クリス・ポッター / Chris Potter

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クリス・ポッターは1971年アメリカ、イリノイ州生まれ、ニューヨークをベースに活動するサックス奏者、作曲家。スイング期からビバップ、ポストバップ、デューイ・レッドマンやマイケル・ブレッカーなど70年代以降のプレイヤーに至るまで、様々な年代のサックス奏者を統合した演奏は、同時代以降のサックス奏者にとって大きな指標になっている。自身のアンダーグラウンド・グループやパット・メセニー、デイヴ・ホランド作品でのファンキーなスタイルから、ECM作品やポール・モチアン作品での浮遊感に満ちたスタイルまで表現の幅は非常に広い。(北澤

協力:今井 純

バイオグラフィー

生い立ち

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1971年1月1日イリノイ州シカゴで大学研究者の両親のもとに生まれる。3歳の時サウスカロライナ州コロンビアへ引っ越し、18歳まで同地で育つ。母親のレコード・コレクションの影響で5歳頃からピアノを始め、11歳の時にポール・デスモンドに憧れてアルト・サックスを始める。

12歳からは地元のクラブでプロに混じってビバップからジャズ・スタンダード、ローリング・ストーンズなどロックのレパートリーを演奏していた。また、DX7シンセサイザーを抱えて結婚式で演奏したり、黒人コミュニティのゴスペル・のギグにも参加する。「11歳から17歳までは、チャーリー・パーカーがどのようにサウンドを作り出しているか研究することに全てを捧げた」と後年振り返っている(2016, Today Is The Question)。

高校卒業後、スカラーシップを受けてニューヨーク州ニュースクール大学に入学。ピアニストのケニー・ワーナーやブラッド・メルドーと親交を持ち、1年後にマンハッタン音楽大学に編入し、ディック・オーツやボブ・ミンツァーに師事する。

師事歴
時期 学校・機関 教育家 主な内容
18-19歳 ニュースクール大学 ジミー・ヒース、ジム・ペッパー 不明
ケニー・ワーナー 作曲
20代前半 マンハッタン音楽大学 ディック・オーツ、ボブ・ミンツァー 不明

90年代/順風満帆なキャリアと逆境

ニュースクール大学入学からすぐに、かねてから地元で親交があり、チャーリー・パーカーが起用したことで有名なトランペッター、レッド・ロドニーのクインテットに参加(20歳の時にはヴィレッジ・ヴァンガードで初めて演奏している)。1994年にロドニーが亡くなるまで4年間活動を共にする。

1992年にファーストアルバム『Presenting Chris Potter』を録音。1993年にはマリアン・マクパートランドのコンコード・レーベル作品に参加し、その時の演奏がきっかけでより規模の大きいコンコードと契約。年末にセカンドアルバム『Concentric Circles』を録音する。当初はテナーサックスとアルトサックスを中心とするマルチプレイヤーだったが、1996年『Moving In』からテナーサックスをメイン楽器として演奏するようになる。

『Concentric Circles』の好評を追い風に、その後同レーベルで商業的な制約を受けず4枚のアルバムを制作し、作品ごとに様々な試みをしていく。1996年の『Moving In』ではブラッド・メルドー、1997年の『Unspoken』ではジョン・スコフィールドやデイヴ・ホランド、1998年の『Vertigo』ではジョー・ロヴァーノとメジャーレーベルに所属するミュージシャンが参加し、当時のポッターに対する期待の大きさが反映されている。2000年にはメジャーレーベル、ヴァーヴと契約。2000年にブライアン・ブレイドやケヴィン・ヘイズが参加した『Gratitude』を、2002年にビル・スチュワートやヘイズが参加した『Traveling Mercies』を制作する。

