海外だけでなく、日本でも若手ジャズプレイヤーの台頭が目立つ。注目株ピアニスト/キーボーディストのひとりである渡辺翔太は今年、初リーダー作『Awareness』をリリースした(ベースは若井俊也、ドラムは石若駿。ヴォーカルの吉田沙良が2曲に参加している)。
1998年生まれの彼はファンクバンドで腕を磨き、現在はジャズの現場だけでなく、ものんくるや井上銘のSTEREO CHAMPに参加するなど多様な現場で活躍している。躍動感のあるプレイから、理知的で時にハートウォーミングな作曲センス、と魅力的な音楽性を持つ彼はどの様な道を歩んできたのだろうか。『Awareness』に込められた音楽性、影響を受けた奏者、地元名古屋のジャズ教育などについて質問すると、渡辺は自然体で語ってくれた。
文/インタビュー:小池 直也
渡辺翔太ファーストアルバム『Awareness』(2018)
僕は自分から攻めていく様な、世に訴えかける姿勢のアーティストに感銘を受けるんです。
――『Awareness』を今振り返っていかがですか。
自分の今までの集大成と思って制作しました。多感だった20代に書きためた三曲(「North Bird」「Saga of Little Bear」「Goodbye and Hello」)や、自分の生きてきた道を示す曲を中心に収録しようと。リリースしてから半年経って思うことは、他の人に聴いてもらうと、新たな景色が見えるということですね。「Ants Love Juice」は何拍子だか分からなくて、ぐちゃぐちゃしているんですけど結構評判なんです。自分の意図とは違う所でウケている様で。
正直難しいものを出したつもりだったんです。でも周りからは「ポップだね」とか「聴きやすいね」という声を沢山頂いたんですよ。客観的に自分を見た時に、難しいものをわざとやったというよりは、そういう音楽が自分は好きで。ジャズにしてもちょっと混沌とした、アンブローズ・アキンムシーレとか、サム・ハリスの様な音楽に傾倒しているんです。彼らの様な音楽を日本でやったらどうなるか、みたいな。そういう狙いで出した音楽が、自分のフィルターを通すと伝わりやすいものになっていたことが感動というか、驚きでしたね。
――「Ants Love Juice」のリフは11/8で始まりますよね?
11拍子だとみんなに言われるんですけど、あれは4拍子なんですよ。(若井)俊也くんと(石若)駿が分解して、11みたいなシェイプに聴かせているんです。狙いとしては全部普通に演奏しているけど、聴き手にはそう聴こえさせないことでした。タイトルは、アリが餌を探しに行く時におしりから液を出していることに由来しています。アリはその液を道しるべに巣に帰ってくるので、それをモチーした曲を作りたくて。自分としては、道しるべが11拍子風のリフ。そのリフを頼りにして、音楽を成立させることは決めていました。
実は最初のリハーサルは今よりもメカニカルに演奏していたんです。そうしたら、俊也くんが「もっとアナログに演奏した方が面白いんじゃない?」と提案してくれて。テーマの後のソロをフリーにしたのも俊也くんの提案でした。それからリハのなかでテーマもまとまっていった形です。
“Ants Love Juice”
――「North Bird」は5/8ながら、4/4に感じさせる演奏がポップだなと感じました。
嬉しいですね。演奏している側のフィールはあくまで五拍子なんですけど、四拍子のニュアンスもつけている感じです。これは作曲の段階でこうしたいと思っていて、リハーサルで二人には話していました。「五なんだけど四みたいな」と強調して。駿はもちろん柔軟で自由自在で叩けるんですけど、俊也くんの変拍子のアプローチがすごく好きなんです。たぶん4/4に聴こえるのもベースがそういう風に弾いてるからだと思うんですよね。だから僕と駿が5/8でリズムを取っていて、俊也くんが感覚でやっているところが大きくて。それがいい形に転んだんじゃないかなと。
作曲やタイトルはイメージ先行型ですね。この曲「North Bird」も、もしも普通の渡り鳥とは反対に寒いところが好きな鳥が存在したとしたら、こういうストイックなサウンドになると思いながら作りました。
“North Bird”
――タイトルと言えばアルバム名である『Awareness』(意識、自覚)の意味は?
