マリア・シュナイダー / Maria Schneider

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よくギルはキミに何をもたらしたか?と聞かれることがありますが、こう応えています。自立する精神だ、と。(『Allégresse』ライナーノート)

マリア・シュナイダーはアメリカのジャズ作曲家。1980年代にギル・エヴァンス、ボブ・ブルックマイヤーに師事し、1992年にマリア・シュナイダー・オーケストラを結成。近現代クラシック的なアイディアをジャズ・オーケストラで展開した1作目の『Evanescence』は当時のラージアンサンブル・シーンにセンセーションを起こした。その後3作目の『Allegresse』からはブラジル音楽、ラテン音楽、ポップ・ミュージックを昇華し繊細さと雄大さをあわせ持つ独自のサウンドを確立。その音楽性は後進のジャズ作曲家に大きな影響を与えている。また、00年代後半以降はクラシック声楽家のドーン・アップショウやロックスターのデヴィッド・ボウイからも共同制作を持ちかけられ、ジャンルを越境した活動も展開している。

バイオグラフィー

デビューまで

1960年11月27日ミネソタ州の4,500人ほどが住む小さな町ウィンダムに生まれる。幼少の頃より父親にバードウォッチングやヨットに連れて行ってもらい、自然にふれながら育つ。またレコードコレクターの母親からは、クラシック、ジャズ、ポップ・ミュージックの作品を聴かせてもらっていた。5歳の時、ウィンダムに移住してきたクラシックとストライド・ピアノの演奏家にレッスンを受ける。彼女とのレッスンは大学進学までの13年間続いた。

1979年、ミネソタ大学の音楽理論/作曲科に入学。ヒンデミットの弟子Paul Fetlerの対位法のクラスを専攻し、バッハの『フーガの技法/The Art of Fugue』を範としたオリジナルのフーガを課題として毎週制作していた。彼はシュナイダーがビル・エヴァンスやギル・エヴァンスなどに影響されていることに気が付き、ビッグバンド用のスコアを書くことを提案する。その後、ニューヨーク州ロチェスターのイーストマン音楽学校でジャズと現代音楽の作曲を学び、1985年にニューヨークへ居を移す。

当初、ニューヨークでは写譜で生計を立てていたが、ピアニスト/アレンジャー、トム・ピアソンにギル・エヴァンスの作曲アシスタントの仕事を紹介される。その後、彼のアシスタントとして1986年に『ハスラー2 / The Color of Money』、『ビギナーズ / Absolute Beginners』の作曲を(2012, MinnPost)、1987年にスティングとギルのヨーロッパ・ツアーで演奏する数曲のアレンジの経験をしている。ギルからは直接アレンジについてのレッスンを受けることは無かったが、亡くなる1988年まで彼のもとで学び続けた。

また同時期にトロンボーン奏者 / アレンジャーのボブ・ブルックマイヤーから作曲を学ぶ。ブルックマイヤーのもとには1986年から1991年まで師事し、大きな影響を受ける。

師事歴
時期 学校・機関 教育家 主な内容
幼少期 不明 不明 クラリネット
ヴァイオリン
バレエ
5-18歳 プライベートレッスン Evelyn Butler ピアノレッスン
20歳前後 ミネソタ大学 エリオット・カーター クラシック理論
Paul Fetler 対位法
Dominick Argento オーケストレーション
Manfredo Fest ピアノ
レイバーン・ライト
デイヴ・リーブマン
不明
独習 ジョージ・ラッセル『リディアン・クロマチック・コンセプト』
20代前半 マイアミ大学 不明 不明
イーストマン音楽学校 レイバーン・ライト ジャズ、現代音楽の作曲 / contemporary composition
20代後半 アシスタント ギル・エヴァンス 作曲アシスタント
プライベートレッスン ボブ・ブルックマイヤー 作曲

マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ結成

1989年、当時の配偶者でトロンボーン奏者のジョン・フェドコックと発表を前提にしないリハーサルバンド形式でビッグバンドを起ち上げる。その後シュナイダーがバンドをリードすることになり、1992年にマリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラを結成。同年の9月、第1作『Evanescence』を自主制作し、この作品を亡きギル・エヴァンスに捧げる。1994年にエンヤ・レーベルからリリースされるとグラミー賞にもノミネートされ、アメリカのジャズ・ファンや評論家、ミュージシャンの間で注目される存在になっていく。