順風満帆なキャリアを送る一方で、音楽家として致命的な逆境も経験する。1997年頃に耳鳴りや難聴と共にめまいや吐き気に襲われるメニエル病を発症(参考:日本医師会ホームページ、メニエル病 )。発作的な症状に苦しみ、2000年代初めには完治と引き換えに左耳の聴力を完全に失ってしまう。発症直後の1998年には『Vertigo』(めまい)というタイトルの作品もリリースしている。

00年代以降/サックス=ピアノ・カルテットと「アンダーグラウンド」

レギュラー・グループとしては、90年代半ばからはおおむねケヴィン・ヘイズ、スコット・コリー、ビル・スチュワートによるカルテットで活動(特にヘイズとの共演は長く、デビュー作から度々アルバムに起用している)。2002年に集大成的な作品『Lift』をライヴ録音し活動に区切りをつける。

一方で、2003年頃からクレイグ・テイボーン、ウェイン・クランツ(後にアダム・ロジャーズに交代)、ネイト・スミスによるエレクトリック・ジャズファンク・カルテット、「アンダーグラウンド」を結成。グリニッジ・ヴィレッジのクラブ、55バーを中心に活動し、2006年に『Underground』、2007年に『Follow The Red Line』、2009年に『Ultrahang』を録音。00年代を象徴するグループの1つに数えられるようになる。

2010年代に入りECMレコードと契約し、さらなる局面を切り開く。「アンダーグラウンド」はクレイグ・テイボーンからベーシストのフィマ・エフロンに交代。2013年には弦楽四重奏を伴う「アンダーグラウンド・オーケストラ」に発展し『Imaginary Cities』を制作する。また、アコースティック・カルテットもクレイグ・テイボーンやダビィ・ビレージェスといった前衛的なピアニストを起用して2011年に『The Sirens』を、2016年に『The Dreamer Is the Dream』を録音している。

サイドマンとして

デビューから25年ほどで300枚以上のアルバムに参加している。

1993年からミンガス・ビッグバンド、スティーリー・ダンのアルバムに参加。また1994年からはポール・モチアン・グループに参加。モチアンのグループでは、90年代の「エレクトリック・ビ・バップ・バンド」、00年代の「トリオ2000」、00年代後半のジェイソン・モランを入れたサックス/ピアノ/ドラム・トリオと、晩年まで好んで起用されている。

90年代後半からはデイヴ・ダグラス、ジム・ホール、デイヴ・ホランドのバンドに参加。特にホランドのECM作品『Extended Play: Live at Birdland』は大きな評価を受ける。

2000年代以降もファーストコール・ミュージシャンとして活躍し、同世代ではアダム・ロジャーズやアレックス・シピアギン、デヴィッド・ビニー、アントニオ・サンチェスなど、ベテラン世代ではウェイン・ショーター、エンリコ・ピエラヌンツイ、スティーヴ・スワロウなどに起用されている。

2012年にはパット・メセニーの新グループ、「ユニティ・グループ」のサックス奏者に抜擢される。メセニーが『80/81』のマイケル・ブレッカー以来30年ぶりに起用したサックス奏者として注目を集める。

作品

リリース タイトル レーベル 備考 レビュー
1994 Presenting Chris Potter Criss Cross クインテット
1994 Concentric Circles Concord クインテット
1995 Sundiata Criss Cross カルテット
1995 Pure Concord クインテット
1996 Moving In Concord カルテット(B.メルドー)
1997 Unspoken Concord カルテット(J.スコフィールド)
1998 Vertigo Concord カルテット(K.ローゼンウィンケル)
2001 This Will Be Storyville カルテット/セプテット
2001 Gratitude Verve カルテット(B.ブレイド)
2002 Traveling Mercies Verve クインテット(J.スコフィールド)
2004 Lift: Live at the Village Vanguard Sunnyside カルテット
2006 Underground Sunnyside アンダーグラウンド
2007 Follow the Red Line: Live at the Village Vanguard Sunnyside アンダーグラウンド
2007 Song for Anyone Sunnyside ラージアンサンブル
2009 Ultrahang ArtistShare アンダーグラウンド
2011 Transatlantic Red Dot ラージアンサンブル
2013 The Sirens ECM カルテット(C.テイボーン)
2015 Imaginary Cities ECM アンダーグラウンド・オーケストラ
2017 The Dreamer Is the Dream ECM カルテット(D.ビレージェス)

