Photo: Abbey Mackay / Chad Lefkowitz-Brown
サキソフォン奏者のチャド・レフコウィッツ‐ブラウンが10月20日、石森管楽器 地下ホールでサックス・マスタークラスをおこなった。チャドは時にキング牧師を例に取って、ジャズ言語の習得について解説。中盤では中原美野トリオとの演奏も披露。参加者からもたくさんの質問が寄せられ、イベントは終始盛況だった。
チャドは、ニューヨーク出身の29歳。11歳から演奏活動を始め、ジャズを中心に様々な現場で経験を積んできた。またアフロ・ラテン・ジャズ・オーケストラの一員として、テイラー・スウィフトのツアーにも帯同している。ランディ・ブレッカーを客演に迎え、リリースした2ndアルバム『Onward』は、雑誌『ダウン・ビート』で「editor’s pick for 2017」の一枚として取り上げられた。近年ではYoutubeでレッスン動画をアップしたり、エチュードをオンラインでリリースするなど、教育にも力を入れている。
セカンド・アルバム『Onward』
※音量にご注意ください。
なお彼は同日夜、ジャズ・ピアニスト&コンポーザーの中原美野のバンドに客演を予定しており、その前のスケジュールでおこなわれたのが当企画だった(ライブ動画はこちら)。中原は大学を卒業後に一般企業に就職し、ジャズピアニストを志して渡米したという異色の経歴の持ち主。チャドは彼女のデビューアルバム『A Ray of Light』にも参加しており、二人は親交が厚い。その関係性のなかで実現したのが、この日のマスタークラスとライヴであった。またこの日、通訳を務めたのはサキソフォン奏者の石川周之介。
中原の挨拶に続いて、チャドが「Hello!」とフレンドリーに登場。「演奏をしてから、ビーバップのラインの作り方について話します。どんな質問でも、サックスにまつわることなら何でも訊いてください」と話した。そこから始まったのはアカペラによる「I’ll Remember April」。音色は太くて艶やかかつ、滑らかなフレージングでオーディエンスを魅了。
演奏に圧倒されたのも束の間、質疑応答が始まった。参加者からはたくさんの質問が集まり、いい雰囲気で現場は進行していく。特に印象的だったのは、チャドがキング牧師の名前を出してジャズ言語の練習の必要性を説いた場面だった。やはりジャズ、というよりも音楽は文化なのだなと思わされる。
また中盤では今回のクラスを主催する中原美野のトリオ<山本連(eb)・柴田亮(ds)>とチャドによるライヴもはさまり、お得感満載。その後、再度の質疑応答があり、最後にチャドが中原と石森氏に祝辞を述べてイベントは終了した。
質疑応答で印象的だった場面を下記に紹介したい。なかにはジャズライン、特にエンクロージャーやアプローチ・ノートに関する話題もあったが、ここでは割愛した。興味のある方は、チャドがYouTubeでアップロードしている『15 Approach Note and Enclosure Exercises』や『10 Warmup Exercises』をチェックしてほしい。
取材:小池 直也
Q1.
質問者:一日一時間しか練習できないです。どの様な練習をすべきですか?
チャド:僕はルーティンの練習を毎日するということをよく思っていません。ずっと同じことをやっていると、いつかはいき詰まってしまう。ロングトーンはいいと思いますが、毎回新しいことに挑戦すべきです。例えば、昨日できなかったことを思い出してやってみるとか、曲を違うキーでやってみるとか、基礎練習のBPMを10上げてみるとか。僕はそういうことを自分に課しています。
Q2.
質問者:演奏において大事なことは?