『Evanescence』はリーダー・グループを立ち上げ、自分の音楽を形にしたいという一念で完成させた作品です。また作曲という過程を、心から愛して録音したアルバムです。(2012.12, Jazz Life)

1993年にシュナイダー・オーケストラはグリニッジ・ヴィレッジのクラブ、ヴィジオーネスで毎週月曜日に定期的に演奏する機会を得る。当初の報酬はバンドメンバーは25ドル、自身には15ドルほどの支払いだったという(2013, The New York Times)。この演奏はヴィジオーネスが閉店する1998年まで5年間続き、レギュラーメンバーだけでなく、数々のミュージシャンたちが彼女のバンドに参加する。

第3作『Allegresse』に収録予定の楽曲の制作中、スランプに襲われる。そんな中、1999年に友人と共にブラジルに旅行したことがきっかけでアントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、フラメンコなどブラジル音楽/ラテン音楽に魅了される。その後、それらに影響を受けた作品”Hang Gliding”、”Journey Home”を作曲し、第3作『Allegresse』を2000年に録音、発表する。

『Allegresse』は確かに私の中のターニング・ポイントでした。このアルバムの制作中に初めてブラジルを訪れ、私の音楽はダークな陰影を持つものから歓喜に満ちた明るい音楽へと変化しました。(2012.12, Jazz Life)

『Allegresse』以降

『Allegresse』発表後、オーケストラのメンバーを一新する。クラレンス・ペン(ドラム)、ダニー・マッキャスリン(サックス)、ルシアーナ・ソウザ(ヴォイス)、ゲイリー・ヴェルサーチ(アコーディオン)と各セクションに現代ジャズを代表するミュージシャンが加わり、オーケストラの表現できる色彩の幅が一気に増える。

2003年2月、ジャズ・アット・リンカーン・センター主催のコンサートで、パーカッションをテーマにした作品で秋吉敏子ジャズ・オーケストラとダブルビル・コンサートを行う。その際演奏された楽曲”Bulería, Soleá y Rumba”はコンサートの3週間前に行った癌の手術と平行して書き上げたもので、当時の心境が反映されている。

『Concert in the Garden』は、現時点での私のベスト作だと思っています。(略)”Bulería, Soleá y Rumba”は、私の書いた曲の中で、最もストロングな曲だと思います。なぜそうなったか分かりますか。おそらく、私は乳がんという現実から逃げる必要があったからだと思います。現実逃避し、自分の内面の奥深くへ入り込んだのです。そのとき私は「私にとって音楽とは何であるか」を学んだ気がします。(2012.12, Jazz Life)

同年、クラウド・ファンディング・レーベル、アーティストシェアで90,000ドルを集め、前作で加わったブラジル/南米音楽的な要素を更に深化させた4枚目のスタジオ作品『Concert in the Garden』を録音。ネット販売された作品で初めてグラミー賞を獲得する。続く2007年に録音した『Sky Blue』も、収録曲”The ‘Pretty’ Road”と”Cerulean Skies”がグラミー賞にノミネートされる。上記の楽曲では初めてリズムもコード進行も設定されていない「フリー・パート」が導入される。

『Sky Blue』は私の作品の中で最も静寂と、繊細さ、優しさをたたえたアルバムだと思います。私は、『Allegresse』以降、常に空気感を求めていましたが、それがある形で完成した作品です。(2012.12, Jazz Life)

ドーン・アップショウ、デヴィッド・ボウイとの制作

2006年頃から毎年11月の感謝祭期間にクラブ、ジャズ・スタンダードで一週間の公演を行い始める。2007年にはデヴィッド・ボウイが、2009年にはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーン、ベルリン・フィルのサイモン・ラトルが客席にいたという。(2008, MinnPost / 2009, Observer)

2008年には、ジャズ・スタンダードの公演でマリアを知ったクラシック声楽家ドーン・アップショウからの持ちかけで初のクラシック作品に着手する。ブラジル人の詩集を元にした”Carlos Drummond de Andrade Stories”、アメリカ人の詩集を元にした”Winter Morning Walks”という2つのオーケストラ伴奏歌曲を作曲(後者には自身のグループからもメンバーを加え、即興的な要素も導入している)。2012年に2つの歌曲をまとめた作品『Winter Morning Walks』をアーティストシェアで集めた資金で録音している。

