宮地 遼 作品インタビュー|ニア・フェルダー、NYの音楽環境について語る

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エレクトリック・ベーシスト、宮地 遼(公式サイト)の存在を知ったのは来日ミュージシャンの情報をチェックしていた時だった。彼が率いるバンドにはニア・フェルダーをはじめNYシーン周辺の演奏家たちが並び、「一体この日本人は誰だ?」と思いながらすぐにリリースされたばかりのデビュー作を聴いてみるとにした。

すると、20代前半にも関わらずすでに中堅以上のミュージシャンと対等に渡り合っているだけでなく、ロックやファンクを消化した躍動感のあるコンポジションと、その中でしなやかに歌うこれまであまり聴いたことがないエレクトリック・ベースのサウンドに興味を持った。

年末に発表した作品『November』(iTunes / Amazon)は日本でも評価の高いニア・フェルダーだけでなく、前衛派サックス奏者オレ・マティセン、複雑な変拍子も有機的なサウンドに昇華させる若手ピアニスト、イサム・マクレガー、コンテンポラリー・ジャズから即興音楽まで情感豊かに叩き分けるマルコ・ジョルジヴィックと実力者が揃っている。今回は5月半ばにアルバム・メンバーとの4都市ツアーを控える宮地 遼に、アメリカでの留学生活、先鋭的ながら歌心を失わない作曲術、そしてバンド・メンバーに対する思いを聞いてみた。

インタビュワー: 北澤、今井 純

ニア・フェルダーをフィーチャーしたアルバムのオープナー、”Path of the light”

◆最初にNYに行くまでどのような音楽を聴いていたか教えてください。

昔からロックが好きで、最初に買ったアルバムはB’zでした。やっている人たちの魂、エモーションが伝わってくるような熱い音楽が好きで。ただ演奏が激しいということではなく、体の底から叫び声が聴こえてくるような意味での「熱い」。そういう意味で想いを歌詞やギターで表現しているB’zと今やっているジャズは、表現の仕方が違うだけで一緒だと思っています。他にも高校のロック・バンドでベースを演奏しながら、槇原 敬之や邦楽を聴いていました。

神戸 甲陽音楽院に進学後はファンク系のベーシストを目指していて、ジャズはバンドのサポートやセッションなど必要のある場面でしか演奏しませんでした。ジャズだとマーカス・ミラークリスチャン・マクブライドのファンキーな面が特に好きでしたが、自分が今のようなプレイ・スタイルになるとは思いませんでした。

◆ジャズ・ミュージシャンにはどのようなきっかけでなろうと思ったんですか。

ジャズに本格的に興味を持ったのは、2014年にニューヨークに留学をしてからです。せっかくニューヨークに住んでいるのだから、有名なジャズのハコに行こうと思って。そしたら出会う人がカフェやレストランで演奏している人まで凄まじいレベルで圧倒されました。音楽的に素晴らしい都市は他にもありますが、ジャズ・ミュージシャンの層が一番厚いのはやはりNYではないでしょうか。上手いのは当たり前で、「いかにその中でユニークなサウンドを作り出せるか」という世界でした。ジャズ・クラブは55バー、スモールズ、メズロー、コーネリア・ストリート・カフェ、イリディウム、ボナファイド、シェイプシフター・ラボなどによく行きました。

あと大きかったのはNYで師事したモト・フクシマさんとの出会いです。モトさんのレッスンでは、様々な手法でのインプロヴィゼーションへのアプローチや様々なジャンルに対応できるリズミカルな練習を教わりました。他にも、作曲の勉強のためにビル・エヴァンス、ウェイン・ショーター、チック・コリア、パット・メセニーなどの曲を譜面と照らし合わしながら聴き、アナライズをしたりしました。こうした練習を繰り返していくうちにジャズという音楽に惹かれ、ジャズ・ミュージシャンになりたいなと思うようになりました。

『November』の制作風景

◆その後2015年にNYの音楽学校「コレクティヴ」に進学していますよね。ここではどのようなことを学んだんですか?

