テラス・マーティンはアメリカ在住のサックス/キーボード奏者、ラッパー、作曲家、プロデューサー。ケンドリック・ラマー、スヌープ・ドッグ、ハービー・ハンコックなど、これまでに数々のブラック・ミュージック系アーティストのプロデューサーを務めている。自らのアルバムでは、R&B/ヒップホップ系のヴォーカリスト/MCの歌声とジャズ・ミュージシャンの演奏を両立させた(あるいは溶け合わせた)、10年代以降の西海岸シーンの充実を象徴するような作品を制作している。(北澤)
協力:今井 純
バイオグラフィー
生い立ち
1978年12月28日、カリフォルニア州ロサンゼルスでジャズドラマーの父とゴスペル・シンガーの母の間に生まれる。生まれ育った街、サウスロンドン・クレンシャーはギャング同士の抗争が絶えない地区で、幼少期から外で遊ぶよりも家でレコードを聴いていることが多かった(2016, KeyboardMag)。
楽器は6歳からピアノを、10代前半からサックスを始める。また13歳からキーボードやサンプラーを使ったビート制作に取り組み始める*1。学生時代にはビリー・ヒギンズのワークショップ、「ワールド・ステージ」にも参加し、シダー・ウォルトンやジャッキー・マクリーンのような西海岸のジャズミュージシャンと交流を深めた。16歳でパフ・ダディに、19歳でスヌープ・ドッグ、ドクター・ドレーに起用され、プロとしてのキャリアを開始する。
高校卒業後はカリフォルニア芸術大学に進学するが、音楽教育に疑問を感じ退学。自らのプロジェクトや他のミュージシャンとのツアーを優先するようになる。
師事歴 | |||
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時期 | 学校 | 教育家 | 内容 |
10代半ば~後半 | サンタモニカ高校/Santa Monica High School | 不明 | 不明 |
ロック高校/Locke Highschool | Reggie Andrews*2 | 不明 | |
ワールド・ステージ | ビリー・ヒギンズ | 不明 | |
10代後半 | カリフォルニア芸術大学/CalArts | 不明 | 不明 |
デビュー後
00年代半ば以降、ウォーレン・Gやタリブ・クウェリ、レイラ・ハサウェイなどの楽曲制作にたずさわり、プロデューサーとしての知名度を伸ばしていく。特に学生時代にツアーのサポートをしていたスヌープ・ドッグには何度も起用され、『Welcome to tha Chuuch』(2005年)、『Tha Blue Carpet Treatment』(2006年)、『The Big Squeeze』(2007年)などの楽曲プロデュースを手がける。
2007年からミックステープ*3を、2010年からEPを作り始め、2013年にはケンドリック・ラマー、ミュージック・ソウルチャイルド、ロバート・グラスパー、スヌープ・ドッグ、レイラ・ハサウェイなどをフィーチャーしたファースト・アルバム『3ChordFold』をリリース。音楽家としても知られるようになる。
その後セカンド・アルバム『Velvet Portraits』の制作中、PCのクラッシュによりアルバム・データが消失してしまう。失意に沈んでいる最中ケンドリック・ラマーに依頼され、彼の作品『To Pimp a Butterfly』の楽曲プロデュースを担当する。その時にラマーにインスパイアされたアイディアをベースに、新しく作り直した『Velvet Portraits』を2016年にリリース。『To Pimp a Butterfly』にも参加したグラスパー、ハサウェイ、カマシ・ワシントン、サンダーキャットなどが参加し、前作とは対象的にラップを使わない比較的ジャズ性の強いアルバムに仕上がる。また、2017年には『Velvet Portraits』のメンバーの大半が引き続き参加した『Sounds of Crenshaw, Vol. 1』をリリースしている。
- 地元ロサンゼルスの同世代のミュージシャンとの結びつきが非常に強い。カマシ・ワシントン、サンダーキャットとは幼稚園から高校、大学に至るまで同じ学校に通い、スヌープ・ドッグ、ドクター・ドレ、クインシー・ジョーンズのバンドには揃って起用されている(2016, Complex by Justin Charity)。また、高校時代にはベン・ウェンデル、デイデラスと共にジャズバンドを結成している。(2016, The New York Times)
- 主にNYで活動しているミュージシャンとも学生時代からつながりがある。ロバート・グラスパー、キーヨン・ハロルド、ブランドン・オーウェンズとは高校時代、コロラド州のジャズキャンプで出会っている。(2016, Billboard JAPAN)
- ハービー・ハンコックの次回作のプロデューサーとしても知られている。
作品
リーダー作
リリース年 | タイトル | レーベル | レビュー |
---|---|---|---|
2013 | 3chordfold | Empire | |
2014 | Times | Empire | |
2016 | Velvet Portraits | Ropeadope | |
2017 | Sounds of Crenshaw, Vol. 1 | Ropeadope | 高橋 |
コラボレーション
リリース年 | 名義 | タイトル | レーベル | レビュー |
---|---|---|---|---|
2011 | Murs And Terrace Martin | Are Melrose | MursWorld | |
2018 | R+R=NOW | Collagically Speaking | Blue Note | 佐藤・高橋 |
発言
好きな音楽
好きな音楽 | |||