発言

音楽観

アンダーグラウンド・グループについて

僕がこのバンドを結成した時、影響はされたけど今まで明示してこなかったものを使ってみようと考えた。僕がどれだけの時間ジェイムズ・ブラウンやスティーヴィー・ワンダー、後期マイルス、そして他のあらゆるファンクを聴いてきたかは、はっきりと表現してこなかった。また、時にはハーモロディックなオーネット・コールマン風のファンクにも接近したようにも感じる。僕ら4人のパーソナリティーを通して、自分たちなりのやり方でそれらを1つにする方法を見つけ出そうとしているんだ。(2009, jazz.com: When I established this band…our own four personalities.)

『The Sirens』以降の作曲アプローチ

『The Sirens』(2013)以来、過去2,3年で発見したことは、音楽以外の物事をイメージしながら作曲すると、純粋な音楽脳から開放されて、ムードやデベロップメントといったことをより明確に思い浮かべられるようになったことだ。(略)[今の]僕は音符とそれらの組み合わせ方のみを考えるのではなく、よりフィーリングとストーリーを考えるようになった。(2015, All About Jazz: Something that I’ve discovered…about feelings and stories.)

『Imaginary Cities』のバンドの背景に留まらない弦楽アレンジ、いくつものサブグループに分かれるオーケストラ・アレンジについて

全ての作曲セクションはかなりタイトにアレンジしており、それはバックグラウンドの弦楽セクションも同様だ。そして自分なりの作曲法で生み出したインストゥルメンテーション(管弦楽法)に内在する様々な質感の可能性を試し、使ってみようと努力した。

即興セクションでは、僕らはどのミュージシャンがどのソロイストの裏で一緒に演奏するのが良いのかを理解しようとした(時にはエレクトリック・ベースがギターのサポートと共に演奏し、時にはアップライト・ベースがピアノやヴァイブのサポートと共に演奏することもあった)。それから僕は、それらのセクションにできるだけ多くのインタープレイをする余地を作って、できるだけ開放的なコミュニケーションが行われるように、可能な限りオープンにしたんだ。(2015, burning ambulance: The written sections are…communication as possible.)

  • 『Imaginary Cities』で2つのベースを同時に使う点は、ジョン・コルトレーンの『Africa/Brass』を参照にしている。(2015 burning ambulance)

好きな音楽

好きな音楽家・作品
時期 ジャンル 音楽家・作品 出典
10代
クラシック ストラヴィンスキー『春の祭典』、バッハ
Sunnyside Records
2001, All About Jazz
2010, Jazz Interview Series
2016, Today Is The Question
The Sax vol.65
ロック、ポップス ビートルズ、ジョニ・ミッチェル、スティーヴィー・ワンダー、バディ・ガイ、ボブ・ディラン
ジャズ ポール・デスモンド『Time Out』、マイルス・デイヴィス『Workin’』『Steamin’』、エディ・ハリス『Silver Cycles』、チャーリー・パーカー、チャールズ・ロイド、ジョニー・ホッジス、ソニー・ロリンズ、キャノンボール・アダレイ、デューク・エリントン・オーケストラ
シカゴ・ブルース 不明
2016, Today Is The Question
バリ島音楽 不明
18歳 ジャズ マイルス・デイヴィス『Amanda』
2001, All About Jazz
2000年代前半 ジャズ マイルス・デイヴィス『Sketches of Spain』、ウェイン・ショーター『Atlantis』
2006年 Various Tokyo String Quartet, Beethoven: The Late String Quartets
Gustav Mahler, Symphony No. 6
Graham Nash, Songs for Beginners
Hank Williams
Wayne Shorter, JuJu
2006, JazzTimes

