イスラエル・ジャズを牽引し続けるベース奏者のアヴィシャイ・コーエンのグループにシャイ・マエストロの後釜ピアニストとして抜擢され、一躍注目を集めたニタイ・ハーシュコヴィッツ / Nitai Hershkovits。
アヴィシャイのもとで3枚のアルバムに参加して端正なジャズ・ピアニストとしての実力を発揮してきた彼だが、その一方でLAのビート・ミュージック・シーンとも共振する音楽性で異彩を放ち続けるテルアビブの名レーベル、ロウ・テープス / Raw Tapesから発表した初のソロ名義作『I Asked You A Questions』(17年)では、レーベルを主宰する鬼才リジョイサーと組んでシンセや自らの歌声も多用しながら、トリッピーかつジャンルレスな音世界を展開。
底知れない多面性を発揮して驚かせたニタイから届けられた新作『New Place Always』(発売レーベルはEnja)は、再びリジョイサーをプロデューサーに迎えながらも一転してシンプルなピアノ・ソロ作品で、またもや聴く者を良い意味で戸惑わせる。
もちろん『New Place Always』が、ありきたりなジャズ・ピアニストのソロに収まる作品ではないのは言うまでもない。モロッコとポーランドにルーツを持つユダヤ人の家系に育ち、ペンタトニック音階を使った異国的な響きの楽曲からクラシカルなタッチのものや意表を突くカバー曲まで。多様にして謎めいた音楽的バックボーンを前作とはまったく違ったフォームで表現してきた美しくも一筋縄ではいかない新作について、7月にトリオを率いての来日公演を控えるニタイに聞いた。
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文/インタビュー:吉本秀純
協力:インパートメント
最新作『New Place Always』
他の作曲家の曲を学び、そこに自分なりの解釈を加えることで、自分がどう変わるのか試してみることが好きなんだ。
『New Place Always』は、シンセやビートを多用した前作とは対照的とも言えるシンプルなピアノ・ソロ作品となりました。ただ、典型的なジャズ・ピアニストのソロ作品とはかなり異質の音であり、モロッコ人の母親とポーランド人の父親を持つというあなたの多様な音楽的ルーツも反映されたものとなっているように思います。
前作と同じくロウ・テープスのボスのリジョイサーと組みながらも今回のような作品に至った経緯について聞かせてください。
今作を録音したスタジオに入ってすぐ、僕はピアニスティックなアルバムとは異なる音楽的なイメージを探さなくてはいけないと思った。あらかじめ自宅のピアノで弾きながら書いたいくつかのアイデアを持っていったけど、スタジオやそこのピアノでは想定とは異なる響きになってしまったからね。
だから元々のアイディアを捨て去り、結局はアルバムに収録された曲の大半をスタジオにいる時間で書いた。また、前作でキーボードやエレクトロニクスを多用したから、今回はアコースティック・ピアノの原点的なサウンドに戻りたいとも思った。アコースティック・ピアノでの演奏は、僕と聴き手がよりパーソナルな繋がりを感じられる親密なフォーマットだからね。リジョイサーとの作業はとてもうまくいくしアイデアもどんどん膨らむから、今回も彼と一緒にスタジオに戻って新たな音楽に取り組むのは当然のことだと思った。
前作『I Asked You The Questions』も、ベーシストのアヴィシャイ・コーエンの下で活躍してきた端正なピアニストというあなたの従来のイメージを覆す、刺激的でヒップな作品でした。
まるで初期のウェザー・リポートと最新のビート・ミュージックをかけ合わせたような音で驚きましたが、前作で表現しようとしていたことについても、改めて聞かせてもらえませんか?
はっきりと言ってしまうと、僕らは何に影響を受けたかを話さないようにしているんだ。それによって新鮮な響きと、ありのままの多様性を保てるからね。リジョイサーとはある時一緒にセッションをした後に、彼の方からもし望むのならレコードを作らないかと尋ねてきた。で、もちろん僕は「是非やろう」と答えた。
抱えている他のレコーディング仕事とは対照的に、僕らのプロジェクトでは何を演奏するのかも分からなかった。僕らはただスタジオに集まり、コードやベースライン、古いレコードからの抜き出しとサンプリングを積み重ね、ほとんどをスタジオの中で友人たちと一緒に試行錯誤しながら作っていった。ただひとつ言えることは、『I Asked You The Questions』は僕らの努力の成果ということさ。
前作『I Asked You A Question』

最新作の話に戻ります。ジャズ・ピアニストのソロ作品にも様々なタイプのものがありますが、今回の『New Place Always』を作る上で触発された作品やシンパシーを感じていた作品はありましたか?