コレクティヴはちょっと変わった授業形式を持つ学校でした。アンサンブル・クラスはトリオ形式で生徒1人に対して先生2人が一緒に演奏するというスタイルでした。ベーシストの生徒の場合はピアノとドラムが一緒に演奏する講師で、更にベーシストの先生が演奏を見てアドバイスをくれます。NYのトップクラスとその時点での自分との差が認識できたので、この授業は非常に勉強になりました。やりはじめた時は音楽を共有すらできなくて、先生たちも手は抜かないので、一度演奏を始めたら生徒であっても置いていかれます。

◆ジャズクラブのアフターアワー・セッションとかだと、初見の曲であっても演奏について行けないミュージシャンはセッションから外されるような話をよく聞きます。

多いと思います。上手い人がゴロゴロいすぎて。一方で成長途上のミュージシャンもいるので、レベル差がつく時は凄くつきます。

NYで出会った人たちは、勉強することを止めない人が多かったです。大学で教えたり第一線で活躍しているようなミュージシャンが、いまだに別のミュージシャンにレッスンを受けているような場所でした。僕らから見たら「どこに成長する要素があるの!?」という人ですら。仮に今ミュージシャンでなくても行って良かったと思います。どうすれば自分と違う文化で育って来た人たちと一緒生きていけるか、勉強になったので。


ニア・フェルダーの1stアルバム『Golden Age』

◆今回のツアーに参加するニア・フェルダーにはどうやってレコーディングのオファーを出したんですか?ニアを選んだ理由も教えてください。

曲を書いていた時点ではトリオで録音しようと考えていました。そんな時、好きなベーシスト、ヤネク・グウィズダーラのCD(試聴はこちら)を聴いていたら、凄いギタリストが演奏していて。それがニア・フェルダーでした。調べていったら、ニアは僕の恩師、マルコ・ジョルジヴィックのバンドに昔いたということが分かりました。また僕のアルバムのピアニスト、イサム・マクレガーもニアと演奏していたので、イサムに彼を紹介してもらいました。

ニアにオファーした時は、知名度のことは考えていませんでした。日本で有名というのも知らず、レコーディング後に知人たちに言われて初めて知りました。彼の好きなところはパッションを持ってギターを弾いてくれる所。最近のジャズ・ギタリストはクールなプレイをする人が多い中、ニアは「熱いギタリスト」という所が好きなんです。55バーで演奏を聴いた瞬間、自分の思い描く音楽にぴったりだと思ってお願いしました。

◆なるほど。ニアは来日ツアーの時もエモーショナルな演奏をしていて、リスナーやライターの間で話題になっていました。それでは次に、アルバム収録曲の解説をお願いできますか?

M-1 “Path of the light”はレコーディングの1ヶ月くらい前のモチベーションが高まっていた時期にできた曲です。この曲でやりたかったことは、同じメロディを異なるハーモニー、リズムで活かすことです。NYの洗練された雰囲気と僕なりの激しい感じを混ぜたくて書きました。テーマ部分はポリリズムになっていて、ベースとドラムが3拍子、ピアノの右手だけが付点8分音符で、リスナーには4拍子に聴こえるというトリックになっています(続くサックスとドラムのソロパートは10/16拍子)。

自分の音楽をユニークなものにしたかったので、曲の中でスパイスとして変拍子を使うことを選びました。ただ機械的な音楽にはしたくなかったので、「歌える変拍子」ということを心がけていました。

M-2 “Clock Tower”はクラシック・ピアノのエチュードを勉強していた時に思いつきました。複合拍子で7/16 + 11/16拍子になっています。1、2曲目のような変拍子はドラマーのマルコ・ジョルジヴィックからの影響です。

アルバムタイトル曲”November”。
宮地、オレ・マティセンがインプロヴィゼーションを担当。

◆続くスローテンポの楽曲“November”はアルバム自体が物語だとしたら、前半のクライマックスに相応しい激しい演奏ですね。

ありがとうございます。この曲はアルバムで一番最初に書きました。2016年11月にマルコの授業でこの曲を見せたら、その時初めてプレイヤー、作曲家として成長したと言ってくれて。自分にとっても、最初の納得してアルバムに入れようと思えた曲です。そうした経緯もあってアルバム・タイトル曲にしました。

M-4 “My Quest”は元々僕が好きだったシンプルなファンク系の曲が欲しくて、最初のベースラインから展開した曲です。といってもこれも変拍子になってしまいましたが(15/8拍子。部分的に4/4拍子)。