自分が感銘を受けた言葉からとりました。CD発売前の悩んでいた時期にヴォーカルの神谷えりさんがLINEで「この世界は意識のなかで動いている。ちゃんと意識を持って生きていれば、その意識の様にものごとが動く。だから意識はしっかり持っていた方がいいよ」とアドヴァイスしてくれたんです。それがすごく自分のなかで残っていて。「何気なくこうした」という音楽も好きですが、僕は以前から自分から攻めていく様な、世に訴えかける姿勢のアーティストに感銘を受けるんですよ。例えばジョン・レノンのようにメッセージ性を持っている人たちに。
そういう人たちに一種の憧れを持っています。まだまだ無名で僕一人では何にもならないかもしれないけど、ひとりの人間として何かメッセージを持っていたいなと思います。そこで自分なりのメッセージとして(神谷えりさんから貰った)『Awareness』というタイトルを付けました。
――海外では社会問題に意識的なジャズメンも増えていまが、その影響もありますか?
そうですね。自分が昔からヒーロー好き体質というか、前に立って世の中を動かしている人たちが好きなので。これは思想的な話ですし、難しいところもあります。「今の世の中に対してどう思う?」と投げるのは勇気がいることじゃないですか。そのなかでも言葉で発信したり、曲にする人、色々なタイプの人がいますよね。
ハービー・ハンコックもその一人。率先して、世の中と音楽をリンクさせていくのは素晴らしいことだと思っています。今作はそこまで視野を広げてはいませんが。僕はずっと音楽をやってきたので、政治や世の中のことはあまり分かっていない。でもアルバムをリリースしたことで視野も広がってきました。なので、今後そういう所に目を向けたい想いはあります。
――緻密な楽曲に対して、淡い質感の「かなめ」の様な曲もありました。こちらは吉田沙良さんを客演に招いた楽曲になっていますね。
この曲を作るにあたり、何人か候補はいたんです。でも曲が出来あがった時に、これに合うのは(吉田)沙良ちゃんしかいないなと。自然と彼女の声をイメージして書いていたと思います。メッセージ的にも彼女がぴったりでした。「かなめ」は僕の友達に子どもが生まれた日に、その子どもに向けて書いた曲なんです。タイトルはその赤ちゃんの名前。
作詞を担当する沙良ちゃんにもそれを伝えて「子どもを見守る親目線の曲で」とお願いしました。それに対して沙良ちゃんが出してくれた答えは、子どもを見守るお父さん目線の歌詞だったんです。今まで知らない奥さんの一面が見えたり、無事に生まれること、生まれてから世の中に毒されないことを願ったお父さんの願い…そういった曲になりましたね。僕は口下手なので、最適な言葉を選んでいくのが苦手です。でも沙良ちゃんは僕の想いを伝えただけで世界観を作ってくれました。
“かなめ”
――「Color of Numbers」はヴォイス(楽器)として吉田さんの声を用いています。
アプローチ的にはポップス/ファンク寄りのアンサンブルになりました。最初から沙良ちゃんにはメロディを歌うヴォイスで入ってもらうことは想定していて。リハーサルではハネた16ビートでやるか、音源のように8ビートでロックっぽくやるか、あるいはもっとブラジリアンに寄せていくかと色々相談しましたが、結局8ビートが一番ハマりましたね。
あとこの曲は色々な解釈ができる曲だと思っていましたが、神戸のミュージシャンと演奏したら、かなりダンサブルなフィーリングになって驚きました。完全に四つ打ちみたいになったりして(笑)。神戸でやった「Color of Numbers」は、DJが録った動画がグループ内でシェアされて、地元のミュージシャンにも知られているみたいです。
“Color of Numbers”
――ピアノを弾く時と、キーボードを弾く時でアプローチの違いなどはありますか?