その後、2014年5月にデヴィッド・ボウイのアシスタントからコラボレーションのオファーを受ける。新作録音前だったため躊躇するが、ボウイに渡されたデモ・テープに興味を持ち引き受ける(当初2曲制作予定だったが、スケジュールの都合で1曲になる)。7月、リズム隊とソロイストを呼びリハーサルを行い、同月のうちにボウイとオーケストラ全員での録音に入る。さらにその1ヶ月後の8月、およそ8年ぶりとなるマリア・シュナイダー・オーケストラの作品『The Thompson Fields』を録音する。

2010年前後から週末はキャッツキル山地にあるパートナーの家で過ごし、野生の鳥の世話をしながら作曲をしている。(2013, The New York Times)

作品

リーダー作

1992 – Evanescence
1995 – Coming About
2000 – Days of Wine And Roses – Live At Jazz Standard
2000 – Allégresse
2004 – Concert In The Garden
2007 – Sky Blue
2014 – The Thompson Fields

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コラボレーション

w.アルヴェ・ヘンリクセン
2005 – Sketches of Spain

w.ドーン・アップショウ
2012 – Winter Morning Walks

w.デヴィッド・ボウイ
2014 – Sue (Or In A Season Of Crime)

発言

音楽観

守屋純子との対談 (2008.1, Jazz Life)
守屋: “メロディ”、”ハーモニー”、”リズム”、”音色”といった音楽の要素の組み合わせについては、どんな風に考えていらっしゃいますか?

マリア: それらは同時に働くものだと思うので、一遍に考えています。良いハーモニーが無いメロディにはパワーが無いし、逆に美しいメロディを伴わないハーモニーには意味がない。リズムについても同様です。そして、音色は、音楽に新たな生命と広がりを吹き込むと思うの。リズムがスムーズかどうか、音色が適切かどうかは、ハーモニーやメロディの意味を大きく変えます。これらの要素は、ひとつの曲の中で、互いに影響しあって働いていると思う。まるでひとりの人間の身体の中で複数の臓器が働いているようにね。

守屋: あなたのピアノ、ベース、ギターなどの譜面にはコード記号がなく、クラシック譜のように音がそのまま指定されていることがよくあります。コード進行が書かれていないというのは、ピアニストとしてはかなり不安な気がするのですが、これには理由があるのでしょうね。

マリア: わたしが求める和音やヴォイシングやラインをコード記号で描くのは不可能な気がするの。わたしの和音の積み方は典型的な方法では全くないですから。リズム・セクションもオーケストレーションの一部として考えているときは、特に、コード記号では表せないですね。

守屋: あなたの、特に最近の作品には”フリー”で”オープン”なスペースが感じられます。これは典型的なビッグバンド・アレンジとは一線を画すと思うのですが、この”空気感”があなたの音楽の特徴と言っても良いのでしょうか?

マリア: そのとおりよ。わたしはいつも音楽に”モア・エア(more air)”を求めているの。そして、優しさ(gentleness)と繊細(subtlety)さと静寂(silence)をね。

  • 曲を書く時はまず五線譜の書いていない紙に「ラフ・スケッチ」をする。それによって、バラバラのアイディアの断片を素早く見つけることが出来る。その後どの断片を選択するか、使えるアイディアはどれか、と長い時間をかけて検討する。スコアに鉛筆で書くのはそれからで、コンピューターは使わない。作曲は直感重視。(2008.1, Jazz Life)
  • 楽曲のスコアは演奏のたびに変えていくこともあり、結果が良ければ時には予想もしない変更もある。自身の作曲スタイルはバンドとともにゆっくりとしたインプロヴィゼーションをすることだと位置づけている。(2012, MinnPost; My music for the band…each other a lot.)
  • 曲作りで最も大切なことは必然性。ただソロに関しては何が起きるか予想できないので難しい。ソロセクションは自由度が高い曲とかなり作曲されているもの両方があるが、前者のほうが好き。(2012, KOBEjazz)
  • アルバムコンセプトを決めてから作曲をすることはない。だがどのアルバムも結果的に自分の人生の年表のようになっている(2008, jazz.com; With each of my six albums…a chronology of my life.)。また、過去の経験を元に音楽を作っているわけでもない。ただし、作曲しているうちに不意打ちのように過去の経験が呼び起こされることがあり、それが作品の標題に繋がっている(2015, Montreal Gazette; I don’t try to transpose…it out even further.)。
  • (自身の音楽を言葉で表現するなら「ジャズ・クラシカル」か?と聞かれて)テクスチャーの色彩と展開、複雑な編曲はクラシックから着想を得ている。しかしクラシックだけでなく様々な音楽に精通しているミュージシャンを起用しているため一概にはそうは言えない。(2015, Montreal Gazette; If we must have labels…draws out more idioms.)

