Photograph by Nadia F. Romanini / ECM Records
スイス出身のピアニスト、コリン・ヴァロン。近年、ECMから3枚のアルバムをリリースしているが、ピアノ・トリオの編成で、アコースティック楽器しか用いていないのにも関わらず、ジャズのこれまでのフォーマットに留まらない固有のスタイルを確立している。
明暗のグラデーションを描くピアノ、感覚に作用する鼓動のようなベース、鋭く繊細にシンバルを鳴らすドラムの三人が一体となって、叙情的であり音響的でもあるサウンドを構築。同時に、ミニマル・ミュージックや、バルカン半島やトルコの民族音楽、アジアの音楽の微分音など、様々な音楽のリズムやテクスチャーを取り入れ、独自の音楽を作り出している。
幸運にも観ることのできた2015年の来日公演では、ジャズではなく、音響とリズムで組み立てられた新しい音楽を聴いているような感覚を覚えた。ピアノの弦にミュートを挟むプリペアド・ピアノや、特殊なドラムセットを使った音響的なドラムも忘れられない。
今回、3年ぶりの来日公演が実現したタイミングで、彼の音楽の多様な背景について話をきいた。
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インタビュー:佐藤 悠
協力:Kagitami Music & Art Management / Jazgra
インタビュー
僕は新しいフォームを探すことに特に興味があるんだ。
――あなたの音楽は、モダンジャズのようにテーマのメロディがあって、その後にピアニストのソロをフィーチャーするのではなく、ピアノがミニマルなリフを反復していく点が特徴だと思います。私はそこに魅力を感じているのですが、このようなアプローチを選んだ理由を教えてもらえますか。
最初に、僕はジャズを愛しているということを言っておかないといけない。僕は情熱を持ってジャズを学び、今も学び続けている。だけど自分にとってジャズはメロディやハーモニー、リズムという点で革新的な音楽にもかかわらず、そのフォームは(過去)それほど進化してこなかった。僕は新しいフォームを探すことに特に興味があるんだ。一部の楽曲の反復的な性質は、伝統的な音楽やクラシック、ポップス、エレクトロニック・ミュージックのような他のジャンルからの影響だと考えている。だけど、それは音楽的に模倣しようとした自然な過程から来ているんだ。
――プリペアド・ピアノの不安定なトーンのサウンドはアラビアやインドや日本など、アジアの音楽のように聞こえます。このようなサウンドを取り入れる理由を教えてください。
学生の頃、自分たちが好きな音楽を30秒録音してくるような課題が出された。僕はサウンドが好きだったから、古くて錆びた鉄の庭のドアのノイズを録音することにした。僕は風変わりなサウンドや、自分の知らない何かを聴くのが好きなんだ。それは新しいフレーバーを発見することに似ている。だから世界中のフォーク・ミュージックを聴いているのも自然なことだ。
Photograph by Nicolas Masson / Colin Vallon
――ECMレーベルからリリースされたアルバムについて伺います。まず1作目の『Rruga』ではコーカサス地方の音楽をテーマにしています。
うん、『Rruga』はトルコ音楽に影響されたよ。祖母はトルコ出身で、それが理由だと思う。トルコ音楽家ではエルカン・オウル/Erkan Oğurとセルダ・バージャン/Selda Bagcanが好きだ。
――2作目の『Le Vent』から加わったドラマー、ジュリアン・サルトリウス/Julian Sartoriusの演奏は、エレクトロニカのようなビートや、プリペアド・ドラムが特徴だと思いました。あなたの音楽は彼の参加でどのように変わりましたか?
ジュリアンが入ったことで、ユニットとして今までよりも沢山のことができるようになった。時には、演奏をしていても別々の3つの楽器ではなく、サウンド的にひとつだと感じることがある。大切なことは誰が前面に立つかはではなく、音楽そのものなんだ。それから、ベースのパトリス・モレ/Patrice Moretとドラムのジュリアン・サルトリウスと一緒に、僕たちはある種のテレパシーのようなつながりを何年もかけて発展させてきた。それは僕らを何度も何度も驚かせたよ。「It’s magical!」というようにね。
ジュリアン・サルトリウスのプリペアド・ドラムも交えたドラムソロ。
トリオとして、僕らも音楽的なテクスチャーを探すことにとても興味がある。
――”Juuichi”や“Fade”のように、明るい響きと暗い響きが交互に出てくる曲もあなたのグループの曲の特徴だと思います。これらの曲は影響を公言しているレディオヘッドと近いものを感じました。
“Juuichi”はパトリスの作曲だけど、メロディはレディオヘッドに影響されたものだと思う。僕ら3人全員がとても好きなバンドだ。一方で“Fade”は「宇宙の熱的死*1」にインスパイアされている。
――3作目『Danse』のタイトル曲では、メロディとリズムが不可分に結びついて一体になっているように感じました。
『Danse』の1つ前のアルバム『Le Vent』の楽曲のほとんど全ては、人生の有限性と時の移り変わりにインスパイアされている*2。このやや暗い作品の後に、僕は人生の生き生きとしたエネルギーを表現したかった。僕は人生を(病気やトラブルなどの)難題に対する継続的な戦いだと考えた。それはぎこちないけれども優雅なダンスともいえる。だから『Danse』はこのアルバムのタイトルに合っていると思ったんだ。
――『Danse』の”L’Onde”は映像的なサウンドで、水の波紋を音で描写しているように感じました。また、同アルバムにはダダイスムの流れをくむスイスの彫刻家、ジャン・ティンゲリーをトリビュートした”Tinguely”という曲もあります。作曲をする際、自然や美術からの影響はありますか?
