2018年 注目の日本人ジャズ作品 6選

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1990年前後生まれの若手ミュージシャンを中心に、日々新たなリスナーを生んでいる日本のジャズシーン。管理人もまだまだ全体を把握しきれていないが、今の音楽のトレンドを見据えながらもしっかりと「自分はこうやりたい」という意思が感じられる作品が多く、風通しの良さが一番の魅力だと思う。今回はMikikiやMusic Voiceなどの音楽メディアで、日本人ジャズミュージシャンに数々の取材をしてきた小池直也さんに、今改めて聴いておきたい2018年作品をガイドしてもらった。

酒井尚子 / The Light


Core Port (2018)

兵庫県出身、ニュースクール卒のシンガーソングライターのデビュー作。収録されている7曲は全体的にノスタルジックな空気を帯びる。石若駿(ds)がアレンジをした前半4曲、酒井自身と三好”3吉”功郎(g)がアレンジした後半3曲でカラーが違うのが興味深い仕上がりだ。酒井の歌唱は、純粋なジャズではないかもしれないが、確かにジャズの香りをただよわせている。

前半は石若がシンセを含めたほとんどの楽器を演奏しており、グルーヴ強め。②It’sのビートはリズムも音色も気持ちいい。日本語で歌われた③月の花は、英語よりもよりくっきりした輪郭の声が印象に残った。同曲には大学で同期だっという黒田卓也も参加しており、スモーキーな音色で色気を添えている。

後半は生楽器だけで編成されたオーガニックな質感。先輩である三好や仙波清彦(ds,per)なども加わり、味わい深い。酒井の歌はよりみずみずしく録音されている。⑤Wrongのエンディング、6/8拍子の2拍目と5拍目で鉄琴が入る展開にうっとりした。⑥The Lightには三重で活動しているサキソフォン三重奏団・TSUKAMOTO Sistersも参加。年齢や場所のカテゴリに収まらない人選もこの作品を個性的にしている要因だと思われる。(小池)

桑原あい / To The End Of This World


Universal Music (2018)

桑原が鳥越啓介(b)、千住宗臣(ds)と組んだ『桑原あい ザ・プロジェクト』名義で作り上げた意欲作。サウンドはアコースティックジャズだが、広い視野の音楽性による作曲/アレンジと客演陣が高次元で結実している。

ラッパーのDaichi Yamamotoとの共演である②MAMAは硬派なリリックとベースラインが聴きどころだが、EGO-WRAPPIN’などでも活躍する武嶋聡(as,ts,fl)も参加。さらに④The Errorはたまたま来日時にオファーしたというベン・ウェンデル(ts)がゲストを呼んだ、王道の4ビートジャズである。⑤When You Feel Sad、⑨Love Me or Leave Meでは、ものんくるの吉田沙良が歌うなど、とにかくジャンルを横断というか、意識さえない様な自由度が作品を貫く。

また<3/8・7/16・9/8>という謎のリズムでストリングスがフーガする⑥Improvisation XVは大変美しく、ブリッジを経てベースが入ってくる瞬間のカタルシスに思わず叫んでしまった。2015年に安全保障関連法が制定されて日付けがタイトルに刻まれた⑧919は静かに燃える炎の様な演奏が展開される。この世界の終わりは、この様な多様性に満ちた世の中になっているだろうか。(小池)

藤谷一郎, 栗原健 / Elephant And A Barbar


Musilogue (2018)

MOUNTAIN MOCHA KILIMANJARO、SOIL&”PIMP”SESSIONS、Kyoto Jazz Sextetなどに参加する栗原健(ts,fl)と、音楽プロデューサー・作編曲家の藤谷一郎(b)による作品。サウンドプロダクションがアレンジの一部分として考えられる様になった現代にあって、音響的なデザインは音源の非常に大事な要素である。その様な耳で聴いて、このアルバムはサウンドが素晴らしかった。

レコーディングとミックスは池田新治郎によるもの。特にサックスの艶やかな録り音に聴き惚れてしまう。サキソフォンの独奏による⑨T.S.Kは、バッハ風な作曲でこれまたいい。(小池)

