ジャズファンのための 2018年 ブラジル/南米音楽 おすすめ9選

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今回は2017年の下半期から2018年の上半期に発表された南米音楽を、ジャズ/インストゥルメンタル中心に紹介。南米音楽ファンとジャズ、ジャズファンと南米音楽の架け橋になるような切り口にしてみた。

選盤・レビューはディスクユニオン・バイヤーで最近発売した『21世紀ブラジル音楽ガイド』にも参加している江利川 侑介さん、『ラティーナ』編集でアルゼンチンにも住んでいたことのある宮本 剛志さん、そしていつも協力していただいているワールド・ミュージックを代表するライター吉本 秀純さんにご依頼。

選ばれた作品を聴いてみると、自らのバックボーンを強烈に感じさせる者*1、NYジャズとも共振しながら独自の色を加える者*2、そしてジャズと非ジャズの境界を軽々と飛び越える者*3…とその有り様は想像以上に多種多様だった。しかもそれがブラジルのミナスやアルゼンチンのブエノスアイレスだけでなく、南米のいくつもの国・都市でリゾーム状に広がっていることは嬉しい発見だった。

※アルバムアートをクリックすると、販売ページにジャンプします。

André Marques / Diver Cidades 


Independent (2017) 

André Marques (p, fl) Marcel Bottaro (b) Fúlvio Moraes (ds) Guilherme Fanti (g, viola) Fábio Oliva (tb) Diego Garbin (tp, flugelhorn)

エルメート・パスコアル・グループのピアニストで、ソロではブライアン・ブレイド、ジョン・パティトゥッチとも録音するなど、ブラジルきってのピアニストとして知られるアンドレ・マルケスが自身のセクステットで録音した2017年作。

タイトルは多様性 (diversidade) と、街(cidade) を掛け合わせたもので、豊かな文化を持つブラジル各地の街に捧げられた。田舎音楽の象徴である鉄弦のカイピーラ・ギターがリードする素朴な斉唱①で一気に内陸の田舎町にトリップし、そこからアンドレ流の架空のブラジルがスタート。テーマがテーマだけに、世界の最先端の音楽と共振するような作品とは真逆の懐古的とも言える内容でありながら、随所で聴かせる各プレイヤーの演奏は極めてモダンで、それが師であるエルメートの作品とは一線を画す要素となっている。緊張感の高いアンサンブルの中でアンドレが鬼気迫る鍵盤ハーモニカ・ソロを聴かせる③はとりわけ圧巻だ。(江利川 侑介)

Pablo Passini / Videotape


Independent (2017) 

Felipe Continetino (ds) Fred Selva (vib) Marcus Abjaud (keys) Frederico Heliodoro (eb) Pablo Passini (g)

with Joana Queiroz (clarinet)

ブエノス・アイレス生まれのギタリスト、パブロ・パッシーニの2ndアルバム。ブラジルでの活動も長く、本作はミナスの若手NO.1ドラマーのフェリピ・コンチネンチーノ、アントニオ・ロウレイロが称賛してやまないヴィブラフォン奏者のフレッヂ・セルヴァ、ハファエル・マルチニと並ぶミナス随一の鍵盤奏者であるマルクス・アブジャウヂ、カート・ローゼンウィンケルのカイピ・バンドとして世界中をツアーするフレデリコ・エリオドロ、さらにはゲストとしてジョアナ・ケイロスまでが参加。前作に続き「ミナス新世代」との録音となった。

メロディはシンプルだが、ハーモニーやリズムが次第に発展するミニマル的手法を取り入れたことで、アブストラクトながらエネルギー溢れる演奏を展開。カート・ローゼンウィンケル、ブライアン・ブレイド、ギジェルモ・クレインなど現代ジャズからの影響を独自に昇華した、南米ジャズ屈指の名作だ。(江利川)

Rafael Martini / Suite Onirica


Hope in the Past (2017) 

Rafael Martini(p, vo) Alexandre Andrés (flute) Joana Queiroz (clarinet) Jonas Vitor (sax) Trigo Santana(b) Felipe Continentino (ds) Venezuela Symphonic Orchestra

ミナス新世代を代表する音楽家であるピアニストで作編曲家のハファエル・マルチニが、自身のセクステットにベネズエラの交響楽団を加えて録音した組曲作品。ハファエル・マルチニ以下、アレシャンドリ・アンドレス(フルート)、ジョアナ・ケイロス(クラリネット)、ジョナス・ヴィトール(サックス)、トリーゴ・サンタナ(ベース)、フェリピ・コンチネンチーノ(ドラムス)によるセクステットの演奏は極めてシャープかつ現代的。