とても頻繁に刺激を受けているよ。生命を描く上でこれを水の合流と干渉に例えることは、美しく哲学的な方法だと思う。また、“Tinguely”はパトリスが作曲したものだけど、あの作品は確かにジャン・ティンゲリーからインスパイアされている。彼は不合理でありつつもポエティックな機械装置を組み立てたアーティストだけど、それは『Danse』のテーマととても深くつながっているんだ。
ジャン・ティンゲリーの解説動画。
――以前のインタビューでスペクトル楽派のパイオニア、ジェラール・グリゼーを聴いていると話されていました。私は彼の音楽のミニマルな構成や不安定なハーモニーが魅力だと感じています。彼の音楽のどんなところに惹かれますか?
僕は彼のテクスチュアルな作品、特に”音響空間/Les espaces acoustiques”がとても好きだ。トリオとして、僕らも音楽的なテクスチャーを探すことにとても興味がある。
――以前の来日公演でのエリーナ・ドゥニのサイドマンとしての演奏も素晴らしかったです。
僕らは10年以上も一緒に演奏していたから、当然強い音楽的な繋がりを作り上げてきた。だけど現在は、このコラボレーションは解消してお互いがそれぞれの道を歩んでいる最中なんだよ。
――今回の来日ではどのようなパフォーマンスが期待できますか?
あまり期待されないほうが、上手くできるかなぁ(笑)
代表作レビュー
Rruga
「ピアノ、ベース、ドラムがそれぞれ独立して(独立したように)動く三者対等型トリオ」。ピアノ・トリオのフォーマットの1つとしてすでに確立された感があり、現代ではそれをどういったアプローチで魅せていくかが重要なところ。クラブ音楽、電子音楽的なタイトなビートの上でピアノが上モノ的に揺らぐタイプから、セロニアス・モンクやアンドリュー・ヒルを拡張したアヴァン/フリーなタイプまで、様々なものがある。
ビル・エヴァンスから出発しつつも、ポール・ブレイや菊地雅章からも影響を受けてきたコリン・ヴァロンのトリオは、それらの中でも抽象度が高いグループに属している。ベース、ドラムは定型パターンと非定型パターンを自由に往来し、支配力の高いピアノも決してピアノのみを聴かせることはなく絶妙な間合いと緊張感を作り出す。
にもかかわらずジャズ以外のリスナーにも訴求するほど間口が広いのは、ヴァロンが北欧・東欧やアジアの民族音楽から採集した質感やリズムが底流で流れているから。今作は②” Rruga”、⑥”Meral”、⑦”Iskar”、⑨”Rruga, Var.”でトルコ音楽を参照。「欧州ジャズ」という枠組みを超えた、新世代ピアノ・トリオとしての風格がすでにある。(北澤)
Le Vent
スイス出身のピアニスト、コリン・ヴァロンのECM第二作。テーマからピアノソロに進む展開がなくなり、ピアノによるミニマルなフレーズ/リズムの反復を中心にトリオの三人が一体となって曲を進行。①”Juuich”や⑤”Fade”で明るさと暗さを行き来しながら緊張感を高めていくさまには釘付けにさせられる。②”Immobile”でのバルカン半島〜トルコの音楽を思わせる舞踏曲のようなピアノの律動も彼の音楽の特徴の一つといえるだろう。⑩”Rouge”ではピアノの弦にミュートを噛ませてガムラン的な音色を作り、アジアの民族音楽のようなサウンドを構築。
また、音響面には本作から参加のドラマー、ジュリアン・サルトリウスが多大に貢献し、⑦”Le Quai”では車窓の風景のように音が過ぎ去る映像的な演奏を、⑧”Pixels”ではシンバルを逆再生したようなサウンドを聴かせてくれる。前作『Rruga』で萌芽をみせていたオリジナリティが大きく花開き、独自の世界が確立された作品だ。(佐藤)
Danse
コリン・ヴァロンのECM第三作。前作『Le Vent』の特徴だったミニマルなフレーズを反復する曲は少し表情を変え、②”Tsunami”では幾度となく押し寄せる波のようなダイナミズムを、③”Smile”では生命力を感じさせる力強さを獲得している。④”Danse”や⑨”Tinguely”にみられる、バラバラに拡散していた音が次第に結びつき、最終的に一体となってリズムを刻む展開は独創的だ。水面で波紋がぶつかり合うさまを描写したような映像的な⑧”L’Onde”は生命の誕生も想起させる。これらの楽曲から「人生の生き生きとしたエネルギーを表現したかった」という発言が頷ける。
太陽系を囲む仮想天体「オールトの雲」を冠した⑥”Oort”でのプリペアド・ピアノの不安定な音は前作に続いてみられる特徴だ。よく練られた構成の曲が多い中、真っ直ぐにメロディを奏でる⑦”Kid”の優しさが心に響く点にも触れておきたい。前作で確立した独自性に加えて、より自由な表現力を獲得した作品だ。(佐藤)
ツアー詳細
スケジュール
※9/16まで表示していたトリオ公演の曜日が間違っていました。お詫びして訂正いたします。
<コリン・ヴァロン・トリオ>
10月10日(水)大阪 阿倍野区民センター 小ホール
10月11日(木)東京 新宿 Pit Inn
<コリン・ヴァロン ソロ>
10月17日(水)東京 六本木 Super Deluxe
※石橋英子、トビヤス・プライシクとのソロ・コンサート企画です。