Hanah Spring / Dreamin’


Tokyo Records (2018)

Hanah Spring名義での二枚目となるアルバム。参加ミュージシャンは吉田サトシ(g)、SOKUSAI(b)、TOMO Kanno(ds)、宮川純(key)ら。全体を通じてネオソウルやR&Bを感じさせながら、ポップであたたかみがある音像。しかも、ほぼ日本語楽曲。最近ありそうでなかった『普通にいい』日本語アルバムとなっている。①Dreamin’のラップはいい感じに崩れたリズムでグルーヴ。④Time Travelerの“不思議の国に迷い込んでしまったアリスみたいに”という言葉とメロディの組み合わせも気持ちいい。

ジャズミュージシャンの両親の元に育ったHanah Springは、20歳前後の青春をトランぺッター・類家心平氏が所属していたurb、SOIL&”PIMP”SESSIONSらがいたshibuya PLUGやTHE ROOMなどで過ごしたという。その彼女がこうして強度ある作品を作り上げてくれたことが嬉しい。少し前に雑貨店ヴィレッジ・ヴァンガードで販売されていたCDが話題になったが、ロンドン経由のクラブジャズが日本語ポップスに与えた影響をもう一度考えてみる時期なのでは。(小池)

ものんくる / Reloading City


Village Records (2018)

ジャズメンが始めた日本語ポップスバンドの先駆的存在、ものんくるの四枚目のアルバム。これまでプロデュースを務めた菊地成孔氏の元から離れ、完全なるセルフプロデュースに挑んだ。それでいながら過去作よりもポップ濃度を上げた、シンプルな方向に向かって舵を切った印象。ポルノグラフィティのカヴァーである③アポロはハイエイタス・カイヨーテやジェイコブ・コリアーの特徴を抜き出したコーラスで装飾するアクロバティックなアレンジ。⑤HOT CVのヴォーカルの質感は蒸し暑かった2018年の東京の夏の思い出と、カミラ・カベロの「Havana」を交互に連想させた。

またアルバムタイトルでもある①Reloading Cityは、東京五輪に向けて再開発される渋谷から着想したのだという。「2020年はどうなるんだろう?」という我々が今感じている不安を前もってキャッチし、創作に結び付けたのだろう。自覚的ではないにせよ、社会とのシンクロニシティが見られる様になった点からもバンドの変化を感じた。(小池)

甲田まひる / Plankton


Sony Music Direct (2018)

インスタグラマーとしても注目を集める17歳のピアニスト、甲田まひる aka MappyがKing Gnuの新井和輝(b)、石若駿(ds)を迎えて制作したデビュー作。全体の選曲はビバップを中心にセレクトされているが、よくある若手を持ち上げた無難なものだと思ったら大間違いだ。

まず、全体的な出音がとてもいい。これは「昔の音を再現したい」という本人の意向によって、一発録りを試みた結果の様だ。ビバップは個々のスキルや連携を味わう楽しみもあるが、いい意味で大ざっぱな録音の質感がこの作品の大きな魅力である。また、特筆すべきは異彩を放つ甲田のオリジナル⑫My Crush。90sヒップホップも愛好する彼女が表現したサンプリングを模したリズムが面白い。ドラムの音色もとても素晴らしく、かなり踊れる内容となっている。

アートワークも自身がディレクションしており、作品トータルとしてかなりいい仕上がり。やはりファッションと音楽的なセンスは、どこか相関性があるのだろうか。17歳ということで、テクニックはどんどん向上していくと思われるが、どうかこのユニークさは失わないでほしいものだ。(小池)

その他の注目作品

挾間美帆 / Dancer In Nowhere (Spotify / Amazon
角銅真実 / Ya Chaika(Spotify / Amazon
渡辺翔太 / Awareness(Spotify / Amazon
東京塩麹 / You Can Dance(Spotify / Amazon
ステレオチャンプ / Mono Light(Spotify / Amazon

選盤:北澤