音楽ファンの選ぶ2018年ジャズ 12選|パート1

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2018年も半分が過ぎましたが、いろいろな事情でこれが今年初の新譜レビューになります。

去年はクロスレビューを入れて合計31枚の新譜を紹介しましたが、今年からはクロスレビューの数を減らし、新譜紹介は基本的にこうしたまとめ記事にしていく予定です。今年の新譜レビューは秋・冬のあと2回を予定しているので、厳密にはここで紹介している作品が「上半期ベスト」という訳ではありません。この後も1月から6月にリリースされたアルバムも含めてレビューしていくつもりです。

前置きは短めにして、Untitled Medleyレビュワーの選ぶ2018年ジャズ第1弾を紹介します。

※アルバム画像をクリックすると、Amazonページにジャンプします。

Edward Simon / Sorrows & Triumphs


Sunnyside Records (2018)

Edward Simon (p, keys) David Binney (as) Scott Colley (b) Brian Blade (ds)

with: Gretchen Parlato (vo) Adam Rogers (g) Rogelio Boccato, Luis Quintero (per) Imani Winds (wind ensemble)

ベネズエラ出身で90年代からNYシーンで活躍しているピアニスト、エドワード・サイモンの最新アルバム。今作は2014年の『Venezuelan Suite』をさらに発展させた雄大なジャズ・アンサンブル作品。ニュアンスに富むハーモニーは近代クラシックやモダンなラージアンサンブルを、モチーフやリズムの展開はスペイン語圏のフォークロアを通過しており、そのサウンドは中南米の国民楽派的な色鮮やかさがある(中盤以降はミニマル・ミュージックの要素も)。

そうした精緻に設計された譜面は時に頭でっかちな演奏になってしまうが、そこは泣く子も黙る百戦錬磨のメンバー。生命力豊かなアンサンブルに昇華している。デビュー以来の盟友デヴィッド・ビニー(as)はアジるようなブロウから天空を突き抜けるハイトーンまで縦横無尽に活躍し、アトモスフェリックな演奏が得意なグレッチェン・パーラト(vo)とブライアン・ブレイド(ds)の2人は、サウンドにジャズ的なダイナミクスと空間的なスケールを与えている。それらを横目に見ながら、「これが私のやりたかったことだ」とほくそ笑みながらピアノを弾くサイモンの姿が目に浮かんでくる。クラシック、南米音楽ファンまでも魅了する70分間。(北澤

Kristjan Randalu /Absence


ECM Records (2018)

Kristjan Randalu (p) Ben Monder (g) Markku Ounaskari (ds)

バルト三国のひとつエストニア出身のピアニスト、クリスチャン・ランダルのECMデビュー作。いくつもの声部を操るランダルを中心に、アンサンブルにディテールを与えるマルク・オウナスカリ(ds)、超然とギターを弾くベン・モンダー(g)の3人による音のレイヤーが美しい。

①はそんなアルバムのオープナーにふさわしい楽曲で、疾走感あふれるピアノの対位法的ラインに耳を奪われる。続く②はフリー・インプロヴィゼーションと構造/楽曲が渾然一体になった摩訶不思議なトラック。この辺りはモンダーとテオ・ブレックマンの共作を若い世代が新しく解釈した印象を受ける。ボリュームペダルで強調されたギターが教会で鳴り響くこだまを連想させる⑤、ピアノの左手の轟音と右手の繊細な旋律の対比が鮮やかな⑦も耳に残る。

このトリオでの演奏は、ランダルとモンダーのデュオ・アルバム『Equilibrium』を聴いたマンフレート・アイヒャーが提案して実現したものだとか。それにしてはレギュラー・バンドのような息の合い方だ。(北澤)

Elina Duni / Partir


ECM Records (2018)

Elina Duni (vo, p, g, per)

アルバニア出身のシンガーのECM第三作。従来のピアノ・トリオを従えた編成ではなく、自らピアノやギターを演奏したソロ作品だ。アルバニアやコソヴォ、マケドニアといったアルバニア人が住む地域の伝統音楽や、シャンソンやファドなどヨーロッパの歌曲の世界に入り込み、語り部のように歌で物語を紡いでいく。声の立ち上がりや消え際、弱音の震えが繊細で美しく、抑揚の深さによって曲の世界に没入させられ、悲しみや切なさが心に触れてくる。