好きな音楽

好きな音楽家・作品
時期 ジャンル 音楽家・作品 出典
幼少期~10代 クラシック ウラディミール・ホロヴィッツ『2つのポロネーズ(ショパン)』
アルトゥール・ルービンシュタイン『バラード(ショパン)』
ドビュッシー、ストラヴィンスキー、バッハ作品
ジャズ テディー・ウィルソン、アーティー・ショウ
ポップ・ミュージック ザ・ティファナ・ブラス、フィフス・ディメンション、ザ・シーカーズ、ビートルズ、サイモン&ガーファンクル
ポピュラー音楽のソングライター/アレンジャー ジミー・ウェッブ、ローラ・ニーロ、ビル・ホルマン
大学時代 ジャズ ビル・エヴァンス、ギル・エヴァンス、デューク・エリントン、マッコイ・タイナー、ハービー・ハンコック
30代後半 ブラジル音楽
ラテン音楽
アントニオ・カルロス・ジョビン、ジョアン・ジルベルト、エグベルト・ジスモンチ、パコ・デ・ルシア、ヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラ『Portela Passado de Gloria』

無人島アルバム

2017, Facebook

1. フィフス・ディメンション “Up Up and Away”
2. アーロン・コープランド “Appalachian Spring”
3. ビル・エヴァンス “I Loves You Porgy” (Waltz for Debby)
4. マイルス・デイヴィス/ギル・エヴァンス”Oh Bess, Oh Where’s My Bess” (Porgy and Bess)
5. メル・ルイス・オーケストラ”My Funny Valentine” (Make Me Smile & Other New Works)
6. ジョージ・ラッセル/ギル・エヴァンス “Stratusphunk” (Out of the Cool)
7. ギル・エヴァンス “The Barbara Song” (Individualism of Gil Evans)
7a.クラウス・オガーマン/ビル・エヴァンス “Symbiosis”
8. マイルス・デイヴィス “Filles de Kilimanjaro” (Filles de Kilimanjaro )
9. パウル・ヒンデミット “The Four Temperaments”
10. モーリス・ラヴェル “G Major Piano Concerto”
11. パコ・デ・ルシア “Alcazar de Sevillia” (Live in America)
12. エグベルト・ジスモンチ “Memoria e Fado” (Dança Dos Escravos)
13. シャーリー・ホーン “Too Late Now” (You Won’t Forget Me)
14. ヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラ “Quantas Lagrimas” (Portela passado de glória)

2014, All About Jazz

『ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調』(特に第2楽章)
パブロ・カサルス『バッハ:無伴奏チェロ組曲』
ブラジル音楽ではジョアン・ジルベルト『Amoroso』、エグベルト・ジスモンチ『Infancia』
自作品では『Concert in the Garden』、『Winter Morning Walks』
マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンス『Porgy and Bess』
ギル・エヴァンス『The Individualism of Gil Evans』
ケイト・マクギャリー、ルシアーナ・ソウザの作品

2000.1, Downbeat

ジョアン・ジルベルト『Amoroso』
パコ・デ・ルシア『Zyryab』
マイルス・デイヴィス&ギル・エヴァンス『Porgy and Bess』
マイルス・デイヴィス『Kind of Blue』
ビル・エヴァンス『Sunday at the Village Vanguard』

