前回からやや遅くなってしまいましたが、2018年ジャズ・レビューシリーズ、パート2をお届けします(全3回)。
今回は、NYジャズやECM/欧州ジャズを中心としたパート1に比べると、電子音楽的だったりアヴァンギャルドだったりワールドミュージック的だったりとメインストリーム(?)から何かとはみ出しがちな作品が中心。世界各都市でそれぞれのスタイルが勃興する10年代後半シーンの1つの側面として聴いてみてください。
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※Spotifyの音量にご注意ください。
目次
- 1 Louis Cole / Time
- 2 John Hollenbeck / All Can Work
- 3 Logan Richardson / Blues People
- 4 Okkyung Lee / Dahl-Tah-Ghi
- 5 No Tongues / Les Voies Du Monde
- 6 Peter Evans & Weasel Walter / Poisonous
- 7 Otis Sandsjö / Y-Otis
- 8 Jon Hassell / Listening To Pictures
- 9 Irreversible Entanglements
- 10 Sons Of Kemet / Your Queen Is A Reptile
- 11 Thiefs / Graft
- 12 Thandi Ntuli / Exiled
Louis Cole / Time
Louis Cole (vo, keys, bass synth, ds)
with Genevieve Artadi (vo) Brad Mehldau (p) Thundercat (eb) Dennis Hamm (key)
ロサンゼルス在住の電子音楽/ジャズ系シンガー・ソングライター/マルチ奏者、ルイス・コールのサード・アルバム。重くダンサンブルなドラム、80年代的なゴージャスなシンセ音、ファミコン・ゲームから影響を受けたピコピコ音など「ルイス・コール本流」とも言える要素は①”Weird Part of The Night”、②”When You’re Ugly”、⑤”Real Life”、⑦”Tunnels in The Air”、⑨”Freaky Times”で健在。
それらをアルバムのフックに、後半⑩~⑭ではエアリーなコーラスワークをじっくりと聴かせる(特に最近のフォーク系SSWっぽい⑩”After The Load is Blown”、ビーチボーイズ直系の⑪”A Little Bit More Time”、⑫”Trying Not To Die”が心地良い)。
EDM、ビートミュージック、ゲーム音楽、サーフミュージック、電子音と生演奏の融合…と構成要素1つ1つはキャッチーだが、それらがルイス・コールというフィルターを通ると例えようのない味わい深い音楽になるのは何故だろう。
近年、プリンス以降と思われるジャズ・ミュージシャンによる一人多重録音作品が増えているが、その中でも『Time』は演奏、楽曲、プロダクションの完成度から言って特筆すべき作品ではないだろうか。これまでのジャズではあまりかえりみられることの無かったDIY精神やアマチュアリズム、アットホームなフィーリングがとても新鮮だ。(北澤)
John Hollenbeck / All Can Work
Ben Kono, Jeremy Viner, Tony Malaby, Dan Willis, Anna Webber, Bohdan Hilash (reeds)
Mark Patterson, Mike Christianson, Jacob Garchik, Alan Ferber, Jeff Nelson (tb)
Tony Kadleck, Jon Owens, Dave Ballou, Matt Holman (tp, flugelhorn)
Chris Tordini (b, eb) Matt Mitchell (p, org, keys) Patricia Brennan (vibes, marimba, glockenspiel) John Hollenbeck (ds) Theo Bleckmann (vo) JC Sanford (conductor)
1968年生まれのドラマー、ジョン・ホーレンベックのオーケストラ「ラージアンサンブル」最新作。これまで何度も欧州の名門ビッグバンドとコラボしてきたが、意外にも自身のオーケストラ作品はこれで3枚目(コラボ作ではジミー・ウェッブやバート・バカラックをカバーし、ポップミュージックに接近した『Songs I Like A Lot』シリーズが特にお薦め)。
トランペットがトップを担うものの、明確に主旋律・対旋律と別れてないポリフォニックさ、各パートとも比較的狭い音域でラインが細かく移り変わる密集感がこの作品の特徴。濃厚な霧の中にいるような、あるいは未来の教会音楽を覗いているような不思議な感覚に陥る。一方、クライマックスで繰り広げられる荘厳なハーモニーは目の醒めるような高揚感が。時にミニマル音楽に接近するシンプルなビートも、各声部の動きを際立たせている。