例えば、アルメニアのティグラン・ハマシアンやポーランドのスワヴェク・ヤスクウケの近年のソロ作品、あるいはジャズではないですがエチオピアの女性ピアニストのエマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーのソロ録音などは、近い感覚があるのかなと感じましたが。
このアルバムを作っている途中、頭の中に様々なリファレンスを持っていた。ただ、僕は他の誰かになることはできないから、それらのアイデアは前作とは異なる僕の側面を引き出すためのものだった。
エマホイはチャールズ・ミンガスの『Mingus Plays Piano』と同じく、明らかに僕自身の中に存在している。ピアニストではない人や、アカデミックなフィルター無しにアイデアが溢れ出てくる人が奏でる音楽の生々しさは、僕にとって非常に魅力的だった。一方で、優雅さと一緒に強い感情を伝えるウラディミール・ホロヴィッツやスヴャトスラフ・リヒテルのような音楽家もいる。だから、僕はそのような自分の中にある様々な側面を等しく見せたいと思った。
エマホイ・ツェゲ=マリアム・ゴブルーの『Ethiopiques 21: Piano Solo』(1963, 67, 70, 96)
ペンタトニック音階を使ったM-1″Red Wagon Go”、M-4″Explaning Sage”、クラシカルな曲調で即興は一切していないというM-2″Anette & Issac”、アラブ音楽色の強いM-8″South To Cairo”など、様々なタイプの楽曲が収められていますが、アルバム全体として表現したかった音楽的なヴィジョンはあったのでしょうか?
僕はアルバムのイメージを思い描く時は、なるべくシンプルなコンセプトを用いたいんだ。ペンタトニック・スケールはそのための1つの方法だけど、そこにはとても多くのレイヤーがあり、言葉にできる自信がない。なぜならそれはテクニカルな問題ではなく、フィーリングなんだ。でも、音楽的なヴィジョンは「リスナーが解釈できる幅を残しながら、僕の受け継いだ音楽的な遺産と影響を紹介すること」だとは言える。
ポール・マッカートニーが2005年に発表したアルバムに収められたM-5″Jenny Wren”、ガーナのハイライフの名歌手であるパット・トーマスが2015年に発表したアルバムに収められたM-12″Oye Asem”という2曲のカバー曲選びも意表を突くものでした。
どちらの曲も、ピアノ・ソロに限らずカバーで取り上げられるのは稀な楽曲と思いますが、その意図について聞かせてください。
それらの曲はこのアルバムに自然に流れついてきた気がしたよ。パット・トーマスとエボ・テイラー――彼はパットのプロデューサーで、美しいメロディック・ラインの曲は全て彼の担当だ――は明らかに今の僕の音楽的ボキャブラリーに含まれている。それだけでカバーする理由として十分だった。
ポール・マッカートニーにも同じことが言える。たくさんの人がビートルズやそのメンバーの歌をカバーしているけど、僕はそこまで熱狂的なビートルズ・フリークというわけでもなくて。僕の父親がかつてポールの『Band on the Run』(73年作)を買って家に帰ってきてね、それからハマって彼のプロジェクトを聴き続けている。
僕は、僕なりの影響源とミュージカル・ランゲージを持っている。でもそこでさらに他の作曲家の曲を学び、自分なりの解釈を加えることで、自分がどう変わるのか試してみることが好きなんだ。それでも、結果的に他人のようなサウンドになることは絶対にない。なぜなら、単純に誰も僕とピッタリと同じ組み合わせの音楽的遺産を持っている人はいないからね。
どのようなアートでも、最高の芸術家は日常的に自分の作品を発表している。
余談ですが、個人的にはあなたが前作『I Asked You The Questions』のCDジャケットの裏の写真でサリフ・ケイタが1987年に発表した名作『Soro』レコード・ジャケットを抱えていたのが印象的だったので、今回のパットのカバーも納得なところがありました。
アフリカ音楽はお好きでいろいろとよく聴かれるのですか?