僕はピアノとフェンダーローズをメインに演奏しています。もともとファンク・シーンで音楽活動を始めたこともあって、アンサンブル的にはローズの方がやりやすいんです。ローズの場合はレイヤーの様に演奏する事を心がけてます。例えばギタリストがカッティングしている上での白玉*1だったり。ピアノとローズを分けて弾いているところはありますね。
ただ、今回自分のアルバムで挑戦したかったのは、ピアノとローズの役割を取り払ったらどうなるか、ということなんです。例えばブラッド・メルドーやアーロン・パークス、ダニーロ・ペレスがローズを弾く時は、僕よりもずっと音数が多いなと以前から感じていて。ピアノとローズの立ち位置が自由自在に入れ替わって、役割が流動的なことに20代前半で気づいたんです。それもあって今作はピアノとローズで分けるというよりは、奏法は一緒で「どの楽器が今前にいるのか」など立ち位置を考えて演奏している感じです。
(ピアノとローズを重ね録りをしている)「Color of Numbers」はピアノを先に録ったんです。まずピアノ・トリオだけでサウンドする様に演奏して、それからローズを流動的に「もしギタリストがいたら」と考えながら録音しました。
自分では色々な音が思い浮かぶんです。ギターや管楽器が入ったら面白いだろうとか。でもそこをあえて渡辺翔太トリオで掘り下げていきたい。
――この新作を踏まえて、今取り組んでいることなどありますか?
最近はソロピアノをやる機会が増えてきて、そこで感じることがあります。例えば今までアンサンブルではベースラインは人に任せて、ピアノは上モノ的なテンションのことを考えてきました。でも今は内声の動きだったり、ヴォイシングについて考えています。また最近はクラシックのダリウス・ミヨーを聴いているんですが、よく彼の曲を分析して、ピアノに当てはめたりしていますよ。ミヨーはユーモアや奇抜さはが、曲想とマッチしているところが好きなんです。
まだ決定ではないのですが、実は来年に二枚目を録ろうという話があって、今曲を書いています。自分では色々な音が思い浮かぶんです。ギターや管楽器が入ったら面白いだろうとか。でもそこをあえて渡辺翔太トリオのピアノサウンドで掘り下げていきたいです。あとは、音をトラック的に重ねていく作り方にするならどういう風にしたら面白いか、など色々なことを考えています。
――名古屋のシーンについてもお訊きしたいです。安藤康平さん(sax)や、宮川純さん(p)など優秀なプレイヤーを輩出している印象なのですが、これはなぜだと思いますか?
やっぱり教育環境がすごく整っているのが大きいと思います。テナーサックスの小濱安浩さん、ピアニストの水野修平さん、後藤浩二さんという名古屋を拠点に活動している素晴らしいミュージシャンがいるんですよ。そういう人たちの演奏を間近で聴ける環境があることで、ライバル心を10代、20代の頃にかき立てられたのを覚えています。その時は「これが名古屋レベルなのか」と考えてたんですけど、ふたを開けたらそれが全国レベルで。
先輩から色々な話を聞けたのも大きかったですね。よく言われたのが「AORが好きだったら、最近のものばかりではなく昔のものまで掘り下げて聴け」ということ。「その人がどういう風に生きてきたのか、時代背景を追って聴くと分かることがある」と。僕の場合だとジャズミュージシャンの先輩が多かったのでバド・パウエルは薦められましたね。「初期から全盛期、その後の精神的な問題を抱えてしまった時代まで聴くと面白い」みたいな。「晩年は手が追いつかないけど、何かを弾きたいというビジョンが見える」とも教えてもらいました。そこで演奏する時にビジョンを持つことの大切さを知ったんです。
アルバム収録曲”Saga of Little Bear”のライブ演奏。コーラスが進むごとに演奏が加熱していく。
――過去のインタビューで、ピアニストではハービー・ハンコック、ブラッド・メルドー、アーロン・パークス、ピート・レンデ、エドワード・サイモンが好きだと語っていましたが、それについても教えてください。
