017)

Yazz Ahmed (tp, flugelhorn), Lewis Wright (vib), Shabaka Hutchings (bass clarinet), Samuel Halkvist (g), Naadia Sheriff (rhodes), Dave Mannington, Dudley Phillips (b), Martin France (ds), Corrina Silvester (per)

バーレーン出身で英国を拠点に活動し、レディオヘッドの2011年作にも参加していた(⑨でカバー)女性トランペット奏者による2作目。微分音を出せるフリューゲルホーンにライブ・エレクトロニクスなども自ら用い、5曲で客演している鬼才シャバカ・ハッチングスのバスクラ、ヴィブラフォン、中東圏の打楽器各種やアラビア語の朗読なども交えながら、近年のUKジャズらしいグルーヴを伴った独創性に富んだアラビック・ジャズを巧みに展開している。最近やや精彩を欠いているイブラヒム・マーロフあたりよりも遥かに面白い。(吉本)

Amazonページを開く

その他の2017年おすすめ

Fabian Almazan – Realm of Possibilities
Blue Note All Stars – Our Point of View
Miguel Zenon – Tipico
Steve Coleman – Morphogenesis
Nicole Mitchell – Mandorla Awakening II :Emerging Worlds
今井和雄 – The Seasons Ill
Maciej Obara – Unloved
Todd Neufeld – Mu’U
Jose James – Love in A Time of Madness

選盤/レビュー担当者

北澤(Twitter / Facebook
佐藤 悠Twitter
よろすず(Blog / Twitter / Bandcamp
吉本 秀純Twitter / Facebook