影響源

影響されたサックス奏者 

チャーリー・パーカーは誰もが見て分かるようなこと以外にも、僕が今日行っていること全てに大きな影響を与えた。ウェイン・ショーターからは空間に対するアプローチと最小限の音で全体のサウンド(a whole universe of other notes)をほのめかす方法を学んだ。その点において彼は天才だ。オーネット・コールマンのフリーダムさにも影響を受けた。ジョン・コルトレーンも。ソニー・ロリンズはリズム・フィーリングとドライヴ感。最初に聴いたサックス奏者、ポール・ゴンサルヴェスジョニー・ホッジスからも影響された。僕は今もエリントン・バンドとそこに去来した素晴らしいサックス奏者たちを聴くのが大好きだ。デューイ・レッドマンのプレイングはどれも大好きだ。デクスター・ゴードンからは美しいサウンドとアティチュードを学んだ。そしてレスター・ヤングからも影響を受けた。過去100年、サックスを歌わせたプレイヤーは何人もいる。そこには学ぶべきことが沢山あるんだ。(2009, All About Jazz: Charlie Parker is a huge influence…There’s a lot to learn.)

ポール・モチアンについて

(モチアンのバンドでの)経験から、周りから自分を認めてもらおうとするのではなく、自分が”これだ”と思うことを信じて、信念を貫けば、それにみんながついてきてくれるとわかった。自分のバンドでのリーダーとしての振る舞いなどにも役立っているかな。(The Sax vol.65)

2001年『Gratitude』でトリビュートしたサックス奏者

ジョン・コルトレーン、ジョー・ヘンダーソン、ソニー・ロリンズ、エディー・ハリス、ウェイン・ショーター、マイケル・ブレッカー、ジョー・ロヴァーノ、レスター・ヤング、コールマン・ホーキンス、チャーリー・パーカー、オーネット・コールマン、

影響されたサックス奏者(『Gratitude』ライナーノート)
スタン・ゲッツ、ポール・ゴンザルヴェス、ジョニー・ホッジス、ベン・ウェブスター、デクスター・ゴードン、ジーン・アモンズ、スタンリー・タレンタイン、ラッキー・トンプソン、リー・コニッツ、ジェームス・ムーディー、デューイ・レッドマン

影響されたサックス奏者 (2001, All About Jazz)

エディー・ハリス、チャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズ、レスター・ヤング、ジョー・ヘンダーソン、オーネット・コールマン、ウエイン・ショーター、マイケル・ブレッカー、ジョン・コルトレーン

影響を受けたクラシック音楽 (2016, Today Is The Question)

クロード・ドビュッシー、アルバン・ベルク、イーゴリ・ストラヴィンスキー、バルトーク・ベーラ、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

他のミュージシャンについて

注目している同世代、若い世代のプレイヤーは、ジョシュア・レッドマン、マーク・ターナー、クリス・チーク、シェイマス・ブレイク、ジョエル・フラーム、マーカス・ストリックランド、ウェイン・エスコフェリー、ウォルター・スミス3世。(The Sax vol.54)

楽器

90年代によく使用していたシルバープレート34万台のセルマー・バランスド・アクションは故マイケル・ブレッカーから譲り受けたもの。現在の仕様楽器はセルマー・マーク6の9万台。

出典

雑誌

The Sax vol.54 by 三木俊雄
The Sax vol.65 by 鄭優樹

ウェブサイト

(2001) All About Jazz by AAJ STAFF
(2006) JazzTimes by David R. Adler
(2009) jazz.com by Frederick Bernas
(2009) All About Jazz by R.J. DeLuke
(2010) Jazz Interview Series by Adrian Bridges
(2015) All About Jazz by Eric J. Iannelli
(2015) burning ambulance by Phil Freeman
(2016) Today Is The Question by Ted Panken

おすすめ作品