うん。イスラエルの友人たちが数年前にこの世界に道を開いてくれたよ。僕が他の音楽に集中している間に、彼らはアフリカ音楽をディープに掘っていたんだ。今では気がつくと、僕がこのあたりの音源を熱心に探していて、いつでも新鮮で楽しいよ。ジャズをやる立場からだと、共感することがたくさんある。メロディ的にもリズム的にもお互い多くの共通点を持っているから、ジャズとアフリカ音楽は共存していると思う。
今回のアルバムのブックレットにセルフ・ライナー的に書かれていた、あなたの祖父がモロッコのラバドの宮殿やアトラス山脈を訪れた時の話や、祖母がハーモニカで演奏するポーランドの曲を聴きながら東欧由来のイスラエルの民話を知ったという話などもとても興味深いのですが、それらのエピソードが今回のアルバムのどういった部分に反映されているのか聞かせてもらえないでしょうか?
そのエピソードと音楽を繋げながら、聴き手がそれぞれ独自の解釈をすることを僕は望んでいる。あらゆる他のアート・フォームと同様に、僕は聴いてくれた人のために何らかの感情や解釈のための空間を残しておきたいんだ。
今回のアルバムはあなたの人種的なルーツのひとつでもあるポーランドの湖畔で録音されたそうですが、そのことが本作にもたらした影響はありましたか?
僕たちが録音し、宿泊もしていたのは美しい三階建ての古い家だった。それは録音に間違いなく影響を与えている。同じ場所に3日間滞在して録音することは、強くインスパイアされる体験だった。
オル・バレケット(bass)、小川慶太(drums)とのトリオ演奏
2016年からあなたは活動拠点をイスラエルからNYに移しているそうですが、それによって変化してきた点はありますか?今回のアルバムに反映されている点も含めて教えて下さい。
NYに住みながら活動することは、僕にとっては他の何とも代えがたいことなんだ。それはとても強烈で、同時にとてもインスピレーションが与えられることでね。どのようなアートでも、最高の芸術家は日常的に自分の作品を発表している。そういうアーティストたちに囲まれていることは励みにもなる。
実際に引っ越してから多くのことが変わったよ。ツアーでもスタジオでも僕のヒーローと共演できるようになり、音楽家として、一個人としてたくさんのことを学ぶことができた。また、学ばなくてはいけない点を持っているとても多くの若い偉大なピアニストたちに囲まれていることも、本当に幸運なことだ。
7月に行われる自身名義では初となる日本公演は、ベースにオル・バレケットとドラムにアミール・ブレスラーが加わったトリオでの演奏となります。『New Place Always』も『I Asked You The Questions』もピアノ・トリオで演奏するとかなり違った響きになると思いますが、どのような内容になりそうですか?
日本は今回で3回目で、以前からのファンにも新しいファンにも会うことが待ちきれない。僕は日本では良い思い出しかないからね。僕らは最新作の曲だけでなく、アミールとオルの曲も演奏する予定だ。僕たち3人は長年の友人で、お互いのことをよく知っている。だから、僕はなるべくスペースを残して、すべてを事前に決めようとはしないで演奏に臨むつもりだし、演奏している間にその行き先を見つけたいんだ。
ツアー日程
7/6 (金) 静岡市 ライフタイム
7/7 (土) 静岡市 ライフタイム
7/8 (日) 名古屋市 スターアイズ
7/9 (月) 京都市 ル・クラブジャズ
7/10 (火) ワークショップ/京都市 永原ビル4Fスタジオ
7/12 (木) 丸の内 コットンクラブ
7/13 (金) 丸の内 コットンクラブ
7/14 (土) 武蔵野市 スイングホール(完売)
7/16 (日) つくば市 フロッグ
メンバー: Nitai Hershkovits (p), Or Bareket (b), Amir Bresler (ds)