一方でクワイアも加えたオーケストラはまるで数百年前のヨーロッパ、もしくはミナスにいるかのような荘厳さを放つ。歴史的な重みと、それを打ち破ろうとする新たな才能の胎動が同居し蠢くラストの⑤は圧巻の一言だ。(江利川)

Deangelo Silva / Down River


Independent (2017) 

Deangelo Silva (p) Felipe Vilas Boas (g) Wagner Souza (tp) Breno Mendonça (sax) André Limão Queiroz (ds) Bruno Vellozo (b) 

ミナスで毎年開催されるインスト音楽のコンペティションで2017年に入賞したディアンジェロ・シルヴァがセステートで録音したデビュー・アルバム。若干26歳のピアニスト/作編曲家でジンボ・トリオのピアニストのアミルトン・ゴドイらと共演歴を持つなど、若くして実力派ともいえる存在。

音楽的には現代ジャズからの影響も強く、ブラッド・メルドーのファンを自任。シャイ・マエストロとは実際に交流もあるとのこと。極めて難解でありながらメロディアスな楽曲、複雑かつスピーディーな変拍子でも難なく弾きまくる圧倒的なピアノ、それに呼応して多彩なソロを披露する同じく若手のフェリピ・ヴィラス・ボアス(ギター)やブルーノ・ヴェローゾ(ベース)と、完全にシームレス化しつつある2010年代ブラジリアン・ジャズの象徴ともいえる作品だ。(江利川)

Así / Así


Independent (2018) 

Sanchez Gonza (vo, g, sax) Facu Gentile (ds) Rodrigo Lagos (synth)

with Fede Seimandi (b) Rodrigo Carazo (vo, g) Pablo Salla (vo) Juan Pablo Toch (g) and more

クララ・プレスタ&フェデ・セイマンディの『Casa』そして今作『Así』の2枚によって、2018年のアルゼンチンはコルドバの年だったと言いきって問題ない。ジャズとフォルクローレが奇跡的に融合したのが『Casa』であれば、『Así』は現代ジャズとアルゼンチンロックが奇跡的に融合した作品だと言える。

中心人物ゴンサ・サンチェス(1985年生まれ)はコルドバでロドリゴ・カラソらと活動するシンガーソングライター/サックス含むマルチプレイヤー。ソロ名義で発表した『Marmas』はソフトロック的なメロディーが魅力のアルバムだったが、バンド名義の『Así』では1曲目のスネアの音からして現代ジャズからの影響が大きいことが感じられる。特にジャズのサウンドが前面に出ているのが②、④だが、今作を傑作にしているのはやはりゴンサのメロディーメイカーとしての才能だろう。(宮本 剛志)

Marcos Expósito / Ñande


VM Distribución (2018) 

Samuel Cartes (p) Gabriel Bertuol (g) Marcos Expósito (b) Gastón Reggio (ds) Rafael Chieffi, Estefano Lovato (per) Lucia Soledad Spivak (vo, per)

アンドレ・マルケスも賛辞を送る今作は、1989年ウルグアイ生まれのジャズベーシスト、マルコス・エスポシトの1作目。とはいえ冒頭からブラジル的なサンバジャズが奏でられ、そこで歌っているのはブラジル在住アルゼンチン人という越境ぶりだ。ウルグアイでは「Melchaka」というジャズロックグループで活動する彼だが、サンパウロの音楽大学で学び、今作のメンバーもブラジル人が多く参加している。すべてマルコスの筆による曲だが、中でも白眉の出来なのが静けさの中でピアノが展開する②、そしてウルグアイの伝統リズムであるカンドンベのリズムとギターがユニゾンする⑧だろう。

タイトルの「ニャンデ」は南米の先住民族グアラニーの言葉で”我々”。マラカトゥのリズムとカンドンベのリズム、そしてジャズ、ブラジル音楽がひとつに結実したこのアルバムは越境する汎南米音楽の今を伝えてくれる。 (宮本)

Paz Court / Veranito de San Juan


Independent (2018) 

Paz Court (vo) Esteban Sumar, Andrés Landon (g) Milton Russell (b) Leonel González (ds)