ビリー・ストレイホーンの③”Elf”、ケニー・ウィーラーの④”Heyoke”、クラフトワークの⑧”The Model”と、一筋縄ではいかないカバー曲も聴きどころ。(北澤)
Logan Richardson / Blues People
Logan Richardson (as) Justus West (g, vo), Igor Osypov (g) DeAndre Manning (eb) Ryan Lee (ds)
パリ在住のローガン・リチャードソンが、故郷カンザスシティに戻り現地の若手ミュージシャンと録音した4枚目のスタジオ・アルバム。ゴスペルからJディラ的なビート(⑤後半で顕著)まで消化したライアン・リーのドラムの上で、ツインギターとローガンのサックスが重なり合い、様々な音模様を描いていく。
2人のギタリストはインディー・ロック的なスタイルをベースに、コンテンポラリー・ジャズギター的なラインや、音響的なテクスチャを使って楽曲を彩る。一方リチャードソンは、背後の演奏をオスティナートで引き立てたり、高らかにロングトーンを叩きつけたりとサックス奏者というよりもヴォーカリストのような演奏で胸を熱くさせる(この辺りのサウンド・デザインは、共演が多いクリスチャン・スコットの『Christian aTunde Adjuah』と並べると面白いかも)。
カントリー/ブルースから、リバーブの効いた80年代音楽、00年代以降のインディー・ロックやヒップホップなど、幅広い時代の要素が楽曲単位、アルバム単位でシームレスに繋がっている作曲も独特なものがある。今までのコンテンポラリー・ジャズから少しはみ出たコンテンポラリー・ジャズを聴きたい方にお薦め。(北澤)
Okkyung Lee / Dahl-Tah-Ghi
オッキュン・リーは1975年韓国出身、アメリカで活躍するチェリスト。ピーター・エヴァンズやジョン・ブッチャーなどフリー・インプロヴィゼーション・シーンのミュージシャンとの共演が多い一方で、ヴィジェイ・アイヤー/マイク・ラッド作品に登場したり、『Breaking English』で話題になったラフィーク・バーティアにも影響を与えるNYシーンの隠れた実力者。今作は彼女1人による40分1トラックの完全即興ライブ。
全編、おどろおどろしい低音の重音を出したり、弦を指板に叩きつけたり、かきむしるように弦をこすったり…とクラシカルなチェロのイメージとはかけ離れた効果を引き出している。それらを同時進行、あるいはフェードイン/フェードアウトさせたり、会場である教会の残響音を強調することで、ソロということを忘れてしまいそうな1人アンサンブル状態を作り出している(アルバムアートもそうしたサウンドを視覚化したものか)。
オッキュン・リーならではのしなやかさ、絶え間ない反復フレーズからくるリズミカルさは、カテゴリーを超えて様々な音楽好きの好奇心を刺激するはず。(北澤)
No Tongues / Les Voies Du Monde
Matthieu Prual (sax, bass clarinet) Alan Regardin (tp, cornet) Ronan Courty, Ronan Prual (b)
管楽器奏者2人(サックスとトランペット)、コントラバス奏者が2人というドラムレス編成だが、コントラバス奏者の2名が弓や手で楽器のボディを叩くような音を巧みに織り交ぜてフレーズを構成していく場面が多く、サウンドは非常にパーカッシブかつプリミティブなものとなっている。サンプルの音程をそのままトレースする場面もあるが、民族音楽の特徴といえる西洋音楽的な12音のグリッドに縛られない音程の移ろいや楽音に還元し難い特殊な発声による響きを、息の音や意図的に濁らせたトーン、細かなトリルなどを用いて自由に解釈し演奏に落とし込んでいく管楽器のテクニカルな振る舞いがより印象に残る。
⑤”Mamm gozh”をはじめとする多くの楽曲で管、弦を問わず奏でられる非常に長い持続音やその重なりがハーディ・ガーディやバグパイプの音色を、③”La voie des esprits”の終盤で聴けるコントラバスが高い音域で奏でるメロディーがフォークやアイリッシュ音楽のフィドルの演奏を思わせるなど、ヨーロッパに伝わる楽器の伝統と様々な地域の口承の伝統をクロスさせるような意図も感じられる。コントラバスの反復フレーズや二管の同じ音型のやりとりが農耕作業における反復動作や掛け声の応答を想起させる②”Inuit suit”など、なかなか代えがたい魅力を持った楽曲が並ぶ意欲的な作品。(よろすず)
Peter Evans & Weasel Walter / Poisonous