明るさと暗さが交錯する進行がコリン・ヴァロンを思わせる⑤や、音の響きに耳を奪われる⑦など、ピアノの演奏も魅力的。④でのアラブ系の歌唱での独特の波動や、⑨での踊りを誘うリズムにも注目したい。(佐藤 悠

MABUTA / Welcome To This World


Kujua Records (2018)

Shane Cooper (b) Marlon Witbooi (ds) Bokani Dyer (p, rhodes, synths) Sisonke Xonti (ts) Robin Fassie-Kock (tp)

南アフリカはケープタウン出身のベース奏者/作曲家、シェーン・クーパー率いるプロジェクトの第一作。マリの伝統音楽やアフロビートなどのアフリカ由来の音楽と未来的でエレクトロニックなサウンドを融合。

シンセベースのシーケンスに生ドラムを合わせる③のグルーヴはアトムス・フォー・ピースを想起させる。曲中で突然、生ベースに切り変わる展開が印象的だ。SF映画のテーマのような壮大なメロディを奏でる①をはじめに、混沌や不穏さ、優しさや郷愁など、多様で豊かな曲想を持った各楽曲が、想像上の世界を旅する感覚をもたらしてくれる。ゲストのシャバカ・ハッチングスのテナーソロや、⑧での高速ベースソロなど、各人の演奏も聴きどころ。(佐藤)

Tigran Hamasyan / For Gyumri


Nonesuch Records (2018)

Tigran Hamasyan (p, vo)

アルメニア出身のピアニストによる、故郷のギュムリをテーマにしたソロ・ピアノ作品。

ギュムリ近くの火山の名前を冠した①は、風の音を思わせる自然と一体になった歌声が雄大な時間の流れを想起させる。エレクトロニクスを僅かに交えて幻想的な音の波を作り出す②、踊るようなリズムで進んでいく③、激しい焦燥を感じさせる④と続いていくが、即興をメインに聴かせるのではなく、各曲が固有の曲展開を持ち、個性が確立されている点に、作曲能力の高さを感じる。

音の響きの美しさとフレーズの展開の連続に何度も鳥肌が立つ⑤のピアノソロ的なパートでは、演奏家としての魅力を存分に見せつけてくれる。全5曲とは思えない聴きごたえのある作品だ。(佐藤)

Dan Weiss / Starebaby


Pi Recordings (2018)

Dan Weiss (ds) Ben Monder (g) Trevor Dunn (eb) Craig Taborn (keys, p) Matt Mitchell (keys, p)

NYを拠点に活動するドラム/打楽器奏者ダン・ワイスのアルバム。前々作、前作はラージアンサンブル作品だったが今作は2人の鍵盤奏者、ギター、ベース、ドラムというやや風変わりな編成からなる「Metal Jazz Quintet」としてのリリース。

メシュガーや初期のメタリカなどメタルのバンドが影響源として挙げられており、リフの反復を多く用いた曲構成、ディストーションやファズの効いた歪んだ音色の多用などに反映されているが、それらはダン・ワイスの音楽が以前から持っていた変拍子やインド音楽に習った周期の長いビートサイクルなどのドラマーらしいリズム面の工夫と巧みに接続、交錯されており、結果的にはプログレッシブロック的折衷感覚に基く得体の知れないミステリアスさを纏った音楽が奏でられている。

アルバム中最も重心が低くドゥーミーな演奏が聴ける⑥、ブルータルなリフで疾走する⑧はバンドのコンセプトが際だった楽曲。②、④、⑤で聴けるベン・モンダーの激烈なギターソロも大きな聴きどころだ。(よろすず

Mary Halvorson / Code Girl


Firehouse 12 Records (2018)

Amirtha Kidambi (vo) Ambrose Akinmusire (tp) Mary Halvorson (g) Michael Formanek (b) Tomas Fujiwara (ds)

NYを拠点に精力的に活動するギタリスト、メアリー・ハルヴァーソンの作品。これまで多様な編成でリーダー作を発表している彼女だが、本作は彼女とマイケル・フォルマネク、トマ・フジワラからなるギタートリオ「Thumbscrew」にトランペッターのアンブローズ・アキンムシーレ、ヴォーカリストのアミルサ・キダンビを加えた新バンド「Code Girl」による作品。