M-5 “Evan’s Wedding Song”はラテン、アフロ・キューバンな雰囲気がありますね。

ラテンぽいとよく言われますが、実はそういう意図は無かったんです。これはマルコ・ジョルジヴィックの曲で、彼はセルビア出身なので、バルカン音楽の要素が出ているんじゃないでしょうか。テーマは15/16 + 19/16拍子、ソロの部分から4/4拍子で、マルコの音楽性がよく出ている曲です。

M-6 “Way I feel like”は2017年に兄が結婚して子供ができたと聞いた後、報告の電話を置いてからすぐに歌いながら作りました。ただ嬉しいという気持ち以外にも、生まれて初めて味わう感情が生まれて。このフィーリングは今後の人生で二度と無いものかもしれないと思いながら書いた曲です。

◆ちょっと例えが違うかもしれませんが、シンガー・ソングライター的な雰囲気も感じました。

近いと思いますよ。メロディは基本的に歌って作ります。機械的なメロディの音楽にも素晴らしいものはありますが、僕は歌えるメロディが好きなんです。そういう曲が聴く分にもやる分にも好きなので。結果は違っても根底の部分はシンガー・ソングライターと一緒なんじゃないかと思います。

また、M-7 “Voice of Breeze”は面白いベースラインを書いて、その上でドラム・ソロを取ってもらいたいなと思って書いた曲です。ドラムのソロ・パートは複合拍子で、ニアとオレ・マティセンのソロ・パートは13拍子です。そして最後のM-8 “White”はアルバム中で一番シンプルな曲で、自分の中のロックな部分が出た曲です。

アラン・ホールズワース・バンド最後のベーシスト、エヴァン・マリエンをフィーチャーした”White”

◆ありがとうございます。ニア・フェルダー以外のメンバー紹介もお願いできますか。

オレ・マティセンは普段共演しているマルコとの相性の良さを考えてお願いしました。オレはアヴァンギャルドなプレイも凄いですけど、リズムの良さ、音楽に対する柔軟性に惹かれました。イサム・マクレガーはデンマーク人と日本人のハーフです。イサムはソロも素晴らしいですが、彼がバンドにいるだけでバンドの音楽が一段階良くなるんです。音楽に対する知識が広く、どんな音楽でも高いレベルで演奏できます。

◆彼の演奏はクラシック的と言うか、格調高さがありますよね。

そうですね。彼のピアノ・プレイは常に欲しい役割をこなしてくれます。

またアルバムにも1曲参加し、今回のツアーのピアニストであるビリー・テストは強力なインプロヴァイザーです。イサムに比べてよりジャズに特化しています。マンハッタン音楽院を数年前に卒業し、最近はジョエル・フラームなどに起用されてこれから名を上げていくと思います。普段は親しみやすいですが、ピアノを弾いた時の爆発力は凄く、他のメンバーと同じくらい底の見えないピアニストです。

最後にドラマーのマルコ・ジョルジヴィック は大好きな先生。アルバムを作る上でのキーパーソンで、副プロデューサー的なイメージですね。作曲に関しては特に影響を受けましたし、彼に出会ったことでアルバムを作ろうと考えました。同時に今回のアルバムはNYの音楽性に影響を受けて、今ここでしかできない作品を残したいと思いながら制作しました。

◆それでは最後に5月のライヴの意気込みを教えてください。

沢山の人の協力で実現できたので、特別なライヴという意識はあります。ニア・フェルダー以外のメンバーの日本での知名度はそれほどではないかもしれませんが、それでもこの5人でしか出せないサウンドがあります。僕の作っている音楽やバンドのサウンド、ビジョンを皆さんと共有できたり、楽しんで頂けたら嬉しいです。

ツアー日程

5/11(金) 横浜 ドルフィー (詳細
5/13(日) 大阪 ミスター・ケリーズ (詳細
5/14(月) 京都 ボンズ・ロザリー (詳細
5/15(火) 新宿 ピットイン (詳細

メンバー: 宮地 遼 (eb)、オレ・マティセン (sax)、ニア・フェルダー (g)、ビリー・テスト (p)、マルコ・ジョルジヴィック (ds)