  • モダンジャズ時代で好きなオーケストラはソーター=フィネガン・オーケストラ、クロード・ソーンヒル・オーケストラ。(2012, MinnPost)
  • 普段聞いている音楽はブラジル音楽ではエグベルト・ジスモンチ、アントニオ・カルロス・ジョビン、イヴァン・リンス、ジョアン・ボスコ。他にはフラメンコ、ラヴェル、ヒンデミットなど。(2008.1, Jazz Life)

影響源

ブラジル音楽について

私が音楽を書く理由は人々が「美しさ」の中で我を忘れてほしいからです。私は美しい物が好きです。初めてブラジルに行って、自分がどれだけ音楽に美しさを見落としているか気がつきました。それから沢山のブラジル音楽を聴き始めました。

ブラジル音楽は「美しくあること」を恐れない音楽だと思います。ブラジル音楽にはあの美しくも、とても入り組んだハーモニーがあります。アントニオ・カルロス・ジョビンなどは、それがそこら中に現れます。また素晴らしいムーヴメントも*1。そしてそれこそが、私が自分の音楽に必要とするものだったのです。

私は自分の音楽が「マッスル」になることは望みません。美しくあること以外に必要なことはありません。この星では、とても多くの作曲家がどうにかして美しさを伴わずに曲を書こうとしています。それはいけません。私は美しいメロディを忘れていたのです。(2014, All About Jazz; The reason I write music…I miss beautiful melody. )

ボブ・ブルックマイヤーとギル・エヴァンズについて

ボブの楽曲の展開に関する卓越したスキルは驚くしかなく、突出しています。シンプルなアイディアを取り出し、とても多くの別々のものに変形させることができます。ですがそうして創りだしたものすべては、とても自然につながった形で流れていきます。それら全ては巧みに構成されています。無理やり作られたような跡は微塵もありません。ブルックマイヤーは即興の時も、作曲の時もそのように音楽を作ります。

ギルは――私にいわせれば――彼の「ライン」*2のセンスは、他に並び立つものがありません。演奏しているオーケストラのメンバーの一人ひとりが――低音楽器のチューバでさえも――メロディアスなラインを担当しているのです。ギルは数えきれないほどのディテールで満たされた音楽を書き、またそれが散らかっているように聴こえることは絶対にありません。また彼の音楽は細部に富みますが、直接的かつシンプルで、なおかつ単純すぎることはありません。(2014, Textura; Bob’s incredible skill at …without being simplistic.)

多くの人々がギル・エヴァンスの音楽について語るとき、彼らはその「素晴らしいヴォイシング」に言及します。少し待ってください。ギルのマジックはそういうこととは全く異なるものです。ギルのマジックとは「ライン」と「レイヤー」にこそあるのです。彼の音楽には本当にたくさんのレイヤーが積み重なっています。それは素晴らしいとしかいいようがありません。(2008, jazz.com; And when most people…here it’s just crazy. )

ジミー・ウェッブ、「フライング・モジュレーション」について

(ウェッブの)”Up, Up and Away”は10代の時聴いて以来、私の血肉になっています。最初のリリック(“Would you like to ride in my beautiful balloon?”)を聴いて下さい。短三度上の転調がありますね。これが「フライング・モジュレーション」です。これは私の音楽のいたるところに登場します(”Hang Gliding”、”Coming About”など)。そして今また短三度の転調をしました(“For we can flyyy …”)。今度は長三度下に(“It wears a nicer face in my beautiful balloon.”)。フルートのラインが聴こえるでしょうか?これはギル・エヴァンスの影響を受けていると思います*3

ジミー・ウェッブは天才です。この曲は全部で6回かそれ以上転調しますが、私は寒気がします。他に誰がこんなことを平気でするでしょうか?”Giant Steps”と同じ回数の転調を。(2006, The New York Times; It entered her bloodstream when…as ‘Giant Steps’ does.)

