ティグラン・ハマシアン / Tigran Hamasyan

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ソロの時は自分自身をピアニストだと思わないようにしている。自分の頭の中では、僕はヴァイオリンやギターを弾いているんだ。サウンドを見つけること、(自分の気に入った)音域に留まることだけが全てだ。(2013, Guardian)

ティグラン・ハマシアンはアルメニア出身のジャズ・ピアニスト、作曲家。アルメニアをはじめとする民族音楽由来のメロディセンス、ヘヴィメタルの力強いリズム、モダン/コンテンポラリー・ジャズの即興技術や変拍子をないまぜにした独自の世界観を築いており、その創作範囲はピアノ・ソロからミドル・アンサンブルまで多岐にわたる。古楽やエレクトロニカに影響を受けた作品も発表している。

ティグラン・ハマシアン 2010年代作品 コンプリート・ガイド

バイオグラフィー

デビューまで

1987年7月17日、アルメニア・ギュムリ生まれ。父は宝石商、母は服飾デザイナーだった。当時はソビエト連邦末期のため、ハマシアン家も停電の頻発や低品質の配給に耐える生活を送っていた。

3歳の時、音楽に興味を持ち始め、父親の愛好していたロックのリフをピアノで四苦八苦して弾くようになる。その後6歳頃からクラシック・ピアノの学校に通い始めるが、本人によれば「退屈で仕方がなかった」という(旧ソ連の政策で、子どものピアノ教育が推奨されていた)。家ではピアノの練習中に母親がいなくなると、即興演奏をして遊んでいるような子どもだった。9歳から作曲を始める(2011, intoxicate)。

同じ頃、ジャズファンの叔父にファッツ・ウォーラーのレコードを渡され、ジャズの世界に興味を持ち始める。10~11歳の時、学校のビッグバンドでヴォーカルを担当。また無償レッスンをしているピアニスト(Vahagn Hayrapetyan)と出会い、1年間ビバップやジャズ・スタンダードについて教えてもらう。

13歳の時、キース・ジャレットのグルジェフ集『Sacred Hymns』を通してアルメニアの伝統音楽に開眼。アルメニア・フォーク・ラジオから流れる音楽に熱中するようになる。

高校ではクラシック音楽を学ぶかたわら、ジャズ・ピアニストとしての練習を重ねる。16歳の時、両親と妹とともにアメリカ、ロサンゼルスに移住。2ヶ月の高校生活の後、南カリフォルニア大学に入学。大学では後にアルバムのメンバーにもなるベン・ウェンデル、ネイト・ウッドと出会い、ファンクバンドを結成して演奏していた。

2006年のセロニアス・モンク・コンペティションで最優秀賞を獲得。この時2位はジェラルド・クレイトン、3位はアーロン・パークスという顔ぶれだった。

デビュー以降

19歳の時、フランスのジャズレーベルと契約し、『World Passion』(2006)、『New Era』(2008)、『Red Hail』(2009)の3作を発表。ベン・ウェンデル、アリ・ホニッグらと録音した1,2枚目にはアルメニア楽器を入れ、3枚目ではヴォーカルによってアルメニア音楽を表現している。

23歳、2010年頃にニューヨークに移住。ニュースクールに1年間通うかたわら、アリ・ホニッグ、ベン・ウェンデル、オリヴィエ・ボーゲなどの作品に参加。2011年にはメジャーレーベルのヴァーヴと契約し世界的に名が知られるようになる。2015年にノンサッチ、ECMという評価の高いレーベルから同時期に作品をリリースし話題になる。

2015年頃、祖母が1人暮らすアルメニアに戻り、現在は首都エレバンに配偶者とともに住んでいる。

  • 作曲時にはバンドのパート譜は書くが、ピアノの譜面は書かない。(2017, Figaro)
  • ブラッド・メルドー、チュニジアのウード奏者ダファー・ヨーゼフ、システム・オブ・ア・ダウンのヴォーカリスト、サージ・タンキアンなどと共演している。

作品

リーダー作

リリース年 タイトル レーベル レビュー
2006 World Passion Plus Loin
2008 New Era Plus Loin
2009 Red Hail Plus Loin 吉本
2011 A Fable Verve 北澤
2013 Shadow Theater Verve 吉本
2015 Mockroot Nonesuch 佐藤
2015 Luys i Luso ECM よろすず
2016 Atmospheres ECM よろすず
2017 An Ancient Observer Nonesuch 北澤
2018 For Gyumri Nonesuch 佐藤

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発言

音楽観

アルメニア音楽について
(アルメニア各地のワークソング、フォークソング、ウォーダンスは)それぞれ異なったジャンルの音楽だ。しかしそれらには様式上の原則という点で2つの特徴がある。料理にスパイスを加えるように特徴的な装飾が施された、メロディック・ラインとリズミック・ラインだ。メロディは幅広い跳躍を持ち、その広い音域の中で高く飛んだり飛び降りたりする。バルカン音楽やイラン音楽のスタイルと混同されるかもしれないけど、それはアルメニア音楽特有のものなんだ。(2017, Tigran Hamasyan; “They were different genres…Balkan or Iranian music styles.”)