NYを拠点に活動し、現在のアヴァンギャルドなジャズや実験的な即興音楽において際だった存在となっているトランペッターのピーター・エヴァンスと、徹底的にラウドなプレイスタイルが特徴のドラム奏者ウィーゼル・ウォルター、これまで多く共演を重ねてきた両者による初のデュオアルバム。エネルギッシュなインプロのイメージが強い両者だが、本作では録音された即興のデュオ演奏を素材にスタジオで編集やエフェクト加工がなされた作品で、片方のチャンネルで再生されたデュオ演奏がもう片方のチャンネルから遅れて聴こえてくる①”Yellow Stainer”を筆頭に、エヴァンスの増幅、変調されたブレスノイズと四方から聴こえてくるウォルターのブラストビートのようなドラムが競り合う③”Sulfur Tuft”や、演奏の激しい場面を切り出し重ね合わせ、唐突なカットを加えることで騒がしいコラージュのように仕上げた④”Hooded False Morel”など、再現性に縛られない思い切った発想で聴き手を圧倒するようなサウンドを作り上げている。
やや聴き手を選ぶ作風かもしれないが、循環呼吸や息の音を混ぜ込んだ巧みなトーンの操作など特殊な奏法も自在に操るエヴァンスの技巧の高さや、ウォルターのゴルジェを思わせる独特なタム使いと残響加工、四肢をフル稼働し正に音をばら撒くといった表現が似つかわしい手数多いプレイスタイルなど両者の持ち味もフルに発揮されており、渾身の一作なのは間違いない。(よろすず)
Otis Sandsjö / Y-Otis
Otis Sandsjö (sax, cl, synth) Petter Eldh (b, synth) Elias Stemeseder (key, synth) Tilo Weber (ds)
クールテナーの系譜を思わせる音色と特殊奏法を要領よく駆使するOtisのプレイにまず耳が引かれるが、ヒップホップなどのニュアンスを消化した現代的なセンス溢れるビートや、シンセサイザーを巧みに用いたエレクトロニックなアレンジなど、グループ全体としてのサウンドも相当に独創的。一見シンプルなカルテットだが、OtisとPetterはそれぞれのメイン楽器に加えシンセサイザーも担当し、鍵盤奏者のElias含め3名が電子音を演奏できるという特殊な楽器編成のためどの楽曲においてもサウンドの彩りは非常に豊かで、現代の若い音楽家ならではの視点で描かれる今でしかありえないフュージョン・ミュージックといった趣がある。特に冒頭2曲は出色の出来。本年リリースのMABUTAやジャスティン・ブラウンの作品と合わせて聴くとより楽しめるのでオススメです。(よろすず)
Jon Hassell / Listening To Pictures
Jon Hassell (tp, key) Rick Cox (g, synth, electronics) John von Seggern (eb, ds, electronics) Hugh Marsh (electric violin, electronics)
with Peter Freeman, Christoph Harbonnier, Christian Jacob (eb) Ralph Cumbers (programming) Michel Redolfi (electronics) Eivind Aarset (g, sampler) Kheir-Eddine M’Kachiche (violin, sampler)
まるでワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとアルカがアフリカか東南アジアの熱帯雨林に滞在しながら作り上げたトラックの上でニルス・ペッター・モルヴェルが幽玄なトランペットを奏でているような…いや、そんな現行のシーンに寄せた例えを考えるまでもなく、この人こそがそれらすべての先駆者であったわけだが。しかし、自身のレーベルを立ち上げて9年ぶりに届けられた本作の、第四世界から唐突に時代の最先端をしっかりと射抜いてきたようなフューチャリスティックにしてブレのない音の響きには驚かされた。1937年に生まれすでに半世紀以上のキャリアを誇る音楽家の新作とは信じ難い境地に、敬服する他ない。
前作はECM、その前の作品は仏のLabel Bleuから発表されてきたので、ジャズとして聴取することに何らの不自然さもないし、作り手と聴き手のボーダレス化が進んだ今こそ“ジャズ”として真摯に受容されていい。現代音楽、ジャズ、アンビエント、ワールド・ミュージック、エレクトロニカなど、あらゆる音の境界に位置しながらタイムレスな音を紡いできた魔人の恐るべき到達点。(吉本秀純)
Irreversible Entanglements
Camae Ayewa (vo) Keir Neuringer (as) Aquiles Navarro (tp) Luke Stewart (b) Tcheser Holmes (ds)