僕のなかで話が尽きないのはエドワード・サイモンですね。時代背景を追って聴いていくと、一作目『Beauty Within』(1994年)のメンバーはアンソニー・ジャクソン(b)と、オラシオ・エルナンデス(ds)。そこでフュージョン風のバキバキな演奏を繰り広げていて、それも素晴らしいですけど、そこから作品を重ねていくごとにジャズのフィールになっていくんです。だんだんと変化していく姿に本当に影響を受けていて。20歳の時に初めてYouTubeで見たんですけど、その瞬間に「このピアニストが世界で一番好きだ」と思いましたね。
リズム面で彼から学んだのは「八分音符を均等に弾く」ということ。自分の演奏もそういうところから影響されているんじゃないかと思います。ベネズエラ人なので、モントゥーノ*2もすごいんですよ。このレベルまでいくなら、掘り下げていかないといけないですね。例えばモントゥーノなら、四拍目の頭から始まるもの、四拍目の裏から始まるもの、一拍目から始めるもの、ベーシックな部分でこの3つのパターンがあると思います。彼が同じ事を繰り返す時のグルーヴのさせ方はジャズというよりも、ジェイムズ・ブラウンやファンク・ギターのカッティングに通じるものなんですよ。エドワード・サイモンは段々とジャズに踏み込んでいくキャリアも自分と似ていて、突き詰めるとこういう世界も見えるんだなと勉強になりました。
エドワード・サイモンの最新作『Sorrows and Triumphs』(2018年)
――なるほど。
あとはピート・レンデですね。彼のアナログシンセも好きですけど、レンデの弾くピアノが特に好きなんです。すごくやわらかいハーモニー感覚を持ち合わせていて。レベッカ・マーティン『Twain』(2013年)の「Some Other Place, Some Other Time」で弾いている32小節くらいのソロがあるんですが、そのクラシカルなフィールとハーモニズムに非常に感銘を受けました。ピアノだけを聴くと悲しげだけど、同時に深さもあるというか。それでいてジャズの感性もありますね。多分ビーバップをやってきた人もこのソロは好きなんじゃないですか。しかもポップでもある。
僕は普段から歌心を大事にしているんです。ジャズピアニストって、新しいハーモニーを取り入れたりするじゃないですか。だからジョン・メイヤー(g)みたいに「ペンタトニック一発で歌い通す」みたいな感覚とは違うところで勝負しています。でもピート・レンデのソロを聴いた時に(ジョン・メイヤーのように)歌ってるなと思ったんです。だからこの人はただ者じゃないと感じました。考え込んで作るよりは、自然体に演奏している様に聴こえますね。
ピート・レンデの参加するレベッカ・マーティン『Twain』(2013年)
――先ほどダリウス・ミヨーも挙がりましたが、他にクラシックからの影響は?
ドビュッシーもすごく好きですね。あとはアメリカで活動しているクラシカル・サキソフォン奏者のオーティス・マーフィーという人がいるんです。その人の演奏を聴いた時に「クラシックの自由さ」を感じました。もちろん譜面上の音符を弾いているんですけど、譜面が全然見えてこない。感情も聞こえてくるし、音楽への愛も伝わってくるんです。抑揚も本当に完璧。クラシックでも、これだけ自分を表現できるんだということに感動しました。
突き詰めていけば、クラシックの自由さはジャズの自由さと同じ気がします。「アドリブをする」という小さいことではなくて。ジャズはクラシックから生まれてきた音楽でもあるので、リンクする部分は多いと思うんです。今はお互いをリスペクトしあうことで、距離感が縮まっている様に感じます。
――12月から吉田沙良さんを加えたトリオによるツアーがはじまりますね。ライヴはどの様になりますか?
沙良ちゃんとは、普段ものんくるで一緒にやっています。いつも感じているのは、彼女がその時の空気感や音楽のなりゆきで世界観を変えていけること。そこに魅力を感じています。前回は一日だけでしたが、今回は四日間一緒に演奏するので曲がどんな風に変わっていくのか楽しみです。間に合えば新曲もやれたらと思っています。
ツアー日程
12月3日(月) 神楽坂GLEE (詳細)
12月4日(火) 名古屋スターアイズ (詳細)
12月5日(水) 大阪ミスターケリーズ (詳細)
12月6日(木) 名古屋スターアイズ (詳細)
メンバー: 渡辺翔太(p, key)、若井俊也(b)、石若駿(ds)、吉田沙良(vo) from ものんくる
photo: STAR★EYES