チャド:メトロノームでリズム感を養うのは大事なんですが、大きな感覚でリズムを取ることが重要です(「I Remenber April」を16拍毎に一回クラップしながら歌う)。全部のビート(拍)を鳴らしてしまうと、リズムをクリエイトできなくなってしまう。タイムフィールは音から音へどう移っていくか、つまりアーティキュレ―ション(吹き方のニュアンス)にとってとても重要。音符をどう置くかによって、同じビートでもリズムの質感が変わってきます。
それから、スウィングの仕方とアーティキュレーションの方法に関しては二つの誤解があると思います。まず、スウィングはスウィング(跳ねた八分音符のリズム)ではありません。スウィングはストレート(均等な八分音符のリズム)です。デクスター・ゴードンもチャーリー・パーカーもキャノンボール・アダレイも、誰もスウィングして(跳ねたリズムで吹いて)いません。みんなストレートで演奏しています。スウィングは音の位置ではなく、アーティキュレーションによって生まれるものなのです。
YouTube上で企画しているスタンダード・セッション・シリーズ。
演奏をまとめたアルバムもSpotifyなどで公開中。
Q3.
質問者:いつも何を考えながら演奏していますか?
チャド:まずは色々なテクニックを深く学び、練習するメソッドの中身などを深く理解することです。そして、それを注ぎ出す。その時は冒険心を持ち、何も考えてはいけない。もちろん、最初は技術を引き出すのに色々と考えないといけない時もあると思いますけどね。
新しい方法論を学んでいる時に「この練習に意味があるのか」「これをソロに落とし込めるのだろうか」と心配する人がいます。でも練習や、積み重ねた時間を信じないといけませんよ。そうすれば勝手にあふれ出てきます。大事なのは長い時間をかけることと、練習している内容の機能をしっかり理解することですよ。そうすれば、いつかフレーズが繋がる日が来ます。恐れずに練習に取り組んでいってください。
Q4.
質問者:あえて練習したフレーズを出そうとすることはありますか?
チャド:即興する内容は、会話している時の様に意識して引き出しますよ。もっとジャズ言語や練習のコンセプトが自然にできるようになれば、素晴らしい話し手の様になれます。例えば、あのキング牧師みたいに。キング牧師は本当にすごい話し手ですよ。父親が牧師で自身も牧師でしたけど、何年もかけてスピーチの練習を積んできたんです。
だから僕たちも違うタイプの言語であるジャズを練習するんですよ。完全に無意識で話すのは難しいと思います。でもだからこそ、いつか自然に言葉があふれ出る様に練習するんじゃないでしょうか。
Q5.
質問者:楽器を持てない時の練習方法などありますか?
チャド:18、19歳の冬休みの時にサックスはもちろん、ウッドベースも練習して、ビデオゲームもやっていたんです。そんな感じで一日中、手を使っていたら手がしびれてしまいました。ストレートネックにもなって、姿勢も悪かったですね。その後は治るまでずっとバラードをずっと練習してました(笑)。
Q6.
質問者:良い音色について、考えや練習方法などあれば教えてください。
チャド:まずはオーヴァー・トーン(倍音/ハーモニクスの練習)。倍音を喉で切り替える練習を段々テンポを上げておこない、喉のフレキシビリティを上げることで歌う様に演奏(ヴォーカライズ)をすることができる様になります。そして、もう一つはこれです(実演:テナーサックスのBの運指のまま、喉だけを使ってB→B♭→Aと半音ずつベンドダウン)。
それからアンブシュア(マウスピースのくわえ方)の種類も大事ですね。一つはダブルリップ。二つ目はジョー・アラード/Joe Allard(マイケル・ブレッカーやデイヴ・リーブマンの師)のスタイル。三つ目はラリー・ティール/Larry Tealのスタイル。僕のスタイルはジョー・アラードが75パーセントで、ラリー・ティールが25パーセントです。
Q7.
質問者:マウスピースを斜めにくわえている様に見えますが、どの様な意味が?
チャド:理由はありません(笑)。くわえたらこうなっちゃうんですよね。こうくわえてもアンブシュアのコントロールはできるんですよ。
(編集)今回はマイケル・ブレッカーやクリス・ポッターを継承するような力強いフレージングが特徴の若手サキソフォニストを、サックス奏者でもある小池さんに取材していただきました。CDでの流通は少ないですが、サム・ハリス(p)、アダム・オファリル(tp)、トラヴィス・ロイター(g)、リンダ・オー(b)とそうそうたる若手メンバーが集結する1st『Imagery Manifesto』(2013)も聴き応えのある作品です!(Spotify/CDBaby)