ラフィーク・バーティア 作品インタビュー|スタジオ・コンポジションの鬼才、最新作を語る

シェアする

アメリカ在住のジャズギタリスト/作曲家でありインディーロック・バンド、サンラックスのメンバーとしても活動するラフィーク・バーティア。彼の名前は本年より多くの音楽ファンの記憶に残るものになったのではないだろうか。

初のセルフ・プロデュース作となったセカンド・アルバム『Breaking English』は近年のインディーロックやエレクトロニック・ミュージックの影響を窺わせるプロダクション、自身のルーツとも重なる(彼の両親・祖父母はインド系アフリカ人のディアスポラである)インド音楽の要素の導入など様々な面で響きの探求精神が発揮されたチャレンジングなサウンドにより、ジャズ・フリーク以外にも強く訴えかける力を持った一作であった。

故に多様な面からの語り、検証の可能性を持つ『Breaking English』の制作面を中心に、今回はラフィーク・バーティア本人にメールインタビューというかたちで応えてもらった。

Please click here for English version.

文/インタビュー:よろすず
和訳:北澤
協力:Hannah Houser

オーディオデータのクオリティは、直感ではコントロールできない。

『Breaking English』はトム・ウェイツ、ダニエル・ラノワ、ニック・ケイヴ、トリッキーなどを扱うアンタイ・レコーズからのリリースですが、このレーベルのどこに共感したのでしょうか。

アンタイはリスナーが予想できないような作品をリリースすることを期待されているレーベルだ。レーベルのスタッフは、綺麗にカテゴリーに収まらない音楽にホームを提供することを誇りにしている。それに加えて、彼らにはアーティストを信じ、完全なクリエイティブ・コントロールを与えてくれるという評判がある。それら全ては深く共感できるものだったよ。

『Breaking English』タイトルトラックのライヴ・セッション

今回の『Breaking English』は初のセルフ・プロデュースですが、各楽曲はどのような制作プロセスで作りましたか?

それは手際よくまとめられるものではないね。だけど、このアルバムを作るにあたって一番馴染みのあるツールの大半を使わないことにしたということは言える。ギター、インプロヴァイジング・アンサンブルの代わりに、興味はあったけどこれまで使わなかった技術を採用することにした。楽曲のすべてが、イテレイティブ*1で、彫刻的なサウンド・アプローチから生まれている。

ただしそれはエレクトロニック・ミュージックを作ったという意味では無い*2。長い道のりだったけど、最終的に僕は今回のアプローチをものにすることができた。オーディオデータの断片をつなぎ合わせてそれらを連動させ、上手く組み合わせたり逆に解きほぐしたりして、結果的にバーチャルな楽器やそれらのミックスを作り上げた。楽曲を作るのに十分だと感情に訴えるような素材や材料が手に入れるまでね。

制作が進むにつれて、「オーディオデータのクオリティは、直感ではコントロールすることができない」ということが分かってきた。僕らがギターを弾くときは、無意識のうちに楽器の動きに反応しなければいけないような、数え切れないほどのミクロな決断をしている。サウンドの一貫性を保つために自分の指の緊張をコントロールしたり、ギターのネックとブリッジの間でピッキング・ポジションを変えたりしている。これらの多くは比較的、無意識下のレベルで起きている。意図的ではあるが、僕らはそれに集中しているわけではない。そういったアクションは音楽を生き生きとさせてくれるんだ。

反対にオーディオデータは、極めて意識的にアプローチしなくては何も起きてはくれない。もしある挙動をするサウンドがほしいのなら、それは前もって頭の中で明確にしておく必要がある。それが分かった時、僕の中で何かが開放されたように感じた。僕は音素材に活力を与えることや、求めていた息づかいと動きをエレクトロニックなサウンドに吹き込むことができるようになった。

定期的に僕は他の演奏者を迎え入れて、進行中のアイディアにレスポンスをもらったり、アプローチ・システムに指摘してもらった。彼らの音楽に対する反応を記録し、制作中に何度もさかのぼって参考にしたんだ。

僕にとってこのレコードにおける「即興」は、プロセスとしては少ないけど、考え方としてはとても大きいんだ。

表面上、本作はソロ・セクションの少なさから即興性よりもコンポジション中心という印象を受けます。本作における即興性はどのような点で重要だったのでしょうか。

僕は人々が「作曲」と「即興」を別々に、あるいは対立したものだと考える傾向にあると思うんだ。だけど果たしてその2つの間にラインを引けるだろうか。僕らがその2つのモードをどうやって分けているかは、楽曲の中の「瞬間」の重要さに依存している。瞬間の重要さは「即興」が前景化すればするほど、明らかに増大する傾向がある*3

反対に「楽曲」は、僕らは最初に思いついた曲のフィーリングを推敲し、キズを消し去り、完璧にする時間がある。しかし個人的には、このプロセスは必ずしも良い結果を招かないと思う。楽曲からマジカルなアイディアを洗い流し、楽曲が持つ本質的なものを消毒してしまう危険性が潜んでいるからだ。僕は即興が前景化するような、刹那的な性質をそなえた人間の行為に興味がある。僕らはインプロヴァイザーとして演奏前に準備ができるけれど、最終的に僕らにできることは、与えられた「瞬間」に反応するだけであって、そこに順応するための時間なんか無いんだ。