素っ頓狂ともいえる音程の足取りがなぜかチャーミングさや奇妙なポップさを感じさせる独特なコンポジション、乾いたアコースティックライクなトーンでペコペコと紡がれる単音のラインやディレイを用いたテープの早送り巻き戻しを思わせるエフェクティブな演奏が耳を引くギタースタイルなど、これまでの作品で感じられていた彼女らしさに加え、今作ではヴォーカリストの参加とメロディアスな演奏に秀でたアンブローズ・アキンムシーレの存在により彼女の音楽が備えていた歌謡性がグッと引き出され、声が器楽的な機能を果たし歌モノとは異なるバランスの音楽が形成される場面やアブストラクトな即興の場面もポップに耳に届いてくる。

ハルヴァーソンの音楽の魅力はなかなか言語化の難しいものではあるが、本作をヴォーカルに耳の焦点を合わせながら聴いていただければその一端は十二分に味わっていただけるのではないだろうか。(よろすず)

Rafiq Bhatia / Breaking English


Anti Records (2018)

Rafiq Bhatia (g, harmonium, program) Ian Chang (ds) Jackson Hill (eb) Alexander Overington, Paul Corley (program)

with: Jeremy Viner (sax) Chris Pattishall (synth) Marcus Gilmore (ds) Alex Ritz (gong) Anjna Swaminathan (violin) Nina Moffitt (vo)

アメリカ在住のジャズギタリスト/作曲家でありインディーロック・バンドSon Luxのメンバーとしても活動するラフィーク・バーティアによる作品。

前作『Yes It Will』はヴィジェイ・アイヤー、ビリー・ハートなどが参加したエッジーなコンテンポラリージャズ作品だったが、今作はジャズ的なアドリブスペースを減らしコンポジションに焦点が当てられ、声や微分音を多く用いたストリングスなどのゲスト陣の演奏、自ら行う音響処理などのサウンドメイキングといった様々な面で響きの探求精神が発揮されたチャレンジングな内容。

②での歪んだ音の扱いや随所で聴かれる低い帯域からせり上がって来るような音響、⑦でのインダストリーな電子音と音響処理が施された器楽的音色の交錯などからは彼がフェイヴァリットに挙げるベン・フロスト、ティム・ヘッカーの強い影響が伺える。他にもレディオヘッドがインド音楽を研究したような④、重たいリズムの上でゴスペルのコーラスを思わせる声の層とエレクトロニックな音響が錯綜するR&Bライクな⑥など聴きどころに溢れた傑作。(よろすず)

Aron Talas / Little Beggar


BMC Records (2018)

Aron Talas (p) Jozsef Barcza Horvath (b) Attila Gyarfas (ds)

ハンガリーの‘90年生まれのピアニスト、アーロン・ターラシュのトリオ、2作目。今回は中欧ジャズファンにはお馴染みのレーベル、BMCからリリースされた。全体的にメロディが美しく、多くのピアノトリオ好きを魅了することだろう。ドラムは彼と同世代でイタリアでも活躍するアッティラ・ジャールファーシュ、ベースは’76年生まれで、アトリエ澤野のアルバムに参加し、来日経験もあるヨージェフ・ホルヴァート・バルツァがつとめる。

ターラシュは本作のようなアコースティックピアノ一筋というタイプではなく、ドラムも叩き、ジャズロック方面も得意とする人物であり、アルバムには彼の多彩な音楽批評精神が満ち溢れている。例えば「B.M.」と題された4曲目では「メルドー流って何だろう?」と問いかけながら、B.メルドー作品の回顧を楽しんでいるようだ。

10曲目では母国の作曲家、コダーイ・ゾルターンの『エピグラム(Epigrammák)』の7番を取り上げ、陰りのある優美な原曲をリズミカルなトリオ演奏に仕上げている。過去の名盤、名演奏をたたき台に、今後若手ピアニストが何をやれば面白いか、アーロン・ターラシュは常に考えているのだろう。(岡崎 凛

Bobo Stenson / Contra La Indecision


ECM Records (2018)

Bobo Stenson (p) Anders Jormin (b) Jon Fält (ds)

重厚さと素朴さのバランスが素晴らしく、トリオの繰り出す豊かな音に圧倒されるが、彼らはただアートの極限を目指すだけではなく、ノスタルジックで穏やかな世界も楽しませてくれる。