音楽的にはノイジーかつ呪術的なダーク・エレクトロながらサン・ラやアリス・コルトレーンなどにも影響を受けた独自のサウンドを展開し、アフロ・フューチャリズムに影響を受けた新世代の才媛として高い評価を集めてきたムーア・マザーことキャメイ・アイワが、ポエトリー調の強靭なボーカルでフロントを務めるフリー・ジャズ・ユニットの初作。バックはアート・アンサンブル・オブ・シカゴにインディ・ロック感覚を加味したような2管カルテットが務めており、構図的にはブリジット・フォンテーヌがアート・アンサンブル・オブ・シカゴとの共演で作り上げたフレンチ・アヴァン・ポップの金字塔『ラジオのように』を連想させずにはおかないが、あの境地を現行の米国に置き換えてハードコア・パンクなども通過した感覚で鳴らしたようなインパクトを放つ秀作となっている。
ジェフ・パーカーやマカヤ・マクレイヴンの近作を手がけてきた≪International Anthem≫発であったにもかかわらず、日本における現代ジャズを伝えるメディアなどではほぼ話題に上らなかった感があるが、異才ムーア・マザーがジャズに最も接近した作品として改めて注目を。(吉本)
Sons Of Kemet / Your Queen Is A Reptile
Shabaka Hutchings (sax) Theon Cross (tuba) Tom Skinner (ds) Seb Rochford (ds/1, 2, 4-6, 8, 9)
with Pete Wareham, Nubya Garcia (sax) Eddie Hick, Maxwell Hallett, Moses Boyd (ds) Josh Idehen, Congo Natty (vo)
数あるシャバカ・ハッチングス絡みのグループの中でも、ツイン・ドラム+チューバを擁した編成で最もパーカッシヴなノリを示す変則カルテットのインパルス進出作。ラガ・ジャングル界の重鎮コンゴ・ナッティまでも引っ張り出し、ダンスホール・レゲエ、ソカ、アフロビートなどを自在に血肉化したグルーヴは過去作以上に明快かつ英国らしさを意識的に強調したモノとなっており、米国とはまた違った多国籍な土壌に裏打ちされた“UKブラック”なジャズの最新型を痛快に示している。
少し視点を変えてこの音に似た境地を示していた存在を考えてみると、かつてドラマーの芳垣安洋が率いたヴィンセント・アトミクスが思い浮かぶが、過去作には実際にかなり似た曲もあったりして聴き比べてみると面白い。サックス/クラリネット奏者としてのシャバカには、いわゆるスピリチュアル・ジャズの系譜で語られる巨人たちよりも、むしろ梅津和時やフランスのルイ・スクラヴィスといったより現代的な越境ジャズの鬼才たちに通じる資質を強く感じる。(吉本)
Thiefs / Graft
Christophe Panzani (sax) Keith Witty (b) David Frazier Jr. (ds)
with Aaron Parks (p) Mike Ladd, Gaël Faye, Guillermo E. Brown, Grey Santiago, Edgar Sekloka (vo)
フランス出身のサックス奏者と、NYで活動するベーシストとドラマーによるトリオ、シーフスのデビュー作。シンプルなリフを軸にしたミニマルな構成だが、リズム・パターンや音の組み合わせを変えることで、様々な風景を描く。
ヒップホップ・ビートから、四つ打ち、そしてジャズのスウィングへと変化していくリズムに、マイク・ラッドとガエル・ファイユによるポエトリー・ラップが重なり、歪んだ音色のサックスソロが続く②が特徴的だ。ゲストのアーロン・パークスの優雅なピアノは、伴奏の役割だけではなく、言葉と同じように、イメージを生み出す機能も果たす。トリオ全員がエレクトロニクスも使用するが、デヴィッド・フレイジャー・Jrの生ドラムとパッドを併用した音づくりは特筆に値する。(佐藤 悠)
Thandi Ntuli / Exiled
Thandi Ntuli (p, key, vo) Sphelelo Mazibuko (ds) Keenan Ahrends (g) Spha Mdlalose (vo) Benjamin Jephta (b) Marcus Wyatt (tp, flugel horn)
with Mthunzi Mvubu (fl, as) Justin Sasman (tb) Sisonke Xonti, Linda Sikhakhane (ts) Vuyo Sotashe, Lebogang Mashile (vo) Kwelagobe Sekele (electronics) Tlale Makhene (per)
管とヴォイスを交えたアンサンブルや、複数のメロディが重なる展開、シンセを異化的に用いた場面転換など、アレンジのセンスが光る。時折現れるチャントにアフリカ的な要素も。作家のレボガン・マシーレがスポークン・ワーズを聴かせる⑧”The Void”や、グレッチェン・パーラトを想起させる軽快な⑨”It’s Complicated, Pt. 1″など聴きどころは多いが、ソウルフルなバック・ヴォーカルとともに、優しい歌声で包み込む⑫”New Way”がハイライト。⑬”13″や⑭”Cosmic Light”のベースソロでのエフェクト使いにも注目したい。(佐藤)