ヴィジェイ・アイヤーはアメリカ在住のピアニスト、作曲家、教育家。スティーヴ・コールマンを起点とする幾何学的/コンセプチュアルなジャズムーブメント「Mベース」と、ロスコー・ミッチェルやジョージ・ルイスを中心とする前衛ジャズ・コミュニティ「AACM」の潮流の継承者として大きな影響力を持っている。セロニアス・モンクやアンドリュー・ヒルを発展させた音楽性にヒップホップやIDM以降のループ感を取り入れたピアノ・トリオやセクステット、詩人マイク・ラッドとのアメリカ社会の暗部を克明に描いたコラボレーション作品が名高い。
目次
バイオグラフィー
デビューまで
1971年10月26日、ニューヨーク州東部のオールバニに生まれ、同州西部フェアポートで育つ。両親は1960年代の移民法改正により米国に渡ってきたインド人のため、アイヤーはインド系アメリカ人の第1世代に当たる。
3歳から18歳までヴァイオリンのプライベートレッスンを受け、地元のユース・オーケストラにも所属していた。また6歳から姉の影響でピアノを始める。ピアノの練習は高校時代にイーストマン音楽大学で理論とインプロヴィゼーションの授業を受けた以外は独学だった。
1988年からエール大学、1992年からカリフォルニア大学で物理学を専攻し、科学者への道を歩む。同時に音楽活動も行っており、地元のジャズ・クラブで演奏していたところスティーヴ・コールマンにスカウトされる。1994年にコールマンとジョージ・ルイスのツアーに同行し、ジャズ・ミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせる。
1995年には専攻をテクノロジー&アートに切り替え、音楽と認知科学を研究。2年後、修士号を取得し、婚約者と共にニューヨークに移住する。
デビュー以降
1995年に初リーダー作『Memorophilia』を西海岸のAsian Improvレーベルからリリース。この作品ではMベースに影響を受けたピアノ・トリオ、フリージャズ・カルテット、ファンクバンドによる3つの編成で録音している(アイヤーのメンター、スティーヴ・コールマンとジョージ・ルイスもゲスト参加)。またこの作品と1998年作『Architextures』では、リバティ・エルマン、ルドレシュ・マハンサッパ、アーロン・スチュワートなど、当時の西海岸のアヴァンギャルド・ジャズ・シーンに属し、ニューヨーク移住後も共演しているミュージシャンが複数参加している。
00年代はサックス奏者、ルドレシュ・マハンサッパを迎えたカルテットを中心に活動し、『Panoptic Modes』、『Blood Sutra』、『Reimagining』、『Tragicomic』の4作品をリリースする。
その後、2009年にカルテットのメンバー、ステファン・クランプ(b)、マーカス・ギルモア(ds)とピアノ・トリオ作品『Historicity』を発表。この作品がグラミー賞のノミネートや、ニューヨーク・タイムズ、ダウンビートなど各紙の賞を獲得したことで世界的に評価が確立する。以降、同メンバーのトリオ作品『Accelerando』を2011年に、『Break Stuff』を2014年に発表。2017年にはタイショーン・ソーリー、スティーヴ・リーマン、マーク・シムなどを迎えた中編成作品『Far from Over』をECMからリリースする。
- 00年代から詩人/ヒップホップ・アーティストのマイク・ラッドとたびたび共作している。2003年には空港でテロの容疑をかけられ不当に拘束されたイラン人映画監督の経験を題材にした『In What Language?』を、2007年には24時間ニュースにさらされる情報社会を描いたオラトリオ『Still Life with Commentator』を、2013年にはアフガニスタン/イラク戦争の退役軍人を題材にした『Holding it Down』をリリースする(アイヤーはマイク・ラッド作品にも数回参加している)。
- アヴァンギャルド/フリージャズ系のピアノ/サックス/ドラム・トリオ「フィールドワーク」としても活動している。アイヤー以外のメンバーは2002年作『Your Life Flashes』がアーロン・スチュワート(ts)、エリオット・フンベルト・カヴィー(ds)、2004年作『Simulated Progress』がスティーヴ・リーマン(as)、カヴィー、2007年作『Door』がリーマン、タイショーン・ソーリー(ds)になっている。
- 2014年以降、ハーバード大学で美術/音楽の教授として教鞭をとっている。それ以前にも、マンハッタン音楽院、ニューヨーク大学、ニュースクール大学での教育経験がある。
作品
リーダー作
1995 – Memorophilia
1998 – Architextures
2000 – Panoptic Modes
2003 – Blood Sutra
2004 – Reimagining
2007 – Tragicomic
2009 – Historicity
2010 – Solo
2011 – Accelerando
2013 – Mutations
2014 – Break Stuff
2017 – Far from Over
コラボレーション
w.マイク・ラッド
2003 – In What Language?
2007 – Still Life with Commentator
2013 – Holding It Down: The Veterans’ Dreams Project
フィールドワーク
2002 – Your Life Flashes
2004 – Simulated Progress
2007 – Door
w.ルドレシュ・マハンサッパ
2006 – Raw Materials
w.プラサンナ、ニティン・ミッタ
2011 – Tirtha
w.ワダダ・レオ・スミス
2015 – A Cosmic Rhythm with Each Stroke
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発言
音楽観
物理学と音楽
「大学で物理学を学んだことで、音楽に何か役に立つようなことがあったとすれば、数理学的なアプローチや複雑な事柄への耐性ができたことかもしれないね。物理学には審美的なところがあって、最終的にたどりつく公理はとてもシンプルで美しい。けれども、そこに至るまでにはとても複雑なプロセスを経なくてはいけない。それはただ我慢して続けるしかないプロセスなんだよね」(2010.9, CD Journal)
音楽とリズム
「曲を演奏する上で、僕が一番心を砕いているのは、曲の”感じ”をどうやって表すかということなんだ。曲の”感じ”を決めるのは何かというと土台で、土台はすなわちリズムなんじゃないかと思う。音楽の内部における動きや動き方、つまり、エネルギーがどのように分配されているかということだね。音楽がどういうふうに構築されているかを考えていくと、メロディはあくまでもトッピングのようなものだと思えてくるんだ。それは最初に口に入るものだけれども、それが必ずしもその食べ物の実質というわけではないよね」(2010.9, CD Journal)
影響源
トップはセロニアス・モンク。その次に順不同で、ジョン・コルトレーン、アリス・コルトレーン、デューク・エリントン、アンドリュー・ヒル、ジミ・ヘンドリックス、ニーナ・シモン、ロスコー・ミッチェル、ジュリアス・ヘンフィル。(2010, OPEN Magazine)
セロニアス・モンクについて
「(モンクの演奏は)とてもエレメンタルで、ソニックで、リズミックで、空間的で、同時にある意味、空虚でもある。僕はいまだにモンクの音楽はわからないけれど、彼が楽器に向きあうそのやり方に自分を関係づけることはできたんだ。モンクはピアニストというよりも作曲家だったから、彼の音楽の構築的な部分に惹かれてたんだと思う」(2010.9, CD Journal)
「1991年にコネチカット州ニューヘイブンで聴いた彼の演奏は僕の音楽と人生の感じ方を変えた」(2010, OPEN Magazine)
出典
雑誌
(2010. 9) CD Journal by 若松 恵
ウェブサイト
(2010) OPEN Magazine by Arindam Mukherjee