Photograph by Peter Gannushkin / Cuneiform Records
アメリカ在住のギタリスト/作曲家のメアリー・ハルヴァーソンは聴き手の予想を軽やかに裏切る不可思議な魅力を放つ作曲や、ディストーションやディレイペダルなどを効果的に用いたエフェクティブなギタースタイルで、ニューヨークのジャズシーンでも一際個性的な音楽家として高い評価を受けている。
師であるアンソニー・ブラクストンのバンドへの参加などキャリア初期から旺盛にこなしているサイドマンワークに加え、自作曲を演奏するバンドリーダーとしては2008年に『Dragon’s Head』を発表して以降、徐々に編成を拡大するかたちで活動を継続。近年ではマイケル・フォーマネク、トマス・フジワラと結成した「サムスクリュー・トリオ」としての活動や、自身が敬愛するジャズミュージシャンの楽曲を取り上げたギターソロアルバム『Meltframe』のリリースなど更に表現の幅を広げている。
そして『Dragon’s Head』から10年が経過した本年に至っては、自身のリーダー作としては初めてヴォーカリストを迎えた作品となった『Code Girl』の発表、続けてサムスクリューのアルバム2枚同時リリースと、益々その音楽的探求心は高まりを見せているように思う。
今回は彼女に本年リリースされた『Code Girl』の話題を中心に、ギタースタイルや声、多用される管楽器のサウンドなどについて質問を投げかけてみた。
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文/インタビュー:よろすず
協力:Other Side Artists Cooperative
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アレンジに関しては、伝統的な方法は取っていません。それよりも、音色やハーモニー、ヴォイスのレイヤリングを色々試しているの。
――『Code Girl』には、あなたとは初共演となるアミーサ・キダンビ/Amirtha Kidambiとアンブロース・アキンムシーレが参加しています。ヴォーカリストやトランペッターとしてなぜ彼らを選んだのか教えてください。
アミーサとは彼女が10年ほど前にニューヨークにやってきてすぐ、共通の友人を通じて知り会いました。チャーリー・ルッカー/Charlie Lookerのバンド「シーヴン・ティアーズ」でアミーサの歌を聴いて以来、ずっと彼女のファンで。2016年にヴォーカリストのいるバンドを結成しようと決めたとき、すぐに彼女の名が頭に浮かんだ。アミーサは、歌のエモーションの内側に入ることのできるとてもパワフルでユニークなシンガー。また彼女は素晴らしいインプロヴァイザーで、その様々な影響のみなもとを独自のスタイルでシームレスに融合させることができるの。
アンブロースとはもう10年以上の友人です。とてもユニークなヴォイスの持ち主で、オールタイムでもっとも好きなトランペット奏者の1人。しばらくの間、彼と共演できる理由はないかと考えていたけど、直感的に「コード・ガール」がぴったりのプロジェクトだと思った。これまでアンブロースがアミーサやマイケル、トマスと共演したことは無かったけど、このグループは上手くいくと想像できたの。バンドについて決めるときは、よくこうした直感に任せています。
――主にギタリストとして活動していますが、ジェシカ・パヴォーン/Jessica Pavoneとのデュオではヴォーカルも担当しています。ヴォーカル・パートを自分のプロジェクトで使う時は、何を意識していますか?
私は自分のことをシンガーだとは考えていなくて、その面での能力はかなり限られていると思う。ジェシカとのデュオや彼女とのアヴァンロック・バンド「ピープル」では、プロジェクトのコンセプト的に、ラフで未完成でフォーキーなクオリティを求めていたから、自分が歌うのが一番かなと思ったけど。反対に「コード・ガール」では、様々な歌を幅広い表現で滑らかに解釈し、即興ができて、難しいパートを歌え、予想できないようなパースペクティブを持ってきてくれるアミーサ・キダンビのようなシンガーを求めたの。
――WIREのインタビューでは『Code Girl』に影響を与えた音楽としてロバート・ワイアットを選出していました。『Code Girl』のサウンドからはワイアットはもちろん、彼の影響下にあるアート・ベアーズやスラップ・ハッピーなどに通じるものも感じましたが、こうしたバンドはよく聴くのですか?