  • 「Montreal Gazette」で挙げた影響源はコール・ポーター、ジミー・ウェッブ、アーロン・コープランド(「作曲家を志す上で、最も影響された人です」)、ギル・エヴァンズ、サド・ジョーンズ、ボブ・ブルックマイヤー、デューク・エリントン、ビル・エヴァンズ(感情豊かな不滅のピアニスト。自分のもう一つの大きな影響源)、クラウス・オガーマン(“velvet-and-silk style attracted barbs from purists at the time”)、パコ・デ・ルシア、アントニオ・カルロス・ジョビン、エグベルト・ジスモンチ。(2015, Montreal Gazette)
  • 秋吉敏子はヴィジョンを与えてくれた存在。女性がジャズ・オーケストラを率いることに大きく励まされたという。(2012.12, Jazz Life)

評価

守屋純子
マリア・シュナイダーのデビュー・アルバム『Evanescence』が発表された時は衝撃的だった。今まで聴いたこともないような複雑なリズム、ハーモニー、メロディの組み合わせ。一体このサウンドはどういう理論から来ているのだろう、と思っていた。それでも、2枚目の『Coming About』、ライヴ盤『Days of Wine and Roses』あたりまでは、他に例を見ないサウンドでありながら、一応”ビッグバンド”というフォーマットの範疇に入るものだったと思う。この頃、日本の学生バンド、社会人バンドなどもこぞって彼女の作品を取り上げていた。

しかし、その後の彼女は、アコーディオンやヴォイス、パーカッションなどの特殊な楽器を多用し、ミュートや木管楽器の音色に徹底的にこだわり、いわゆる”音の厚みと迫力”で迫る一般的な意味でのビッグバンドとは正反対の方向に進んでいるような気がする。新作『Sky Blue』の中の”Cerulean Sky”が典型的な例で、22分にも及ぶ大曲の中、管楽器が全く鳴っていない瞬間、ドラムがリズムを刻んでいない場面がたくさんある。

「わたしはいつも音楽に”モア・エア(more air)”を求めているの。そして、優しさと繊細さと静寂をね」という言葉は、まさに彼女の本質を語っている。一般的なジャズ・コンボより多くの人数を使って、”空間”や”静寂”を表現するその一見矛盾し、相反する世界の美しさを具体的に見せてくれるところに、私達は強く惹かれるのだと思う。今回最大の発見は、「わたしは自分のグループをいわゆるビッグバンドと考えたことがない」という部分。なるほど、ご本人自らそういうスタンスだたのですね。

マリアは今後どこに行くのだろうか……。それは誰にもわからないが、確かなことは、彼女は”ビッグバンド”という範疇を超えて、”マリア・シュナイダーの音楽”をどんどん極め、純化し、突き詰めていくのだろうということ。(2008.1, Jazz Life)

ダーシー・ジェイムズ・アーギュー
『Evanescence』が与えた衝撃は『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』と同等だといつも言っている。それを聴いた人は、みんなビッグバンドを始めたんだ*4。そして、彼女のデビュー作は他のビッグバンドのサウンドとは異なっていた。当時のジャズシーンで起きていたこと全てと違っていたんだよ。(2009, Observer)

出典

雑誌

(2000.1) Downbeat
(2008.1) Jazz Life by 常磐武彦
(2012.12) Jazz Life by 常盤武彦

ウェブサイト

(2006) The New York Times by Ben Ratliff
(2008) jazz.com by Eugene Marlow
(2008) MinnPost by Pamela Espeland
(2009) jazz.com by Ted Panken
(2009) Observer by Devin Leonard
(2012) KOBEjazz
(2012) MinnPost by Michael Anthony
(2013) The New York Times by Zachary Woolfe
(2014) Textura
(2014) All About Jazz by Victor L. Schermer
(2015) Montreal Gazette by Juan Rodríguez
(2017) Facebook by Ted Panken

おすすめ作品

https://itunes.apple.com/us/album/winter-morning-walks-winter-morning-walks/613496392
https://itunes.apple.com/us/album/sky-blue/506241031
https://itunes.apple.com/us/album/concert-in-the-garden-concert-in-the-garden/643983993
  1. 「楽章」なのか「リズムの動機」なのか判別できず。
  2. 文脈的にメロディラインだけでなく、対旋律やハーモニーの構成音の移り変わりなど、音楽における「横の流れ」全般だと思われる。
  3. この曲のアレンジャー、マーティ・ペイチはギル・エヴァンスの同輩。
  4. ブライアン・イーノの「ヴェルヴェットのファースト・アルバムは3万枚しか売れなかったが、それを聴いた人はみんなバンドを始めたんだ」という有名な言葉を借用している。