Untitled Medley管理人のようなジャズ中心のリスナーでも、ここ1年に出た他ジャンルの良質な作品をチェックできる”ジャズファンのための”シリーズ第2回。今回はLAジャズを中心に現代ジャズにも大きな影響を与えている現行ブラックミュージック・シーンを紹介。
レビュワーは音楽ライター、イベンター、演奏者として活躍している小池 直也さん、ミュージック・マガジンなどで記事やレビューを書いている佐藤 悠さん、バンドTAMTAMのドラマーでSNSでの音楽紹介も好評な高橋 アフィさん(五十音順)。2017年秋から2018年秋までに発表されたR&Bやヒップホップ、ソウルなどの黒人音楽作品をそれぞれ3枚ずつピックアップして紹介してもらった。
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※音源の音量にご注意ください。
目次
Masego / Lady Lady
25歳のシンガー/ビートメイカー/サキソフォン奏者、マセーゴによる1stアルバム。この作品はタイトルが暗示する様に、彼がこれまで出会ってきた女性たちから着想されたもの。マセーゴは「トラップ・ハウス・ジャズ」と自身の音楽を形容しているが、今作はトラップやハウス色は薄く、ベクトルはヒップホップやR&Bに向いている。それでいて、持ち味のラグジュアリー感は保持。
収録曲はラッパーのSiRを客演に招き熟女に思いを馳せる④Old Age、自己のヒューマンビートボックスとシンセで編まれたビートが美しい⑥Sugar Walls、スティーヴィー・ワンダーからの影響を感じさせる優美な⑫Black Loveなど、幅広いジャンルを自分の音楽として溶け込ませている。
そして、一考したいのはマセーゴのジャズ観について。現代ジャズ目線で聴くと、彼の音楽から文脈を読み取るのは難しい。きれいなメロディのサックスも退屈に感じるかもしれない。しかし、それは当然。彼が大きな影響元として挙げるジャズメンはスウィング期のエンターテイナー、キャブ・キャロウェイなのだから。
ならば「トラップ・ハウス・ジャズ」を標榜するマセーゴの「ジャズ」は30、40年代に依拠していると考えられよう。しかし、それはいわゆるデューク・エリントンやカウント・ベイシーへのリスペクトや、サキソフォン奏者で言えばレスター・ヤングらの再考とは意味が異なる。マセーゴは当時の娯楽的だったジャズに共鳴しているのだ。それゆえに彼のサキソフォンの奏法はスムースジャズに近く、ステージではエンターテイナーに徹する。
そう考えると、ビーバップの開祖であるディジー・ガレスビーがケンカの果てにキャブ・キャロウェイをナイフで刺した、という逸話は象徴的だ。ディジーが刃を向けた、もう一方のジャズの可能性がマセーゴに「ジャズ」と名乗らせているのかもしれない。この作品は現代ジャズに対する、オルタナティヴとしても楽しめるだろう。(小池 直也)
MXXWLL / Beats Vol. 1
オーストラリア・シドニー出身のプロデューサー、MXXWLLのソロ作品。1分前後から、長くても3分ほどの小品ビートが21曲収録されている。ドラマー/プロデューサーの父とヴォーカリストの母を持ち、全ての楽器と打ち込みを自身で手掛ける彼は演奏スキル、シンセサイザーの音色、リズムのセンス、どれを取っても優秀。これにはスタジオで育ったという出自が大いに関係しているのだろう。
シンセによるレイドバックしたメロディが気持ちいい①Intro、フュージョンの爽やかさを感じさせる⑦Swish、クラブジャズの4ビートの様な⑪Rooftops、それぞれの楽器がそれぞれのフロウで絡み合う⑮Cruiseなど色々なベクトルの音楽からの影響が見られる。曲調が似ているものがあったり、若干ラフな部分を残している部分もあるが、全体的な出音の素晴らしさと尺が短いことで全く気にならない。リラックスして音に身を委ねられる作品で、BGMとしても日常に華を添えてくれる。(小池)
J. Cole / KOD
言わずと知れた33歳の人気ラッパー、J.コールの最新作。タイトルの意味は『Kids On Drugs』、『King Overdosed』、『Kill Our Demons』だと本人が明かしており、薬、金、女、スマホなどの「中毒」に関する社会的なリリックが詰め込まれている。その背景の説明は当欄で不可能なため避けるが、音楽的にはシンプルな楽曲が多く、硬派なサウンドとなっている。
全体を通して、J.コールの声が音楽に躍動感と色彩感をもたらしている。ハイライトはしみじみ響くピアノ中心のビートと、左右にパンした声の三連符ハーモニーによって進行する④The Cut Offのフック(冒頭)だ。突然挿入される、左の声以外のトラックの1拍ミュート。そして空白からのミュート解除、という流れが美しく、ため息が出る。(小池)
Sabrina Claudio / No Rain, No Flowers
フロリダ州マイアミ出身のシンガーソングライター、サブリナ・クラウディオの最新作。囁くようなシルキーなヴォーカルは曲毎に僅かに温度を変えて、アルバム全体を通して繊細なグラデーションを描いていく。ヴァースとコーラスのみで構成された起伏の少ない楽曲は没入的で、曲の冒頭や終盤でリフレインされるヴォイスも相まって、シャーデーやライにも通じる陶酔感をもたらす。サッド・マニーが全面的に手掛けたサウンドは統一感と美学を感じさせ、電子音を揺らめかせる繊細な手付きや、レゲエも独自の色に染めて提示する手腕は見事。曲間で音を途切れさせずに繋げることも多く、一つの作品としてパッケージされている点も評価したいポイントだ。(佐藤 悠)