ロバート・ワイアットからは多大な影響を受けています。その長いキャリアの中でも、ソフト・マシーン時代からは特に。彼のアルバム『Rock Bottom』はいまだに大好きなアルバムで、人生の辛い時期に大きな助けとなった作品なの。ワイアットはそれくらい突出したシンガー・ソングライターで、私にとって他に並び立つ人はいません。 彼のやること全てに対するユニークでパーソナルなアプローチ、そして彼が注ぐ情熱は、私のインスパイアのみなもとであり続けている。それからアート・ベアーズも好きね。スラップ・ハッピーは触れたことがなかったけど、今度聴いてみますね。
――『Code Girl』以前のリーダー作では主に管楽器奏者を増やすことで、編成を徐々に拡大していました。管楽器のサウンドやアレンジについてのこだわりはありますか。
私は管楽器が大好きで、高校時代はアルトサックスを演奏していたくらいなんです。自分のバンドでは、ユニークなヴォイスを持ち、流れるような表現のできるミュージシャンを探してきました。自由で変化を恐れず、難しい譜面も読み取り、リスクを冒して何でも試してみたり、それらを全てやってのけるミュージシャンを。アレンジに関しては、伝統的な方法は取っていません。それよりも、音色やハーモニー、ヴォイスのレイヤリングを色々試しているの。
メアリー・ハルヴァーソン・グループ作品。おすすめはトリオの『Dragon’s Head』、5人編成の『Bending Bridges』、8人編成の『Away with You』。画像をクリックするとAmazonにジャンプします。
――近年、自身のギタースタイルは変化したと思いますか。あなたの近作ではディストーション・ペダルの使用が以前より減り、ディレイ・ペダルをより使っている印象を受けましたが。
その通りかもしれません。でもそれは、どのプロジェクトかによって変わってくる。基本的には、18年間同じエフェクト・ペダルを使っているけど。ただ、数年に一度「Line6」のディレイが故障するので、セッティングをやり直すはめになるの。その度に、長い間エフェクトの設定を書きだしていないから、前にやっていたことを思い出す必要があって。でも結局、わずかに違うものが出来上がるわ(そしてそれが、変化の原因なんだと思います)。また最近は(Line6のディレイに入っている)ループ機能を使うことが多いわね。
それから理論やハーモニーの知識を増やし、テクニックや聴力を向上させるために、できるだけギターを練習しているの。結局、練習メニュー次第で時間がたつにつれて私のギタースタイルは変わってくる。だから楽器を学んで上達することが、生涯にわたる音楽的な変化に繋がっていくのだと思います。
Photograph by Peter Gannushkin / Cuneiform Records
建築やデザインのストラクチャーやバランス、均整美にはずっと興味を抱いてきた。建築と音楽には多くの類似点があると思ってます。
――「サムスクリュー・トリオ」は、あなたのリーダー作で長く共演しているジョン・エイベア/John Hebert、チェス・スミス/Ches Smithとのトリオと同じ編成ですが、この2つのユニットにおいて音楽の方向性やあなたの担う役割にはどのような違いがありますか?
私はこれまでずっと、ギター/ベース/ドラム・トリオで演奏するのが大好きだったの。ジョン、チェスとのトリオは私のオリジナル曲だけを演奏しているけど、反対に「サムスクリュー」は私とマイケル、トマス全員が曲を書いている。どちらのグループも頻繁に活動し、バンド・サウンドやコンセプトを時間をかけて築き上げてきたわ。サムスクリューと私のトリオはアプローチもパーソナリティーも全く違うけど、長い間バンドとしてやってきた信頼感、絆、安心感に関しては似ている部分があると思う。
――先日、サムスクリュー・トリオはオリジナル曲だけを演奏したアルバムと、カバーアルバムを2つ同時にリリースしました。カバー集『Theirs』ではジャズの他にショーロやタンゴの楽曲も演奏されていますが、選曲はどのようにして行いましたか?
サムスクリューのメンバーそれぞれが、バンドに合っていそうな曲を選んで持ってきました。 去年ペンシルベニアのピッツバーグで2週間アーティスト・レジデンシー*1を行ったけど、そこで様々な曲を演奏してどの楽曲が適しているか確認する時間が沢山持てたの。私が選んだ曲の中には、ジョニー・スミスのアレンジにインスパイアされた”Scarlet Ribbons”やミシャ・メンゲルベルクの”Weer is een dag voorbij”もあった 。ただしタンゴやショーロはマイケルの選曲ね。
基本的には、さまざまな時代やジャンルから私たちの好きな作曲家の曲を選んで、それらをサムスクリュー・スタイルで解釈することが目標。ある曲は普段よりも伝統的なマナーで演奏し、また別のある曲はフォームやスタイルにとらわれず演奏しました。結局、自分たちのオリジナル曲に対するアプローチと本質的に変わらないわね。
サムスクリュー・トリオの最新作。上がカバー集『Ours』、下がオリジナル曲集『Theirs』。
――サイドマン/コラボレーターとしても頻繁に活躍していますが、リーダー作以外でお気に入りの作品を教えてください。
そうね……特定のレコーディングを挙げるのは難しいです。私は本当に信頼し尊敬するバンド・リーダーのプロジェクトでしか演奏しないから。私が強くそう感じるプロジェクトは沢山あるの。
ただし、その中であえて1つ挙げるのであれば、私にとって本当に重要だった14年前のプロジェクト、トレヴァー・ダン/Trevor Dunnの『Sister Phantom Owl Fish』になるわ。そういえばこれもギタートリオ。また、同じ2004年に録音したアンソニー・ブラクストンの『Live at the Royal Festival Hall』(1)も忘れがたい。
――あなたはアンソニー・ブラクストンの教え子としても知られていますが、リスナーにおすすめしたい彼の作品はありますか?