皮肉なことに、ジャズのレコーディングはしばしば僕が言っているようなある種の「消毒」をしてしまう。彼らは沢山のミュージシャンの模倣をすることに労を惜しまないが、そこにハプニングは何も無い。スタジオにはオーディエンスも、ヴァイブも、リスクもない。どのミュージシャンも自身のブースに入り、ピアノの上には(他の楽器と音が混ざらないようにするための)ブランケットが敷かれている。全てのテイクは細心の注意を払って編集され、間違いを示唆するようなものは取り除かれる。だからリスナーが手に取るものは、とてもクリーンで瑕疵が取り除かれていて、結果的に僕を惹きつける即興的な要素はほとんど無いんだ。即興的な要素とは、揺らぎや不確実性、不完全性のことだ。神学者レイモンド・B・ケンプは「Human struggle and transcendence.」と言っている*4

今回のレコードにはソロも、グループ演奏をキャプチャーした瞬間もそう多くないだろう。しかし『Breaking English』の100%は、ありのままの演奏をボトルに詰め、それらをさらにスタジオで拡張することによって構成されている。即興、ライヴネス、そしてリスクは、この作品の根幹に深く関わっている。このレコードの制作は、慣れ親しんだ方法による作業ではなく、未知のものへの絶え間ない冒険だった。

僕は先の見えない中で操作システムを構築し、完成途中の音源を聴き、それが僕に語りかけていることに反応しながらサウンドを調節していった。ほとんどすべてのサウンド・レイヤーには、何かしらのボラティリティ(不安定さ)が含まれている。その意味で、僕にとってこのレコードにおける「即興」は、プロセスとしては少ないけど、考え方としてはとても大きいんだ。

サンラックスの最新作から”Dream State”

『Breaking English』はサンラックス加入後初のソロアルバムです。サンラックスでの活動はあなたのバンドやアルバムにどのような影響を及ぼしましたか?

僕はプロダクションにおいて興味のあることや、エレクトロ・アコースティック・コンポジションを追求しようと試行錯誤している時期にサンラックスに入った。僕の戦略はそういったことを上手くやれるミュージシャンに、ギタリストとしてコラボレートすることだった。何かを学べるかもしれないという希望を抱きながらね。だけど、今ではサンラックスと同じくらい学べたり、深く関われるアーティストは他には絶対に考えられない。

最初は2、3回のレコーディング・セッションだった。それから2、3回のギグを行い、さらにツアーを2回重ねると、気がついたら僕たちはバンドになっていた*5。ライアン・ロットとイアン・チャンは僕のもっとも親しいコラボレーターであり、インスパイアの源だ。また彼らは『Breaking English』でとても重要な役割を果たしてくれた。ライアンは”Before Our Eyes”のストリング・アレンジの舵取りをしてくれたし、イアンはいくつかのトラックでドラムを叩いてくれた。制作中は、単なる作品の参加者というだけでなく、多くの必要なフィードバックを送ってくれるリスナーとしても役割を果たしてくれた。

『Breaking English』のサウンドメイキングはヘッドフォンミュージックとしてもダンスミュージックとしても映える工夫が凝らされていると感じました。リスナーにどのような聴取環境で聴いてほしいですか。

自分だと作品に近すぎて上手く言えないな!僕は『Breaking English』がリスナーがヘッドフォンで聴く音楽であっても、踊るための音楽であっても同じくらいインスパイアされる作品だと思っている。だからリスナーそれぞれで良いと思うよ。だけど大抵は、用意できるベストなスピーカーやヘッドフォンで大きな音量で聴いてほしい。それから理想的には、アルバム全体を始めから終わりまで主体的に聴いてほしいね。

ストリングスのサウンドはリゲティやオーネット・コールマンのようなコンテクストに位置づけたかった。

『Breaking English』のストリングスパートにはインド音楽のシタールを連想させるような微分音/microtoneが多く組み込まれているように感じます。ストリングスのアレンジで参考にした音楽はありますか。

アレンジの大半は、ストリングス・パートで演奏もしているアンジナ・スワミナタンと一緒に制作する必要があった。装飾音は全て彼女の手によるものだ。僕はただ、彼女がしたことにリアクションを出しただけさ。アンジナは南インドの伝統音楽、カーナティックにも長けている。でもこのアルバムを彼女と制作していた時は、このサウンドを普通ではないコンテクストに位置づけたかったんだ。リゲティ・ジェルジュ風のトーン・クラスターや、オーネット・コールマン風の独立した声部で構成されたレイヤーのような文脈にね。

『Breaking English』を作る上で、ティム・ヘッカー/Tim Heckerやベン・フロスト/Ben Frost以外にもエレクトロニック・ミュージックやアンビエント・ミュージック・シーンでインスパイアされた人がいれば教えてください。