Brent Faiyaz / Sonder Son
ボルチモア出身で、LAに移住して活動するシンガー、ブレント・ファイヤズのデビュー作。ギターやパーカッションなどのアコースティックな響きを生かした演奏で、飾り気なく歌われるフォーキーなソウルだが、トラップ以降の三連のフロウも自然に取り込んでいる。アンビエントR&Bのようにシンセを使うのではなく、自身の揺らぎのある歌声を重ね、漂わせることで、神秘的な空気を作り出している点が特徴的だ。ゴスペル・コーラスをフィーチャーした曲もあるが、本人の声が祈りのように聴こえる場面も。音を左右に回転させるなどのサイケデリックな意匠が盛り込まれた音像は、要所に挟まれたスキットともに、彼の心象風景を表しているように思える。(佐藤)
Jorja Smith / Lost & Found
イギリスのウォルソール出身のシンガーソングライター、ジョルジャ・スミスのデビュー作。まず何よりも個性と魅力に溢れたカリブ系の歌声に打ちのめされるが、冒頭の①Lost & Foundでの声の抑揚による揺らぎのグルーヴや、⑩Goodbyesでの声の太さの繊細なコントロールなど、技巧面にも圧倒される。さらに、ゴスペル・コーラスを従えて感情を爆発させる⑪Tomorrowや、ピアノをバックに真摯で切実な歌声を聴かせる⑫Don’t Watch Me Cryなどでみせる表現力も大きな魅力だ。ヒップホップ・ビートを軸にしたシンプルなトラックは歌の魅力を前面に出すことに成功しており、ピアノやエレピによる憂いを帯びたサウンドは、彼女の世界観に寄り添っている。(佐藤)
Mac Miller / Swimming
Guest: Dâm-Funk, Dev Hynes, Snoop Dogg, Syd, Thundercat, J.I.D, John Mayer, Steve Lacy
サンダーキャットをはじめ、ジョン・メイヤー、フライング・ロータス、スティーヴ・レイシー、デヴ・ハインズ(ブラッド・ オレンジ)など多くのミュージシャンが参加した本作は、ここ最近のラップの中では楽器が目立つ作品だ。ドラムに関してはエレクトリックな音色が中心とはいえ、エレピやギター、ストリングスが多く使用され、内向的ながらメロウで溶けていくような世界観を作っている。そしてその演奏を最大限生かすという意味で、マック・ミラーが素晴らしい。ひたすらルードにメロディアスにラップし歌う、「ラッパーとしてラップする/歌う」境界線を行き来する様は、ラップとトラックを混ぜ合わせ、バンド的にも言えるような、演奏と声の明確な主従関係の無いバランスを作っている。③What’s the Use?が各所ベースラインとユニゾンしていること、⑧Small Worldsでギターソロが入っていること等、誰よりも演奏が/で映えるラップが出来るアーティストの一人だった。
Tiny Desk等数本公開されている本作のライブ映像はどれもカッコ良く、音源からさらに進化していったであろうことは容易に想像できる。だからこそ、これが遺作となったことがただ悲しい。(高橋 アフィ)
Ravyn Lenae / Crush
個人的に今年トップクラスで印象に残る、独特で新しい音楽に聞こえるトラックだった。NonameやShinoの作品にも参加しているシカゴの女性R&BシンガーのEP。ジ・インターネットのギタリスト、スティーヴ・レイシーが全面プロデュースし、また5曲中2曲は歌でも参加している。注目はスティーヴ・レイシーのプロダクションの巧みさ。音数の少ないトラックに対し、③Computer Luvのペナっとした音で小節頭のみ弾く演奏等、ギタリスト的な手癖を感じさせない独特なプレイが、メロウにもタイトにも聴こえる不思議な質感を作っている。またそれが音響的なアプローチの上で成り立っていることこそが重要だ。多分ギターの音色をチープにさせることでトラックに溶け込ませなくし、少ない音数でも存在感が出るようにしていると思う。演奏/音響の両面を使いこなす彼の強みがよく出ている。②Closer (Ode 2 U)の成立ぎりぎり音数ながらその危うさは感じさせず、メロウな楽曲に聞こえてさせてしまうマジックには脱帽。
以上のようなトリッキーさはありつつも、基本的にレイヴン・レネーの歌が良い、正しくポップスである所こそが本作の凄さであり、最大の良さである。スティーヴ・レイシー自身のキャラを出しながら、歌を生かすプロデュース力が素晴らしい。(高橋)
Mndsgn / Snax
Stones Throwのビートメイカー/プロデューサー。プロフェットのプロデュースやリジョイサーの作品でfeat.参加、KieferのMVに出ていたりと(KieferはMndsgnのバンド編成のキーボードでもある)、最近も多方面で活躍中の中、bandcampで投銭リリースされたのが本作。リル・ジョン、ナズ、モニカ、メソッド・マン等のラップやヴォーカルのアカペラ・トラック使用したリミックス/ブレンド・トラックを集めたミックステープで、Mndsgnらしいファンキーでエレクトロなブギーっぷり、そしてメロウで小洒落た雰囲気がカッコ良い。と同時に音が非常に荒々しく、スピーカーをフルで鳴らしきった上で更に突っ込んだような、ローファイで暴力的な音が刺激的だ。ラフに作った感触の良さというか、核心のみを的確に突いたような作品。
大ネタを多数使用しているので、そういうポップさ、また元ネタを探していく楽しさも、ヒップホップ的で個人的に好きだ。(高橋)