それは難しい質問ね。なんといっても彼のディスコグラフィは膨大で、それ自体が1つの宇宙のようだから。「ブラクストンの音楽に興味はあっても、どこから入ればいいかわからない」とよく人に言われるわ。私も良い答えを出せるかどうか分からない。1つのレコーディングについて話しても、彼の人となり全体を説明できないと思うから。
私が最初に聴いたブラクストンのレコードは、デレク・ベイリーとのデュオ『Moment Précieux / Live at Victoriaville』(2)。これは、彼がいかに偉大なインプロヴァイザーであるか堪能できる素晴らしいレコード。それから彼のソロ・サックスのレコード『For Alto』(3)も忘れてはいけない。また、マリリン・クリスペル/Marilyn Crispell、 マーク・ドレッサー/Mark Dresser 、ジェリー・ヘミングウェイ/Gerry Hemingwayとのクラシック・カルテットのレコード(4,5)は全部好きよ。彼のラージ・アンサンブル作品も大切。数年前、ブルックリンのルーレットで演奏された最新のオペラには感銘を受けたわ。スタンダードを演奏しているレコード(6)もいくつかあるけど、それらも素晴らしいわね。
あと、彼のウェブサイト「Tri-Centric Foundation」は重要なリソース。そこでは「ブラクストン入門」を含め、彼の世界を深く掘り下げることのできる楽譜、音楽、インフォメーションを見つけることができるの。
(4)Quartet London (1985)
Spotify
(5)Quartet (Santa Cruz) (1993)
Spotify
(6)Six Standards (Quintet) (1996)
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アンソニー・ブラクストン作品。①がハルヴァ―ソンの参加作。②以降が彼女のお気に入り作品。画像をクリックするとAmazonにジャンプします。
――過去のインタビューでデヴィッド・リンチの映画や村上春樹の小説をフェイヴァリットに挙げられていますが、そういった音楽以外の芸術からの影響は他にもありますか?
もちろん。音楽以外に影響を受けたものの1つは、子供のころにさかのぼるけど「建築」ね。私の父は、ランドスケープ・アーキテクチャー*2兼ペインターだし、私も20代前半から半ばまで、事務や経理として建築事務所で働いていたこともある。だから、建築やデザインのストラクチャーやバランス、均整美にはずっと興味を抱いてきた。建築と音楽には多くの類似点があると思ってます。
フィクションもよく読むわ。村上春樹に加えて、ライオネル・シュライヴァーやハニヤ・ヤナギハラを最近読みあさっているの。その2人は妥協を許さないクオリティが大好き。それから、デヴィッド・リンチに言及するとは奇遇ね(笑)。私も今、2017年に放送された「ツイン・ピークス」シリーズを観ている途中。思いつく中でも最高にクレイジーなドラマよね。
今回彼女には自身の音楽やそのバックボーンだけでなく、サイドマンとして参加した作品や、師であるアンソニー・ブラクストンの作品についてなど答え難い質問にも応じてもらった。中でもギタースタイルの変遷についての具体的な回答や、音楽以外の芸術からの影響について楽し気に語ってくれたことは印象的だった。
海外では早くからジャズメディアで多くの作品の批評やインタビューなどが行われ、近年はダウンビートの国際批評家投票で多くの部門で1位を獲得したり、ピッチフォークなどのジャズ以外のメディアでも作品が取り上げられるなどその評価は最早確立された感すらある彼女だが、国内のメディアでの紹介や批評の機会はまだまだこれからといったところが現状だろう。
本稿が謎めいた魅力を放つ彼女の音楽の成り立ちを解き明かすほんの一助に、またはそれに触れるきっかけのひとつになれば幸いだ。
Mary Halvorson: Bandcamp / Spotify / Facebook