José Pino, Marcelo Maldonado (tb) Sebastián Carrasco (tp) Salvador Pizarro (harp) Tomás Moreno (vib) Natalia Elpick, Valeria Marmentini (choirs)

トロピカルな現代版ディスロケーション・ダンスというか、モンドミュージック版ダーティー・プロジェクターズというか、フォルクローレをベースにインディーロックなリズムとテクスチュア、しかもそれをラージアンサンブルで演奏する、これを全方位型ポップスと言わずしてなんと言おう。チャランゴを弾き歌うのは、1985年チリ生まれの歌手パス・クルト

「Jazzimodo」や「Tunacola」での活動の後2014年ソロデビュー。このソロ2作目はそんな彼女の音楽性が開花した作品と言える。新しいものと古いものを同列に扱うというのが今作の一つの目標だったのだろう、メキシコのロス・パンチョスのカバー④、チリのフランシスコ・フローレス・デル・カンポの古いボレロに現代的な装いを与えた⑥、現代のチリで大きな人気を誇るロックバンド、アセス・ファルソスのヒット曲⑦というカバー曲、そしてパスの自作曲が滑らかに配置されている。チリだけで聴かれるにはあまりに惜しい才能だ。(宮本)

Carol Panesi / Primeiras Impressoes


Tratore (2018) 

Carol Panesi (violin, p, tp, vo) Salomão Soares (p, acc) Jackson Silva (b) Guegué Medeiros (ds)

with: Hermeto Pascoal (vo) Lea Freire (fl) Quarteto Iapó (string quartet)

ジョアナ・ケイロスやヴィトール・ゴンサルヴェスらとエルメート・パスコアルの側近ベース奏者であるイチベレ・ツワルギのグループに13年間在籍し、ヴァイオリンとスキャット的な歌にトランペット/フリューゲルホーンやピアノの演奏もこなす女性マルチ・プレイヤー、カロル・パネジによる、自身のグループを率いてめくるめく音宇宙を展開した傑作。

フレーヴォ、フォホー、マラカトゥといったブラジル北東部(ノルデスチ)のリズムや旋律を多用しつつ、エルメート~イチベレ門下らしい超絶リフやアクロバティックな曲展開の連続によって聴く者を圧倒するサウンドは、カオスと隣り合わせのエレガンスに満ちている。流麗な弦楽トリオも効果的に配しながら、南米の陽性なイヴァ・ビトヴァといった趣もあるヴァイオリンと歌の同時演奏を中心に、トランペット、ピアノとリード楽器をスルリと変えていくうちに、すべてのパートが自身の多重録音ではないかと錯覚を覚えるアンサンブルの統制ぶりも見事。後半にはエルメート御大も登場し、優美にしてマッドな彼女の才を引き立てる。(吉本 秀純)

Camila Nebbia / A veces, la luz de lo que existe resplandece sólamente a la distancia


Kuai Music (2017) 

Camila Nebbia (ts) Ingrid Feniger (as, bass clarinet) Guido Kohn (cello) Nacho Szulga (b) Omar Menendez, Axel Filip (ds)

いわば“黒髪ポニテ女子”的なガーリーなルックスながら、サックス奏者としてはトニー・マラビーやティム・バーンといった硬派な要人たちに師事しつつ、近年のアルゼンチン・ジャズの好作品に参加してきた才媛、カミラ・ネビアによる初リーダー作。

同じく女性のアルト&バスクラ奏者との2管フロントに、往年のトム・コラを彷彿させるタッチのチェロ奏者、コントラバス、そしてツイン・ドラムという変則ダブル・トリオ編成で展開するサウンドは、上記のNYの現代フリー系やヘンリー・スレッギルの90年代以降の諸作品に通じるソリッドなもの。綿密にコンポーズされたチェンバー・オルタナ調の鋭角的な旋律と、鳴り物も交えながら南米らしいグルーヴを叩き出すツイン・ドラム、その合間を縫ってインプロを繰り出す各メンバーの力量も確かなもので、オーネット・コールマン曲を取り上げた④も独自の響きを獲得している。

ワールドワイドに通用するアルゼンチン発のジャズを発信し続ける信頼のレーベル≪KUAI≫発の諸作品の中でも、一歩抜けたインパクトと瑞々しさアリ。(吉本)

  1. アンドレ・マルケスやカロル・パネッシ
  2. パブロ・パッシーニやカミーラ・ネビア
  3. ゴンサ・サンチェスやパス・クルト