正確にこのレコードに影響を与えたものを特定することは難しい。だけどティム・ヘッカーとベン・フロストの他には、このレコードを制作している様々な段階でヴァルゲイル・シグルズソン/Valgeir Sigurdsson、コリン・ステットソン/Colin Stetson、ジェイムズ・ブレイク/James Blake、フライング・ロータス/Flying Lotus、ジェイムズ・ホールデン/Holden*6、ダニエル・ラノワ/Daniel Lanois、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー/Oneohtrix Point Never、ディーントニ・パークス/Deantoni Parks、ポール・コーリー/Paul Corley、アレックス・ソマーズ/Alex Somersなどを聴いていたよ。


ライアン・ロットがストリングス・アレンジを協力した”Before Our Eyes”

このレコードにはポール・コーリー、ヴァルゲイル・シグルズソンなどベッドルーム・コミュニティ・レーベルのアーティストがプログラマーやエンジニアとして参加しています。

ポール・コーリーとは数年前に出会った(参加アルバム)。出会った後、ある時期から僕は彼に取り組んでいることのスケッチを送りはじめた。そうすると、いつも2、3の選びぬかれた質問や提案を返してくれた。ポールはおそるべきサウンド・デザイナーだ。しかもそれだけじゃなく、アーティストをチャレンジさせ、正しい方法で彼らを安全な場所から連れ出してくれるという、素晴らしい才能をそなえている。そうした理由から過去数年、僕の大好きなレコードの多くで彼は欠かすことのできないコラボレーターであり続けている。

作業の終わりを目指す中で、このプロジェクトにポールが参加し、オーディオファイルを共作できたことがいかに素晴らしいことなのか徐々に分かってきた。ちょうど、全てのパースペクティブを失いかけていた時期にね。彼はわずかなレイヤーやマニピュレーション(操作システム)に手を加え、そのセッションを僕に戻した。それから僕はポールが行ったことを学び、自分がどう感じたかを見つめた。彼の仕事は僕と同じくらいこのアルバムに貢献している。なぜなら彼は、僕の思い込みに異を唱え、異なるアングルから自分の音楽を見ることを促したのだから。

ヴァルゲイル・シグルズソンはほぼ10年間に渡るコラボレーターでありインスピレーションの源だ(参加アルバム)。僕は彼こそが、このプロジェクトのマスタリング・エンジニアだと確信していたんだ。ヴァルゲイルは僕が入れてしまった不純物を一掃し、ダイナミクスとプロダクションとミックスの狙いを本来の形にしてくれた。彼のやることは素晴らしく、共に制作することはいつだってそのミュージシャンに与えられた特権なんだ。

あなたはオッキュン・リー/Okkyung Leeを影響源に挙げたり、ピーター・エヴァンス/Peter Evansを作品に起用しています。彼らのようなNYのアヴァンギャルド・ジャズ/即興シーンのミュージシャンで他にインスパイアされたアーティストはいますか?

NYのアヴァンギャルド・ジャズシーンが音楽家として、僕を僕たらしめてくれたことは疑いない。僕はピーターやオッキュンと制作する幸運に恵まれた。彼らは明らかに僕にインパクトを与えた。レコードでも演奏してくれているマーカス・ギルモア/Marcus Gilmore、ダビィ・ビレージェス/David Virelles、ラジナ・スワミナタン/Rajna Swaminathan、アンジナ・スワミナタン/Anjna Swaminathan、 ビリー・ハート/Billy Hart、 ヴィジェイ・アイヤー/Vijay Iyer、シャザード・イスマリー/Shahzad Ismaily、カシム・ナクヴィ/Qasim Naqviら他の多くの音楽家にしてもそうだ。


今回ラフィークには『Breaking English』の持ついくつかの側面について真摯に応えていただいた。

このインタビューで捉えられたのは『Breaking English』という作品の持つ広い射程のごく一部でしかないとは思うが、ところどころでは作品の領域を超えて自身の考えを詳しく述べてくれた部分もあり、特に作曲と即興に関する回答はジャズをはじめとするインプロヴァイズド・ミュージックのみならずあらゆる音楽に息ずく「即興」への批評としても受け取れる示唆に富んだ言説ではないかと思う。

本インタビューがリスナーの捉える『Breaking English』のサウンドの認識にひとつでも新たなレイヤーをもたらすことになれば幸いだ。

Rafiq Bhatia: Bandcamp / Spotify / Twitter

  1. 短いスパンでフィードバックをくり返しながら開発するという意味のIT用語。
  2. Never having created music using electronic means,
  3. The one clear factor that tends to separate how we perceive the two modalities, however, is the relative importance of the moment, which clearly tends to grow the closer we get to the “improvisation” end of the spectrum.
  4. おそらく「間違いを恐れていては勝利を獲得できない」という意味。
  5. サンラックスは元々リーダー、ライアン・ロットの個人プロジェクト。
  6. “Holden”というフレンチポップ・グループがあるが、文脈的にジェイムズ・ホールデンの可能性が高い。