作曲について
キャリアを通して僕の音楽はプログレッシブであり続けてきた。それはハードコアメタルへの興味関心のおかげだし、僕がヘヴィロックとメタルに影響されていることは言うまでもない。それらの音楽は僕によりオープンになれと問いかけているんだ。だけど作曲をする時は、僕はメタルもクラシックのことも考えない。ただサム・ミナイエとアーサー・ナテクとの長年のトリオのために書くだけだ。彼らはトリオが展開させるサウンドとエナジーに多大な貢献をしているんだ。(2017, Tigran Hamasyan; “Throughout my career, …energy of the trio develops.”)

即興について
インプロヴァイズする時は、僕はアルメニア由来の音楽ボキャブラリーを使っている。しかしインプロヴィゼーションの技法はビバップを通して学んだ。即興能力は多大な知識が要求される頭脳の一部がアクティブになっているかどうかと、その情報を必要な時に必要な所に運べるかどうかに依存している。それは「知識」、「コントロール」、「予期しない新しい創造性」の間でバランスを取るということだ。(2017, Tigran Hamasyan; “When I improvise I use …the unexpected new creation.”)

好きな音楽

好きな音楽
時期 ジャンル 音楽家・作品 出典
幼少期 ロック ビートルズ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバス、クイーン、ナザレス 2017, Tigran Hamasyan
ジャズ ルイ・アームストロング、フュージョン期のマイルズ・デイヴィス
10代前半 ジャズ ファッツ・ウォーラー、セロニアス・モンク、バド・パウエル、デューク・エリントン、チャーリー・パーカー、アート・テイタム、マイルズ・デイヴィス 2006, Citizen Jazz
13歳 アルメニア音楽 (a) キース・ジャレットの『Sacred Hymns』
アルメニア・フォーク・ラジオ
(伝統的なアルメニア人のワーク・ソング、フォークソング(epic folk songs)、ウォー・ダンスなど)
(b) ジヴァン・ガスパリアン
(a) 2017, Tigran Hamasyan
(b) 2012, The Arts Desk
15歳 スカンジナビア音楽 レーナ・ヴィッレマルク、パレ・ダニエルソン、アンデルス・ヨルミン(スウェーデン)

ヤン・ガルバレク、テリエ・リピダル、ヤン・クリステンセン、アリルド・アンデルセン、アンデルス・ヨルミン(ノルウェー)

2014, CD Journal
26歳 iPodのプレイリスト Jディラ、フライング・ロータス、レディオヘッド、シガー・ロス、スクリレックス、スラッシュメタル 2013, Guardian
不明 ロック グリズリー・ベア『Shields』
マーズ・ヴォルタ『De-Loused in the Comatorium』
2017, Figaro
  • 幼少期からのヘヴィメタル・ファン。好きなグループはメシュガー、トゥール、ブラック・サバス、カー・ボム、エイペックス・セオリー、システム・オブ・ア・ダウン (2011, intoxicate / 2017, Figaro)
  • インスピレーション源のひとつは映画。好きな監督はセルゲイ・パラジャーノフ、アルタヴァスト・ペレシャン、アンドレイ・タルコフスキー、スタンリー・キューブリック、ミケランジェロ・アントニオーニ、溝口健二。(2014, Mikiki / 2017, Figaro)

影響源

  • アルメニア人作曲家ではアーヴェト・テルテリャーン(1929-1994)とアルノ・ババジャニアン(1921-1983)から影響を受ける。「彼らはアルメニア音楽を特別な領域にまで高めた」(2013, Guardian)
  • 10代半ばに発見したアルメニア音楽やスカンジナビア音楽の他には、バッハやヴィヴァルディなどのバロック音楽、インドの古典音楽、ペルシャ音楽、ブルガリア音楽などのヨーロッパ/アジア音楽に影響されている。(2017, Figaro)
  • 変拍子はアルメニア音楽というよりも、アリホニッグやメシュガーからの影響。(2011, intoxicate)

出典

雑誌

(2014) CD Journal by 柳樂光隆

ウェブサイト

(2011) intoxicate by 若林恵
(2012) The Arts Desk by Peter Culshaw
(2013) Guardian by John Lewis
(2014) Mikiki by 渡辺亨
(2017) Tigran Hamasyan Biography
(2017) Figaro by コトリンゴ

関連作品