スウェーデンが誇るピアニスト、ボボ・ステンソンは、共演者の個性的プレイを引き出し、トリオのスムーズな流れを作りだす。昔から派手なタイプではないが、70年代ECMの先鋭的なピアニストとして最初に名前を覚えたのは、キース・ジャレットではなく彼だった。ステンソンはその後アンダーシュ・ヤーミーン(b)という最高の「伴侶」を得てトリオ作を発表し続ける。2007年ごろヨン・クリステンセンと交代してヨン・フェルト(ds&pec)が加わった。

現メンバーでの3枚目となる本作で、これまで以上に輝くのがヨン・フェルトだ。ピアノとベースの音の隙間からパーカッションの音が不意を突くように流れ出し、予測できない音を追うスリルに夢中になる。ヤーミーンのアルコベースは味わい深く、ステンソンのピアノもじんわりと温かみがあって心地いい。そしてフェルトのドラム/パーカッションが、トリオに唯一無二の個性を与えている。(岡崎)

Camille Bertault / Pas De Geant


Okeh (2018)

Camille Bertault (vo) Dan Tepfer (p) Joe Sanders, Christophe Minck (b) Jeff Ballard (ds)

Stéphane Guillaume (sax, b-cl, fl) Matthias Mahler (tb) Michael Leonhart (tp) Daniel Mille (accordion) François Salque (cello)

パリの女性ボーカリスト、カミーユ・ベルトーの最新作。注目のメンバーは、リー・コニッツとの共演が話題となったダン・テプファー(pf)、ブラッド・メルドーとの共演でも知られるジェフ・バラード(ds)、ゲストとしてジョー・サンダース(b)も参加している。

本作ではカヴァー曲の俊逸なアレンジも大きな聞きどころ。ジョン・コルトレーン、ベートーヴェン、ビル・エヴァンス、ウェイン・ショーターなどの楽曲に、新たにフランス語やポルトガル語、はたまたスキャットをのせることで、全く別のテクスチャーを構築する事に成功している。

彼女の魅力といえば、振り幅が広い豊かな表現力、そして精密に制御されたピッチ・コントロールとリズム感であるが、自身のSNSに日々アップされる動画もそれを裏付ける要素として十分だ。「トランスクリプト・マニア」を自称する彼女は、チャーリー・パーカー、スナーキー・パピー、RHファクター、チューチョ・ヴァルデス、マーク・ターナーなどなどの無数の高精度なトランスクリプションを投稿している。まさに「真似」のはずなのだが、強烈な個性とクリエイティビティを感じてしまうのはなぜだろうか?マネてマネてマネまくる。そこから生まれた圧倒的な個性を持つ新世代女性ボーカリストがカミーユ・ベルトーであろう。(川上陽平

Freelance / Yes Today


Revive Music Group (2018)

Tim Smith (vo) Chad Selph (keys) Craig Hill (sax) Yasser Tejeda (g) David Ginyard (b) Justin Tyson (ds)

今、ニューヨークで最も注目されているプロモーター、リヴァイヴ・ミュージック。次世代アーティストを次々と発掘し、全ての表現の垣根をクロスオーバーさせる気鋭の集団である。そのリヴァイ・ヴミュージックから肝入りでデビューしたのがフリーランスだ。

ファンク、R&Bを基調としながらも、都会的でサラリとした触感のアルバムに仕上がっているが、楽器毎に焦点を当てて聞いていくと、なるほど、リヴァイヴが目をつけた理由がよくわかる。まず、耳に入るのはティム・スミス(vo)のクセの無いサラサラとしたテクスチャーの歌声。次に聞こえてくるのが、テレンス・ブランチャードのE・コレクティブのメンバーでもあるデイビッド・ジンヤード(b)の肉体的でうねりまくるベースライン。そして、R+R=NOWやエスペランサ・スポルディングなどビッグネームに立て続けに起用されてるジャスティン・タイソン(ds)。伝統的なリズムパターンから現代的なアプローチにも目配せしたグサッと刺さるドラミングまで、新機軸のドラミングを盛り込んでいる。

今後、さらに大きな渦となってムーブメントを作り出すであろうリヴァイヴ・ミュージック。
その周辺のミュージシャンから目を離す訳にはいかない。(川上)