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時期 | ジャンル | 音楽家・作品 | 出典 |
幼少期 | R&B | Marvin Gaye, Donny Hathaway, Luther Vandross, BeBe & CeCe Winans | Bandcamp (2017) |
少年時代 | ギャングスタ・ラップ | NWA, Eazy-E, Too Short, DJ Quik, Dr. Dre, Big Daddy Kane | |
ジャズ | Elvin Jones, Wayne Shorter, John Coltrane, Woody Shaw, Sonny Stitt, Jackie McLean, Archie Shepp, Miles Davis, Herbie Hancock, Chick Corea, Bud Powell, Wynton Kelly, Bill Evans |
影響源
スヌープ・ドッグについて
「スヌープとのツアーで1つ言えることは、毎日が最高の音楽的経験だったってことさ。全てのツアーがドライヴしていた。彼はパーラメントやファンカデリック、ジョン・コルトレーンのようなオールディーズを演奏していた。その全てが美しく、ソウルフルな音楽だった。そういった曲を聴けたり、スヌープの曲を演奏できたことで、自分の音楽的経験すべてが拡張され、あらゆることができるようになったんだ」(2016, KeyboardMag)
「俺のキャリアでスヌープとドレーはかかせない人物なんだ。こういうインタビューで、よく『To Pimp A Butterfly』とかジャズを融合することとかについて聞かれるけど、その点でスヌープは先駆者と言える。彼は、早いうちから今俺たちがやってるヒップホップとファンクなんかの融合をやっていた」(2016, Billboard JAPAN)
ロバート・グラスパーについて
「彼は僕のキャリアが始まって以来の友人であり、先生の1人なんだ。僕の使用するハーモニーの多くはロバート・グラスパーから来ている。16歳の時には彼と電話を通じて2,3時間練習もした。スヌープ・ドッグのレコードを作った時のプロダクトは、グラスパーに教えてもらったことが源だ。それは『To Pimp a Butterfly』のミックステープに至るまで一緒なんだ。
彼は僕にそれまでとは全く異なる道を開いてくれた最初のミュージシャンだ。「いつもターンアラウンド・コード*4を弾く必要はない。いつもコードをなぞる必要はないんだ」って感じでね。僕が若い頃は、指定された音全てを弾こうとしていた。彼は僕を落ち着かせてこう言ったんだ。「おいおい、もう少しメロディックに考えようじゃないか」。彼はそうした和音を扱うための新しいスキル、新しい方法を授けてくれた。当時僕はチャーリー・パーカーのように演奏することで忙しかったけど、グラスパーは違う方法を嫌というほど教えてくれたんだ」(2017, RollingStone)
- KeyboardMag(2016)のインタビューでは、ネブラスカ出身でバディ・マイルズのレコード制作に関わったHarold Stemzy Hunter、グローヴァー・ワシントン・Jr、Richie Love、キャノンボール・アダレイ、チャーリー・パーカー、ジャッキー・マクリーンを挙げている。
- Bandcamp(2017)のインタビューでは、N.W.A.、グローヴァー・ワシントン・Jr、デル・ザ・ファンキー・ホモサピエン、ファーサイド、ソウルズ・オブ・ミスチーフ、トゥー・ショート、ベートーヴェン、バッハ、Gファンク、ロジャー・トラウトマン、詩人ウォルト・ホイットマンを挙げている。
- プロデューサーとしてのメンターはバトルキャット。楽曲の制作/プロデュースということに興味を持つきっかけとなった作品は、N.W.A.『Straight Outta Compton』、イージー・E『We Want Eazy』、アイス・キューブ『AmeriKKKa’s Most Wanted』、ドクター・ドレー『The Chronic』、パブリック・エネミーの作品(不明)。(2016, Billboard JAPAN)
出典
ウェブサイト
(2016) KeyboardMag by Jon Regen
(2016) Complex by Justin Charity
(2016) Billboard JAPAN
(2016) DownBeat by Shannon J. Effinger
(2017) Bandcamp by Jeff Weiss
(2017) RollingStone by Seth Colter Walls
おすすめ作品
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- 機材はcasioCZ-101のキーボード、Technics SL-1200のターンテーブル、E-mu SP-1200、Ensoniq EPSのサンプラーを挙げている。
- ファーサイド、カマシ・ワシントン、サンダーキャット、ロナルド・ブルーナー、パトリース・ラッシェン、ジェラルド・アルブライトなどを輩出した有名な教育家。テラスはハービー・ハンコック、アース・ウィンド&ファイア、スティーヴィー・ワンダーのレパートリーを教えてもらっている。
- 近年は「ミックステープ」と「アルバム」の違いが曖昧になっているが、ミックステープはプロモーションのため、あるいは実験目的でリリースされる作品を指すことが多い。アルバムとしての売上が記録されないため、失敗してもアーティストのブランドに傷が付きにくい(参考)。
- 曲(コーラス)が一周し、最初に戻る際に流れが不自然にならないよう、接続詞的な役割を果たすコード進行。ターンバック。